大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・249『演習中止 長門艦上』

2021-12-09 15:48:58 | 小説

魔法少女マヂカ・249

『演習中止 長門艦上語り手:霧子      

 

 

 水柱が十本立った。

 

 赤四本 青六本

 優にニ十キロは向こうの水平線。

 水柱の高さは赤い方が首一つ分高い。

 数秒は、崩れることもなく、なにか意志あるもののごとく屹立しているけど、ゆっくりと崩れ、次の数秒で霧消していく。

「今度は近弾です、これで夾叉(きょうさ)ですので、次は命中弾になると思います」

 案内係の砲術科中尉が教えてくれる。

 赤の水柱は長門、青の水柱は山城の水柱ということを教えてもらった。

 日本海軍は、主砲級の砲弾には染料が仕込まれていて、海面に着弾すると、水柱を染め上げる仕組みになっている。

 どの水柱が自分の艦のものか一目瞭然で、容易く次の射撃に備えて修正ができる。

 染め上げるまでもなく、長門は四十一サンチ砲弾なので、水柱の高さは、他の戦艦よりも高く、その威力が際立って感じられる。

 

 大連大武闘会に優勝して、演習中の戦艦長門に体験乗艦させてもらっている。

 わたしの役目は、間もなく起こる関東大震災にある。

 震災の知らせを受けて、日本に緊急帰国する戦艦長門をイギリスの巡洋艦の目から隠すこと。

 長門は、最大戦速が25ノットも出るけど、それは極秘で、カタログデータでは20ノット。

 最大戦速で走っているところを同盟国とはいえ見られるわけにはいかない。

 それを心配した赤城の頼みで、マヂカたちといっしょに一計を案じ、武闘会で優勝して乗艦している。

 イギリス巡洋艦と出くわしたら、わたしがハイドボールを炸裂させて長門を隠し、マヂカとブリンダが長門に化けて巡洋艦を引き付ける。

 そして、長門は本来の最大戦速で横須賀を目指す。

 これで八時間は早く横須賀に着ける。

 それだけ早く着ければ、総員二千人の乗組員が救助活動に参加できて、必要な機材や資材も運び込める。

 そして、なによりも世界のビッグ7と呼ばれる長門が救助活動に参加することで、被災者や、救助活動に働いている人たちの大きな励みになる。

「あれ?」

 同乗している朝毎新聞の記者が呟く。

 すぐに分かった。

 次弾発射の警告ブザーが鳴らない。

 四十一サンチ砲の発射の衝撃はすさまじいもので、主砲発射の時は、ブザーが鳴って、露天甲板や爆風を受ける配置に居る者は避難する。

 さっきも甘く見ていて新聞記者が、上着のボタンを全部持っていかれたところだ。

 中尉が顔を上げるのと、一層上の射撃指揮所に慌ただしさが感じられるのが同時だった。

『総員に告ぐ、総員に告ぐ、本艦は演習を中止して、ただちに横須賀に帰投する。射撃用具収~め。機関科、航海科二直はただちに配置につけ』

 グィーーーーーン

 四基の主砲が旋回して、正位置に戻る音が響き、続いて機関出力が上がった。

 最大戦速で新進路につくと、艦長から艦内放送があって、関東地方で大地震が起こり、長門は救援活動に参加するために横須賀を目指すとの知らせがなされた。

 乗員たちは、噂をするでもなく、粛々と、それぞれの課業をこなしていく。

 ペチャクチャとうるさく無意味に艦内を歩き回っているのは、新聞や通信社の記者たち。

 わたしは、マヂカから預かったハイドボールが入ったバスケットを膝に載せる。

 膝に載せて、手を開いてみると、自分でもびっくりするくらいに汗ばんでいる。

―― おちつけ、霧子 ――

 そう、自分に言い聞かせると、毎朝新聞の記者が、左舷後方の海を指さした。

「あれ、イギリスの軍艦が追ってきてないか」

 仲間の記者たちが、いっせいにそっちを見る。

 なんだか、表を歩く犬が気になってしょうがないネコたちのようで、おかしい。

 けれど、いよいよ始まったんだ……。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
  • 孫悟嬢        中国一の魔法少女

 

 

 

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明神男坂のぼりたい05〔外堀通り台詞のお稽古〕

2021-12-09 09:05:00 | 小説6

05〔外堀通り台詞のお稽古〕   

 

