ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第20話《あいつが近所に!?》さくら 
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ノタァ……バシャバシャ
前を走る自転車が急に減速したかと思うと、荷台の荷物をぶちまけ、呪われたように止まった!
ブレーキを掛けたわけでもなく、なにか悪魔の手によって止められたかのようにノターっという感じで!
ベスト豪徳寺の前、年末の買い物客でごった返している中で、この珍事が起こった。
乗っている男の人も周囲の人も――ええ!?――という感じ。
昨日、お姉ちゃんが渋谷で大橋むつおというお母さんの同業者を助けた話を思い出した。
――助けてあげよう!――
そう思って……ウ……惨状に目を落とす男の人の顔を見て気が変わった。
――助けてあげよう!――
そう思って……ウ……惨状に目を落とす男の人の顔を見て気が変わった。
なんと四ノ宮忠八だ。こいつとは、もう関わりになりたくない……と、思ったら目が合ってしまった(-_-;)。
「しょうのない人ね!」
そう言って、あたしはその惨状の収拾にかかった。
「しょうのない人ね!」
そう言って、あたしはその惨状の収拾にかかった。
自転車は、悪魔が止めたわけではなかった。ハンパに止めた荷台のゴムロープが外れ、買ったばかりの商品が散乱。で、ゴムロープのフックが後輪のスポークに引っかかり自転車を止めてしまったのだ。東大生とは言え、ガードマンをやるほどの力があるので、ロープはフックの根本で千切れかかって使い物にはならない。
「あたしの前カゴに半分入れて」
「す、すまん」
「あんたの新居まで送ってあげるから、そのあとで、あたしの買い物につきあってよ」
そうすれば、二度の往復を覚悟していたのが一度で済む。我ながら瞬間の計算が早い。
忠八の新居は、同じ町内の杓子神社の近所『シャトー豪徳寺』と、名前だけ立派な昭和の匂い満点のアパートだった。ほんの近所なのに、ここは知らなかった。
忠八の新居は、同じ町内の杓子神社の近所『シャトー豪徳寺』と、名前だけ立派な昭和の匂い満点のアパートだった。ほんの近所なのに、ここは知らなかった。
「改装したてなんだ。オーナーの好みで昭和風になってる」
言わずもがなのことを忠八は言った。子どもの頃から知っているボロアパートが思い出された。外装と窓枠なんかをサッシに替えただけの「改装」のようだった。
「チュウクン、遅いわよぉ!」
二階の窓が開く気配がして、可愛い女の子の声がした。あたしのチャリは死角で見えていないようだ。
「チュウクン、遅いわよぉ!」
二階の窓が開く気配がして、可愛い女の子の声がした。あたしのチャリは死角で見えていないようだ。
「ああいう人がいるんなら、二人で行けばいいでしょ!」
「お帰り……あ、こんにちは」
可愛い声は、階段を降りてきて、想像より二割り増しの可愛い実体を、あたしの目にさらした。
「あ、ゴムロープが切れたんで、彼女が手伝ってくれたんだ」
「まあ、そうなの。それは、どうもありがとうございました。ちょうど片づきましたから、お茶でもどうぞ」
こういう状況では、あたしは尻込みする。でもその子には、何とも言えない無垢な人の良さを感じて上がり込んでしまった。
三畳と六畳にミニキッチンとユニットバス。この界隈でも最低の居住条件。だけど女の子のセンスがいいのだろう。部屋は品良く片づけられていた。
「ほんとうにチュウクンは一人じゃ何もできない人なんで、困ってしまいます」
手際よくお茶とプチケーキを整え、時代物の櫓ごたつのトイメンに彼女が座った。
こういう状況では、あたしは尻込みする。でもその子には、何とも言えない無垢な人の良さを感じて上がり込んでしまった。
三畳と六畳にミニキッチンとユニットバス。この界隈でも最低の居住条件。だけど女の子のセンスがいいのだろう。部屋は品良く片づけられていた。
「ほんとうにチュウクンは一人じゃ何もできない人なんで、困ってしまいます」
手際よくお茶とプチケーキを整え、時代物の櫓ごたつのトイメンに彼女が座った。
訳の分からない胸苦しさを感じた。単語にすると「理不尽」になる。
こんなトンカチを、こんな可愛い子が世話をしていることが理不尽。昔ハトポッポが総理大臣をしていたような理不尽さ。チョウチンに釣り鐘、ブタに真珠、猫に小判なんて慣用句が頭に浮かんだ。
「こんないい人がいるんだったら、わたしが手伝いにくることなんか要らなかったかもしれませんね」
「こんないい人がいるんだったら、わたしが手伝いにくることなんか要らなかったかもしれませんね」
「こいつは、そんなんじゃないんだ」
「女の子を、こいつだなんて、いけません」
「いや、これは……」
「いいんです。あたしも、この人のことは、こいつと思ってますから」
「まあ……あの、お名前伺ってよろしいですか?」
「あ、佐倉さくらっていいます。最初のが苗字で、後のが名前」
「まあ、ゆかしいお名前。わたし篤子と申します。チュウクン、こいつはやっぱりいけません」
女の子が意味深な顔つきになった。
「あ、あたし買い物の途中だから……手伝ってくれるんでしょうね」
「ああ、もちろん。約束だからな」
お茶を飲むのもそこそこに、あたしは忠八を連れて、アパートの駐輪場に向かった。
「チュウクーン、お父さんに知られてしまった。いま携帯に……!」
あの子が、また窓から叫んでいる。可愛くうろたえて、いよいよ怪しいぞ。
「もう……だったら、今夜は泊まっていけよ」
お茶を飲むのもそこそこに、あたしは忠八を連れて、アパートの駐輪場に向かった。
「チュウクーン、お父さんに知られてしまった。いま携帯に……!」
あの子が、また窓から叫んでいる。可愛くうろたえて、いよいよ怪しいぞ。
「もう……だったら、今夜は泊まっていけよ」
「うん、そうする。じゃ、さくらさんよろしく」
え、あっさりお泊り?
この胸くそ悪い出会いから、年末のドタバタが始まった……。
この胸くそ悪い出会いから、年末のドタバタが始まった……。
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 四ノ宮 篤子 忠八の妹
- 香取 北町警察の巡査