妹が憎たらしいのには訳がある・41
『Departure(逸脱)・2』
母が息を引き取りました……モスボールおねがいします。
それだけ伝えると、管理室からナースがやってくるまでの間に、わたしはママのバトルスーツに着替えて駐車場に向かった。
「わるいけど、アズマ貸して。夕方までには帰ってくる」
「あ、あんたは?」
「甲殻機動隊、第一突撃隊隊長里中リサ。ねねのママよ。ねねの制服とカバン預かっといて」
「え、ええ!?」
わたしは、呆然とする拓磨を置き去りにして第三名神を目指した。
二時間後、わたしは防衛省から一キロ離れたパーキングに着いた。
セキュリティーレベル2のエリアで、政府関係者や、政府と特殊な関係にある者でなければ、パーキングは許されない。幸い、このアズマは、小なりと言えど青木財閥の車である。パーキングのセキュリティーには、青木社長秘書のIDをかましてある。そのまま防衛省の中に入ることもできたけど、のちのち拓磨の迷惑になることは避けたかったので、実在の警務隊員のパスをコピーした。本人は仮死状態で植え込みの中で転がっている。三十分は生命反応も出ない。もっとも三十分を超えると、罪もない警務隊員は、そのまま命を失う。仮死状態にする寸前彼女の彼の顔が浮かんだ。一カ月後に結婚の予定のようだ。二十分もすれば仕事は済む。ごめんね……。
ここに来るまでの二時間で防衛省のセキュリティーは完全に解読した。庁舎に入る寸前で、バトルスーツをステルスモードにした。エレベーターは重量センサーが付いているので使えない。わたしは、地下三階の動力室に向かった。ここの床や、天井にも重量センサーが付いているので、そのままでは入れない。警備員の頭に、動力室からのノイズのダミーをかました。
「ん……?」
警備員が不審に思い目視で室内の異常確認をするのに十秒かかる。その間に潜り込む。警備員が床に足を降ろすタイミングに合わせて、床に足を着く。警備員の体重は、わたしの体重を引いた分しか感知しないようにしてある。そして、その間に制御板に爆薬をしかけると、警備員の足に合わせて部屋を出る。花粉症の警備員は、部屋を出る寸前クシャミをしたが、それは織り込み済みだ。瞬間跳躍してごまかす。ただ、体重をもどしたとき、オナラをされたのにはヒヤリとした。幸いセンサーは誤差と読んだが、わたしは、極東戦争から十数年で失われた緊張感が悲しくもあった。
これからやろうとすることが、かくも容易くできてしまうことを、インストールしたママの記憶が悲しがっている。
……防衛省も落ちたもんだ。
長官室の前まで来ると、意外にセキュリティーは甘い。
「甲殻機動隊、第一突撃隊長入ります」
「入れ」
「失礼します」
「ん……おまえは!?」
「セキュリティーの過信ね、声紋チェックもしないなんて。ここは突撃隊でも総隊長しか入れないのよ。わたしは第一突撃隊長と言っただけ」
「里中、治ったのか?」
「里中リサは、二時間前に死んだわ。助からない放射線障害であることは、的場さんが一番ご存じでしょ。だから二階級特進で少佐にしてくれた」
「おまえは……」
「義体よ……」
「グノーシスか!?」
「どうでもいいわ。あなたが防衛政務官だったとき、どれだけ状況判断を誤ったか。死ななくていい二千人が命を落とした。里中リサのように後遺症で亡くなった人間も合わせれば一万人は超えるでしょうね」
「……!」
「この部屋のセキュリティーにはダミーをかましてある。あなたは、甲殻機動隊の来栖隊長と話してることになってる。ゆうべ東海地方で亜空間にほころびができたから」
「な、なにをさせたいんだ、わたしに!?」
「K国とC国の機密条約を流してもらう。両国ともに、こちらへの攻撃準備に入っているのは、情報として上がってきているはずよ。防衛大臣である的場さん。あなたが一人で握りつぶしている……でしょ。機密条約が子供だましなのは、それこそ子供でも分かるわ。条約と情報の両方を流してもらうわ。そうすれば国民も気づくでしょう、第二次極東戦争の危機だって。そして、的場さんたちがどれだけ日和っていたか。もう、昔のハニートラップで懲りたはずでしょうに、性根が腐ってるのね」
ドーーーーーーーーーーン!!
腹に響く衝撃音。
「な、何をした!?」
「動力室を吹き飛ばしたの。予備電力で見た目に大きな障害はないでしょうけど、ここのMPCは、全部ダウン」
「な、なんてことを!」
「K国もC国も同じことをやろうとしていた。互いにフライングだって騒ぎになるでしょうね。ただ、わたしが、それより早くフライングしたから、現場の対応は早いわ。的場さんの首が一つ飛んで、大事にはいたらないんだから、良しとしましょう。ほら、お土産」
「ア、アルバイトニュース!?」
「明日から、額に汗して働くのよ、ボクちゃん」
そうして、わたしはそのまま防衛省を後にした。
途中、C国とK国の工作員に出くわした。やつらの頭は情報収集で一杯だったので、ダミーの情報をかますことは簡単だった。両国とも互いのフライングだと思っている。
ただ、現場は忙しいだろう。明日と思っていた攻撃が今日始まった。敵も同じで、準備はまだ整っていない。あらかじめ国防大臣の意向を無視して準備していた味方の勝利は間違いない。パパたちは少し忙しくなるだろうけど、わたしのDepartureは、これで、おしまい。
夕方になって警察病院に戻った。オート走行でもどると、待合いから拓磨が慌てて出てきた。
「ねねちゃん、大丈夫……!?」
「とりあえず、制服くれる?」
下着姿のわたしは、ドアの窓を半分だけ開けて、腕を伸ばした……。
※ 主な登場人物
- 佐伯 太一 真田山高校二年軽音楽部 幸子の兄
- 佐伯 幸子 真田山高校一年演劇部
- 千草子(ちさこ) パラレルワールドの幸子
- 父
- 母
- 大村 佳子 筋向いの真田山高校一年生
- 大村 優子 佳子の妹(6歳)
- 桃畑中佐 桃畑律子の兄
- 青木 拓磨 ねねを好きな大阪修学院高校の二年生
- 学校の人たち 加藤先輩(軽音) 倉持祐介(ベース) 優奈(ボーカル) 謙三(ドラム) 真希(軽音)
- グノーシスたち ビシリ三姉妹(ミー ミル ミデット) ハンス
- 甲殻機動隊 里中副長 ねね(里中副長の娘) 里中リサ(ねねの母) 高機動車のハナちゃん