大橋むつおのブログ

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ここは世田谷豪徳寺・92『左遷なのか作戦なのか』

2020-04-27 06:26:20 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・92(惣一編)
『左遷なのか作戦なのか』   

 

 


 詰襟の常装第一種夏服着用の指令が横須賀基地からきた。

 つまり、自衛隊最高の礼服で横須賀に入港しろというわけである。当然迎える方も、それなりの迎え方をする。
 横須賀の第一ふ頭には、基地司令以外に、なんと海幕長、防衛大臣……それに、あろうことか総理大臣までもが出迎えにきていた。

「たった二日で、天地がひっくり返ったな」

 船務長が、苦笑いしながら慣れない詰襟をしめていた。
 登舷礼で最上甲板に並び、軍艦マーチに迎えられ、微速で岸壁に付けた。すると、なんと「栄誉礼冠譜」が演奏されて、総理大臣自身が艦上に上がってきて、乗員一人一人に握手して回った。小さな声だが「ありがとう」「ごくろうさまでした」と、はっきりした口調で言っている。信号手が慌てて総理大臣旗をマストに掲げた。
「マスコミ対策やな」
 機関長が小声で呟いた。この人の関西弁を聞くと、早期退官させられた吉本艦長の顔が浮かぶ。機関長が言った通り、岸壁や基地外に居るマスコミには、総理自身が艦上に上がった方がよく見える。また劇的でもある。政治的な演技ではあるのだろうが、総理は、世論のために我慢していた歓迎がやっとできたという感激に溢れていた。

 明石海峡大橋の上から生卵の爆弾を降らせた市民団体は、たかやすの見張り員が撮った映像が証拠になり検挙されていた。気づかなかったが、映像は海自から総理にまであげられ、その過程で誰かが動画サイトに投稿。あっという間に世界に広がり、特にアメリカの世論が激昂し、それが日本政府の態度を180度変えさせた。埠頭には、アメリカ海軍の他にも、ベトナムやフィリピンなどの太平洋諸国の武官たちも出迎えにきてくれていて、その後ろには溢れんばかりの一般の人たち。その中に、あいつが混じっていたのには気づかなかった。

「吉本艦長はアメリカから勲章が出るらしいぜ」

 歓迎式典が終わり、慣れない常装第一種夏服の詰襟をくつろげながら笑った。日本がばい菌を駆除するように退役させた日本の将校に勲章をやるのである。日本政府は慌てた。日本には自衛官に授与する勲章も、その制度も無かった。国民栄誉賞の声もあったが、どうにもそぐわない。政府は慌てて自衛官に与える勲章の検討に入ったが、法制化せねばならず、おそらく国会審議だけで、半年……いや、野党の反対にあって、流れる可能性が強い。後の話だが、一年後、吉本艦長はアメリカに移りアナポリスの教官になってしまう。

 たかやす以下三隻は、危うくスクラップにされるところだったが、諸外国からの招待申し込みが相次ぎ、除籍は撤回された。変わって「栄誉艦隊」という呼称が与えられそうになったが、こういう(その場しのぎ)呼称は海自の秩序に混乱をもたらすとして、現場が返上。第一護衛隊群第三艦隊の呼称のまま海外歴訪にあたることになった。

 そして、俺は、たかやす乗り組みから外された。

 新しい任務は、今年できたばかりの「海上自衛隊発足60年記念室」付となり、佐世保沖海戦の記録の作成を任ぜられた。左遷なのか作戦なのかよくわからない移動だった。いずれにしろ迅速ではあるが間が抜けていることに違いはない。

 そんなある日、あいつがやってきた……。


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