おじいちゃんはとうとう ミキサー粥を食べられるようになった
食後に行った時に 何を食べたの?と聞いたら
ラッキョウと答えた 笑
ベッドサイドの私は 一人で大爆笑だった
もう誰も この人の所に来ない
私と息子である連れ合いだけ・・
孫たちに 日々報告はするけれど
皆 それぞれに忙しいのか
顔を見に行くことはしない
ちょっと 気にかけてほしい人たち・・
私が おじいちゃんの所に通っていることさえ
べつにもうどうということはないのだろう
けっこう いっぱいいっぱいでやってるんだけどね 笑
身近な友人たちのほうが きっと気にかかるんだろう
まぁ そんなことだろう
人は一人で生きて一人で死んでいくという
うん この人を見ていてそう思うし
自分の死を たとえば天寿を全うすると設定するなら
こんな感じなのかなとか 漠然と思い描いている
食後に行った時に 何を食べたの?と聞いたら
ラッキョウと答えた 笑
ベッドサイドの私は 一人で大爆笑だった
もう誰も この人の所に来ない
私と息子である連れ合いだけ・・
孫たちに 日々報告はするけれど
皆 それぞれに忙しいのか
顔を見に行くことはしない
ちょっと 気にかけてほしい人たち・・
私が おじいちゃんの所に通っていることさえ
べつにもうどうということはないのだろう
けっこう いっぱいいっぱいでやってるんだけどね 笑
身近な友人たちのほうが きっと気にかかるんだろう
まぁ そんなことだろう
人は一人で生きて一人で死んでいくという
うん この人を見ていてそう思うし
自分の死を たとえば天寿を全うすると設定するなら
こんな感じなのかなとか 漠然と思い描いている
でも、気にかけていてくれる人は、私と出会と、母の様子を聞いてくれる。
元気でしっかりしていた頃の母を知る人は、今の母を見るに忍びない人もいるみたい。
第三者の心情は、様々なんだと思う。
ただ、確かなことは、、、
逝く人は、良いもの、悪いもの、まあ色々と残していってくれるだろうけど、持っていけるのは、思い出だけだということ。
今更、何をしてあげても忘れてしまいそうだけれど、持たせたいと思うことだけをするしかないかな~と思う。
そんなこと考えてもみませんでした・・
なんだろうね・・・
私は ただ会いに行った時
笑い合えればそれでいいかな・・・っていうか
やっぱり それしかできないです
死んだら どこに行っちゃうんでしょうね
子供のように まだそんなことを考えてる私です