大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・92『ウルフオブウォールストリート』

2016-11-13 06:15:22 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・92
『ウルフオブウォールストリート』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が、個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので、転載したものです


今は昔、リーマンショックのもっと前に、アメリカに大型証券詐欺事件がありました。

 本作は、その主犯だった男の書いた本の映画化です。アメリカでは、この主人公を美化し過ぎ(破天荒にデラックスな生活ぶり)っちゅう非難も有るようですが……そうは見えなかったですねぇ。金に支配されたアル中で薬中のぶっ壊れた男(達)の物語です。
 意外に笑えました……てか、殆ど下ネタか薬ネタなので、お堅い方々には顔をしかめられるかもデス。

 詐欺の手口は、未上場のクズ株を株価操作して値を上げ、密かに安値当時に大量取得していた株を売り抜ける……まぁ、手法としてはオーソドックスながら、この男、セールストークが天才的でどんなクズ株も見事に押し売る。この点、ディカプリオのトークには多少“??”です。これで、そんなに人を騙せるの? と思います。まぁ、あんまりリアルに作って詐欺師養成講座になってもいかんでしょうしね、こんなもんでしょう。
 この男、相当な人たらしで人を鼓舞するのもお手の物(2年弱 収監され、出所後 「自らを鼓舞するトーク術」なんてな講座を開いて回っている)で、ブラック会社なのに社員は全力を絞り出している。まぁ、民族性の違いもあるでしょうが、アタシャ個人的には こんな風に煽られたらかえって胡散臭く思うけどな。主人公のやり方は、全く悪辣なんですが、株価を操作している途中、間違いなく利益を得る客もいて、なかなか立件出来ない。不正に不当利益をあげている証拠がいるってんでFBIといたちごっこになる。
 結論から言って、バレて司法取引して収監される訳ですが…なんか釈然とせんのですわ。
 これは、実話なんですが、実話ってんなら この後に起こったアメリカの信用不安の方が、規模が段違いだわ質も悪いわ……元々、国絡みの債権ですからね。この映画のように犯人像がハッキリしない分、闇の深さを感じます。
 マーティの狙いは、こういう金融状況の告発という点にもあったんじゃないんですかねぇ。
 さて、本作もオスカー6部門にノミネートされて、作品賞本命グループの一角にはいるのですが……あかんやろなぁ。ハッキリと本作の描き方に反発する人々がいるのと、主演のディカプリオに強烈なライバルがいて、主演男優賞はほぼ絶望ですから……後は、去年のように主要6部門の受賞者がバラバラになる状況待ちですが、さて どないだっしゃろか。“アメリカンハッスル”を見れば もうちょい見とうせると思います。
 兎に角、金融商品ってのは得をするのもスッテンテンになるのも自己責任です、情報が100%明らかになる事など有り得ません。だから、殆ど博打です。本作に登場するような悪党がうじゃうじゃいます(真面目な証券マンの皆様、ごめんなさい)から、くれぐれもご用心……てのが、本作から得る知恵でありましょう。本編ほぼ2時間48分、あまり長いとは感じませんでした。その辺はマーティ監督の腕ですね。毎回 感じ入ります。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・91『小さいおうち』

2016-11-12 06:01:29 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・91
『小さいおうち』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


まず、松たか子さん……長年、見もせずボロクソに嫌ってごめんなさい。

 あなたは出来る女優さんやったんですね。過日、劇団新感線の“メタルマクベス”における大勘違い芝居と、カーテンコールにおける あなたの“ドヤ顔”に、「二度とこの女の出ている作品には触れるまい」と誓ったのでありました。ところが、本作であなたが演じた“時子奥様”には魂鷲掴みにされまた。

 大方の邦画ファンにはフルボッコにされそうですが、山田洋次も大して認めていませんでした。私的には、前作「東京家族」は小津の猿真似、退屈な失敗作にしか見えませんでした。本作監督が山田洋次だってのは信じられませんでした。 いや、ほんまにエエ作品でござりました。
 ストーリーの歴史感覚も割と正確……ああ、一カ所、初めの方で 孫の妻夫木が「南京では大虐殺が有った」なんぞとのたまわり、他では孫の失言を訂正するタキ婆ちゃんが、この一言にはノーコメント。原作にあるのか、山田の私見なのか解りませんが、「こいつもかい」と、失望いたしました。まぁ、そこをのぞけば、歴史認識はいずこにも傾かず、正確な昭和初期の小市民感覚を写していました。

 見ていてバージニア・リー・バートンの絵本「ちいさいおうち」を意識したのですが、後半、そのまま絵本が登場した時には大笑いしそうになりました。この映画を見て、改めて“昭和”という時代を想ったのでありますが……それは置いときましょう。「また、オジンが感傷に浸っとる」と思われるのが落ちでありますわ。見る人それぞれの感覚で感じていただければよろしいかと思います。後はパンフレットを買って下さい。良く出来たコラムが幾つも入っています。
 さて、ごく普通の人々の生活にも様々なドラマが有るんだ……という、ある意味当たり前のお話なんですが、これを小説にし 映像化するのは難しい。いや、書けはするけどリアルな説得力があって、エンタメとして面白い作品にはなかなか成らないんだな。その意味、この映画がとても面白いのは(勿論、原作が良いのは読んでいなくてもわかりますが)タキという女中さんの造形によって担保されています。当然、原作の設定ですが、黒木華が見事に肉化しました。これ以上のリアルは望めない、現実に生きている人としてスクリーンに存在しています。また、老いたタキを演じた倍賞千恵子さんが、黒木の演じ方を巧く引き継いでいて、違和感なく一人の人物の老若が繋がっています。こんな ちょっとした気遣いが画面の隅々に感じられ、さらにこの映画をリアルな作品へと押し上げています。山田組の現場はチームワークの良さが喧伝されていますが、本作の現場は その中でも最高の噛み合わせだったのだと思います。

 もう一つの要因は、丘の上の赤い瓦の「小さなおうち」に“命”を持たせる事に成功している事です。  
 セットの平面図を見ていると「どこが“小さい”ねん!」と思いますが、決してお屋敷ではなく、まさに小市民の精一杯の夢と幸せが詰まった(山田洋次の青春時代には“プチブルの下らない夢”として拒絶されてました)小さな結晶なのです。明治に外国から一挙に流入し、大正に狂い咲き、この映画の描く時代に日本の文化として結実した、様々な形の日本人の夢であり、戦争を挟み、その後永らく日本人が追い求めて来たものの原形が この“小さなおうち”に代表されています。

