大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

REオフステージ(惣堀高校演劇部)126・餃子が焼き上がるまで

2024-08-20 08:59:07 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
126・餃子が焼き上がるまで 






 子ども手当というものがあった。


 十五歳までの子どもを扶養する親に月々13000円支給される。子どもたちの経済環境をよくし、少子化対策の狙いも持たせた国の施策だ。

 受給資格に国籍条項はなく、外国人であっても受給できる。

 申請は地方自治体の窓口だ。

 これに、日本に住む外国人の親が申請に来た。なんと、子どもの数が50人!

「これは、ちょっと……(^_^;)」

 役所の窓口は困ってしまった。

「どうして困るの? 法律には人数制限は無いし、50人の子どもたちは全員わたしの子どもですよ、これが書類だし」

 なるほど書類は揃っている、法律で定めている子どもとは親権のことで、遺伝子的に親子である必要はないのだ。

 大お祖母ちゃんから聞いた時――とんでもないことだ!――と腹がたった。

「それは外国人の親が正しいよ」

 大お祖母ちゃんに言われた通り話すと、餃子を焼きながら美麗が背中で答えた。

「えーーどうして!?」

 餃子に目が無いわたしはヨダレを垂らしながら驚く。とうぜん美麗は「それはひどい!」と夕べの自分のように憤慨すると思っていたのだ。

「須磨のヨダレといっしょ。美味しいものがあったら、ヨダレ垂らして食べたいと思うのは人情だし、人間が生きていくために必要なバイタリティーだよ」

「だって、書類をよく見たら、親子関係は子ども手当の支給が決まってからのばっかりなんだよ」

「でも、法律には合ってるんだ。でしょ?」

「だけど」

「お皿は大きいのにして、餃子はチマチマ載っけちゃ美味しくないから」

「え、あ、うん……」

 美晴は素直にお皿を片付け、食器棚から白い大皿を出した。

「あ……っと、その奥にある錦手のがいい」

「こっち?」

「おいしく感じるでしょ」

 なるほど牛丼屋の丼のような柄で、食欲がそそられる。

「で、ぼんやりしてないで、お皿にお湯を張る!」

「へ?」

「お皿が冷たいと冷めてしまうでしょ」

「なるほど……」

 美晴はポットのお湯をなみなみとお皿に注いだ。意外なことにポットのお湯の半分が入る。

「子どもを育てるのは大変なんだよ、中国じゃ子どもっていうのは自分が生んだ子どもばかりじゃなくて、一族みんなの子どもが自分の子どもなんだよ……変に思うかもしれないけど、そうでなきゃ中国は、こんなには発展してないよ」

「美麗の言う通りだよ」

 いつのまにか林(りん)さんがテーブルについて餃子の焼き上がりを待っている。餃子はさっき林さんが皮から作ってくれたものなのだ。

「林さん……」

「ぼくの父親は国で役人をやってるんだ。子どもは、ぼくも含めてみんな外国に行かせてる。母親は去年呼び寄せたから、国には父親一人で生活。なぜか分かる須磨ちゃん?」

「たくましいお父さんですね」

「はは、父親は、いざとなったら捕まるつもり……あ、なんかヤバそうなことしてるんじゃないかって顔」

「え、あ、いや……」

「父親は、さっき言ってた家族手当程度の事しかやってないよ」

「え、じゃ、合法的なことしか……」

「いざとなったら、国はどんな罪でも被せてくる。父親は覚悟してるよ。だから、一族の事はボクが世話をするんだ」

「それが胡同なんですね……」

「そう、でも、須磨ちゃんは分かっちゃだめだよ」

「え、なんで?」

「簡単に分かられちゃ……面白くないでしょ。大お祖母ちゃんのように歯ごたえのある人になってよ。人生は面白くなくちゃね」

「焼けたわよ!」

 ジュワーー!!

 盛大な湯気と匂いが満ちた。わたしは、サッとお皿の湯を捨てて、美麗はすかさず餃子鍋をひっくり返してお皿に盛る。

「ナイス日中合作!」

 林さんは、各自の取り皿にタレとラー油を注いでいく。

「中国の餃子は、元来は水餃子なのよ。こうやって焼くのは余って固くなった餃子の食べ方」

「でも、ぼくは日本の焼き餃子が好き。ぼくも美麗も、こういう焼き餃子のように生きていくつもりだよ」

 林さんの幸せそうな笑顔で昼食の準備は整った。


「おや、ちょうど焼けたところだったんだねぇ」


 大祖母ちゃんが瀬奈さんを従えてやってきた。

「地酒のいいのが入ったからね……」

 瀬奈さんが角樽のお酒をテーブルの上に置いて、手際よく人数分の御猪口を並べて注いでいく。

「お嬢さまはニッキ水になさいますか?」

「あ……」

「まだ制服も着てないし、いける口なんだろ?」

「あ、じゃあ、一杯だけ(^_^;)」

 全員の御猪口が満たされて乾杯すると「では、準備をしてまいります」とお辞儀して出て行こうとする。

「あ、準備なら済んでる。着替えるだけだから」

「松井家の跡取りが出かけるんだ、粗略にはできないさ」

「あ、そんな大げさには(^_^;)」

「もう、年の内は帰ってこないんだろ」

「あ、まあ……」

 夕べ、松井の家を継ぐことだけは了承した。

 でも、それは了承だけで、いつ甲府に来るとは言っていない。

 とりあえず、高校生活は八年で終わりにする。そのあと大学に……まだ微妙に先延ばしだけど、そういう約束を大祖母ちゃんとしたんだ。

 庭の前栽の向こう、甲州の山々は癪に障るぐらいに変化が無い。

 でも、一昨日よりも、いっそう紅葉が進んで。その紅葉ぐらいには意地が通せたかと思った。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)


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