大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい11〔今日から絵のモデルだ!〕

2021-12-15 05:42:10 | 小説6

11〔今日から絵のモデルだ!〕  

 

 

       

  二つ目の目覚ましで目が覚めた。

  そだ、今日から絵のモデルだ!
 

 フリースだけ羽織って台所に。とりあえず牛乳だけ飲む。
 

「ちょっと、朝ご飯は!?」

  顔を洗いにいこうとした背中に、お母さんの声が被さる。

 「ラップに包んどいて、学校で食べる!」

  そのまま洗面へ。とりあえず歯を磨く。

 ガシガシ

 「ウンコはしていけよ。便秘は肌荒れの元、最高のコンディションでな」

  一階で、もう本書きの仕事を始めてるお父さんのデリカシーのない声が聞こえる。

「もう、分かってるよ。本書きが、そんな生な言葉使うんじゃありません!」

  そう反撃して、お父さんの仕事部屋と廊下の戸が閉まってるのを確認してトイレに入る……。

  しかし、三十分早いだけで、出るもんが出ない……仕方ないから、水だけ流してごまかす。

 ジャーーゴボゴボ

「ああ、すっきり!」

 してないけど、部屋に戻って、制服に着替える。いつもは手櫛のところをブラッシングして紺色のシュシュでポニーテール。

 ポニーテールは、顎と耳を結んだ延長線上にスィートスポット。いちばんハツラツカワイイになる。
 

「行ってきま……ウ(;'∀')」

  と、玄関で言ったとこで、牛乳のがぶ飲みが効いてきた。

  二階のトイレはお母さんが入ってる。しかたないので一階へ。

  用を足してドアを開けると、お父さんが立ってた。

 ムッとして玄関へ行ことしたら、嫌みったらしくファブリーズのスプレーの音。

 

 タタタタタと男坂を駆け上がり、拝殿の前でペコリ。

 タタタタタ、再び駆け出して境内を横断、西に向かって学校を目指す。

 三十分早いと、ご通行のみなさんの密度も顔ぶれちがう。

 途中、知らないOL風の人に笑顔を向けられる。条件反射の笑顔で返したけど、だれだろう?

 クチュン!

 くしゃみが出たところで思い出した。

 あれは巫女さんだ!

 はじめて巫女服でない巫女さんを見た。

 なんだか、神さまの正体見たようで愉快。

 じゃ、明神さまの正体って……妄想しかけたところで、学校の正門が見えてくる。

 

  学校の玄関の姿見で、もっかいチェック。よしよし……!

 

 美術室が近くなると、心臓ドキドキ、去年のコンクールを思い出す。思い出したら、また浦島太郎の審査を思い出す。

 ダメダメ、笑顔笑顔。

 「お早うございま……」
 

「そのまま!」

  馬場先輩は、制服の上に、あちこち絵の具が付いた白衣を着て、立ったままのあたしのスケッチを始めた。で、このスケッチがメッチャ早い。三十秒ほどで一枚仕上げてる。
 

「めちゃ、早いですね!」

「ああ、これはクロッキーって言うんだ。写真で言えば、スナップだね。マフラーとって座ってくれる」

「はい」

  で、二枚ほどクロッキー。

 「わるい、そのシュシュとってくれる。そして……ちょっとごめん」

  馬場先輩は、自慢のポニテをクシャっと崩した。あんなにブラッシングしたのに。
 

「うん、この感じ、いいなあ」
 

 十分ちょっとで、二十枚ほどのクロッキーが出来てた。なんかジブリのキャラになったみたい。
 

「うん、やっぱ、このラフなのがいいね。じゃ、明日からデッサン。よろしく」

 

 で、おしまい。

 

 三十分の予定が十五分ほどで終わる。そのまま教室に行くのはもったいないと思っていたら、なんと馬場先輩の方から、いろいろ話しかけてくれる。

  話ながら、クロッキーになんやら描きたしてる。あたしは本物のモデルみたいな気になった。

 

 その日の稽古は、とても気持ちよくできた。

 小山内先生が難しい顔しているのにも気がつかないほどに。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
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ライトノベルベスト『わたしの吸血鬼・2』

2021-12-15 05:38:54 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

『わたしの吸血鬼・2』  



 

 わたしは間の悪い女だ。

「なんでアイドルになりたいの?」

 オーディションで聞かれた。

「え、あ、自信があるんです!」

 と、ピントの外れた答えをした。でも、これがプロディユーサーの白羽さんの気に入ったのだから世の中わからない。

「とっさの答だろうけど、キミは本質をついているよ」

 そう褒められた。

 でもそれはまぐれで、他は間の悪いことが多い。選抜のハシクレになったころ、スタジオの様子がわからないので、せっぱ詰まって入ったトイレ。用を足してるうちに間違いに気づいた。だって、男の人の声が五人分ぐらい聞こえたから。

―― やばい! ――

 息をひそめていたら、いきなりドアを開けられた。

 わたしってば、ロックするのを忘れてた。

「あ、ごめん」

「い、いいえ……」

「いま、女の声しなかったか?」

「いや、ADの新人。悪いことした」

 その人は、うまく誤魔化してくれたけど、トイレの出口で他の子に見つかった。で、しばらく「XXは男だ!」という噂が立てられ、しばらくシアターのMCなんかにイジラレ、二週間ぐらいは人気者になれた。

 でも、さえないバラエティーキャラというイメージになって、狙いの「清純」からは遠くなった。

「待ってえ~」の声で、センターの潤ちゃんが、ドア開放のボタンを押してくれた。

「持つべきものは、センター……」

 ブーーーーー

 定員オーバーのブザー。

 仕方なく、わたしは次のを待った。

 やっと次のがやってきて「閉め」のボタンを押そうとしたら、スルリとイケメンが入ってきた。

 ボタンは、地下の駐車場しかついていなかった。数十秒間、イケメンといっしょだった。

「オレのこと分からない?」

「え……?」

「S・アルカードのアルカードだよ。スッピンだと分からないよね」

「あ、そ」

 わたしは、本番中に居中に振られて「小野寺潤さんが好みです」という、彼の言葉にこだわっていた。

「あれは、立場上、ああ言うしかなかったからだよ。本当に好きなのはキミだ……」

 語尾のところで、振り返ったら、アルカードの顔が真ん前にあって、自然にキスになってしまった。

「ごめん……勝手に言い訳して、でも、本当の気持ちだから……ハハ、言っちゃった」

「う、うん……」

「その『うん』は、本気にしていいのかな?」

「あ、あの、その……」

「困らせるつもりはないよ。ほんのちょっとだけ、一分もないくらいキミの部屋のベランダに行っていいかな? 今夜十二時ごろ」

「え、あ……困ります」

「大丈夫、スマホの履歴だって消せるんだ。分からないように行く。それに部屋の中には絶対入らないから」

「でも……」

「あ、いけねえ、おれ一階なんだ。まだ駆けだしだから、帰りは地下鉄なんだ」

 そう言って、アルカードは一階のボタンを押した。

 チーン

 エレベーターは一階に着いた。

 一階には、アルカードによく似た十人ちょっとが佇んでいた。わたしを見ると、そろって軽く頭を下げた。

「じゃ、おつかれさまでした」

 仲間も同じことを言ってドアが閉まった。

 地下に降りると、みんながマイクロバスで待っている。

「どうした、なんだかボンヤリしてるわよ」

「え、あ、そう?」

「XXはタイミング悪いのよね」

「でも、あのエレベーターって、十八人まで乗れるんだよ。それが十七人でオーバーになる?」

「あ、それって、だれかが二人分重さあるってこと!?」

「それはね!」「つまりよね!」「アハハ」「言う前に笑うな」「だって」

「ほら、車出るよ!」

「「「「「「あ、待ってぇ!」」」」」」



 賑やかにマイクロバスは動き出した……。 

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鳴かぬなら 信長転生記 49『まず南へ』

2021-12-14 14:23:37 | ノベル2

ら 信長転生記

49『まず南へ』信長  

 

 

 草原(くさはら)に降り立った俺と市は、ツナギの飛行服を脱ぐと、すぐに紙飛行機を解した。

 一枚の紙に解したのに飛行服を包んで、紙紐で十文字に縛ってしまう。

 穴を掘って埋めてしまえば、めったなことでは見つからない。

―― 隠密用の特別製なので、土に埋めれば三日で消えてしまいます ――

 忠八に言われた通りに、紙飛行機の埋葬を終えると、月と星の位置で方位を確認して、南西に向かって歩き出した。

 

「ちょっと東に寄れたんじゃない?」

 