……嗚呼、昭和を語りたい~~けど、やめときますわい。

 キャラクターは皆さんそれぞれに魅力的で存在感たっぷり……一番華やかなのは松たか子の時子奥様です。淫らに堕さない色気と聡明さが無理なく両立しています。一家を守る主婦の顔が、一瞬 内からこみ上げる衝動に豹変する。一瞬だけ彼女の全身から凄絶な色香が発せられる……まるでスクリーンから香り立ってきそうです。
 今の時代からすると、多少理解しづらい部分もあるかもしれませんが、人の営みの普遍的な所を表現しています。「永遠の0」なんかでも思ったのですが、どうしてもラストが駆け足です。原作がどうなのか判りませんが、映画はどうしても時間の制約上 駆け足に成りがちです、そこが製作者の腕の見せどころなのですが、納得のラストにはあまりお目にかかりません。殊に、タキ婆ちゃんが「私は永く生きすぎた」と泣くシーン…これがラストに向かう入り口に成るのですが、そこからがちょっと忙しい……かな? う~ん。決して映画を損なう程じゃないんですがぁ、これは「無いものねだり」とは思いたくないですね。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・90『先週、今週のランキング』

2016-11-11 06:00:44 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・90
『先週、今週のランキング』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している統計ですが、もったいないので転載したものです


各賞の受賞やノミネートの発表でランキング大混乱しとります。

 興業収入的には今一なんですけど、まぁこれもこの時期の特徴。まずはランク落ちから、前週から。

⑩リベンジマッチ こらまあこんなもんでしょ。
⑨ハンガーゲーム2 公開8週目、前週で4億710万だから、ランク外としても、前作の4億800はおろか、去年のNo.1アイアンマン3の4億900万も超えたのは確か、さすがに社会現象作です。
⑧LIFE!これはダニー・ケイの「夢を掴む男」のリメイク、前週4540万…どう評価すりゃええんですかねぇ。

 さて、今週のランクインであります。

⑩アンカーマン2 前週⑥から急降下…とは言え1億2000万?????
⑨パラノーマルアクティビティ/呪いの印 こいつはさらに大急降下!前週初登場②からのダウン、前週比34% 2840万…ようやくこのシリーズも終わりますね…かな?
⑧ウォルトディズニーの約束(前週⑦)7000万に迫ってますからスマッシュヒットの資格は取っております。

 さて、ここから各賞効果

⑦8月の家族達(4月公開)メリル・ストリープ/ジュリア・ロバーツ 出演、色々ややこしい問題を抱えた破綻家族の話で、元々は戯曲だそうです。オスカーノミネーションで一挙に拡大ロード、今週トータル770万だから、前週たったの60万?
⑥ホビット2 前週③だから、これも急降下組ながら公開5週目2億4220万……立派なもんですが、前作2億8710万には微妙に届かんかも?
⑤アメリカンハッスル(前週⑤)と④ウルフオブウォールストリート(前週④)がランク維持、二作共ゴールデングローブ受賞、他の賞にも常連でオスカーノミネーションも果たしている、アメリカンハッスル/1億120万、ウルフオブウォールストリート/7840万だから興収もそれなりです。
③The Legend of HERCULES やばいのがこの初登場、売上高880万、これは1000万少々でランク落ちパターン、ヘラクレス役がケラン・ラッツ(トワイライト・シリーズ)、この人“マイティーソー”“キャプテンアメリカ”両作のオーディションに落ち、ようやく主役ゲット!……の筈が、どうやらコケ決定。第二のテイラー・キッチュ(「ジョン・カーター」「バトルシップ」の二大作に主演するも二本共 大ズッコケ)誕生です。しかし、テイラー・キッチュは その後、腐る事なくジワジワ人気を固めつつある。頑張れ!ケラン・ラッツ!
②アナと雪の女王(前週①)またもや2位落ち……とは言え、公開8週の間2位以下に成った事無く、興収3億2000万!さて、どこまで稼ぐ?3/14の公開が楽しみ。 今週の第一位! こんな大ジャンプは ここ数年見た事がない(とは言え、メガヒット作品が無かったからですが…) 堂々の十作品ゴボウ抜き“ローン・サバイバー”今週3780万でトータル3820万(ちゅう事は前週たったの40万?)拡大公開されて見事に圏外から1位にジャンプ。 マーク・ウォールバーク/テイラー・キッチュ(先程書いた人です)出演、アフガンでのシールズの実話だそうです。これも3/21公開です。
 この他、オスカーに期待がかかるのが「ダラスバイヤーズクラブ」2/22公開 「それでも夜は明ける」3月公開 「大統領の執事の涙」2/15公開 「ブルージャスミン」5/15公開 「インサイドルーウィン デイビス」初夏公開 「オールイズロスト」3月公開 「ネブラスカ」2/28公開 「あなたを抱きしめる日まで」3/15公開 「ENOUGH SAID」公開未定…まあ、こんな所。日本からは宮崎さんの「風立ちぬ」と、短編アニメに大友監修オムニバス「ショートピース」から「九十九(ツクモ)」がノミネート、さていかが相成ります
やらです。3月が待ち遠しいであります。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・89『エンダーのゲーム』

2016-11-10 06:03:08 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・89
『エンダーのゲーム』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ



 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです


さすがに映像に文句はありません。メカ・衣装デザインにも 隅々まで気が行き届いています。

 ただ、原作を読んだ身としてはダイジェストを見ている気分になります。 エンダーが訓練校に行った後、地球に残った兄と姉の役割が全面カット。エンダーは もっと小さい子供のイメージでしたが、主演のエイサ・バターフィールドはデカ過ぎ。訓練校で対立するボーンソーが彼より背の低かったのにはビックリしましたわい。アハハハハ……!
上下2巻の原作を100分に納めるのは無理ですね、まぁ毎度の話です。エンダーのゲームは地球の危機が一少年に託される事と、勝利の為とは言え 多数の犠牲を払う作戦を指揮させる事が二本の柱。いかな天才とは言え、年長者に認められたい欲求と他者に対する極自然な思いやりを持っている、精神的には全くの子供。しかも暴力的な兄の性癖が我が身にも隠されている事を自覚していて、それが爆発した後には、いつも深く懊悩してしまう。
 ゲームならばまだ良いが、エンダーの実戦指揮は意外な形で知らされる事となる。原作には、このショックに耐えられるだけの訓練シークエンスがあるのだけど、映画の展開だけでは判らない。
 エンダーの訓練より40年前、地球は昆虫型異星人の攻撃を受け、多大な犠牲を出しつつも追い払う。しかし、次の攻撃に耐えられるかは悲観的であり、先制攻撃を加えるべく艦隊が順次進発している。敵母星までは10年(原作では20年になっている)、その間、地球では艦隊指揮官の養成が図られる。これまで、何人もの候補がいたが何がしかの不具合で決定しなかった。エンダー(留め、最終者の意味合いがある)はほぼ最後の候補である。というのが本作の背骨であり、原作ではもっと長い時間が訓練校の中で流れる。その中でエンダーが悟るのは、敵を理解しなければ勝利は無いという真理。
 エンダーは、ついに異星人の思考を捉えるが、その事は彼に更なる十字架を背負わせる。  
 映画は、その点急ピッチに展開され、訓練校に入ってから1ヵ月位の話になっている。その分エンダーの心理的葛藤が描き切れておらず、ラストのエピソードに無理が出てくる。
 映画独自の説明がされてはいるが……この辺りの食い足りなさがアメリカでのスマッシュヒット止まりの結果に現れたのかもしれないですね。いずれにしても原作を読んでからお出かけになる方がよろしいようです。結果を総て受け入れるならば、それなりに楽しませてくれるポテンシャルは持っています。エイサが「ヒューゴの不思議な発明」当時にエンダーを演じ、2年がかり2部作品にしていれば完璧……いやいや、無いものねだりでございます。

