やくもあやかし物語 2
『なにかお困りですか?』
ああ~なんか落ち着く(^_^;)。
交換手さんの声は聞いているだけで落ち着くような気がするよ。いっそ送話器の穴に吸い込んでくれて学校の自分の部屋、いっそ、日本の自分の家に連れて行ってくれたらとか思ってしまう。
『あいにく、そういう技能は持ち合わせておりませんので』
ああ、読まれてる(^△^;)。
『デラシネがこっちに来てくれたんだけどね、別次元化したみたいで、こっちはデラシネのこと見えてるんだけど、あの子からこっちは見えないし、話もできないなの。同じ砂浜なんだけど、ちがう砂浜になってて、へのへのもへじを描いたら切れ切れになって……』
「ああ、それじゃ分かんねえと思うぞ」
ハイジがすごく真っ当なことを言う。
『いいえ、長い付き合いですから分かりますよ』
「「ほんと!?」」
『きっと、あの日の真岡のようなんですね……』
あ……そうだった。交換手さんはソ連軍が攻めてくる真岡の電信局で、海の向こうの日本を思いながら死んでいったんだ。
『ミチビキ鉛筆さんは居ますか?』
「グタっとして使い物にならねえ」
ハイジが先に応える。
『受話器をミチビキさんの耳もとに持って行ってください』
「あ、うん」
一センチあるかないかの受話器を指でつまんでミチビキ鉛筆の芯の下に持っていく。
「そこが、こいつの耳なのかぁ?」
「たぶん……」
『…………………』
場所は合っていたようで、ヒソヒソと交換手さんの声がする。
『……………だけでいいんです』
『…………………』
『はい、よろしくお願いします……話はつきました。ミチビキ鉛筆をオモイヤリの先っぽに載せて、鉛筆の芯が光った方角に進んでください。それじゃ、ミチビキさん、よろしくね』
そこまで言うと、受話器は『ツーツーツー』と任務終了の音がして、御息所のポケットに戻しておく。
オモイヤリの穂先の上で二三度回ったかと思うと、ピタッと二時の方角……一時の方角……六時の方角……と向きを変えて、その都度その方角に進む。
「あ、デラシネ来るぞ!」
タタタタタタタタタタタタタタタタタタ!
「デラシネ!」
フワ
思わず声に出て、正面から掴まえようとすると。風圧だけを残してすり抜けていくデラシネ。
「風を感じた、もう少しだぜ!」
「うん、がんばろ!」
オモイヤリのミチビキ鉛筆をかざして、さらに二度三度と次元の狭間を超えていく。
ドッシン!
右の肩に衝撃! と、思ったら、デラシネがタタラを踏んで三メートルほど先でひっくり返る。
「やったぜ!」 「やっと会えた!」「やっぱり居たんだ!」
砂を払って立ち上がるデラシネ。
「あきらめないでよかった(#^▢^#)!」
あんなに愛想のなかったデラシネ。やっと小さな声で、そっけなく喋るようにはなったけど、こんどはハイジに負けないくらいピョンピョンしておっきい声で叫んだよ!
「ありがとう、デラシネも手伝いに来てくれたんだね!」
「ううん、手伝いじゃない!」
「「え?」」
「じつは、もう解決したんだ」
「「ええ?」」
ハイジといっしょにビックリすると、どこかであいつらも息をのむような気配がした。
「こないだ、ナザニエル卿と露天風呂で話しただろ」
「あ、うん」
あの露天風呂で、ナザニエル卿はやつらのことや、学校を森や敷地ぐるみ包んでしまう大結界の話をしてくれたんだ(044『露天風呂のナザニエル卿』)。
「あの温泉は性質がいいんで魔法の効きがいいって言ってただろ」
「あ、うん」
「敵もそれに気づいて、キーストーンを露天風呂に隠したんだ」
「「ええーーー!?」」
「派手に暴れまわって持ち逃げしたように見せかけて、露天風呂の岩の隙間に隠して、後で取りに行く……マジックみたいなことを狙ったんだ」
「そうか、あそこは隠れるにはもってこいだから、秘密の話しもできたわけで、つまりはモノを隠すにももってこいなんだ!」
「ここにいたら、果てしない消耗戦が続くだけ。さっさと戻って、破れ目は封印してしまおう! そういうことになった!」
ザワザワザワザワ!
デラシネが言い切ると、海の上や砂浜の上の空が騒めき始めた!
「早く逃げなきゃみてえだぞ!」
「簡単に言うけど……」
ここまでの道のりを思うと、走り終えたマラソンをもう一度やれと言われたみたいで腰砕けになりそうだよ。
「ちょっと貸して!」
「え?」
返事も効かずにオモイヤリごとミチビキ鉛筆を取ると、グッと念を籠めるデラシネ!
ビビビビビビ!
「セイ!」
帯電したようにスパークを放つミチビキ鉛筆を投げると、ミチビキ鉛筆はオモイヤリの上で激しく回転すると三人の目の前を指した!
ピシ!
鋭い音がして、さっきとは比べ物にならないほどハッキリした脱出口が現れた。脱出口の向こうには露天風呂が見えてる!
飛べええええ!!
そう念じると、脱出口がググっと迫って来て三人を包んだ。
ドッコーーン
瞬間、後ろでくぐもった音がして、間一髪であいつらの攻撃を避けたことが分かったよ!
ドッポーン!
水しぶきを上げて露天風呂に落ちた。
ちゃんと服も脱衣場の籠に収まっている。
「ああ~助かったんだぜ~~」
ハイジが瞬間でくつろいで、オッサンみたいに岩を背に大の字になる。
「もう、寛いでる場合じゃないよ、みんなに報告しないと」
「あ、でも……」
「「ああ……」」
籠がフワフワ浮いて、脱衣場の洗濯乾燥機の方に行ったかと思うと、中身を放り込んで洗濯が始まってしまった。
「洗濯が終わるまでは仕方ねえみてえだなあ」
「だね」
「そうねえ(^_^;)」
開き直って、デラシネと並んで岩に背を預けて寛ぐ。
かけ流しのお湯の音や森の木々が戦ぐ音……そうだ、もうそろそろ年の瀬なんだ。
シミジミしかけると、脱衣場の方で人の気配。
カラカラとガラス戸が開いた。
「あ、戻っていたんだ!」「ヤクモぉ!」「おかえりぃ!」
ドップーン! ザッパーン! ジャッブーン!
目をへの字にしてネル! そしてオリビア! ロージー! クラスの女子たちが次々に湯船に飛び込んでくる!
まだ敵をやっつけたわけじゃないけど、勉強もまだまだこれからだけどね。
みんなに助けられて、やっとここまでって感じ。
中学入学と同時にお爺ちゃんちに越して、妖まみれの三年間。
このヤマセンブルグ王立民族学校……中身は魔法学校に来て一年。
いろんなことがあったけど、なんとかここまで来たよ。
いつか、また出会ってあれこれお話ができるといいね。
見上げた空は、いつの間にか暮れて、フルムーンにもうちょっとというお月様が顔を覗かせていたよ。
やくもあやかし物語2 おしまい
☆彡主な登場人物
- やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ ヒトビッチ・アルカード ヒューゴ・プライス ベラ・グリフィス アイネ・シュタインベルグ アンナ・ハーマスティン
- 先生たち マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法) フローレンス(保健室)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの ブラウニー(家事妖精) プロセス(プロセスティック=義手・義足の妖) 額田王 織姫 間人皇女 マーフォーク(半魚人) トバル(魔王子) トバリ(魔王女)