 市が立ち止まった。

「地図では、豊盃に通じる道に出くわすはずだ」

「どうするの?」

「南に向かうぞ」

「うん、分かった」

 予想はしていたが、市の素直さは少し拍子抜けだ。

 こと作戦行動では兄の俺には敵わないと思っている。

 なんといっても、桶狭間からこっち、壊滅的な敗北を喫したことのない俺だからな。大嫌いな兄でも、敵地での行動は、俺に従うのが一番だと割り切っているのだろう。

「あれ?」

 しばらく行って道が見えてきたところで、再び市が立ち止まる。

「どうした?」

「方角が合わない」

 どうやら、頭に描いた風景と現実のそれが合わないので戸惑っている。

 すぐに正解を言ってやってもいいのだが、ちょっと放置してみる。

 おもしろいからな。

「そうか、歩いてるうちに方位がズレたのよ」

 完全な勘違いだ、目の前に伸びている道を豊盃に向かう南北街道だと思っている。

 実際は西の酉盃(ゆうはい)から豊盃に伸びる東西街道だ。

 自分たちは南北街道を目指していたはずなので、方角を間違えたと感じているのだ。

 しかし、俺は正解を言わない。

 やがて、白み始めた夜の底に、黒々と楼門が浮かび上がってきた。

「三国志って、実は大したことないんじゃない?」

「どうしてだ?」

「だって、あれ、豊盃の楼門でしょ。豊盃って、たしか国境地区の主邑、いわば県庁所在地。それにしちゃ、ちょっと貧弱」

「まあ、完全に夜が明けなければ街には入れん。その祠の陰で開門をまとう」

「うん」

 

 信長は意地悪だ?

 

 逆だ。

 このトンチンカンが家来だったら、俺は許さん。

 さっさと放逐するか、腹を切らせる。ちょっと調べてみれば分かるだろ。

 たとえば、佐久間信盛。勝家と並ぶ織田家の重臣だったが、あまりの無能さに、俺は身一つでやつを放逐してやった。

 楼門には、お定まりの扁額(街の表札のようなもの)が掛けられている。

 やっと、妹は気づいた。

「え……汚い扁額ぅ…………?盃。上の字が読めない」

 え、まだ気づかない?

「あ、そっか」

 分かったか?

「豊って字が簡体字なんだ」

 あん?

 豊……酉……間違えるか?

「あ、門が開いた。行くよアニキ!」

 パタパタとお尻をはたくと、市は街道に飛び出していった。

 

 そろそろ言ってやろうか。

 いや、面白いから、もう少し放っておこう。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  •  今川 義元       学院生徒会長 
  •  坂本 乙女       学園生徒会長 

 

 

 

 

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明神男坂のぼりたい10〔なんだか よく分からない〕

2021-12-14 06:00:33 | 小説6

10〔なんだか よく分からない〕  

  

 


 一昨日と昨日はクラブの稽古。

 

 休日の二日連続の稽古はきつい。

 だけど、来月の一日(ついたち)が本番だから、仕方ない。

 

 美咲先輩、恨むよ。

 

 健康上の理由には違いないけど、結果的には盲腸だった。

 盲腸なんか、三センチほど切って、絆創膏みたいなの貼っておしまいなんだって。

 三日で退院してきて「大晦日は自分の家で『ガキの使い』ながらミカンの皮剥いてた」と、気楽におっしゃる。

「あそこの毛って剃ったんですか?」

 と聞いてウサバラシするのがやっと。

 今さら役替わってもらえないし、東風先生も替える気ないし。

 まあ、あたしもいっぺん引き受けて台詞まで覚えた芝居だしね。

 

 だけど、指導に来てるオッサン……ウットーシイ!

 ウットーシイなんか言うたら、バチがあたる。

 

 小山内カオルいう演劇の偉い先生。

 

 うちのお父さんとも付き合いがあるけど、東風先生は、小山内先生の弱みを握ってる(と、あたしは思ってる!)ようで、熱心に指導はしてくれる。

「明日香クン、エロキューション(発声と滑舌)が、イマイチ。とくに鼻濁音ができてない。学校の〔が〕と小学校の〔が〕は違う」

 先生は見本に言ってくれるけど、違いがよく分からない。

 字で書くと学校の〔 が 〕は、そのまんまだけど、小学校のは〔 カ゜〕と書く。国語的には半濁音というらしい。

「まあ、できてなくても通じるか……」

 あたしが、十分たっても理解できてないと、そう言って諦めてくれた。

 

 問題は、その次。

 

「明日香クン、君の志穂は、敏夫に対する愛情が感じられないなあ……」

 あたしは、好きな人には「好き」いう顔ができない。

 言葉にもできない。

 関根先輩に第二ボタンもらうときも、正直言って、むりやりブッチギッた言う方が正しい。

 関根先輩が、後輩たちにモミクチャにされてる隙にブッチギってきた。

 だから、関根先輩自身はモミクチャにされてるうちに無くなったもんで、あたしに「やった」つもりはカケラもない。

 第一回目では見栄はりましたぁ!

 すんませんm(__)m。

 あと半月で、TGH高校演劇部として恥ずかしくない作品にしなくちゃならない。

 

 ああ、プレッシャー!

 

 S……佐渡君が学校に来た。びっくりした!

 

 きっと、毒島先生が手ぇまわしたんだろ。

 いっしゅん石神井の十日戎で会って、鏑矢あげたこと思い出したけど、あれじゃない。

 あんな戸惑った……いや、迷惑そうな顔してあげたって嬉しいはず無い。

 毒島先生が「最後の可能性に賭けてみよ!」とかなんとか。生徒を切るときの常套手段だということは、お父さん見てきたから、よく分かってる(後日談だけど、ほんとはよく分かってなかった)。

 

「本当に描かせてくれないか?」

 

 食堂で、食器を載せたトレーを持っていく時に、馬場さんが、思いがけん近くで言う。

 ガッチャーン

 ビックリして、トレーごとひっくり返してしまった。

 チャーハンの空の皿だったんで、悲惨なことにはあらなかったけど。

「は、はひ(#°д°#)!」

 悲鳴のような返事をしてしまった。

 

  なんで、あたしが……なんだか、よく分からない。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生
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ライトノベルベスト『わたしの吸血鬼・1』

2021-12-14 05:19:33 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

『わたしの吸血鬼・1』  




 アイドルは恋愛禁止……という立前になっている。

 これ、国民的常識。

 研究生のころは律儀に守っている。でも、二十歳も過ぎるとね……ま、いっか。

 というわけで、半分くらいの(業界の都合で、具体的な割合は言えません)子はテキトーにやってます。

 たまに、週間Bなんかにすっぱ抜かれて、地方に飛ばされたり、坊主頭になったりたいへんなんです。

 え、でも何カ月かしたら戻ってきたり、逆に、それを売りにしたりして逆ブレイク?

 そんなのは、ごくごくわずかなラッキーな子で、プロデュサーも事務所も、その辺はよく見てます。

 ゴクタマで、行けると思ったら、それでオセオセになる。

 でも多くのハンパなアイドルは惨めなもの。

 卒業宣言もな~んもなしで、ある日突然、メンバー表から消えておしまい。

 だから、わたしは気をつけていた。

 いちおう選抜のハシクレだけど、ほんとハシクレ。「端の方で暮れかかっている」の省略形かっちゅうぐらい。

 そんなわたしにも彼ができた。

 

 S・アルカードって名前の男性ユニットのセンター。

 半年前まで東京ドームの横でヘブンリーアーティストの資格もらって、ももクロと同じ時期からやっていたって言うから苦労人。『バンパイアーナイト』でブレイクして、習慣歌謡曲に出てきた。そこのセンターがアルカード。

 わたしたちは、めったにグループ以外の人と番号の交換なんかやらない。

 それが、そんなことした覚えもないのに、家に帰ったらメッセが入っていた。

―― 突然で、すみません。S・アルカードのアルカードです。よかったらメールください ――

 最初は不気味だった。

 教えてもいない番号知ってるし、ポット出のさい先分からないユニットだし。だいいちメイクがすごいんで素顔が分からない。もちろん口をきいたこともない。

 わたしは無視した。

 で、不思議なことに、メールをそのままにしておいても、三日もたてば履歴から消えている。ま、スマホとかには詳しくないから放っておいた。

『バンパイアーナイト』は順調にヒットチャートを駆け上り、四週目には、オリコンの三位に食い込んできた。

 番組でも、わたしたちと、並べたり絡めたりするようになってきた。あいかわらず五十字程度の短いメールはくれていたけど、やっぱ無視。そして、もう、明くる日には消えるようになっていた。

 スマホオンチのわたしは、相手のスマホに、そういう機能がついていて、迷惑にならないように向こうが消去してくれているのかと思った。

 番組で、MCの居中さんが彼に振ったことがあった。

「アルカードはさ、AKRのどの子あたりが好みなんだろうね?」

「あ、まず、他のメンバーから聞いてやって下さい」

 で、S・アルカードのメンバーが、いかついメイクの割には純情そうに、うちの選抜のトップテンあたりの子の名前を挙げていく。だれもわたしみたいなハシクレの名前をあげたりはしない。

 いよいよ、アルカードの番になった。

 わたしは迷惑に思っていた割には期待してしまう。

「みなさん素敵なんで、迷ってしまいますけど……同じセンターとして、小野寺潤さんかな。あ、かなは失礼ですね、小野寺潤さんです」

 メイクに合わない甘い声で、アルカードが言った。

 ショックだった。

 てっきり、わたしの名前を言うのかと思った。

 さらにショックなのは潤ちゃんが本気で顔を赤くしたこと!