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高校ライトノベル・ タキさんの押しつけ映画評・88『新宿泥棒日記』

2016-11-09 05:22:37 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・88
『新宿泥棒日記』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的にながしているものですが、もったいないので転載したものです


1969年の大島渚作品です。当時おぼえた怒りを今見ても思います。

 おどりゃあ、この、しょうもない映画でなにが言いたかったのよ。ようもまぁ、こんな映画で入場料取って上映したなぁ。こんなもんは時代の証言でも何でもありゃしない。これが時代の証言だと言うなれば若松浩司の「処女ゲバゲバ」や「胎児が始動するとき」の方がよっぽど時代の証言だ!
 アートシアターギルドの名の元で、何を作っても芸術だと判断され、どんな下らん作品でも社会批判だと評価された。
 大島渚ってのは、そんな時代の産んだ勘違い監督であって、それ以上でも以下でもない。「新宿泥棒日記」は かの時代を切り取ってさえいない。当時の先端にいた唐十朗や横尾忠則を使っただけで、時代の切り取り方は一人よがり以外の何ものでもない。
 さて、これ以上は書かない。ここまで言われて我慢出来ない輩がいるだろう。 文句があるなら反論してきなはれ。別に日時を決めて殴り合いでもかまわんよ。待ってるよ。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・87『永遠の0』

2016-11-08 06:48:42 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・87『永遠の0』

この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


見て下さい……それ以外、一言もありません。

 見る方一人一人、いろんな感慨が有ると思います。私の押し付けは、映画をご覧に成った後でお読み下さい。

 さて、連休初日の土曜日とあって映画館は満員。年齢層はバラバラです。岡田君ファンの若いカップルからご老人まで、ざっと見てどの層が突出しているとは見えません。ちなみに、私の隣は初老の紳士と若い女性、親子には見えない……どういう関係なんでしょうね(余計な詮索)。映画が終了、エンドクレジットになっても殆ど席を立つ人はいませんでした。桑田の歌う“蛍”を聴きながら、それぞれ余韻をかみしめておられるのがわかります。
 単なる反戦映画ではありません。泣かせるだけの作品でも、日本人にしか解らない作品……そんな、ちっぽけな映画ではありません。百田尚樹の原作は、これから読むのですが「海賊と呼ばれた男」の経験からすると、この映画の背骨には原作がしっかり入っているのだと思います。

 原作者/百田尚樹と監督/山崎貴(三丁目の夕日)を改めて見直しました。“永遠の0”は、これまで何回もドラマ化のオファーがあったそうですが、脚本に納得がいかず断っていたそうであります。原作を読んで、何が作者を納得させたのかを考えるのも楽しみ。
 役者の演技はひとまず、本作の片一方の主役は素晴らしいCGの仕上がりでした。蒼穹に舞い上がる零戦の美しさ、繰り広げられる空中戦のリアル。 数量、性能共に優勢に成っていく米軍機を相手に最後まで互角以上の戦いをする事ができたのは、その軽量を生かした(防御が薄いという事です)航続距離と機動性です。 照準器に捉えられても、直進しているように見えて微妙に進路をずらす「滑り」というテクニックを、はっきり映像で確認できました。零の20㎜砲に比べて、圧倒的に直進性能に優れる機銃相手に「零マジック」と恐れられた操縦方法で……いやいや、そんなオタク話はどうでもよろしいでんな。
 
 さあて、漸く俳優さんの演技。CMは百田/岡田の二人で各局を走り回っていましたが、その時必ず百田氏が口を極めて褒めていたのが岡田准一の笑顔。作中、主人公/宮部久蔵が印象的な笑顔を浮かべるのですが、その笑顔の意味は総て違います。そのままに喜びであったり、裏に悲しみや寂しさ、諦観、覚悟が隠されている笑顔。岡田准一見事であります、きっちり演じ分けていました。彼の笑顔を見るだけで満足できます。演じる者として、当然出来て当たり前の演技ではありますが、岡田が物語を完全に理解し、宮部久蔵に深く入り込んでいる結果であります。精神主義の日本軍の中にあって、愛する者のために 徹底的に“生き残り”にこだわる。「臆病者」「面汚し」の汚名必至ながら、信念が揺らがない、この主人公の強さと しかし、戦況悪化の圧力の下 徐々に蝕まれて行く……この存在の悲しみが余すところなく演じられる。これは脚本と演出の構成の勝利でもあるでしょうが、まず岡田を賞賛したいと思います。

 物語は宮部の妻/松乃の葬儀が行われている葬儀場から始まる。泣き崩れる祖父(夏八木勲さん/本作が遺作になってしまいました)が、実の祖父ではなくお婆ちゃんの再婚相手だと知れる。孫二人が実の祖父を知ろうと かつての戦友を訪ね、映像は過去と現在を往復する。こういうテーマではオーソドックスな作りになっています。
 しかし、オーソドックスながら本作を非凡な作品に仕上げているのは原作の力と岡田以下共演者総ての人々のリアルな世界観です。 殊に橋爪功の死を目前にした老人、田中民(ミンの字は正しくはサンズイが付きます)演じるヤクザのの親分が出色。孫達はインタビューの初めには祖父を卑怯者と否定する話しか聞けない、橋爪功の井崎老人から初めて祖父の実情を知らされる、橋爪の淡々とした語りが胸にしみる。逆に田中の景浦は個人では抱えきれないほどの怒り悲しみを持ち続けている。田中の背後にそれが炎のごとくに立ち上がってみえる。そして、意外な所に最大の理解者がいた。
 老優の素晴らしさもさることながら各人の現役時代を演じた濱田岳/新井浩文/染谷将太らの熱演も光る。戦争の時代を手探りながらもリアルに演じた。当時、理解しきれなかった宮部の生き方が、自らの人生の中で深く理解されていった経緯が鮮明に見える。
 宮部は、ある想いから特攻に出て還らぬ人となる。必死で帰りたかった妻と娘を残して……残された二人が、戦後のある時期以降 幸せな人生を送れたであろう事が、そしてそれは間違いなく宮部の生き方が生んだ奇跡であることが、この物語を救っている。
 最後に、田中民さんの想いが本作の総てを言い表していますのでお借りします。“耐えて守るべき個人の正義/他人の可能性をどこまでも信じること/死のギリギリまで生命の輝きを見続けること……” 素晴らしい映画でした。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・86『ゼロ・グラヴィティ』

2016-11-07 06:34:13 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・86
『ゼロ・グラヴィティ』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ

これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


こら、凄ぇ映画なんですが、まず文句を一つ“ゼロ・グラヴィティ”ってのは邦題です。

 原題は“GRAVITY”重力って意味です。それが“0”だから「無重力」っちゅうのが邦題、しかし 見終えての感覚からすれば原題のグラヴィティ=重力ってのがピッタリ。これが日本語タイトルならわからんでもないが、英語タイトルでなんでわざわざ“ゼロ”を付けたのやら……責任者出てこんかい!〓

 さて、気が収まったので後は褒め称えるのみ。映画には、記念碑的作品がたまにあらわれます。本作もまちがいなくそういう一本で、“グラヴィティ”以前と以後という風に表現されるでしょう。
 スペースSFが、かつて“2001年宇宙の旅”の前と後に分けられたように、後には“STAR WARS”の前と後に分けられたように、必ず“グラヴィティ”の前と後に分けられる表現になります。それは、宇宙空間を描くテクニックにもありますが、本作が単なるSFにとどまらず、人間存在の深い部分を描き出している事にもあります。

 某監督の“ツリー オブ ライフ”なんてな一人よがりな作品が有りましたが、基本 本作は同じテーマです。ところが、某ツリーは眠気を耐えるのに必死にならなければ見通せなかったのに比べ、本作は全編ハラハラドキドキ、眠気? それって何? いや、じつに恐ろしい体験をサンドラ・ブロックと共にします、眠っているなど……何言うてまんねん。“エイリアン”を始めて見た恐怖にも似ています。  
 本作、“2001年宇宙の旅”へのリスペクトに満ち溢れています。“2001年~”公開時、あまりの難解さに賛否両論、もしあの時本作が有ったならば「なるほどそうやったんか」とみんなが納得しただろうと思います。他には“エイリアン”のシガニー・ウィーバーのオマージュ、そしてリアルタイムムービーとしての挑戦……本作、信じられない事に91分の映画、宇宙空間で作業中 デブリ(宇宙ゴミ)に襲われ逃げる間もなく大惨事に巻き込まれる。
 ロシアが不用になった衛星を爆破したため発生したデブリが他の衛星をも巻き込んで予想以上のデブリの集団を産んでしまった。なんで“ロシア”なん?中国って言うたらんかい! 
 実際、一番最近 衛星をミサイルで破壊したのは中国やんかいさ。主人公が最後に目指すのが中国の宇宙ステーション(現実にはそんな物は存在しない)であるから、皮肉にもなるとおもうんやけどね……まぁそらよろしいわいな。サンドラ・ブロック演じる主人公は、何の命綱も持たず宇宙空間に投げ出される、絶体絶命! これが怖い!ほんまに怖い。そこから救われ、しかし運命は二転三転、更なる窮地に放り込まれる。生還をあきらめるのも一度二度じゃない、それをなんとか乗り越えて行く。それがリアルタイムで描かれていく。“12人の怒れる男たち”を見る感動がある。
 “2001年~”“ツリー オブ ライフ”と同じく、人間の生と死 そして再生の物語、しかし 本作の90分の方が見る者の胸にガンガン迫って来る!映画の醍醐味ってのはまさにこれであります。  
 タイトルロールにNASA VOISE エド・ハリスの文字、エドは“アポロ13”でケープ・ケネディの地上管制官のボス/ジーンを演っていた人(あたしゃ大ファンです)こんなキャスティングもSF映画ファンにはたまらない。それと、本作、基本的に登場人物はS・ブロックとG・クルーニーの二人だけ。サンドラが本作でオスカー有力と言われる位なのでちょと置いといて、G・クルーニー……格好良すぎ! 男前! クルーニー演じるキャラクターは殆どの男が「こうありたい」と羨望の目で見る役柄、本作の飛行士マットは、そらもう究極であります。この時点でそんな選択を……しかも事も無げに出来る男……いやもう痺れた! 男ならほんまにこうありたい。
 まだまだ有ります。カットの撮り方を言うと、リアルタイム作品の殆どがそうであるように本作もワンカットが長い。しかも、ロングで撮っているシーンが人物に近寄っていくと いつの間にか自然に人物のヘルメットを通した画像になっている……なんでも無さそうで この撮影は凄い。
 テレビのCMで、宇宙船内でサンドラの涙が無重力で浮かび、その涙にサンドラが写っているのが凄いとか言っているが、こんなテクニックは前からある。しかし、使われているシーンが「ここしかないやろ」と思えるシーンなので効果抜群でした。
 これ以上は書きすぎになります。もっと書きたいけど、もう止め時。 後はご自分の目と体で感じて下さい。私、サンドラと一緒に宇宙を漂い、彼女があきらめた所では一緒に覚悟し、彼女の希望は私の希望で有りました。そして、ラスト……本作の題名は“ゼロ・グラヴィティ”ではなく“GRAVITY”でしか有り得ません。パンフレットにも“ゼロ・グラヴィティ”ではなく“GRAVITY”と有ります。なんで? ああ、これは文句じゃないんですが……う~ん、作品中に入る効果音楽が煩く感じる時が有ったかなぁ。ご存知のように宇宙空間は無音です。ここは音楽が無い方がええんとちゃうんか?と思うシーンが
幾つか有りました……まぁ、趣味の問題でありますら。

 兎に角、見て下さいませ、絶対損はありません。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・85『47RONIN』

2016-11-06 06:04:49 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・85
『47RONIN』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


 これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が、個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。



