世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません

2024年09月21日 22時16分14秒 | Weblog
9/21実家に帰省。
起きたのが10時半だったので、実家に着いたのは15時。
道中、林真理子先生の「成熟スイッチ」を読み返した(今度、講演会に行くので)。


このエッセイの中でも林真理子先生が有吉佐和子先生を尊敬してるという記載があって胸熱。
そう、最近、有吉佐和子先生の本を読んでいる。
頂き女子りりちゃんが面白いといっていた「悪女について」を読んだらツボったのだった。


GWぶりの帰省。
祖父母にお線香をあげる。
術後1年の検査結果をクリアできました。ありがとうございます、と手を合わせる。




母が私のために買っておいてくれたというペニーレインのパンを食べる。
ずっしりしていてとても美味しい。東京だとソラマチでも買えるそう。
同僚がおススメしてて、いつか食べてみたいと思っていたので感激。



母と11月に行く旅行(冥途の土産になるのかと思うほどゴージャス)についての打ち合わせ。




本がたくさん積まれている父の部屋へ。

私のために父が有吉佐和子先生の本を用意してくれていた\(^o^)/

買おうと思っていたのでとても嬉しい。
「恍惚の人」もあったのだが劣化が激しく、とても貸せないということなので「和宮様御留」「木瓜の花(上下)」のみを借りることに。


ん?
なんか面白そうな本じゃないか。
「やってよかった東京五輪」




私「ああ、これね。円谷幸吉の遺書ね。泣いちゃうよね」

※円谷幸吉…1968年(昭和43年)メキシコシティ五輪の開催の年の1月9日に、自衛隊体育学校宿舎の自室にてカミソリで頚動脈を切って自殺。享年27歳。

父「『父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。』」

私「(やっべ読んでる!)」

父「『干し柿 もちも美味しうございました。』」

私「(涙腺崩壊する!)」

父「『…父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。
何卒 お許し下さい。
気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。
幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。』」

父と私、泣く。
…私たち親子は何をやってるんだ!?

円谷幸吉の在り様を三島由紀夫がどう解説しているのかとても気になったのだが、なんか、父が読みかけだったので借りなかった(けど読みたい)。


夕食は父の友達が富山で釣った鮎(唐揚げ、塩焼き)、母お手製のハンバーグ、茄子の浅漬け。
物価高騰のなか、これだけのご馳走を用意してもらい、感謝。
ありがとう。ご馳走様。





そ!し!て!
「新プロジェクトX~挑戦者たち~ 小惑星探査機はやぶさ 奇跡の地球帰還」を観る。


プロマネの川口淳一郎先生、イオンエンジン担当の國中均先生もゲスト出演(川口先生は2020年の上坂監督のイベントでお話できた。2ショット写真も撮ってもらった)。

小惑星探査機はやぶさについては、2010年の帰還時から、もう何度も、特番や映画や講演会やプラネタリウム作品やイベントで味わってきたけれど、今日の放送は改めてはやぶさへの言葉にならない想いを感じさせてくれるものだった。
勿論、泣いた。はやぶさプロジェクトと中島みゆきさんの「地上の星」の融合なんて泣かないはずないじゃないか。


順天堂での治療の副作用で発汗がひどい私は毎晩アイスノンを使用している。
今夜は実家のアイスノン。
冷凍庫のにおいが仄かに漂う。ちゃんと料理をする家庭のアイスノンなのだなあと思い、頭をつけた瞬間に深い眠りに落ちた。
勿論、睡眠薬も睡眠導入剤も飲んでいたけど、これまでにないほどマッハで眠りに落ちたのである。
きっと母の隣で眠れて精神的に安心したからだろう。

「幸吉は父母上様の側で暮しとうございました」

円谷幸吉はきっとこんなふうに安堵したかったのかもしれない。
眠りに落ちる寸前に、ふとそんなことを思った。

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