 くそ、なんかのイタズラだ! たぶん、うちのメンバーの誰かの……と、わたしはスネていた。

 そして、この段階で、わたしはアルカードに興味を持ってしまっていることに気づかなかった……。

 つづく 

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せやさかい・265『特別給付金の話題』

2021-12-13 20:20:02 | ノベル

・265

『特別給付金の話題』さくら     

 

 

 自分らはええなあ~

 

 リビングに入るなり、テイ兄ちゃん。

「家のもんが帰ってきたら『おかえりい』やろが」

 うちも留美ちゃんも、玄関入った時に「ただいまあ~」って言ってるから、ちょっとムカつく。

「なにが、いいんですか?」

 留美ちゃんは人格者やさかい、嫌な顔もせんと穏やかに聞き返す。

「特別給付金やがな」

「え」

「ああ」

「なんや、気ぃのない返事やなあ」

「せやかて、まだまだ先やろ? ちょ、じゃま」

「こんな狭いとこ通らんでもぉ」

「お茶が飲みたいのん」

 テイ兄ちゃんを跨いで、テーブルのヤカンをとる。気配で分かった留美ちゃんが、キッチンに湯呑をとりにいく。

 うちは、冬でも麦茶とか湧かして、リビングのテーブルに置いてある。

「さくら、制服の肘のとこ光ってるなあ」

「そら、学校で、いっしょけんめい勉強してるさかいね……」

 留美ちゃんが持ってきてくれた湯呑にお茶を淹れる。

 クポクポクポ……

 ちなみに、湯呑は三つ。

「勉強したら、肘のとこが光るんか?」

「そら光るよ」

「そうか……」

 クソ坊主は、ムックリ起きると、テーブルに向かって勉強の姿勢をとりよる。

「……光るというか……擦り切れるのは袖口とちゃうか?」

「うっさいなあ、お茶飲んだら、さっさと檀家周りに行っといで!」

「まだ、三十分ある」

 うっとい従兄や。

 お茶のんださかい、さっさと自分の部屋いこと思たら、留美ちゃんがソファーに落ち着いてしもてるし。

「給付金、頂けたら高校の入学資金の一部にあてたいんです」

「「そんなあ」」

 これだけは従兄妹同士で声が揃う。

「え、ダメですか?」

「ダメやよ、そんなん、自分の好きなように使わなら」

「せやせや、親父もお祖父ちゃんも、そのつもりやで」

「えと、だから……」

「お父さんから、毎月、キチンとお金入れてもろてるし、進学に関わる分は、別に入れるて言うてはるらしいで」

「ええ、でも……」

「あたしは、オキュラス買おとか思てるねんよ」

「「ああ、VR!?」」

 今度は、留美ちゃんとテイ兄ちゃんが揃う。

「うん、あれでグーグルアースやったら、完全3D! 360度景色やさかい、世界旅行ができるし!」

「そうなんだ」

「あ、うちひとりが買うても、留美ちゃんにも貸したげるし」

「あ、嬉しい(^▽^)」

 胸の前で手を合わせて喜ぶ留美ちゃん。

 留美ちゃんも、反射的に喜びとか表せるようになってきた。

「見ろ、さくら! これが、三年間勉強してきた制服や!」

 テイ兄ちゃんが、大げさに留美ちゃんの袖口を指さす。

 指ささんでも、テストの最終日に確認し合ったとこやさかい、驚きとか衝撃はない。

「そんな、大げさに言わんでもぉ」

「…………」

 ほら、留美ちゃん、赤い顔して俯いてしもた。

「ほんで、支給のお知らせとか来たん?」

「あ、いや、山形市とかは、来週早々やとか、お参りに行って噂やったし、堺も早いんちゃうか」

「なんや、まだ噂話なん!? ああぬか喜びやし、留美ちゃん、着替えに行こ」

「うん」

 クソ坊主は放っておいて、部屋に向かう。

「ねえ、さくらぁ」

「なに?」

「給付金の話、詩(ことは)ちゃんの前ではしないほうがいいよ」

「え、なんで?」

「だって、詩ちゃん……十九だから、給付金無いよ」

「え……ああ」

 なんちゅう気ぃのつく……せやけど、うちは言うた。

「そんなん気にせんでええのん!」

 なれることも、気配りも大事やと思う。

 留美ちゃんは、まだ、そのバランスがしっくりとは行ってへん感じ。

 せやけど、気ぃつかいながらでも、ちょっとずつ家族になってきてる。

 

 給付金でオキュラス買うても、まだまだ残る。

 残りは、留美ちゃんを含め、なんか家族のために使えたらと思う。

 そう言えば、もうじきクリスマス。

 関係ないけど。

 

 

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明神男坂のぼりたい09〔明日香の神さま〕

2021-12-13 09:28:02 | 小説6

09〔明日香の神さま〕  

 


         


 今日もS君が来てない……。

 

 まだ新学期が始まって三日目だけど、二学期もよく休んでいたので気になる。

 クラスの何人かは心配してるみたいだけど、大半の子は「Sは、もうダメだ」と思ってる。

「放課後は、あしいないから」

 担任の毒島(ぶすじま)先生は、昨日も、そう言ってた。

 きっとS君とこの家庭訪問。

 お父さんが元高校の先生だから、よく分かる。

 毒島先生は、S君を切りにかかってる。

 ダメな生徒には無事に自主退学してもらうために家庭訪問が増える。

 正直S君は弱いと思う。

 苗字が『宇宙戦艦ヤマト』に出てくるキャラクターと同じなんで、一学期に、ちょっとからかわれた。だけど、イジメなんちゅうものではないと思ってる。

 クラスには鳩山君いうのもいてて、この子もずいぶんからかわれた。だけど、そんなのはほんの一カ月ほど。案外しっかりした子で、学級委員長にも選ばれて、周りからは、こう呼ばれてる。

「鳩山の皮を被った阿倍」

 S君は、ちょっとからかわれたことを理由に引きこもってるだけ。

 あんまり同情はしないけども、どうにかせいと思う。

 名前と言うと、うちの担任もたいがい。

「毒島」だもんね。

 ついでに、先生の一人称は「あし」だけど、立派な、どっちか言うとベッピンの部類に入る女先生。

 喋り方がせっかちなんで、『あたし』が『あし』に縮まってしまう。

 お母さんに言うと「明日香もそうだよ」って返事が返ってきてショックだったのは、一学期の始業式でおもしろいと思って話した時。

 え!?

 それから気を付けてるし、先生の『あし』も好感度。

 

 そうそう、お父さんには、いらないことを教えられる。

 

 保育所のころなんだけど。

 しょ 処女じゃない♪ 処女じゃない証拠には♪ つん つん 月のものが 三月も ナイナイナイ♪

 これを四つの明日香に『しょじょ寺の狸ばやし』で覚えさせた。

 保育所で歌っていたら先生が目を回して、お母さんに連絡されて、我が家には珍しい夫婦喧嘩になった。

 他にも、『インターナショナル』と『愛国行進曲』とか歌えるよ。これも、お父さんが保育所の行き帰りで、無垢なあたしに覚えさせたもの。

「おおきくなったら、右翼にも左翼にもつぶしがきく」

 というのが名目だけど、ようは「おもろい子ぉ」にしてやろうというイチビリ根性。

 で、お父さんの言うことは、あんまり信用していない。

 だけど、一つだけ、あたしの中で定着したものがある。

 

『神田明神は偉くて悲しい神さま』

 

 神田明神には五柱の神さまがいるんだけど、有名なのは平将門。

 将門は平安時代の武将なんだけど、国司として赴任してきた関東地方が、他の国司や豪族の為にいいようにされていたのに義憤を感じて挙兵して、今でいう住民のための政治をしようとした。

 それは、当然都に対する反逆ってことで討伐されてしまって、首をちょん切られた。

 首は都で晒し首になったんだけど、ある晩、轟音と共に飛び立って関東に戻ろうとした。

 でも、力尽きて、いまの丸の内あたりに落ちて、それは『将門の首塚』と大事にされ。

 その御霊は神田明神に祀られて、千年の後にも江戸の総鎮守として崇敬を集めて今日に至っている。

 

 お父さんも、ここ、明神男坂の生まれだし、ま、そういうところが明日香の中にもあるってことでさ。

 あたしの神さまってことですよ。

 

 今朝も、「三学期はじまりました、よろしくお願いします」と手を合わせてきた。

 

 で、S君は今日も来ていない。

 まあ、ええけど。

 クラブの稽古では、ダメ出しばっかりされて凹んでしまう。まあ、本番まで三週間しかないから、しかたない。

 けど、胃が痛いよ~。

 これは、何か食べないと直らない……そういう理屈で食堂を目指す。

「鈴木君、改めてモデルを頼みたいんだけど」

「え!?」

 すると、美術部のイケメン馬場さんに呼び止められた。

  これって、神さまの御利益……!?