さぁて、こいつをどう評価するか、結構ややこしい問題ありです。

 一切何も考えず、ファンタジーなんだと、世界観はそのままに受け入れるんだとすれば、まぁ映像は良く出来ていたと評価出来る。
 しかし、本作が赤穂浪士四十七士の討ち入りの映画だとするなら、言いたい事は山積み、一々書き連ねたら明日の朝までかかってしまう。だから、これは考えないとして、とりあえずインスパイアされたけど、討ち入りそのものを再現するものではないとして見る。
 にしても、四十七士を知らない外国人がこれを見て、誰に思い入れてどこに感動するのか?
 日本の江戸時代に一体どれだけの外国人が知識を持っているのか。ハリウッドは昔から結構無責任に白人以外の歴史物語を英語映画にしてきました。ローマ帝の興亡なんてな同じ白人だからええとしてたら、オードリー/ホセで作った戦争と平和はイデオロギー以前に「こんな物はトルストイ文学の映像化ではない」と攻撃されたわけだし、アンソニー・クインで撮った「フン族の王アッチラ」の物語は当時こんなものはアッチラの物語ではないと主体的に抗議する民族が存在しないながらも「いかがなものか」位の議論はあった。
 はっきり言って、日本人であれば、「忠臣蔵」の話を知悉していればしているほど、入り込みにくい映画です。
 なんもかんも忘れて、ファンタジーと見るにしても、中途半端で 誰に思い入れてどこで感動すりゃいいのか 全く不明。 ファンタジーとして見るには 半端に日本の文化や歴史観に踏み込んでいます。外国人が本作をどう見るのかは分かりませんが 日本人には……う~~むぅ 監督はCM畑の人だとか……元々の脚本に問題があったのは確かながら、MTVやCM出身監督の作品はスタイルを優先させるが為に作品の内実を蔑ろにする傾向があるようです。日本にも 歳だけくって巨匠面している大林某なんてな輩もいますからね(尾道3部作ファンの皆さんごめんなさい)
 これが純然たるファンタジーだというなら変に日本文化ファンだとか忠臣蔵にインスパイアされたとか言わないでいただきたい。日本人は困惑するだけです。日本語スーパー監修のウブカタトウさんはパンフレットにつらつら本作の意味を書いておりますが……私は納得できません。これを否定してしまうと翻案ファンタジーは成り立たないのかもしれませんがね。とにかく、どこを足がかりにして楽しめばいいのか……。
 まぁ、そんなこんな 一切別にして、菊池凛子ちゃん、気持ちよさそうに演じてました。柴崎コウは、この先ハリウッドからオファーが出るかもしれません。真田君は毎度このタイプの映画には欠かせない地歩を確実に築いています。
 ただ一人、赤西仁の大石主税は、なんで赤西なのか全く解りません。こんな使い方するなら他にもっとまともな役者はなんぼでもいてます。これは理解不能。もひとつ言うなら将軍綱吉をやってた役者は最悪でしたわ。日本人はエンタメなら割となんでも受け入れるんだと言われますが……こいつはどうなんでしょうねぇ。
 外国人にしても、ラストの四十七士全員(主税だけが大石家跡継ぎとして許される、侍ではないカイ/キアヌ・リーブスを含む内蔵助以下)の同時切腹、しかも介錯無しを、果たしていかように理解するのか。 はっきり申し上げて、映像はそれなり、ファンタジーとしてのテリングもそれなりながら、底にある設定があまりにも杜撰……だと感じました。あんまりお勧めはいたしません。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・84『攻殻機動隊ARISE2 /RED』

2016-11-05 06:13:09 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・84
『攻殻機動隊ARISE2 /RED』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは、悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に身内に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


☆攻殻機動隊ARISE2

 攻殻は予想通り、素子がフリーのコンサルタントをしながら仲間を集めるお話しであります。

 後の“人形使い”にあたる?かもと思える存在も登場しますが、あまり深くは考えない方がよさそうです。その辺は司郎ファンが勝手に盛り上がればええんでしょう。ウブカタトウさん……その辺の呼吸は判った上でストーリーを作っています。実録歴史物で名をなしたとはいえ、それ以前はSFアニメ原作で世に出た人、心にくいばかりに攻殻ファンの見たがっているストーリーを紡いでいます。
 来年1年かけて、後2作作られるわけですが……本来、勿体ぶりやがってと怒りたいところながら、これだけみごとに世界を構築されると文句の付けようがありません。例によって映画を見た人間に限ってブルーレイディスク販売(一判には12月25日発売)しとります。あざとい商売とは思いつつ乗らざる得ないのがファン心理……私? そんなもん、きっちり購入いたしました。映画館は満席、とはいえ攻殻機動隊ファン以外にはあんまり意味なし、解らん人には全く解らん世界であります。

☆RED2

 前作以上に皆さん楽しそうにやってました。ブルース・ウィルス/ジョン・マルコビッチ/ヘレン・ミレンの3人はもとより、ブルースの彼女役メアリー・ルイス・パーカーも大暴れ、本作で一番笑わしてくれるのは彼女です。主役の中で一番気持ち良さげにやっているのがヘレン・ミレン、オバハンになったなぁと思いつつ、やっぱり美人はキャサリン・ゼタ・ジョーンズ。女性の時代ですねぇ、男の役者より女性キャストの弾けっぷりが目立ちます。前作比、今作の方が圧倒的に面白い、ブルース・ウィルス出演作で久方ぶりに安心して見れました。イ・ビョンホン……まぁそれなりに面白い役柄、これって“スコルピオン”のアラン・ドロンへのオマージュなんでしょうねぇ。アンソニー・ホプキンズも重要な登場人物で、本作の“リアル”は彼一人で担保していると言って過言ではありません。ブライアン・コックスのイワンも健在、なりふり構わずヘレンに崇拝の目を向ける。おっさん・おばはんに向けた、オッサン・オバハンによるコメディ、おっさんおばはんはなんも考えずにお出かけ下さいませ。

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高校ライトノベル・ライトノベルベスト・『らっきーは めつ』

2016-11-04 06:46:04 | ライトノベルベスト
ライトノベルセレクト
『らっきーは めつ』



 ……芹沢淳が率いる大手門高校とOG劇団である金曜座は、そういう傾向の中で、個が(確立されるどころか)壊れてしまわざるをえない時代の痛ましさを凝視してきたのである。

 燿子は懐かしい思いで、その劇評を読み返していた。
「オレ、今夜歓送迎会。飯いいや」
 亭主の有樹が、呟くように言うと玄関を出て行った。

「らっきー」と、燿子は声に出てしまい、有樹に聞こえなかっただろうかと、少しの間気にした。遠ざかる足音には変化はない。
 これで、今夜は夕食の準備をしなくても済む。パートの仕事が終わったら、久しぶりに渋谷にでも出てみようか。新宿や原宿でないところが、我ながらつましい。

 有樹には計画性というものが無い。五年十年先を見越した人生設計がない。いつまでも若くはない、三十代、四十代になった時のビジョンを持っていなくちゃ。
 三十までは子どもは作らない。そのかわりお金を貯めて、家を買う。そして子ども。家と子どもは足かせになるだろうけど、三十代なら、楽しみながら苦労も乗り越えられる。
 余力で四十代の前半は乗り切れるだろう。後半では、ローンも返し終える。子どもも育て方さえ間違えなければ、手が掛からなくなる。そして、それからが本格的な自分の人生だ。五十以降の人生は未知数。だけど燿子は、自分中心でやっていこうと思っている。場合によっては有樹と別れることも選択肢の中に入っている……ことは秘密。

 懐かしくなって、金曜座を検索してみる。

 金曜座は、高校の演劇部顧問の芹沢先生が、卒業生を集めて作った劇団。クラブの卒業生の大半が所属していた。高校演劇ではないので、五十分という枠に縛られることもなく、先生のオリジナルや、女ばかりで『真田風雲録』などを演ったりした。
 あのころ、燿子にとって芹沢先生は神さまだった。先生の言うことやることが全て正義で、演劇の王道だと思っていた。

 最初に見かけた劇評も当時、先生と仲の良かったSMという似たような劇団の座長が書いたもので、当時は燿子たちの憧れであった。

 この劇評は、燿子にとって最後の舞台になった『らっきー波』という芝居へのものであった。この芝居に対し、もう一つの劇評があった。

――これは、ただの演劇部の延長で劇団とは呼べない。劇団と称するなら、劇団員は卒業生だけではなく、広く一般から求められなくてはならない。観客も現役の生徒やOGが大半で一般の観客はほとんど見かけない。芝居も、ドラマの構成が甘く、人物の掘り下げが浅い。役者も皆エロキューションが同じで、注意しないと、観ていて混乱する。自己解放、役の肉体化、役の交流が不完全。もう高校生だからという言い訳は通用しない――

