昼過ぎに他の建物に書類を渡しに行くとき、「秋だな」と感じた。
それは冷え冷えとした空気だけでなく、道路に面した公園の木々の渋み加減や、何かを焼いた匂い、そういうもので秋を感じた。
秋晴れも好きだが、今日みたいにどんよりと曇った秋の日も好き。
寂しいような、苦手な夏が去った安堵感というか。落ち着く。
こういう日は決まって、小学校時代のピアノの帰りを思い出す。
毎週水曜日。
レッスンが終わり、外に出るともう真っ暗。
バイエルとサブバイエルと音楽ノートが入った手提げは、裁縫が得意な母ヨーコたんの御手製だ。
ピンクのキルトにフリルがあしらわれた手提げ。
電柱の光を反射しながら流れていく西田川のせせらぎを眼下に、近くの中学校から聞こえてくる部活動の生徒の声と野球の「カッキーン」という音を聞きながら、安塚街道へと歩く。
家々から漂ってくる秋刀魚の匂いやバスクリーンと石鹸が混じった匂い。
「ただいま」
と、玄関を開けると、
「おかえり」
という母の声。
台所からは圧力窯がシュンシュンと音を立てながら蒸気を発していた。
炬燵では妹と弟が仲良く遊んでいて、母が
「御飯だよ」
と言いながら盆に乗せた御飯を運んでくる。
そのついでに、奥の部屋にいる祖母に
「おばちゃん、御飯」
と呼びかけるのだった。
その後、誰が先に風呂に入るのかで兄弟喧嘩をし、母に怒られ、テレビを見ながら宿題をし、母が剥いてくれた柿や林檎を食べ、そして何の疑問もなく明日が来ることを思いながら就寝。
ミルクレープの層のように、少しずつ深まる秋を感じながら。
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