 

 休みの日に家に居るのは好きじゃない。

 

 住まいとしての家には不足はないよ。二十五坪の三階建てで、三階にあたしの六畳の部屋がある。

  お母さんは、学校辞めてから、テレビドラマをレコーダーに録って、まとめて観るのが趣味。半沢直樹やらニゲハジやら映画を録り溜めしたのを家事の合間に観てばっかり。

 で、家事のほとんどは洗濯を除いて二階のリビングダイニング。

 お父さんは自称作家。

 ある程度名前は通ってるけど、本が売れて食べられるほどじゃない。

 共著こみで十何冊本出してるけど、みんな初版第一刷でお終い。

 印税は第二刷から10%。印税の割合だけは一流作家だけど、初版で終わってたら、いつまでたっても印税は入ってけこない。

 劇作もやってるから上演料が、たまに入ってくるけど、たいてい高校の演劇部だから、高校の先生辞めてから、やっと五十万あったかどうか。

 で、毎日一階の元は店舗だった部屋に籠もって小説書いてはブログで流してる。

 

 当たり前だけど、あたしには四人のジジババがいる。

 

 お父さんの方のジジババは亡くなったけど、お母さんの方のお祖母ちゃんは、あちこち具合が悪いと言いながら元気。

 練馬の石神井の方に家があるので、ときどき行く。

 お祖父ちゃんが元気だったころは、石神井(しゃくじい)というのは、お祖父ちゃんのことだと思っていた。

 お母さんも『しゃくじい』って、お祖父ちゃんのこと呼んでたしね。

『石神井のお祖父ちゃん』というのは、長いから、つづめたというか省略したというか『しゃくじい』で通していた。

 小一の時に『しゃくじい』が亡くなって『しゃくばあ』になった。

 

『しゃくばあ』んち、行って来る。

 

 そう言って家を出た。

 うちから石神井は、ちょっと遠い。

 中央線で池袋に出て、西武池袋線に乗り換えて、準急なら二駅、普通なら九駅。

 お母さんも、ちょくちょく行くのは億劫なので、わたしが行くのは、ちょっと渡りに船だったりする。

 特にあれこれ持っていけとは言わない。

 還暦が過ぎた娘が行くよりは、JKの孫が言った方が喜ぶしね。

 ときどきお小遣いもらえるのも嬉しいんだけど、そんな即物的な目的だけじゃない。

 駅を出て南に行くと、武蔵野の雰囲気をよく残した石神井公園がある。

 大きな石神井池を中心にした公園で、休憩所を兼ねたボート乗り場があって、しゃくじいが生きていたころは、よくボートに載せてもらった。

 普通のボートと白鳥のボートがあって、両方とも好き。

 お母さんは、子どものころから乗り飽きてるので、いつも、あたしがしゃくじいといっしょ。

 お父さんも、しゃくじいは明日香と乗りたいって分かってたから、自分は乗らずに池の周りを散歩することが多かった。

 

 今日はね、もうひとつ目的というかお役目がある。

 

 石神井戎神社の十日戎(とおかえびす)。

 東京で商売繁盛のお祭といったら、秋の酉の市なんだけど、戎祭もあるんだよ。

 有名なのは、浅草神社の二十日戎。

 二十日まで待っていられるか! かどうかは分からない(^_^;)んだけど、十日戎。

 浅草がやってるなら、やってやろうじゃねえかってんで、浅草戎と並んで復活した。

 しゃくばあが、こういう縁起物には目が無いんで、孫の明日香が代参。

 

 明神さまに――石神井戎いってきます――とご挨拶して、今日は正面の大鳥居から出る。

「おや、珍しい」

 だんご屋のおばちゃんに言われるのは、いつもと違って大鳥居から出てきただけじゃなく、なんか雰囲気が違うのかもしれない。

「お祖母ちゃんの代参で石神井戎行くの(^▽^)」

「なんだか、森の石松だね」

「あはは(^_^)?」

 適当に笑っておいたけど、意味は分かってない。

 

 十日戎というと、大阪とかの関西。

 検索して、今宮戎とか見たんだけど、まあ、賑やか。

―― 商売繁盛で笹持ってこい 日本一のエベッサン 買うて買うて福買うて~(^^♪ ――

 鳴り物入りで、囃し歌? なんてのも流れててフェスティバル。

 石神井戎は、流行り病のこともあるんだろうけど、穏やかなもので、御神楽が聞こえてくるぐらいのもの。

 まずは、手水舎(ちょうずや)で作法通り左手から洗い、右手、口をすすぐのを省略するとアルコール消毒のボトルが置いてある。神社も工夫している。

 拝殿へ。

 ガラガラ鳴らしてお賽銭投げて、まずは感謝。いろいろ不満はあるけど感謝。これもしゃくばあの伝授。それから願い事。芸文祭の芝居が上手いこといきますように、それから……あとはナイショ。

 それから、笹は高いしかさばるので、千円の鏑矢を買う。

 福娘の巫女さんは三人いてるけど、みんなそれぞれちがう個性なんだけど、美人という冠で揃ってる。でも、明日香的には明神さまの巫女さんが一番に思えるよ。

 ふと、きのうのあれからを思い出す。

 馬場さんは追いかけてきて「やっぱり、モデルになってくれないか」と言った。

 冷静に考えたら、単なる気配りのフォローだと分かるから、生返事で帰ってきたんだけどね。

 ひょっとしたら……社務所の窓に映る自分が見える。

 明日香って、意外にイケてる?

 ふと岸田 劉生の麗子像を思い浮んでしまった。

――モデルは美人とは限らんなあ……――

 そう思って落ち込む。

 参道を鳥居に向かって歩いていると、ベビーカステラの露店の中で座ってるS君に気づく。学校休んで、こんなことしてんだ……目が死んでる。

「佐渡君……」

 後先考えないで声をかけてしまった。

「鈴木……」

 こんな時に「学校おいで」は逆効果。

「元気そうじゃん……思ったより」

 佐渡君は、なに言っていいからわからないようで、目を泳がせた。

 あとの言葉が出てこない。

 濁った後悔が胸にせきあがってくる。

「これ、あげる。佐渡君に運が来るように!」

 買ったばっかりの鏑矢を佐渡君に渡すと、あたしは駆け出した。

 

「いいじゃないの、たまには他人様に福分けたげるのも」

 

 事情を説明したら、お婆ちゃんは、そう言ってくれた。

「ごめんね、お婆ちゃん」

「世も末っていうような顔でくるもんだから、お祖母ちゃん心配したよ」

「たまにしか来ないのに、世も末でごめん」

「まあ、いいじゃない。明日香、案外商売人に向いてるかもしれないよ」

「なんで?」

「ここだというときに、人に情けかけられるのは、商売人の第一条件さ」

 お婆ちゃんは、お祖父ちゃんが生きてる頃までは、数珠屋を構えて商売してた。子どもがうちのお母さんと伯母ちゃんの二人で、二人とも結婚が遅かったから、店はたたんでしまったけど、根性は商売人。

「ほら、お婆ちゃんからの福笹」

 お婆ちゃんは諭吉を一枚くれた。

「なんで……」

「顔見せてくれたし、いい話聞かせてくれた」

 年寄りの気持ちは、よく分からないけど、今日のあたしは、結果的にいいことしたみたい。

 チンチンチン

「これ」

 景気づけにお仏壇の鈴(りん)三回叩いたら、叱られた。

 ものには程というもんがあることを覚えた一日だった。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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ライトノベルベスト〔ゴジラのため息・2〕