 中林という劇作家がクソミソに酷評した。ブログにコメントすると「じゃ、会ってお話しましょう」と、電話番号が書かれたコメントが返ってきた。
「わあ、挑戦的……」
「ちょっち、怖いなあ……」
 みな尻込みして電話するものがいなかった。で、燿子が電話してじかに会って、中林から話を聞いた。

「SMさんは『個が壊れてしまわざるをえない時代の痛ましさを凝視してきたのである』と書いていらっしゃるけど、金曜座自身が内に閉じて、劇団員の個を壊してるよ」
「どういう事ですか!?」
「金曜土曜を潰して稽古。二十歳前後の女の子には大事な曜日だよ。買い物に行ったり、友達と出かけて喋ったり、本当に自己確立していく大事な時期だ。それを高校演劇の延長で潰しているのは、どうかと思う」
「あたしたちは、金曜座で自己確立してるんです。団員はみんな心の友です!」
 ボキャ貧の燿子は、ジャイアンのような言葉で締めくくった。
「金蘭の友か……」
「え……?」
「非常に親密な交わり。非常に厚い友情てな意味です」
「その通りです。あたしたちは芹沢先生の元で、演劇を通して……」
「それは、勘違い」
「なんですって!」
「そう熱くならないで、芽都さん」

 中林は、燿子の苗字を正確に「めつ」と読んだ。たいていのひとは「めず」とか「めと」と読む。

 中林は、ノートを広げ、燿子の演技に一つ一つ質問した。
「あそこで泣くのはどうして……違う、原因は、その前の篤子の言葉だ。それに、ここは泣くんじゃなくて泣くのを堪えようとして涙になるんだ。山本がグチっている間、君はイヤさ一般を見せているだけ……」
 この手厳しいダメ出しには、一言も返せず、返って自分の狭さ小ささを思い知らされた。
「よかったら、この芝居、ごらんなさい」
 中林は劇団新幹線のチケットをくれた。

 そして、観にいって人生が変わった。

 新幹線の芝居を観て、ほどなく燿子は金曜座を辞めた。別の劇団に入ったが、金曜座でついたクセが抜けず、金曜座の観客が反応してくれた演技では、観客席は冷めるばかりだった。

 中林に電話すると「人生設計をしましょう」という答が返ってきた「どうやったら、あたしの演劇人生は……」そう聞くと「芽都さんは、何本戯曲を読んだ?」と返ってきた。
 この一言で、燿子は愕然とした。自分は芹沢先生の本と、彼が勧めた本しか読んだことが無かった。

 本来、頭の回転のいい燿子は、これで頓悟し、芝居から離れ、大学を出た後は仕事に専念、そして今に至っている。

「あ、雨!」

 ボンヤリしていた燿子は、雨の降り始めに気づかなかった。
「あ~あ、洗濯のやり直し……」

 燿子は、家を建てるときにはベランダにはアクリルで見通しのいい大きな庇を付けようと思った……。

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・『俺が こんなに可愛いわけがない・2』

2016-11-04 06:25:52 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト
『俺が こんなに可愛いわけがない・2』


 でも、なかなか「俺」は「あたし」にはさせてもらえなかった……。

「なあ、薫、昨日は翔太から助けてくれてありがとう」
「いいよ、俺も、あいつ嫌いだし」
「そうなんだ……でも、それだけ?」
「弱い者イジメするやつも嫌い……だから」
「あ、ボク腕力ないってか、バイオレンスはね……」
「あ、午後の部始まる。大ホール集合ってるぞ」
「あ、うん……」

 Mは会話を切られて所在なげだった。MはH高でも珍しく勉強ができるイケメンだった。斜に構えたり肩を怒らすことなんかしなかった。だから、一時Mに好意をもったこともあった。
 でも、Mと少し付き合って分かった。こいつはH高という狭いところで超然としていられることだけで満足。翔太のようなアクタレがいくらワルサをやっても、我関せず。だから、もめ事はなかった。

 そういうチンケなところが見えてから、Mとは距離をとった。今は、ほとんど関心はない。それより、昨日助けたことで、変な誤解をしているところがウザイ。

 ウザさは、午後の撮影が終わって限界を超えた。

「な、もっかい付き合い直そうよ。今でもボクのこと好きなんだろ。どうせ翔太とやっちゃったんだろ。もっと深いところで……」
「深いところでオネンネしてな!」
 俺、あたしは観客席を立ち上がったMに足払いをかけると同時に背負い投げで通路にぶっ飛ばした。だめだ、由香里が怯えてる。妙な図だった。バッチリ清楚に決めた俺、あたしがネッチリだけどイケメンのMをぶっ飛ばし、ヤンキーっぽい東亜美の姿をした由香里がビビッテる。

 で、監督が、それを観ていた。で、大阪でのロケにも付き合うことになってしまった。

 本物の真田山学院高校を借り切って撮影。あたしはエキストラから、ちょっぴり出世して、主役のはるかのクラスの学級委員長になり、少しだけど台詞までもらった。
「クラスいろいろ居るけど、気にせんとってね」と「起立、礼、着席」ここでは素直に起立しない我が従妹由香里演ずる東亜美に清楚にガンをとばすことまでやった。
 ちょうど俺からあたしに変わろうとしている俺、いや、あたしにはピッタリだった。

 撮ったばかりの映像を試験的に見ることをラッシュというらしいけど、それを観ると、俺、あたしはほぼ完全な女の子に戻りつつあった。
「薫ネエチャン。こんなに可愛かったんだ!」
 由香里がため息をついた。

 オーシ、このままアタシは女の子に、それも頭に「可愛い」冠を付けてなるんだ!

 この願いは、簡単には実らなかった。主役のはるかが、親友の由香を張り倒すシーンがあった。はるかという人は若いけれど、良い役者だと思っていたが、こういうシーンは苦手なよう。それに殴られる方の由香、佐倉さくらさんのウケもまずかった。殺陣師の人が形を付ける。さすがはプロで、それらしくみえるんだけど、監督は不満。
「アクシデントって感じがほしいなあ。なんか、ほんとのケンカの瞬間に見えちゃうよ」
 役者も殺陣師も困ってしまった。

「あたし、見本やります」気が付いたら口にしていた。

 髪を由香と同じポニーテールにして、はるかさんにどつかれる。拳が飛んでくる寸前に無様に吹っ飛んで、中庭のコンクリを転がる。ケンカ慣れしているので、衝撃は吸収してるので、そんなに痛くはない。由香里は見てるだけで痛そうな顔。
「よし、ここ吹き替えでいく!」ことになって、二度ほど撮った。直ぐにOK。
 あとは、殴られた瞬間の由香のアップだけを別撮りして合成。みんなに喜んでもらって、あたしは、今まで感じたことのない喜びを感じた。不覚にも……いや、上出来の女の子の涙が流れてきた。

