名古屋晴れの天気に恵まれて、ハイキングくらぶ14名が自動車でびわこ周辺の賤ヶ岳へ向かった名古屋インター~養老サービスエリア(休憩) エリア内は、観光バス、自家用車の大混雑で京都方面へのもみじ観光客の賑わいだった。 休憩後、関ヶ原インターから県道へ余呉湖向かって走るとだんだん雲行きがあやしくなってきた天気予報では、琵琶湖も晴れ予報だったのが・・・ 午前10時ころ 余呉湖駐車場から頂上めざし出発したところ小雨となってきた メンバー初参加の女性が「雨の用意をしていない」の声でベテランが合羽を貸す光景がすてきに写った。
賤ヶ岳合戦~織田信長 亡き後、羽柴秀吉と柴田勝家が雌雄を決した戦場である・・
余呉湖が血潮で紅に染まったほどの激しい戦場だった・・伝えられる
↑ 余呉湖
出発して頂上 432mへ目指していくと雨もやんで心地のよい汗が出るハイキングだ!・・・約1時間30分で頂上へ到着すると広場はハイカーの笑い声や食事サークルで賑わっていた 食後は、トイレ使用となるが頂上には、2箇所トイレ設備がありさすが人気ハイキング山だ・・納得した
↑ 七本槍古戦場賤ヶ嶽 眼下のかすむ余呉湖
頂上案内柱では、柴田勝家と羽柴秀吉の地獄への戦いが案内されている。余呉湖が血潮となる歴史伝説 ・・
楽しく下山して余呉湖畔で一服中のメンバー達だ 紅葉もおわりつげていた
琵琶湖周辺は、関ヶ原合戦に続き歴史文化の宝庫資料だ。昔も今も人間同士の派閥をつくりたがる動物だ。
サラリーマンに伝えたい~人脈をつくり昇進するのもいいが、人脈が切れたときは左遷だ。自己に自信をもって忠実に仕事をすれば必ず救われる。前民主党首が全て部下に責任負わせている卑道が社会の現状だ。上司が侍であるか、どうかを見極めるのもサラリーマン哲学であろう・・・・・・・・・・サラリーマンよ、家族のために賢くなれ~
ザット済ンダ、勝家メガ青々ト出デタルゾ
と喜び、「ワレ大勝ヲ得エタリ!」と陣取っていた大垣から駆けつけた。
後日談
この合戦で七本槍として大活躍の加藤清正、他の六人の事を「あんな奴らと一緒にされてはかなわん」とぼやいたそうです。
忘れもしません平成19年4月15日正午。七本槍古戦場の山頂で昼食中、にわかに大地震。土井たか子ではありませんが、本当に「山が動いた」。肝を潰して、弁当まで踏み潰しました。
余呉湖は「伊香の小江」も呼ばれ、私は見ませんでしたが、羽衣伝説もあって、「碑」もあったそうです。
やはり、山が動く大地震に遭遇されたことは霊感です!知人も山から下山中、目の前で交通事故発生したそうでやはり霊感?
小生は、鈍感なので霊感なし・・