魔法少女マヂカ・193
今次の震災を境に世の中は大きく変わっていくんだ。
新畑は、遠くを見るような目をして切り出した。
「僕は、大正と言う時代の修繕をやっているんだ、君たちの時代の言い回しだとメンテナンスとかアップグレードとかいう仕事だよ」
「新畑さんは、神なのか?」
長年魔法少女をやっていると、ときどき神のような者に出くわす。
しかしメンテナンスとかアップグレードとか言い出したのは、こいつが初めてだ。
ニ十一世紀に生きる者には受け入れやすい言葉で入って来る。ちょっと要注意なのだが、取りあえずは調子を合わせておこう。
曖昧なアルカイックスマイルを浮かべてやると、ちょっと照れたように頭を掻いたぞ。
「……運営というのがしっくりくるかなあ」
「ゲームか投稿サイトみたいだね」
「かもしれない。時々バグが出るしね。僕は、そのバグのようなものを発見し修正することが仕事なんだ。言わばデバックだね」
「いよいよゲームだな」
「霧子くんは華族のお嬢様だが、物事を公正に見る力がある。見るだけじゃなく、公正でないと分かったら修正しようとする勇気と力が」
「デバックの才能か?」
「ああ、その類の力だよ。だから、礼法室の上に望楼を作って、あちこち見て回れるようにしたんだ。霧子君は、勘がいいしバグを正す意欲も高い。将来は優秀なスクリプターになれるだろう」
「ゲームなら、柱になる仕事だな」
「だが、鋭すぎるところがあって、ここのところは控えていた」
「屋敷に閉じこもっていたことか」
「そうだ、礼法室の望楼も閉めていたからね。それが、今次の震災だ。あちこちでバグが頻出する。僕の手には余る。まして、女学生の霧子くんにはね……」
「そうか……霧子を助けてやれということだな」
「さすが魔法少女、理解が早い」
「待ってくれ、合点(がてん)したわけじゃない。新畑さん、あんたは何をする?」
「バグは日本の中だけには留まらない、僕は、世界中のバグを始末する」
「ほう……いよいよ大文字のGODだな」
踏み込んで茶化したんだが、臆することなく身を乗り出してきた。
「いかにも。しかし、この混沌のままでいいと言う者も居てね。そいつらは、僕たち運営を矮小化しようとしている。僕は、寸でのところで探偵小説の中に閉じ込められるところだった」
「新畑さん、あんたの目、ちょっと危ないぞ」
「あ……ごめん。だからこそ、魔法少女。ちょいとね、君たちの手を借りたいんだ」
「ちょいと? 気楽な物言いをするんだな」
「Take it easyというやつさ。急いては事を仕損じる……いや、急いては事を子孫に及ぼす」
「なんだと?」
「ハハ、単なる語呂合わせさ。おや、どうやら決まったようだ」
窓から、道路の向かいを見ると、霧子が『赤い鳥』をキープしながら、他の雑誌の品定めをしているところだ。
手を振ってやると、ちょっと鼻にしわを寄せて手を振り返してきた。
よしっと口の形で言うと、五冊ほどの雑誌を書店の主人にまとめてもらい、意気揚々と道路をまたいだ。
ゴトリ
冷やしコーヒーの氷が溶けて、大きな音を立てる。
令和の時代と違って、氷はカチワリのを使っていて、氷山のひな形のような姿をしている。
それがでんぐり返ったので音が大きい。
で……顔をあげると、もう新畑の姿は無かった。
「あらあ?」
階段を上がってきた霧子が、つまらなさそうに声をあげる。
「忙しい人なんだから……」
つまらなさそうに口をとがらせると「お願いします」と、霧子は帳場(レジ)に雑誌を預け、二人で学習院に戻る。
帰り道は震災が起こる数日前になっているようで、阿鼻叫喚を目にすることも無かった。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男