 これで、俺の薫から、あたしの薫に変身……するはずだった。

 あたしは、見かけとのギャップが買われ、スカウトされてしまった。
 最初は、バラエティーのゲスト。それも、我が従妹一ノ瀬由香里のお供え物的な出演だった。
 それが、夏の終わりには、テレビの単発ドラマの主演になってしまい、

 ギャップのカオルで、通ってしまった。まあ、一応女の子として認めてもらえたのでOK。

 でも、出待ちの女の子のファンには、まだまだ慣れない俺、いや、アタシでした……。

 『俺がこんなに可愛いわけがない』 第一部 完 

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・83『かぐや姫の物語』

2016-11-04 06:06:32 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・83
『かぐや姫の物語』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。


信じられないアニメ世界です。

 絵柄が素朴だとか言うような範疇ではありません。デッサン画にそのまま色を付けたような絵です……なんぞと書くとイージーな仕事だとお思いでしょうが さにあらず。
 静止画なら別に気にしないのですが、これが動画として動くとなると話が別です。炭で描かれたように見える画の外縁が全くブレていません! 一体どんなテクニックなのでしょうか? 背景は男鹿さんの久方振りの見事な仕事、キャラクターは その背景に溶け込み一切違和感がありません。CGの細密画像に慣れた目にはホッとさせられる解放感があります。と言って昔のアニメタッチではありません、これは全く新しい世界です。
「かぐや姫」の映像化作品はたくさん有りそうで これが殆ど有りません。市川崑/沢口靖子の物が有るだけです。
 日本最古のファンタジーで、日本人には超馴染みのお話し、物語に変更メスは入れにくい。結果、超豪華セット、絢爛豪華な衣装、絶世の美女(個人的には沢口靖子を美人とは……)的映画にしかならない。
 今作では「何故かぐや姫が日本にやって来なければならなかったのか」という根源的にこの物語が持っている謎に一定の答を与え、かぐや姫の幼年期を膨らませてあります。これが後のかぐや姫の悲しみに深く繋がっていきます。
 サブタイトルにある「姫の犯した罪と罰」……どんな罪に如何なる罰なのか? 小さい時から絵本で親しんではいましたがこの物語に感動した事はありません、今回初めてかぐや姫の内実に触れました(当然 高畑勲解釈ですが) ラスト泣いている方も大勢いらしたようです。
 もう一つ、見ていて思ったのが「こいつは“アルプスの少女ハイジ”の日本古典バージョンやなぁ」って事で、言うなれば高畑勲の「ジブリ史」が詰まっている作品だという事です。
 ただ……私、どうも高畑勲さんとは感性がズレとりますようで、理解も感情移入も出来るんですが、感動がストレートに入って来ない、ストーリーテリングにしつこいものを感じてしまうんですわ。
 本作はアフレコ(画が先にあって声をいれる)ではなくブレスコ(先にセリフを録音して画像を合わせる)を採用しています。世界的にはブレスコが主流(役者の拘束が短く、ギャラの節約になる)ですが、日本ではまだアフレコの方が多い。作画がとても困難だったらしく(声合わせを別にしてです)、それならアフレコにした方が良かったんじゃないんだろうか。ここにズレの原因が有りそうです。
 いや、言い訳ですわ。まぁ、おかげで亡くなった地井武男さんの声が聞けるんですから文句つけたら怒られます。 黙ります、このブツブツは忘れて下さい。

 映像は“芸術品”と断定いたします。必見作品でありますゾ!

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・『俺が こんなに可愛いわけがない・1』

2016-11-03 06:15:37 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト
『俺が こんなに可愛いわけがない・1』


 由香里が可愛いのは分かっただろうから、今日からタイトルがかわるぜ。

 今日は、由香里に付き添って、Hホールのロケに行った。
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の中のピノキオホールと、コンクールの本選の撮影をやるので、新聞を通じてエキストラの募集もやっていた。
 市内の高校四校にも、募集の案内が来ていたのだ。

 断っておくけど、市内には五つの高校がある……。

 勘のいい人にはわかるだろ。いや、でしょ? 我がH高校は、その評判から、エキストラの案内は来ていなかった。むろんネットで流されている一般募集で出られないこともないが、所属のところに「H高校」と打ち込むと、それだけでハネられるという噂だった。合格者には、ネットアドレスで「合格証」が送られてくる。俺……あたしは由香里の従姉で、ヤンキーの演技指導もしたし、マネージャーに顔も通っているので、なにも言われずに、堂々と付き添いで出かけた。

「え、君が、あの時会った従姉さん!?」

 マネージャーも他のスタッフも驚いていた。この業界の人たちのヒラメキは大したもので、あたしを由香里の側に置いて、少し由香里のことを嫌がっている女子高生という設定になった。あたしが側に居た方が、由香里が安心して演技が出来るからだ。

 そして、本番直前に気が付いた。翔太にボコボコにされたMが真後ろに来ていた。

「よう、薫。それ衣装? メイク? すごいイメチェンじゃん。あ、こないだはどうもね」
「それは、もういいから。それよりエキストラなんだから、あんまし目立たないようにね」
「わかってるよ」

 最初は、雰囲気を掴むためと、そのものを撮るために、劇中劇の『すみれの花さくころ』が、そのまま上演された。プロだから当たり前なんだろうけど。切ないファンタジーに感動した。で、ラストは助監督の田子さんの指示だけではない、ごく自然な拍手が起こった。

「はい、みなさん、大変けっこうでした。これからカット毎のシーン取りになります。その都度初めて観たような感動くださいね。では、由香と裕也が感動するところ抜きでやります。一回リハーサルやりますんで、よろしく」
 観客席の由香役のさくらさんと勝呂さんのところに薄いライトが当たりレフ板やマイクを持ったスタッフが周りを固め、二台のカメラが付いた。あれだけの人に囲まれながら、よく自然な演技ができるもんだと感心した。むろん劇中劇にも。すみれと幽霊のかおるが仲良くなって、新聞の号外で紙ヒコーキを折って大川に飛ばしにいく。紙ヒコーキは風に乗って見えなくなるところまで飛んでいく。

 そして、かおるの体が透けて、消え始める。

すみれ: かおるちゃん……。
かおる: これって、成仏するともいうのよ。だから、そんなに悲しむようなことじゃない……。
すみれ: いやだよそんなの。かおるちゃんがこのまま消えてしまうなんて!
かおる: 大丈夫だよ、すみれちゃんにも会えたし……。
すみれ: いや! そんなのいやだ! ぜったいいやだ!
かおる: すみれちゃん……。
すみれ: ね、あたしに憑依って! あたしに取り憑いて!あたし宝塚うけるからさ!
かおる: だめだよそれは。そうしないって決めたんだから。
すみれ: あたし、素質あるんでしょ? あたし宝塚に入りたいんだからさ。ね、お願い!


