千歳が手を伸ばしたが間に合わなかった。
寝返りを打った拍子に、須磨のスカートがめくれ上がり、千歳が伸ばした手に引っかかって太ももの付け根まで露わになってしまった。
「ちょっと、先輩は出てってくれる?」
「え、あ、うん」
千歳に言われ、啓介はオタオタと部屋の外に出た。ほんの0.2秒ほどだったが、須磨のスカートの中身が目に焼き付いて閉口だ。
上背がある美人であることは申し分ないのだが、あの寝ぼけた顔は願い下げだ。と思いながら、員数合わせの部員に復活してもらうだけなのだから、人格的にはどんな先輩でもかまわない。さっさと済ませよう。
「もう入っていいよ」
これが、今の今までだらしなく居ねむっていた大先輩かと目を疑った。
服装の乱れはもちろんのこと、クシャクシャのセミロングは、たったいまブラシをかけたように整ってツヤツヤと輝いていた。口元のよだれの跡も消え去り、このまま学校案内の表紙に使えそうだ。しかし、ついさっきの様子を見ているので、思わずエンガチョしてしまう。
「演劇部なんて、まだあったんだね……」
松井須磨は浦島太郎のようなことを言った。
「あ、その、地味な部で……部員もオレと千歳の2人だけなんですけど、今週中に部員を5人にしないと廃部になりそうで。あ、どうも不甲斐ないもんで、申し訳ありません。で、まあ、とにかく週末の部活動の確認には間に合わせたくて、松井先輩の在籍確認をさせてもらいたんです」
啓介は、空堀高校6年目の大先輩の威厳に打たれて、つい腰の引けた言い回しになってしまう。
「そんなに気をつかった言いかたしなくてもいいわよ。あたしも、毎日こんなタコ部屋登校にゲンナリしてたとこだから」
「松井先輩は、どうして、こんな生徒指導分室なんかにいるんですか?」
千歳が円らな瞳で遠慮なく聞いた。
「あたし、もう6年目でしょ? 4回目の3年生。学校は追い出したくてしかたがないのよ。だから教室に行くのは禁止でね、こんな部屋でずっと……音をあげて、あたしが退学にしてくれって、自分から言い出すのを待ってるのよ」
「そんな、チョー留年生とは言え、学校がイジメみたいなことやってええんですか?」
「ハハハ、あたしも指導に従わないしね。ほんとは、それやってなくちゃいけないんだ」
須磨は、部屋の隅の段ボール箱を指さした。
「え、なんですか、これ?」
千歳は器用に車いすを操って、段ボール箱の中身を確認しに行った。
「わ、黄ばんだプリントがいっぱい!」
「学校が、あたしに課した課題。それをやっつけないと教室にもどれない」
「……こんなもん、1年かかってもできませんよ!」
「うん、3年分だからね」
「え、先輩て、3年間も、この部屋に居てはるんですか!?」
「正確には3年と2カ月。自分が所属している教室には行ったことがないからね。えと、今のあたしって3組だったっけ?」
「え、6組でしたよ」
「あ、そうなんだ」
「松井先輩は、この部屋に住み着いてるんですか?」
「ハハハ、まさか。9時ごろに登校して、ここに入って、6時間目の途中に帰ってるの。他の生徒と顔を合わせないようにね」
「それで今まで見たことが無かったんですねえ」
啓介と千歳は顔を見合わせた。
「えと、在籍確認の書類は、君が手に持っているそれなのよね?」
「ああ、そうです」
啓介が差し出すと、須磨はサラサラと必要事項を記入してハンコまで押した。
「じゃ、明日の放課後から部室に行くね」
やっと演劇部員は3人になった……。
寝返りを打った拍子に、須磨のスカートがめくれ上がり、千歳が伸ばした手に引っかかって太ももの付け根まで露わになってしまった。
「ちょっと、先輩は出てってくれる?」
「え、あ、うん」
千歳に言われ、啓介はオタオタと部屋の外に出た。ほんの0.2秒ほどだったが、須磨のスカートの中身が目に焼き付いて閉口だ。
上背がある美人であることは申し分ないのだが、あの寝ぼけた顔は願い下げだ。と思いながら、員数合わせの部員に復活してもらうだけなのだから、人格的にはどんな先輩でもかまわない。さっさと済ませよう。
「もう入っていいよ」
これが、今の今までだらしなく居ねむっていた大先輩かと目を疑った。
服装の乱れはもちろんのこと、クシャクシャのセミロングは、たったいまブラシをかけたように整ってツヤツヤと輝いていた。口元のよだれの跡も消え去り、このまま学校案内の表紙に使えそうだ。しかし、ついさっきの様子を見ているので、思わずエンガチョしてしまう。
「演劇部なんて、まだあったんだね……」
松井須磨は浦島太郎のようなことを言った。
「あ、その、地味な部で……部員もオレと千歳の2人だけなんですけど、今週中に部員を5人にしないと廃部になりそうで。あ、どうも不甲斐ないもんで、申し訳ありません。で、まあ、とにかく週末の部活動の確認には間に合わせたくて、松井先輩の在籍確認をさせてもらいたんです」
啓介は、空堀高校6年目の大先輩の威厳に打たれて、つい腰の引けた言い回しになってしまう。
「そんなに気をつかった言いかたしなくてもいいわよ。あたしも、毎日こんなタコ部屋登校にゲンナリしてたとこだから」
「松井先輩は、どうして、こんな生徒指導分室なんかにいるんですか?」
千歳が円らな瞳で遠慮なく聞いた。
「あたし、もう6年目でしょ? 4回目の3年生。学校は追い出したくてしかたがないのよ。だから教室に行くのは禁止でね、こんな部屋でずっと……音をあげて、あたしが退学にしてくれって、自分から言い出すのを待ってるのよ」
「そんな、チョー留年生とは言え、学校がイジメみたいなことやってええんですか?」
「ハハハ、あたしも指導に従わないしね。ほんとは、それやってなくちゃいけないんだ」
須磨は、部屋の隅の段ボール箱を指さした。
「え、なんですか、これ?」
千歳は器用に車いすを操って、段ボール箱の中身を確認しに行った。
「わ、黄ばんだプリントがいっぱい!」
「学校が、あたしに課した課題。それをやっつけないと教室にもどれない」
「……こんなもん、1年かかってもできませんよ!」
「うん、3年分だからね」
「え、先輩て、3年間も、この部屋に居てはるんですか!?」
「正確には3年と2カ月。自分が所属している教室には行ったことがないからね。えと、今のあたしって3組だったっけ?」
「え、6組でしたよ」
「あ、そうなんだ」
「松井先輩は、この部屋に住み着いてるんですか?」
「ハハハ、まさか。9時ごろに登校して、ここに入って、6時間目の途中に帰ってるの。他の生徒と顔を合わせないようにね」
「それで今まで見たことが無かったんですねえ」
啓介と千歳は顔を見合わせた。
「えと、在籍確認の書類は、君が手に持っているそれなのよね?」
「ああ、そうです」
啓介が差し出すと、須磨はサラサラと必要事項を記入してハンコまで押した。
「じゃ、明日の放課後から部室に行くね」
やっと演劇部員は3人になった……。
え、いま部室に行くって言った? げ、幻聴だよな?
恐ろしくて聞けない啓介であった。