先回の同カテゴリーでは「四谷怪談」を例に挙げ、
江戸後期の「化政(かせい)文化」について投稿した。
それから遡る事およそ100年前、もう一つ花開いたムーブメントがある。
「元禄(げんろく)文化」だ。
元禄期(1688~1703年)は、開幕以降続いた内乱が落ち着き、徳川体制が固まった頃。
国内開発に力が注がれ、人口が急増、農業・漁業、商工業が発達。
後に「元禄バブル」と呼ばれる経済成長を背景に、富を得た豪農や豪商が現れ、
パトロンとなって文化振興に資金を投じた。
中心となったのは「上方(かみがた)」。
開発途上のお江戸に比べ“千年の都”京都や“天下の台所”大阪(当時:大坂)では、
先進的で自由な都市型町人文化が形成されてゆく。
華やかな装飾画・蒔絵・作陶などの工芸分野で、後世に残る傑作が生まれた。
木版印刷による浮世絵が生まれ、アートを楽しむ裾野が拡大。
ファッション分野では、友禅染が発明。
花鳥風月などを多彩に表現できるようになり、バリエーションが広がった。
節分・花見・月見・節句などの年中行事が浸透し、イベントが盛んに。
歌舞伎・(人形)浄瑠璃といったエンターテイメントも定着。
--- 何かと上り調子なのだ。
また、学問が奨励され、各地に藩学や寺子屋などができ就学率・識字率がアップし、
浮世草子(小説)が刊行されるようになった。
その第一人者が「井原西鶴(いはら・さいかく)」である。
源氏物語のパロディ「好色一代男」。
ミリオネア指南帳「日本永代蔵」。
武士の理想像を問う「武家義理物語」。
生々しいマネードラマ「世間胸算用」。
大ヒットを連発し元禄文化の寵児となった。
今回の題材は「井原作品」の1つ「好色五人女」。
当時著名な5組の恋愛・愛憎物語のオムニバス。
中でも、そのセンセーショナルな展開から、
浄瑠璃、歌舞伎などの出し物になった「八百屋お七」である。
大名屋敷や武家屋敷が建ち並ぶ本郷・森川宿。
裕福な八百屋の娘に生まれた「お七」は、年の頃16。
満開の桜、川面に映る月に例えられるほどの美少女だ。
天和2年(1682年)師走に出火し、3000人もの命を奪った大火で焼け出され、
家族とともに避難した菩提寺で“運命の出逢い”が待っていた。
同い年で上品な面ざしの寺小姓「小野川 吉三郎」と縁が生まれ、恋に堕ちる。
--- しかし、所詮は武家と町娘の身分違いの恋。
同じ寺にいながら人目があり逢うこともままならない。
年は明け、七草も過ぎ、松の内も終ろうとしても2人の仲は進展せず。
いやが上にも愛しさと焦りを募らせる「お七」だった。
ある日、急な葬式が出てお坊様たちが揃って出立。
夜半は強い雨になり、春雷が空を渡る荒れ模様。
忍び事には申し分ない条件が揃った。
『思いを遂げるのは今日しかない!』
そう決心して恋しい人の元へ。
寝床に滑り込んだ時、大きな稲妻が夜空を走り、雷鳴が轟く。
思わずすがりつく「お七」。
「吉三郎」はその身体を引き寄せた。
『手も足も、冷え切っているではないか』
『・・・・・・・吉三郎どの!』
2人は契りを交わし、永遠の愛を誓った。
夜が明け、全てを知った母親はびっくり仰天。
「お七」は引き立てられるように連れ戻され、厳しい監視下に置かれる。
激しい恋慕に身をよじるしかなかった。
--- 季節外れの雪が降る中、八百屋に物売りがやって来た。
かなりの積雪のため、帰るに帰れぬ男を泊めてやることになった晩、
親戚から初産の報せが届き、家族は皆慌てて出掛けて行ってしまった。
冷え込む土間で一夜を凌ぐ客を案じ、様子を見に行く「お七」。
笠の下から現れたのは「吉三郎」。
みすぼらしい身なりに変装し、悪天候をついて、わざわざ訪ねてきたのだ。
凍え震える男を支え部屋に上げ、再会の喜びを告げたのも束の間、父親が帰宅。
襖ひとつ隔てただけの逢瀬では、声を出すわけにはいかない。
灯の下で筆談を交わし、互いの気持ちを吐露し合ううち、
あっという間に夜が明け、離れ離れに。
そして「お七」の心に燃え上がった恋の炎は、狂気に導かれ飛び火する。
風の強いある日「お七」の家から火の気が立った。
幸いボヤで済んだが、おぼつかない娘を不審に思った家の者が
どうしたんだ?!と尋ねたところ、驚く答えが返ってきた。
『火事になれば、また「吉三郎」殿に逢えると思い、火を付けた』
放火は重罪。
天和3年(1683年)3月29日夕刻。
「お七」は品川・鈴が森の刑場で火あぶりの刑に処せられる。
死出のはなむけに遅咲きの桜の枝を手渡されると、
しばしそれを眺めて、辞世の句を詠んだ。
世の哀れ 春ふく風に名を残し 遅れ桜のけふ(今日)散りし身は
その死後間もなく流行ったインフルエンザは、
同時期に彼女を題材にした小唄がヒットしたことから"お七風邪"と呼ばれた。
さらに「お七」が丙午(ひのえうま)の生まれだったため、
“丙午の女はお転婆”との俗説が囁かれるようになったという。
衝撃的な事件は、作家の妄想を掻き立てる題材となり、
様々なバリエーションが生まれる。
上記「好色五人女」の「お七」の真偽も定かではない。
拙ブログを楽しんでもらえて、
かつ、新たな発見、思考のキッカケになったなら
嬉しい限りです。
さて「お七」。
裕福な商家の娘で世間を知らず、学に欠ける。
恋に突き進む直情型の性格。
などの点は窺えますが、脚色が大きいでしょう。
美少女、火付けの大罪、火炙りの末路。
エンタメ度が満点です。
好色五人女以外にも、お七は「キャラ」として
色んなお芝居に出ているようです。
では、また。
手すさびにて候シリーズ、次々と登場する傑作に驚嘆するばかり、素晴らしいです。
僕を知らない世界に引きずり込みます。
醒めて見れば、16歳にもなって、恋した男に会いたくて火をつけた、など、ちょっと足りないんじゃない?と呟きたくなる仕業も、そう思わせない熱情。いつの時代も恋は魔物なのでしょうか。
では、また。