大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

小悪魔マユの魔法日記・88『期間限定の恋人・20』

2019-11-08 05:30:20 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・88
『期間限定の恋人・20』   



 その日は一日黒羽といっしょだった。
 
 でも二人きりではない。

 黒羽はディレクターとして、美優は衣装制作者としてフジヤマテレビで特番に出演する。

――AKRをでっちあげる人たち――というタイトルで、ディレクターから、振り付け、メイク、衣装、果ては事務所の食堂のおばちゃんにいたるまで、総出演で、裏話や、とっておきの話のト-クショ-。その間メンバーは言われ役で、笑ったり、顔を真っ赤にしたり。そして要所要所でライブでAKRのヒット曲が挟まれる。

 企画は、光ミツル会長であるが、仕掛け人本人は、そのままの姿では出てこない。
 会長の狙いは、黒羽と美優をできるだけいっしょにしてやることであった。しかし仕事から外して二人きりにしても、黒羽も美優も断ることは目に見えていたので、こういうカタチにしたのである。
 そして、明日に迫ったオモクロとの対決番組の番宣にもなるし、メンバーのモチベーションをあげることにもなる。『コスモストルネード』は、新曲そのものとしては、昨日の段階でできあがっている。事務所のスタジオやシアターでストイックに稽古するよりは、よっぽど効果がある。
 会長の頭には、黒羽から美優のことを相談された時には、もうこの企画ができあがっていた。
 
 フジヤマテレビのディレクターに直接会って、すでに録画撮りの終わっている歌謡番組を一週遅らせ、緊急特番ということで実現させた。オモクロの上杉ディレクターは、放送局に派遣しているスタッフからの連絡があるまで、このことに気づかなかった。オモクロは、関係者以外締め出しで、ひたすら明日のAKRとの対決に備え、最後の稽古に余念がなかったのだ。

 番組の途中で事務所の清掃担当のオジサンが光ミツルであることを自身でバラし、スタジオのスタッフ始め、視聴者を驚かせる仕組みにした。
 放送自体は、その日の夜八時のゴールデンタイムであり、オンエアまでは数時間ある。
「HIKARIプロ会長の光ミツルです」とはいうものの、雰囲気としてはニセモノの雰囲気を残しておく。
 すると、ネットのツイッターなどで、「フジヤマテレビAKR特番で、伝説の会長光ミツル登場。果たして本物か!?」などと騒がれる。オモクロのスタッフは、スクープのつもりでスタジオに潜り込み、こっそりビデオを撮り、動画サイトに「ここまでやるか、ニセモノ光ミツル!」と、投稿したもので、効果的には逆のスクープになり、オンエアの視聴率を上げてしまうことになった。

 光ミツルは、怪しげな掃除のオジサンの姿のまま、怪しげな話をした。

「実は、このAKRのオーディション。最初は四十八人いたような気がするんだよね。だってオレね、最初に受験者きたときにオモシロ半分で、自販機の空き缶人数分だけ別にしといたの。そいで、全員合格でやろうってことになって、書類見たら四十七人。オレもそう思いこんじゃてて、そのままいったんだけどね、あとで空き缶数えたら四十八個あるんだよね。いや不思議……」
 もちろん言った会長本人も数え間違いだと思っている。スタジオはミステリーじみた話に湧いたが、言った本人が笑っているもので、話どころか、喋っている本人が、本物の会長であるかどうかも怪しくなってきた。

 メイクさんが、念入りに特殊メイクをしたもので、メンバーの中でも「あれー?」という者まで出てきた。
 会長オハコのギャグではあるが、マユと拓美は、冷や汗ものだった。
 最初からの読者ならお分かりだろうが、マユの体の中にいるのは幽霊受験者の拓美である。トップの成績でオーディションに合格したときに、小悪魔のマユが気づき、拓美自身幽霊である自覚がなかったので、やむなく自分の体を貸してやり、マユ自身は末期のガンで、今夜命が尽きる美優の体を、なんとか支えている。

 拓美に体を貸したときに、拓美がオーディションを受けた形跡や、人々の記憶は全て消したつもりでいたが、会長が、オモシロ半分で空き缶を別にしていたことまでは気が回らなかった。記憶を消したとき、会長は、人数分空き缶を集めていたことなど忘れていたのだから消しようもないことではあるのだが、この話題が出たとき、拓美が借りているマユの頭のカチュ-シャが一瞬きつくなり、拓美は声をあげるところだった。地獄のサタン先生もすぐに気が付いたが、マユが美優の命を支えていることや、会長の話がヨタ話と思われたことで、お構いなしということにした。

 その夜、黒羽と美優は夫婦として最初の、そして最後の時間を美優の部屋で過ごした。

「あと……一時間だね」
 美優が、ポツンと言った。
「そんなことは、分からない。オレは奇跡を信じる……」
 黒羽は、美優の肩を抱きながら、静かに言った。

 二人は、次第に無口になっていくことを予感していたので、テレビをつけて、昼間収録した『AKRをでっちあげる人たち』を流していた。いっしょに出た番組を観て、二人笑いながら、美優は逝きたかった。
「アハハハ……」
 会長のヨタ話のところでは、一瞬自分の、新妻の死が、そこまで迫っていることを忘れた。CMになって思い出した。
「あ……時間だ」
「美優……!」
「しっかり抱きしめて。わたし英二の胸の中で逝きたい……」
 二人は、そうやって、その瞬間を覚悟して待った。

 一時間ほどすると、美優の胸の中からまゆの息絶え絶えの声がした。

――ガン細胞……みんなやっつけた……。
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