ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第43話《さくらとはるかの日曜日・2》さくら
はるかさんと二人手を合わせてお祈りして……目を開けてビックリした!
土偶の左手が上がって細めた目が縦になっている!
「手は横向きだったよね……」
「目も縦に細めてる……」
土偶というか土人形は、教科書に載ってる亀ヶ岡式と呼ばれる土偶にそっくりで、短い手を真横に伸ばしゴーグルみたいな目は横線だった。
それが、右手はそのままに左手が上を向いている。
「ちょっと猫っぽくない……?」
「え、あ……」
そうだ、これにネコミミが付けばまねき猫。
「駅の改札出たとこに大きなまねき猫があったけど、地元のキャンペーンかなにか?」
「あ、ああ……あれは……」
地元に住んでると当たり前すぎて気にも留めないんだけど、まねき猫は豪徳寺のシンボルだ。それを話すとパッと目を輝かすはるかさん。
「むかしむかし、雨の日に井伊の殿さまが豪徳寺の前を通ると、門の下でオイデオイデする猫が居て。なんだろうと思って門の下の猫に寄っていくと、たった今まで居たところにドッカァァン! て、雷が落ちて。井伊の殿さまは寸でのところで命拾いしたんです。それが、きっかけでまねき猫が縁起物になって、豪徳寺はまねき猫のお寺になったんです」
世田谷の子なら、たいてい幼稚園とか小学校で習った話、聞かれたら、この程度にはだれでも話せる。
「へえ、そんな謂れがあるんだぁ……」
「豪徳寺に行ったら、何万匹ってまねき猫がいて、エモいです。お寺で売っていて、願い事が叶ったら納めに行くんです」
「行ってみたーーい!」
というわけで、はるかさんと二人、商店街を南に下って豪徳寺を目指した。
「ええ、なんでえ!?」
三重塔をグルッと周ってまたまたビックリのはるかさん。
三重塔の一層目、軒の根元に十二支の彫刻があるんだけど、ネズミのところが猫になっている。
「知らなかったぁ、世田谷にはネコ年があるんだ……」
「あ、よく見てください。猫の足元にネズミがいますから」
「え、あ、ほんと。え、小判咥えて……猫に渡そうとしてる」
「ああ、あれはですねえ。干支の話は知ってますぅ?」
「うん、神さまが動物たちに『早く着いた者から、その年のキャラにしてやる。先着12人まで!』って、そんな話だよね。そうそう、ネズミは牛の背中に乗ってゴール寸前に飛び降りて一等になったって」
「そのお蔭で、猫は干支に入れなかったんです。でも、猫は知ってて、それでネズミはお詫びに小判を持ってくわけですよ」
「なるほどねえ……それは知らなかった。口止め料なんだねぇ……」
「あはは、兄貴から聞いたヨタ話ですけどね(^_^;)」
「いやいや、真実を突いてるかも……さくらは猫? ネズミ?」
「え、あ……その二拓なら猫ですかねぇ、あんまり前に出ようって感じじゃないですし」
「だよね、わたしも猫。お母さんによく言われる」
「そうなんですか」
「わたしの場合は左甚五郎だけどね」
「え、左甚五郎?」
「ほら、眠り猫。家じゃ寝てばかりだからね。さ、まねき猫さんたちに会いに行こう!」
「あ、こっちです!」
「あはは、方向音痴猫だぁ(^_^;)」
招福堂に周ってまねき猫の壮観さに「「うわああ」」と感動。
むろん今までに何度か来ている。高校受験の時もまねき猫を買って、合格した時に収めに来ている。
でも、はるかさんと居ると、いっしょに感動してしまう。
シャウトすることだけで、この世界に足を突っ込んでしまって、ずっとやっていく頭脳も根性もないけど、最初に巡り合ったのがはるかさんで良かった。
しみじみと思った。
ふたりでお揃いのまねき猫を買って山門を出る。
はるかさんは、すぐ近くに東急の宮の坂駅があるのに気付いて「乗ったことないから」と、ちょうどやってきた電車に乗って帰って行った。
ちょっと冒険心が湧いてきて、まねき猫の箱を手に、宮の坂駅の西側に足を向ける。
東急世田谷線の西に行くことはあんまりない。
小学校の校区が違うし、線路と言うのは子どもにとっては境界線みたいなもので、あんまり踏み出すことは無い。犬養のおいちゃんに自転車習ってからでも、家から東側、世田谷城とか松陰神社の方角だったしね。
踏切を超えて世田谷八幡。
ここいらでは豪徳寺の次に大きい森。あ、お寺にしろ神社にしろ公園にしろ、住人の感覚では森だね。
神社の前ではペコリと一礼だけして北に曲がる。あとは住宅地を抜けて小田急線が見えたら東に向かって我が家に戻る。
あれ?
うる憶えの道を曲がると覚えのない森に出る。鳥居が見えているから神社なんだろうけど……世田谷熊野明神……あ、優奈が言ってた……でも、明治の初めに焼けたって言ってなかった?
八幡様の要領で頭だけ下げていこう……と思ったら、鳥居の向こうに巫女さんが居て、先に目礼されてしまう。
で、なにかの縁と鳥居を潜る。
「よくお参りにこられましたね」
巫女さんの声にビックリした。
白石優奈?
「いえ、八百比丘尼です」
「あ、えと……」
「優奈は眠っています」
巫女さんは、そっと自分の胸に手をやった。優奈の自我は眠っていて、八百比丘尼の人格が出てきているということだろうか。
「昨年は優奈を助けていただいてほんとうにありがとうございました」
「あ、いえいえ、本人からもご両親からもお礼を言っていただきましたから(^_^;)」
「もとはと言えば、この比丘尼の問題、なにを置いてもお礼を言わなければならなかったんです。でも、社殿は百年も前に焼けてしまって、なかなか現世のさくらさんのところに伺うことができませんでした」
「はあ……でも、ここは世田谷熊野明神なんですよね?」
「はい、今風に言えば次元の狭間、現世と幽世の間……という感じです」
「はい」
「フフ、豪徳寺さんのおかげです」
「あ、まねき猫?」
「直にお目にかからなければ、きちんとお礼ができなくて、ほんとうに助かりました」
ニャー
「え?」
「『どういたしまして』とおっしゃっています」
こころなし箱が暖かい。
「それでは、時間はとらせませんので、拝殿の方にお進ください」
ニャー
まねき猫も――いいからいいから――という感じで拝殿に向かう。
「どうぞ、おあがりになって」
「は、はい」
普通のお宮参りや御祈祷なら拝殿の玄関みたいなところなんだろうけど、板敷の、そこから先は本殿だというところまで上げていただく。
巫女服の上に、もう一枚羽衣みたいなのを羽織り、ハタキの親玉みたいな幣を捧げ持った比丘尼がやってきて、一礼すると祝詞みたいなのを始めた。
「かけまくも畏き熊野明神に敬りて申さく……」
バサリバサリと幣が振られて……意識が飛んだ。
気が付くと自分の部屋。
ボンヤリとLEDの豆球が見えて、いつの間に……と思って棚の上に目をやると、二つのまねき猫。
一つは、はるかさんとオソロで買った小さいの。
もう一つは、例の土偶。
ちゃんと耳も付いていて、どこから見てもまねき猫。
どちらも左手を上げていて……左は……人を招くだったっけ?
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
- 坂東 はるか さくらの先輩女優
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 四ノ宮 篤子 忠八の妹
- 明菜 惣一の女友達
- 香取 北町警察の巡査
- タクミ Takoumi Leotard 陸自隊員