ヒロヒコの "My Treasure Box"

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ジェネシスのアナログ盤 And Then There Were Three 「そして3人が残った」+EP盤

2016年07月14日 | プログレ
 私のジェネシスへの特別な思い入れは、今振り返ってみるとハケット先生が脱退した時点で区切りが入る。後任のギタリストを補充せず3人体制になってからの彼らはポップな味付けをしながらメジャーバンドへと進化する。しかし決してプログレ的要素が皆無になったわけではなく、新しいタイプのジェネシスへと変化したと私は思う。

 その変化を感じた第一弾がAnd Then There Were Threeというバンドの状況をニヒルにタイトルに表した78年発表のアルバムだ。「そして3人でもやっていける」という状況において、ハケットの抜けたギター・パートをラザフォードがどのように穴埋めするのか期待は膨らんだ。しかし音色は似せた感じがしたが当然ながらハケット先生のような独特のフレーズは聞かれない。だから多少の違和感があったのは事実だ。さらに、キーボードについて言えば新たに導入されたYAMAHA CP80というエレクトリック・グランドピアノの独特の音がアルバム全体のサウンドを特徴付けているように思う。しかし曲は実にバラエティに富む。変則5拍子で始まるDown And Outは途中のシンセソロも含めて往年のジェネシスらしい一曲だが、ミステリアスな雰囲気のThe Lady Lies、物語風のSay It’s All Right Joe、などジャケットの暗い雰囲気を感じさせる曲から、ドラマチックなThe Burning Rope、そしてFollow You Follow Meのようなキャッチーなポップ・ソングなども。12弦ギターが使われ、UndertowやSnowboundは美しいバラードだが全体的に叙情性が少なくなり、短くポップな曲調が増えた。何せ3分台の曲が3曲もあるのだからプログレ一本道のジェネシスを期待した私は、本来ならこのアルバムは聞き流していたかもしれない。

 ところがここで一大事が発生する。1978年ジェネシス初来日である。これは本アルバムのツアーだった。チケットを何とか手に入れたことはこちらで述べたが、そのライブで味わったこのアルバムの曲が、新加入ツアー・ギタリストのダリル・スターマーの高度なテクニックやチェスター・トンプソンのファンタスティックなドラムの味付けによりとても素晴らしい感動を与えたのだ。自分の中でこのアルバムは再評価され、初来日公演の思い出と共に深く印象に残ることとなった。

 当時大学生協ではレコードが2割引で売られていた。従ってこのアルバムも生協で購入し、手元にあるのは国内盤である。ジェネシスのアルバム・ジャケットにはイラストが用いられることが多いが、「幻惑のブロードウェイ」に続いて今回もヒプノシスによる写真ジャケットである。帯の色合いがそれにマッチしており、当時ジャケットのアート性を損なう気がして帯を取り外すことも多かった私だが、これはずっとそのままにしておいた。

 併せて来日記念盤として3曲入りシングルがリリースされた。A面はアルバム収録のMany Too ManyだがB面には未収録の2曲(The Day The Light Went Out / Vancouver)がカップリングされており、それらを聞きたくて買ってしまった1枚である。

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