2021-12-13 04:58:40 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

ため息・2〕   




 ゴジラはため息をついた。

 女の子らしい、ホワっとした吐息になって、一言主(ひとことぬし)のお蔭で、女の子の姿も板についたようだ。

「でも、これじゃ朝ごはんがつくれない」

 ちょっと気合いを入れて息を吐くと、程よい火が出た。その火で敦子のゴジラは、朝ごはんを作った。

 ご飯炊いて、ベーコンとスクランブルエッグ。匂いにつられて高校生たちが起きてきて、仲良く朝ごはんを食べた。

「あっちゃん、またね!」

 高校生たちは、スマホでアドレスの交換をしたがったが、「スマホはお父さんの所に置いてきた」と言って残念そうな顔をしておいた。

 スマホぐらい、そこらへんの葉っぱを使えば作れるんだけど、本性はゴジラ。友達になってはいけないと思った。

「どうだった、夕べは楽しかったかい?」

 一言主が聞いた。

 

「うん、楽しかった。でも、やっぱため息って出ちゃうのよね」

「出たっていいさ。もうカッとしたりしなきゃ火を吐いたりはしないから、で、これから、どうするんだい?」

「うん、ちょっとキングコングのとこでも行ってみる。あの人とも長いこと会ってないから」

「じゃ、これ使っていけよ」

 一言主は、倒木をクーペに変えてプレゼントしてくれた。

 敦子のゴジラは、高速をかっとばして街まで出た。

 キングコングは、もう引退したも同然で、南森町というところで志忠屋というコジャレた多国籍料理の店をやっていた。

「おう、珍しいじゃねえか。アイドル風のゴジラも、なかなかなもんだぜ」

 絵に描いたようなオッサンのなりをして、キングコングはカウンターの中から声を掛けた。一発で正体を見破られたことが、残念でもあり、嬉しくもあった。

「バレたんなら、気取ることもないわね。なんか元気の出るの一杯ちょうだい」

「あいよ」

 滝川浩一と偽名を使ってるといいながら、キングコングは50年もののプルトニウムをなみなみと注いでくれた。

 敦子のゴジラは、一口飲んで、ホッと吐息をついた。

「なんだ、まるで女の子みたいな、吐息ついて。ゴジラらしく火は吐かねえのかよ」

 言われて、ゴジラは小さく火を吐いた。

「なんだ、チンケな火だな」

「本気で吐いたら、店丸焼けになっちゃう。それよりもさ……」

「なんだい?」

「あたしのため息ってなんだったんだろう……?」

 アンニュイに頬杖つきながら、ゴジラは呟くように言った。

「それはさ……キザなこと言うようだけど、受け手の気持ちだと思うぜ……悲しみ……怒り……孤独……取りようしだいさ」

 キングコングの滝川は、二杯目には、ウランの炭酸割りを出してくれた。

「昔は、もっとはっきりした意志ってか、気持ちがあったような気がするんだけどね……」

「しかたないさ、お前さんは、元来拡散していく運命なんだ。名前だってゴジラって、複数形だもんな」

「アハハ、座布団一枚!」

 ゴジラはキングコングとバカ話ばかりして、店を出ようとした。

「すまん、ライターがきれちまった。タバコに火ぃ点けてってくれよ」

 敦子のゴジラは、フッと息を吹いてやった。タバコに程よい火が点いた。

 帰り道、敦子のゴジラは少し歩いてから、駐車場のクーペに向かった。その間に、消えかかった若い夫婦の心に、職業意識を失いかけている教師の心に火を点け、絡みかけてきたチンピラ4人を焼き殺したことは自覚していなかった。

 クーペのキーを開けながら「やっぱ、ゴジラに戻ろうか……」そう思ったが、一言主の魔法が強いのか、長く敦子になりすぎたせいか、もとには戻れなかった。

「ホ……」

 夜空に吐息一つついて、敦子になりきってクーペを発進させた。

 クーペは自動車の波の中に飲み込まれ、すぐに見えなくなった。

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やくもあやかし物語・114『仁のカップ麺とコルト・ガバメント』

2021-12-12 13:39:28 | ライトノベルセレクト

やく物語・114

『仁のカップ麺とコルト・ガバメント』 

 

 

 ちょっと迷って『仁』のカップ麺とコルト・ガバメントを持って廊下に出た。

 

 ちょっとね、タクラミがあるのよ。

 部屋でやったらね、チカコと御息所がいるでしょ。

 いるといっても、二人ともへそを曲げてるから、感じ悪いでしょ。

 だいいち、姿くらましてるし。

 姿くらましてても、二人とも臆病なんで、家の外に出ることはないし、それどころか、わたしが付いていなきゃ家の中だって勝手には動き回らない。

 だからね、部屋の中には居るのよ。

 わたしが、廊下でゴソゴソやったら――やくもは、なにやってるんだろ?――と思うわけよ。

 気が小さいくせに好奇心は人一倍って二人だからね。

 気になったら、ぜったい覗きに来る。

 出てきたら、わたしの勝ちよ。

 

 なんで『仁』のカップ麺かというと、仁義八行の意味も順番もよく分からないから、とりあえずうる憶えの一番目『仁』を選んだわけよ。

 

 開けてみると『仁』とプリントされたBB弾の袋。

 これはもう、ガバメントの弾倉にぶち込むしかない。

 BB弾を弾倉に入れるには専用のナントカっていう注入器を使う。

 だけど、持ってないから、一発というよりは一粒って言った方がいいBB弾を一発ずつ入れていく。

 カシャ カシャ カシャ カシャ カシャ カシャ

 トロクサイけど、この方が部屋の中で隠れている二人には刺激的なのよ。

 

―― なにやってるんだろ? ――

 

 そんなオーラが、だんだん近づいて来て、五分もすると、ドアの所から息遣いさえ感じられる。

 あ!?

 わざとBB弾をこぼして声をあげる。

 まるで、子ネコみたいにBB弾に気をとられる二人。

 今だ!

 ムンズ!

 あやまたず、御息所を捕まえる!

 ピューー

 チカコは声も立てず、まっしぐらに部屋の中に逃げていく。

「は、放せ! どうして、分かったのよお!?」

「そりゃあね、あんたはあやせ、チカコは黒猫の姿でしょ。黒猫はゴスロリだし、あやせはミニスカの制服。シルエットがぜんぜん違うのよ。とーぜん、床に映ってる影も違うから、その影目がけて手を伸ばせば、いちころなのよ。ムフフフ……」

「くそ、謀られた(-_-;)」

「降参しなさい」

「やだ! 誰が、八犬伝の撃ち漏らしの退治なんか」

「ほう……いいのかなあ」

「な、なによ!?」

「御息所、あんた、実は……」

「え? え? ええ……どうして、それを(#'∀'#)!?」

 

 教頭先生に教えてもらった秘密の効き目はすごかった。

 

 そのあくる日の土曜日、わたしは、御息所をポケットに、ガバメントはバッグに入れて神田明神を目指すのだった!

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝

 

 

 

 

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明神男坂のぼりたい08〔ドリーム カム スルー〕

2021-12-12 08:07:37 | 小説6

08〔ドリーム カム スルー〕  

 

 

 タタタタタタタタ

 

 軽快なリズムで男坂を駆けあがる。

 今日は三学期の始業式だ。ものごとは最初が肝心。

 で、いつもより二割り増しぐらいの元気さで駆けあがる。

 駆け上がって『神田明神男坂門』の標柱を曲がる。

 いつもは、このまま拝殿の真ん前なんだけど、立ち止まって右を向く。

 しめ縄張った大公孫樹(おおいちょう)と、その前のさざれ石に一礼。

 大公孫樹は二本ある。古い親木と現役のと。

 昔は、江戸前の海に入ってきた船のいい目印になったんだって。

 さざれ石は、ほら『君が代』に出てくる、あのさざれ石。

 一見工事現場から掘り出してきたコンクリートの塊なんだけど、岐阜県の天然記念物。なにかの作用で、石がくっ付きあって、転がりながら大きくなったもので『さざれ石の 巌となりて~』てのは、ほんとのことなんだ。

 で、始業式には『君が代』だから、ま、ゲン担ぎというか、あやかるわけ。

 そして、いつものように拝殿の前でペコリ。

 今朝の巫女さんは窓口(神札授与所)当番。ほら、お御籤とか御守りとかのグッズ売り場。

 ペコリとニコリを交わす。

 チラッとおみくじ結び所が目に入る。正月明けなので、集団あや取りみたく十何段に張られた紐に鈴なりのお御籤。

 正月明け、まだ三が日の火照りを残している境内の空気を吸って、さあ、学校へ!

 

 水道歴史館が向こうに見えてきたところで、視界の端に関根先輩。

 ちょっと離れてるけど、後姿だけでも、他の同じ制服たちに混じっていても分かってしまう。

 でも、声を掛けたりはしない。

 今年も幸先いいとだけ思っておく。

 

 でも、神田明神と関根先輩でマックスになった高揚感も、学校が近くなるにしたがって冷めてくる。

 学校が持ってる負のエネルギーはすごいよ。

 スターウォーズの暗黒面だよ、ブラックホールだよ。

 でもね、明神さまで元気もらってるから、冷めるといっても、サゲサゲとまではいかない。

 えと……まあ、ニュートラル的な? 

