やくもあやかし物語
「いえ、文章の文に子どもの子と書いて文子でございます」
「あ、ああ文子さん! あ、ごめんなさい」
「少々珍しい読み方をいたしますので、お間違いになってもしかたありません。両親は町人の娘らしく文と書いて『あや』と付けたのでございますが……」
「あ、あやちゃん、おあやさん、うんうん、普通だよね(^_^;)」
「文左衛門、祖父なのですが。あ、わたしの文は祖父の文左衛門の『文』からきているのですが『文だけではいかにも軽々しい、文の下に一字を付けて堂々とするべきだ』と申しまして『文子』とついた次第でございます」
なるほど……文左衛門というお祖父ちゃんも、なかなか押し出しの強い人のようだ。
「親は、せめて『あやこ』と柔らかく読ませようとしたのですが『それでは天子様のお姫様のようだ』と反対してブンコと読むようになりました」
あ、そういえば、うちの居候も親子と書いてチカコだったもんね、チカコどうしてるんだろう……
「しかし、ブンコで良かったと思います」
「そう?」
「はい、紀伊国屋文左衛門の文を頂いたからこそ、このようにミカンの神さまに御守護頂けているのです! 無事に江戸につきますまで、どうぞよろしくお守りいただけますよう、紀伊国屋文子、伏してお願い申し上げます~」
「は、はひ(^△^;)」
ブンコおおお! 風が止んできたあああ!
甲板の方から声がして、文子さんは「ほんとかあ!?」と声を上げて船室を出て行った。わたしも、なんとかバランスをとりながら揺れる船室を出て甲板に出ると、進行方向の雲が切れ始め、みるみる風が収まってきた。
「よーし、帆を上げろ! 今度は風の災いを福に変えて、一気に江戸を目指すぞ!」
「「「「合点!」」」」
ふんどし一丁のおじさんたちが、いっせいにキビキビ動き出して、あっと言う間に〇の中に紀と染め上げた帆を張って、船はグングンと速度を上げていった。
「これも、神さまのおかげでございます!」
江戸の港で無事に積み荷のミカンを下ろすと、文子さんはじめ乗り組みのおじさんたちが平伏した。
「いえ、そんな(^_^;)。みなさんの腕が良かったから乗り切れたんです、みなさん大したものです!」
「いえいえ、これで、文左衛門祖父ちゃんの跡を継げます、ほんとうにありがとうございました!」
「アハハ、喜んでいただけたら何よりです」
「ようがしたねぇ、これで、ブンちゃん……文子さんも、やっと一人前の紀伊国屋の跡取りだ! ほんとうによかった!」
年かさのおじさんが、涙を流して喜んでる。
「ありがとう、みんな! 血のつながらない孫だけど、やっと面目が立ったよ!」
え、文子さん、血のつながりがなかったの?
「赤ん坊を拾われてきた時は『お寺にでも預けちまいなさい』と言っていたところを、親方は『この子には福相がある、神さまの授かりものだよ』っていって、子どものねえ若旦那夫婦の子になさった。まさに、その通りになりやした!」
「うんうん、みんなありがとう。そうだ、神さまにお礼をしなくっちゃ!」
「文子さーん、売り上げの金が届きやしたああ!」
船べりから外を見ると、千両箱を積んだ荷車が浜についている。
「しめて五千両か! 思った以上に高値で売れたねえ、とりあえず一箱持って上がっとくれ」
「へい!」
ドサ
重厚な音をさせて千両箱が置かれた。
「神さま、せめてものお賽銭です。千両お受け取り下さい」
「え!? いえ、そんな!」
「きちんとお礼をしないと、祖父、文左衛門の名も汚してしまいます。どうぞお納めを」
「え、あ、だって……」
「どうぞ!」
「そ、それじゃあ、おミカンいただいていきますぅ!」
まだ積み下ろしていないミカンを両手に一個ずつ持つと……目が覚めた。
突っ伏した机の上には、夢で掴んだミカンが二つ載っていたよ。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六条の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王 伏姫(里見伏)