 指示されていなくても、泣けるシーンだ。観客席には再び感動の波が押し寄せてきた。

 そして、もう三カ所ほど部分撮りして、午前の部が終わった。あたしは劇中劇の感動もあって、本当に女の子らしい薫……奇しくも劇中劇の役と同じ名前。そんなかおるに成れたと思っていた。

 でも、なかなか「俺」は「あたし」にはさせてもらえなかった……。

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高校ライトノベル・タキさんの押しつけ映画評・82『悪の法則』

2016-11-03 05:56:33 | 映画評
タキさんの押しつけ映画評・82
『悪の法則』


この春(2016年4月)に逝ってしまった滝川浩一君を偲びつつ


これは悪友の映画評論家・滝川浩一が個人的に流している映画評ですが、もったいないので転載したものです。

原題“THE COUNSELER” 弁護士っちゅう意味です。

 サブタイトルに“SIN IS A CHOICE”なぁんて意味ありげに付いています。脚本はコーマック・マッカーシー、例によって「人間の本性は悪だ」とさけんどります。
 毎度思いますが、ようまぁこんだけ“救い”の無い話ばっかり書けますねぇ、この人の過去に何が有ったのでしょうか。兎に角、余りの凄まじさに背筋が凍りつきそうであります。「ノーカントリー」に登場した悪魔の如き殺し屋(ハビエル・バルデム……今回も出演してますが、可愛い?役所)に比肩出来る、まさしく悪魔の如き存在もいます。
 コーマック・マッカーシーの解りにくさとテーマ性が嫌われるのでしょう、アメリカでも2週間でランクから消えそうです。本作のラストの意味は解釈のしようで3つに別れます。誰と誰がどの様に組んだのか一切明かしてありません、物語は大きな謎を残したまま終了してしまいます。考えようによっては続編ができそうですが……コーマック・マッカーシーの過去作品がそうであったように、本作もこれで完結していると見るべきでしょう。
 本作から教訓を得るならば、それは具体的な暴力を持たぬ者が“悪”に手を染めるなって事でしょう。裏をかえせば、力さえあれば何をやってもいいんだと成ります。この人の本は何冊か読んでいますが、そうとしか解釈できません。“人間存在は基本的に残忍で邪悪”という世界観に貫かれています。
 まぁ“悪”を賛美してはいないのですが、“悪”の本質を見誤った者は、自らも また 最愛の者までも悲劇に巻き込むという真実を語っている(最大善意に解釈して)という事です。
 この恐ろしい物語をスクリーンに乗せるのにマイケル・ファスベンダー/ペネロペ・クルス/キャメロン・ディアス/ハビエル・バルデム/ブラッド・ピット…もの凄い顔ぶれが集まっています。キャラクターを書くとストーリーに触れてしまうのでやめますが、本作 キャメロン・ディアスが断然ピカイチです。彼女を見るだけで本作を見たかいがありました。一人の女優が、全く新しい可能性を見いだした現場に立ち会えます。 毎度の事で、コーマック・マッカーシー作品(またリドリー・スコットが余すところなく映像化しています)は観客を選びますが、役者が全力でぶつかり合う作品です。何をくみとるかは人それぞれでしょうから、その点及び作品に描かれたアメリカの姿について押し付けはいたしませんが、この映画は是非ご覧下さいと敢えて申し上げます。多分にサディスティックな企みを含みながら……。

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高校ライトノベ・ライトノベルセレクト・『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・5』

2016-11-02 06:44:53 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト
『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・5』


 金輪際、それで縁を切ったつもりでいたけど、放課後とんでもない巻き添えをくってしまった。

 下足で前の日に買ったばかりのローファーに履きかえていると、外で争う気配がした。誰かがケンカしているようだ。
 こういうのは音で分かる。どちらかが一方的に負けていて、勝っている方が執拗に襲いかかっている。
「ちょ、ごめん……」
 人混みかき分けて前に出ると、分かった。翔太がMを一方的にノシている。

「やめろよ翔太。もう勝負ついてんじゃんよ」
「薫か。元はと言えば、おめえなんだぞ。こいつが薫のこと好きだなんて言いやがるから」
「!……いいじゃんか、誰が誰を好きになろうと、翔太には関係ねーだろ」
「よかねえ。薫は、俺の女だ! 薫も覚えとけ、近頃冷たいけどよ、おめえは俺の女なんだ! そいつをMの野郎は……」
 翔太がMの脇腹にケリを入れた。Mがゲホって血を吐いた。
「俺、翔太の女になった覚えはない」
「なに言ってんだ。二年前、お前を女にしてやったのは俺じゃねえか!」
 みんながざわついて、頭に血が上った。

「冗談はてめえの顔だけにしとけ!」

 渾身の回し蹴りが、翔太の顔にもろに命中。翔太はもんどり打って気絶してしまった。新品のローファーの蹴りが、まともに翔太の首筋に入ったのだ。
 生指の先生が飛んできたが、状況と、みんなの証言で、半分伸びたままの翔太だけを連れて行った。
「あ、ありがと」蚊の泣くような声でMは去っていった。

 下足室の鏡に写った俺は、やっぱり俺だった。朝キチンと着た制服は、いつものように着崩れていた。第一丈を改造した制服はキチンと着ても気合いの入ったスケバンにしか見えない。新品のローファーだけが浮いたように清楚だったけど、こいつが翔太にとどめを刺したのが、とても皮肉だった。

「お母さん、三万円貸して!」

 家に帰るなり、お母さんに頼んだ。
「なにするの、そんなに?」
「ちゃんとした薫に戻るの!」

 自分の小遣い一万円を足して、俺は、チョー本気で「あたし」に戻ろうとした。
 学校指定の洋品屋で制服を買い、その場で着替えた。そして美容院に直行した。
「どうしたの薫、首から下は普通の女の子じゃないの!?」
 美容院のママが目を剥いた。
「首から上も、普通にして」
「……本気なのね」
「本気」
「分かった。ほのか、悪いけど毛染めはよそでやってもらって、薫の気が変わらないうちにやっつけるから」
「変わんねえよ!」
「どうだか、その言葉遣いじゃね」
「薫さん、本気っすか。進路対策には、ちょっと早いような……」
「本気!……本気よ」
 妹分のほのかは、信じられない目つきで店を出て行った。
 髪を一度ブリーチしてから黒染めにしてもらい、やや短めではあるけど、普通のセミロングにしてもらった。
「オバチャン、あたし、普通に戻れっだろうか?」
 不覚にも声が震えていた。
「薫のことは子どもの頃から知ってる。あたしの好きな薫が可愛くないわけないじゃない!」
 オバチャンも本気モードになった。
「眉剃ってるから変な顔……」
「時間がたてば、元の眉に戻るけど、あたしが描いてあげよう」
 オバチャンは、左の眉を描いてくれた。
「右は自分でやってごらん、左の真似して。しばらくは描き眉でいかなきゃならないんだから」
 真剣に眉を描いた。左を見るまでもなく、手が元の眉を覚えていて、左とピッタリの眉が描けた。体の奥から嬉しさがこみ上げてきた。
「そうよ、それが薫本来の笑顔よ。小学校の二年で九九を覚えて、あたしにご披露しにきた、あの時の笑顔よ!」

 鏡の中には、どこか由香里に似た女子高生が映っていた……。

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