 それにね、三学期の始まりは、冬休みが短いせいもあって、一学期の新鮮さも、二学期のうんざり感もない。

 ああ、始まったんだなあ……です。

 学校には、クラブの稽古で二日前から来てる。稽古は始まってしまったら……まあ、まな板の鯉。ほんとうは頭打ってるんだけど、今日は、それには触れません。

 
 体育館の寒いなか、校長先生を始め生指部長、進路部長の先生のおもしろくない話と諸連絡。

 先生の話がおもしろくないのは、内容というよりも、エロキューション、つまり滑舌と発声。それとプレゼンテーション能力が低いから。

 演劇部やってると、先生たちのヘタクソなのがよく分かる。音域の幅が狭くて、リズムがない。つまり声が大きいだけ。終わって回れ右してホームルームかと思ったら、保健部長のオッサンが最後に出てきた。

「今から、大掃除やります!」

 ホエエエエエ

 七百人近い生徒のため息。

 ため息も、これだけ揃うと迫力。

 なんか、体育館の床が瞬間揺れたような気がした。オッサンはびくともせずに大掃除の割り振りを言う。

 ただ一言。

「教室と、いつもの清掃区域!」

 わたしは思った。

 大掃除やるんだったら、おもしろくない話なんか止して、チャッチャとやって、ホームルームやって、さっさと終わっちゃえばいいのに。

 

 あたしたちは、学校の北側校舎の外周の当番。

 昇降口で、下足に履き替えなきゃならない。

 下足のロッカー開けて……びっくりした。来たときにはなかった封筒が入ってた。

 直感で男の手紙だと思った!

 すぐにポケットにしまって、校舎の北側へ。掃除するふりして手紙を読んだ。

 
―― 放課後、美術室で待ってます。一時まで待って来なければ、それが返事だと諦めます ――

 
 最後にイニシャルでHBと書いてある。

 一瞬で頭をめぐらせて、そのシャーペンの芯みたいなイニシャルの男を考える。クラスにはいない……あたしも捨てたもんじゃないのかなあ(≧ω≦)。

 いっしゅん関根先輩の影が薄くなった。

 

 ホームルームが終わると、あたしは意識的に何気ない風にして、美術室へ行った。

 美術教室は、ドアに丸窓があって、そこから小さく中が見える。そこから見た限り人影は見えない。

 ちょっと早く来すぎたかなあ……そう思って、こっそりとドアを開ける。

 「あ……!」

 思わず声が出てしまった。

 そこには、美術部のプリンスと、その名も高い馬場さんが居た。

 そして、目が合ってしまった!

  馬場さんは、三年の始めに仙台から転校してきたという珍しい人で、絵も上手いし、チョーが三つつくぐらいのイケメン。どのくらいイケメンか言うと、イケメン過ぎて、誰も声が掛けられないくらいのイケメン。声をかけるのはモデルのスカウトマンぐらいのものらしい。

 その馬場さんが声を掛けてきた。

 「なにか用?」

「あ、あ、あ……」

 声聞いただけで、逃げ出してしまいそうになった(;'∀')。

「あ、その手紙!?」

 やっぱり、手紙の主は馬場さんだった! 

 で、次の言葉で空が落ちてきた。

「間違えて入れちゃった……オレ、増田さんのロッカーに入れたつもり……ごめん!」

 増田っていうのは、あたしのちょうど横。AKBの選抜に入っていてもおかしないくらいかわいい子。今の段階では、なんの関係もないので、詳しいことは言いません。

「増田さんが趣味だったんですか!?」

「え? ああ、絵のモデルとしてだけど……」

 と、言いながら、馬場さんは、あたしの姿を上から下まで観察した。なんだか服を通して裸を見られてるみたいで恥ずかしい。

 「失礼しました! あたしクラブあるから、失礼します!」

 あたしは、いたたまれなくになって、その場から逃げだした。

 あたしのドリームは、こうやって、今年もカムスルーしていった……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部

 

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ライトノベルベスト・〔ゴジラのため息・1〕

2021-12-12 05:24:27 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

ため息・1〕   




 ゴジラはため息をついた。

 不可抗力とはいえ、山が一つ丸焼けになってしまった。

「集中豪雨で湿気ってなかったら、ここいらみんな焼いちまうとこだったな……」

 反省したゴジラは、熊ほどの大きさになって隣の山に引っ越した。

 すると、山の主である熊ほどの大きさの一言主(ひとことぬし)が憐れむように言った。

 ちなみに一言主は猪のなりをしている。

「気にすんなよ。あの山は来月中国の金持ちに売られるところだったんだ。これで商談もなくなるだろ」

「ありがとう、ちょっとは用心するよ」

「一人でいるから気鬱になってしまうんだ。名前は複数形なのに、おまえさんは孤独主義なんだからな……どうだい、オレの山に高校生たちがキャンプに来てるんだ。気晴らしにいっしょに遊んでみたら」

「いいのかい?」

「小さくなったとはいえ、そのナリじゃこまるけど、なんか適当に化けちまえよ」

 ゴジラも、還暦を過ぎて八年。化けることぐらい朝飯前だ。

 いろいろ化けて見せて、女の子のナリになった。一言主がアイドルファンだったので、まるでAKBと乃木坂とけやき坂の選抜を足して人数で割ったようなかわいい子になった。

「だめだ、木が湿気って火がつかないや……」

 炊事担当の女の子は、嫌気がさした。

「あたしが、やってあげようか?」

 ゴジラはサロペットにTシャツという気楽さで声をかけた。アイドルのような笑顔に女の子は親近感を一方的に感じてゴジラに任せた。

「コツがあるのよね……」

 適当なことを言って、そろりと息を吹きつけて、あっという間にご飯もカレーも炊き上げてしまった。

「すごいのね、あなたって。このへんにキャンプに来てるの?」

「うん、家族で。林ひとつ向こう側」

 一言主が気を利かして、父親の姿で現れた。

「なんだ敦子。こんなところにいたのか」

 一言主が適当な名前で声を掛けた。

「あ、そういや、あなたあっちゃんに似てる!」

「ズッキーにも似てる!」

 もう一人が言った。

 で、ワイワイ言っているうちに、ゴジラ……いや、敦子は 高校生たちといっしょになることになった。

「キャンディーを、ブレスケアになる」

 一言主は、そう言って、こっそりとキャンディーを敦子の口の中に放り込んだ。

 高校生たちは、半端にまじめで、ノンアルコールのビールもどきで、けっこうハイになった。

「ねえ、あっちゃん、なんか歌ってよ!」

 ゴジラの敦子は困った。

 話すのはともかく、本気で歌ったら、ゴジラの「ガオ~ン!」になってしまう。

 仕方なく、ゴジラは抑え気味に胸に手を当て、そろりとAKBのヒットソングを歌ってみた。

「キャー、キンタローより似てる!」

 緊張していたので、なんだか、懐かしの前田敦子風になって、みんなにウケた。

 嬉しくなって、遅くまでみんなといっしょに歌ったり写真を撮ったりで盛り上がった。一言主がくれたキャンディーは、どうやら歌がうまく歌える魔法のキャンディーのようだった。

 ゴジラの敦子は、本当は、みんなと語りたかったが、楽しくノッテいる空気を壊してはいけないと、調子を合わせて騒ぎまくった。

 気が付いたら深夜になってしまっていたので、高校生たちのキャンプに混ぜてもらって、眠れぬ夜を過ごした。

「あたしの思いは、この子たちには分からないもんね……」

 流れ星を10個数えて、ゴジラの敦子は寝たふりをした。

 たとえ寝たふりでも人と一緒に居るのは楽しかった……。

 つづく 


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明神男坂のぼりたい07〔我が家の事情&初稽古〕

2021-12-11 09:53:10 | 小説6

07〔我が家の事情&初稽古〕  

 

 

 朝から、お祖母ちゃん(お父さんの母)と対面している。

 

 というのがね……。
  

 朝刊を取りに行くのは、あたしの仕事だ。

 今どきの高校生には珍しい。

 実はねって、打ち明け話ってほど大層なものじゃないんだけどね。

 越してきて、やっと五歳になったころ、お父さんが「明日香でも届くように」って、郵便受けを付けてくれた。

 子どもの事だから、普通は、三日もやったら飽きる。

 だけどね、団子屋のおばちゃんとか、ご近所の人がね「あら、明日香ちゃんえらいねえ」って言ってくれる。

 エヘヘ

 愛想良しの明日香は、可愛く照れるわけ。

 正直、ガキンチョのころの明日香は(自分で言うのもなんだけど)可愛かった。

 時々はね、男坂の上を掃除してる巫女さんと目がって、口の形で『おはよう』とか『えらいねえ』とか言ってくれる。

 お調子者で、それでいて小心者の明日香としては、やめるわけにはいかなくて、高校生の今日まで続いてる。

 まあ、ルーチンワークですよ。

 

 バサ!

