大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ここは世田谷豪徳寺・66『まるで幽閉』

2020-04-09 06:08:36 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・66(さつき編)
『まるで幽閉』   



 

 フランスにいるとき、よく夢を見た。

 タクミ君の夢が多かったけど、あの飛行機の緊急事態を共に乗り越えたためだと思っていた。とくにタクミ君に特別な気持ちを持ったためだとは思わなかった。
 その証拠と言ってはなんだけど、起きているときに、懐かしく思い出すことはあっても、連絡をとって会いたいとまでは思わなかった。
 

 夢の細部は覚えていなかった。なんとなくタクミ君が仕事をしている……そんなことぐらいしか覚えていない。

「それがハッキングなんですよ」

 一佐が言った。

「さつきさんが見た夢はハッキングされると、夢を見た本人の記憶は、とても薄いものになってしまうんです」
「削除されてるってことですか?」
「コンピューターのように完全な削除はできませんが……ほんの一カ月前なんです。NATOの関係者との防衛関係の話がC国に漏れていることが分かりました。まだ協議段階の内容なので、防衛省にさえ入ってきていない内容です。その内容を知っているのは小林一佐と通訳のタクミ・レオタール三曹だけなんです。二人には悪いが身辺調査もやりました。正直行き詰まり、たどり着いたのが、さつきさん、貴女なんです」
「どうして……」
「調査方法は申し上げられませんが、さつきさんの寮の近くにC国の女がアパートを借りたことをつきとめました。そして、この女がC国の工作員だったのです」
「それって、あたしの知っている人ですか?」
 あたしは、クレルモンの大学関係者や近所のアジア系の女性を思い浮かべたが、思い当たる人間はいなかった。
「近所のパン屋で働いていた武藤利加子ですよ」
「え……彼女日本人ですよ。字は違うけど氷室冴子さんの小説の主人公と同じ名前で、それで仲良くなって、よくお店や、休みの日には公園なんかで……でも、ほんの立ち話です」
「そうやって、あなたの心の鍵を開けていたんです。ある程度親しい人間でないと人の頭脳のハッキングなんかできない」
「……そんな」

 武藤利加子は、パン屋でバイトしながら、音楽の勉強をしていた。ときどき公園でギターを弾いて小さな声で歌っていた。歌の趣味はわたしといっしょ……それって!?

「そう、心をシンクロさせていたんですよ」
「でも、まだ、ほんの二十歳過ぎの子でしたよ」
「実年齢は40を超えています。さつきさんに合わせたたんですよ。それくらいに化ける奴は自衛隊にもいます。梅田のトイレで出くわした女子高生は二人とも見かけの倍は歳くってますから」
「……そんな」

 あたしは、ほとんど「どうして」と「そんな」しか口にしていなかった。

「柿崎君、入ってきてくれ」
 一佐がいうと「失礼します」と声がかかり、一曹の階級章をつけた女性自衛官が入ってきた。
「彼女が、しばらくのあいだ貴女の世話係になります」
「柿崎君子です。よろしくお願いします」
「あの……どういうことなんでしょう?」
「あなたの心をハッキングするためには、あなたの半径500メートル以内にいなければできません。しばらく、この駐屯地内で暮らしていただきます。申し訳ありません」
「あたし……幽閉されるんですか?」
「昼間は自由になさってください。ただ、夜は駐屯地内で過ごしていただきます」
「隊内で日常的に起居出来るのは決まりで自衛官に決まっていますので、三尉待遇の特認自衛官になっていただきます」
「これが辞令です。面倒ですが起立願いますか」

 室内にいる自衛官がみな起立した。

「では、司令、お願いします」
「わたしの前に立ってください」
 駐屯地の一佐が、机の前を示した。あたしは兄の記憶を元に気をつけした。
「任命。佐倉さつきを特認三等陸尉に任命する。令和二年五月十七日。防衛大臣某。S駐屯地司令、斉藤元一佐伝達」
「まあ、あとは気楽にやりましょう。わたしのことは柿崎でも君ちゃんでもすきなように呼んでください」
「は、はい……」
「够朋友gòu péngyou!」
「あ、あの時の女子高生!」

 ナンチャッテ女子高生はニヤリと笑った。


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