 

 スナップをきかせて、定位置のソファーに朝刊を投げた。

 勢い余った手がボードの上のおっきいこけしに当って、倒れ掛かる。

 お祖母ちゃんが元気なころに買ってきた50センチもあるあるやつで、そいつが足に当って、目から火花。

 ンガアアアア

 ドシン

 足を庇ってピョンピョンしてると柱にぶつかって、今度は、その振動で長押(なげし)に掛けてあったお祖母ちゃんの写真が落ちてきた。

 イッテエエエ……!

 見事に頭に当って、それでも、お祖母ちゃんを床に落とすことなく胸で受け止めた。

 

 それで、朝からお祖母ちゃんとご対面……で、しみじみと男坂下で過ごした十年を思うワケ。

 

 うちはご維新のころから男坂下でお店をやってた。

 お父さんは、その五代目になるはずだったんだけど、家業は付かずに学校の先生になった。

 お祖父ちゃん、お祖母ちゃんも、体わるくして店を畳むことになって、それを潮に両親は、あたしを連れて越してきたんですよ。

 ジジババを放っておくわけにもいかないし、こっちのほうが通勤にも便利だったらしい。

 

 でもね、数年後には両親ともに仕事を辞めた。

 あ、お母さんは小学校の先生をやっていた。

 まあ、先細りの商売人の息子は手堅く教師になって、嫁さんも学校の先生。

 老後は、二人分の年金で悠々って魂胆ですよ。

 

 でも、二人とも早期退職。

 お父さんは、あたしが中学上がるときに。

 お母さんは……たぶん、小学校の三年のときに。

 なにから話したらいいんだろ……。

 

 お父さんは、高校の先生だった。

 いわゆるドサマワリいうやつで、要は困難校専門の先生。

 校内暴力やら喫煙は当たり前で、強盗傷害やらシャブやってるような子までいた。で、勉強はできなくて。240人入学して、卒業すんのは100人もいない。たいていの子が一年のうちに辞めていちゃう。だから学校で一番きつい仕事は一年生の担任。運が良くても、クラスの1/3は辞めていく。人数で15人から18人くらい。それを無事に退学させんのが担任の仕事。それも学校に恨みを残すような退学にしてはいけない。

「ありがとうございました。お世話になりました」

 と、学校には感謝の気持ちをもって退学させる。

 専門用語では『進路変更』というらしい。辞めるまでに、電話やら家庭訪問やら何十編もやる。お父さんは『営業』だと言って割り切っていたけど、ほんと、日曜も、よく出かけていた。

 そんな最中にお婆ちゃんが認知症になって。放っとけんなくなって、お父さんは、初めて担任を断った。子供心にも「当たり前だ」と思ったよ。

 だけど、学校は、お父さんを担任にした。最後は職員会議で「鈴木先生を担任にする動議」に掛けられ賛成多数で担任。

 お父さんは四月一日から留年で落ちてきた生徒の家庭訪問に行っていた。土曜は祖父ちゃん婆ちゃんの面倒見にいって、日曜の半分は家庭訪問やらの仕事して、月に二回くらいは祖父ちゃんが学校に電話してくる。

 お祖母ちゃん、よく倒れたしね。

「救急車ぐらい、自分で呼べよ!」

 そうグチりながらも、学校早引けして世話していた。そして五月に婆ちゃんが認知症のまま骨折で入院。介護休暇とって世話してたけど、復職したらクラスはムチャクチャ。

 こんなのが、二年続いて、お父さんは鬱病になってしまった。

 うつ病のお父さん、それでも、お母さんといっしょに、なんにもできないお祖父ちゃんも合わせて老人介護。

 で、二年休職したけど治らなくて辞めざるをえなかった。

 

 お母さんも似ている。

 

 しゃく祖父ちゃん(お母さんの父、石神井に住んでるからしゃくじい)が腎臓障害から、ほとんど失明した上に、心臓疾患と脳内出血で長期入院。お婆ちゃんは脚が不自由で、世話はお母さんと伯母ちゃんが通いでやっていた。

 そこへ、いきなり六年生の担任やれと校長に言われた。お母さんの学校は情に厚い人が居て「鈴木先生の代わりにボクがやります」いう人まで現れた。

「校長としていっぺん判断したことだから、変えられません!」

 意固地な女校長で、お母さんも頭にきてしまって、三月の末に辞表を出した。

 お母さんは、それから講師登録して講師でしばらく続けてたけど、あたしが高校いく直前に、それも辞めてしまった。

 子供心にも、どうなるんだろと思ったけど……どうにかなってるみたい。

 お父さんもお母さんも、万一のために、わりと貯金してたみたい。それと個人年金でなんとかなってるみたい。

 ついでに、あたしが生まれたのは、お父さんが43歳、お母さんが41歳のとき。二人とも歳よりは若く見える。

「明日香のことが生き甲斐」

 と言うけど、どうも夫婦そろって生来の楽天家みたい……と、言いながら、お父さんの鬱病はまだ完治してない。月一回の通院と眠剤が欠かせないでいる。

 

 時間にしたら、ほんの数秒の事なんだけど、お祖母ちゃんと対面して思ってしまった。

 

 でね、今日から学校で稽古が始まる。

 始まっちゃうよぉぉぉぉ……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保

 

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ライトノベルベスト『高安ファンタジー・3』

2021-12-11 06:29:27 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

高安ファンタジー・3(高安女子高生物語外伝) 




 連休明けの登校はうっとーしい。

 けど、今年は違う。

 なんちゅうても亮介のニイチャンと、また同じ電車に乗れる!

 しかし、連休癖が付いてるんで、五分だけ朝寝坊。チャッチャと着替えて、朝ご飯。牛乳が横っちょに入ってしもて咳き込んだ。胸の圧迫感が、ちょっと違う。

 そうや、今日は、あの開運ブラしてんねんや!

「いってきまーす」

 今日は、ピーカンの上天気やけど、六月下旬並の暑さ。で、チョッキは時間が無かったこともあってカバンの中。

 当然ブラが透けて見えるけど、ホームでも1/3ぐらいの子がそないしてる。まあ、このくらいはええやろ。

 あたりを気にしてたせいで、亮介先輩がいてる場所の隣りの列に立ってしもた。

 電車が来ると、どっと車両の中に。

 なんと亮介先輩が座って、隣の席を確保してくれてる。ラッキーや思て突進したら、ずうずうしいオバチャンが座ってしもた。

 そやけどええ、亮介先輩の真ん前に立てる!、

 うちらは、まだ電車の中で話が出来る程度の仲。連休に誘い合うこともなかったけど、その分話はたくさんある。

「……連休は、どないしてはったん?」

「ああ、ずっと家」

「ずっと?」

 もう、それやったら誘うてくれたら……と思たけど、うちらは、まだ、そんな仲やない。亮介先輩の目が一瞬あたしの胸に来たんを感じた。おお、開運ブラの効果が早くも……ハズイ半分嬉しい半分!

「おれ、今度クラブの地区発表会あるんで、ずっと練習してた」

「なんのクラブですか?」

「イリュ-ジョン部……あ、マジックのクラブ」

 そう言うと、ポケットからピンポン球出して、黙って見せてくれた。グッと握ってパッと開いたら四つに増えてた。

「ウワー!」

 こんな技があるとは知らんかった。

「そんな喜んでくれるんやったら、発表会見に来てくれる?」

「いくいく!」

 そこまで言うて気が付いた。亮介先輩の番号もなんにも知らん。

「せや、まだ番号の交換してなかったなあ」

「ほんまや!」

 ほんまは、もっと早く聞きたかったんやけど、どこかはばかられてた。それが向こうから来た。ラッキー!

――楽しみにしてますね――

――ありがとう――

――素直に喜んでくれる先輩好きですよ――

 ほんまは「好きです」だけがテーマやけど、そこまでの度胸はない。

 それでも、電車が俊徳道を過ぎてカーブにさしかかったときに今までにない胸の開放感を感じた。

――ありがとう……胸が――

 その返事のメッセで気が付いた。今のカーブで、胸がせり出して、なんとフロントホックが外れてしもた!

 ブラウス越しとはいえ、うちの胸は亮介先輩にご開帳してしもてる! 

 思わずカバンで胸を隠した。

「ふ、布施で降ります!」

 ドアが開くと、カバン抱えたままホームに降りた。亮介先輩も降りてくれた。

「ちょっとトイレ行ってきます」

「あ、トイレ、この階段の下!」

 女子トイレ目指して突進!

 で、すぐに戻ってきた。

「清掃中で入られへん!」

「ちょっと新聞読んでるフリして」

「え……?」

「ええから、早う」

 言われるままに渡された新聞をオッサンみたいに広げた。ほんなら亮介先輩が後ろに回った。
 
 うっとこの夏服は、ブラウスがスカート外に出せるようになってる。ブラウスの裾入れろ入れへんいう不毛なやりとりをせんでええという学校のアイデア。

 ほんの一瞬、後ろから亮介先輩の手が胸に触ったん感じた。

「もうええよ」

 新聞どけて、胸元を見るとホックがちゃんとはまってた。さすがマジック部!

「すごい……せやけど、ちょっと触った?」

「ピンポン球より大きいからな。さ、次の準急や。乗ろか」

 ちょっと赤い顔して亮介先輩が言うた。

 二人の距離は確実に縮まったようです……(^#0#^)

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明神男坂のぼりたい06〔明日香のファッション〕

2021-12-10 05:27:53 | 小説6

06〔明日香のファッション〕  


      


 あたしはファッションには凝らない方

 ただ、オンとオフの区別はつけている。

 学校行くときは完全な制服。家帰ったらラフというか、お気楽がコンセプトの気まま服。

 まあ、ルーズにならなくて体を締め付けないものね。

 上は薄手のセーターで、外出するときはスタジャンぽいもの。

 たいていは、近所のアキバで間に合わせる。 

 アキバには一駅向こうの御徒町まで居れるとユニクロが三軒あるので、そこでウロウロ。

 でも、ユニクロで買うことってそんなにはない、けっこう高いしね。

 実際はアキバのあちこち回って探す。普通のお店で似たようなのが安くてあるしね。

 
 履き物は、近所はサンダル。冬用と夏用があって、冬用は足の甲のとこにカバーが付いてるの。夏はヒモとかベルトだけの。じゃまくさい時はお母さんのサンダルをそのままひっかけたりする。

 ちょっと遠いとこはスニーカー。学校行くときはローファーに決めてる。買うのは、やっぱアキバ。

 最近はネットで買ったりもするんだけど、ポチッとやるだけで買えてしまうので、要注意。夜のスマホは魔法が掛かってるからね、うっかりポチって、朝になったら大後悔ってことがあるから、夜にはポチらないようにしてる。

 

 明日から稽古が始まるんで、制服をチェック。

 

 制服は気に入ってる。

 男子は詰め襟に似てるけど、襟が低くて、角が丸い。そんで色が紺色。右の袖にイニシャルのGをかたどった刺繍でボタンは平べったい金ボタン。

 女子は、一見男子と同じ色のセーラー服。前開きなんで着やすいし、リボンをしなかったり短かくしたりすると、前のジッパーが見えてしもてかっこ悪い。そして袖にGのイニシャル。

 スカートは普通のプリーツみたいなんだけど、裾の下に黒で学校のイニシャルが入っいて、簡単には改造できない。

 ヘタに短くすると、イニシャルが見えなくなってしまうからね。

 さすが東京都。長年制服の改造に悩まされてきたので考えてある。

 その制服を、明日に備えてチェック……OK……と思ったら。

 あっちゃー、ローファーがいかれてた。右足の底がつま先の方から剥がれかかってる。

 

 で、アキバのABCマートまで買いに行く。

 

 着くまでに台詞が半分通せた。でも、信号やら車に気を取られて詰まってしまう。

 まだ覚え方がハンパな証拠。帰りに残り半分賭けてみようと思う。

 

 せっかくアキバまで来たので、アキバの街をウロウロキョロキョロ。

 

 ラジオ会館と駿河屋の間の道を抜けたところで、胸がチクリ。 

 関根先輩と美保先輩が、ラブラブでアトレから出てくるのが目に入ってしまった。

 昨日に続いて二日連続の遭遇。
 
 もう悪夢!

 昨日も、神田明神に行って、二人でお祈りして、おみくじひいて二人揃って大吉、マクドでかる~く「映画でも観にいかこうか?」「うん」「中味も聞かないで、うん?」「うん。学といっしょだったらどんな映画でも……」「バカだなあ」

 ウググ

 もう、その時の情景まで映画の予告編みたいに頭に浮かんで、パニック寸前。

 帰りは、案の定台詞の稽古忘れてしまう。

 

「明日香、滝川んちで新年会やるけど、付いてくるか?」

 

 帰るとお父さんに勧められた。滝川さんは、お父さんの数少ないお友だち。あたしらガキンチョでもオモロイオッサン。二つ返事でOK。

 宴会では、フランス人とのハーフのニイチャンや二十歳過ぎのベッピンさんのお話で耳学問。オッサン、オバハンは記憶には残ってない。

 まあ、この人たちのことはおいおいと。

 明日から、稽古が始まりますのですのよ!

 イタ! 
 
 舌噛んでしまった(;'∀')。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保

 

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ライトノベルベスト『高安ファンタジー・2』

2021-12-10 05:20:58 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

高安ファンタジー・2(高安女子高生物語外伝) 




 この四月から、亮介ニイチャンと同じ通学電車になった。

 と、書くと偶然みたいやけど、じつはあたしが高校に行くようになって、電車の時刻表見たりして、亮介ニイチャン(以下カレ)と同じ電車に乗れるように工夫した(^_^;)。

 最初は、同じ車両に乗ってるだけで幸せやったけど、だんだん近寄るようになって、話が出来るようになった。

 きっかけは……。

 電車は、高安仕立ての準急。

 運がええと座れるけど、まあ、通勤のオッチャンやオネエチャンらにはかないません。つり革に掴まって乗り換えの鶴橋まで立ってる。

 横に立ってるのに、カレは気ぃつかへん。うちから声かけるなんてとてもでけへん。え、東の窓ではあんなに大胆やったのにて? あれはたまたまの偶然でああなっただけ。いくら河内の女の子でも、ピカピカの一年生にそんな度胸はありません。

 その日も、いつものように気づかれんまま、鶴橋駅が近なってきた。

 今日もあかんな……そう思たとき。

 ガックンと、電車が急停車した。うちらは進行方向に将棋倒し。隣のカレが、つり革掴みそこのうて、手が滑って、あたしの胸をかすった。

「アッ……!」

 思わず声が出てしもた。

「ごめん!」

「あ、いいえ」

「あ……自分は?」

 と、カレが気ぃついた。

 そこから去年の東の窓の話やら、子どもの頃の話をするようになった。

 やったー! 

 と思たけど、そこからが進展せえへん。しょ-もない話の十数分。それがうちの高校生活の全てやった。しかし、きっかけはイケテル。うちの胸がもう五ミリ小さかったら、カレの手ぇとは接触せえへんかった。

 そうこうしてるうちに、進展もないまま、連休になった。

 もうじき夏服になるんで、八尾まで夏用の服やらインナーを買いに行ったんよ。

 夏は上着無しのブラウスだけ。まあ、学校は冷房効いてるんで、たいていの子はチョッキを着たり脱いだりして調整してる。

 で、ブラウスの下はキャミを着てブラが見えへんように工夫。それでも若干は透けて見えるんで、あんまりダサイのはいややし、かといって色物は禁止やし……。

 そない思て、適当なもんがないかと、ワゴンやらショーケースを見てた。

「あんた、ええ胸してるねえ」

 気いついたら、店のオバチャンがうちの胸を見てた。この店は中学のころから来てる店やけど、こんなオバチャンおったかなあ、と、思た。

「あんたの胸は、一万人に一人ぐらいの福胸や。カタチ大きさに気品がある。ええ運が回ってくる運勢やな」

 この言葉だけやったら適当に聞き逃してたけど、次の言葉に驚いた。

「あんたの運は、東の窓から開けて、胸が勝負やなあ!」

「え、ほんま!?」

 になった。

「惜しいことに、インナーが、その運を押さえ込んでる。あんた、いま好きな男の人いてるやろ。きっかけはオバチャンが言うたとおりやと思うけど」

 これは、このオバチャンは霊能力者かなんかかと思た。

「この開運ブラにしとくとええわ。あんた高校生やろ? 大人やったらショーツとのセットにしたげるけど、あんたには、まだ早い。ブラだけにしとき」

 それは、とても淡い水色のフロントホックのブラやった。オバチャンの勢いで試着までしてしもた。カタチのええ胸が、いっそうかわいい張りになって、なをかつ清楚な雰囲気。うちは迷わんと、それを買うた。

 本屋さんで、新刊の『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』を買うて、さっきの店の前を通ると、張り紙。

――都合により、四月末日をもって閉店いたしました。店主敬白――

 その日は、五月三日やった。どういうこっちゃろ……?

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