 

 

 昨日から外堀通りを歩いている。

 と言っても、学校へ行くわけではない。

 台詞を覚えるため。

 暮れの27日に台本もらってから、ろくに読んでない。

 稽古は5日から始まる。せめて半分は覚えておかないと、さすがに申し訳ない。

 台本を覚えるというのは、稽古中にやってるようではダメ。稽古は台本が頭に入ってることが前提。

 一つは、去年のコンクールでの経験。

 台詞の覚えが遅かったので、100%自信のある芝居にはなってなかった。

 前年の『その火を飛び越えて』は東風先生の創作で、初演は、八月のお盆の頃。A市のピノキオ演劇祭。

 コンクールは十一月が本番だから台詞はバッチリ……と、いいたいけど。創作劇だけあって書き直しが多い。東風先生も忙しいので、なかなか決定稿にならない。

 で、決定稿になったのが十月の中間テストの後。

 なんと台詞の半分が書き換わってアセアセのオタオタ。

 行き帰りの通学路、授業が始まるまでの廊下の隅っこ、昼休み食堂でお昼食べながら、お風呂に浸かりながら、布団に入って眠りにつくまで……いろいろやって覚えたけど。なんとか入ったいう程度。

 当たり前には入ったけど、身にしみこむいう程じゃ無い。

 台詞いうのは、算数の九九と同じくらいどこからでも自動的に言えるようにしておかないと、解釈やら演出が変わったら出てこなくなる。

 う~ん、歌覚えるように覚えちゃダメ。

 メロディーといっしょじゃなかったら歌詞が出てこなかったり、最初から歌わなら途中の歌詞が出てこないような覚え方じゃね。

 覚えた台詞は、いちど忘れて、その上に刷り込んで、自動的に出るようにしなくちゃ。

 つまり算数の九九みたいに。これは、経験と……あとは、もう一個。別の機会に言います。

 コンクールは、そこそこの出来だったけど、あの浦島に文句つけられるような弱さはあったんだと思う。難しい言い方で『役の肉体化』が出来てなかった。

 ヘヘ、難しいこと知ってるでしょ。あたしは、そんじょそこらの演劇部員じゃないという自負はある。

 その自負の割には、五日間も台本読まずに正月気分に流されてしまって反省。     

 で、昨日から外堀通りを散歩しながらがんばってる。

 

 男坂を駆けあがって、神田明神男坂門。

 門と看板は出てるけど門も扉もない。いつでもだれでも通れます。

 ラブライブでは音乃木坂高校生徒会の東條希の実家が神田明神で、希は、いつも巫女服で、このへんを掃除している。

 正月も松の内なので、平日よりは参拝者の人が多い。

 パンパン

 二拍手だけして一礼。

 ほんとは、二礼二拍手一礼が作法だけど、ご挨拶なので略式。いつもは、ペコリと一礼だけだから、まだ、あたし的には念がいってる。

 回れ右して隨神門(正面の門)から出発なんだけど、回れ右の途中で巫女さんが目に入る。

 境内を掃除していたり、祭務所(お札や御守り売ってるところ)の番をしていたり、参拝者の案内をしていたり、いろいろなんだけど、たいていは視線が合って、ペコっとお辞儀。

 隨神門を出る時に、もう一回ペコリ。

「おはよう」「おはようございます」

 団子屋のおばちゃんと挨拶を交わす。

 おばちゃんは、お店の事があるから、いつも声に出してあいさつするとは限らない。

 そのときは、ペコリしとくだけ。

 あ、このおばちゃんは、四つの時に男坂を転げ落ちた時に助けてくれたおばちゃん。

 

 さあ、ここから、台詞の稽古。

 

 台本片手にブツブツと台詞を反すう。

 …………………、…………………。

 詰まったり怪しくなったら、台本で確認して、再びブツクサ。

 ロケーションは、湯島の聖堂を曲がって本郷通、聖橋の階段を下りて外堀通りに差し掛かって、ペースが出てくる。

「よく、歩きながら台詞がおぼえられるねえ」

 友だちに感心されるけど、ながらスマホほど危なくは無い。ちゃんと景色も目に入ってるし、音も聞こえてる。

 …………………、…………………。

 役者って、役をやってると役の気持ちになってるし、その役が見ているものを見ているし、役が聞いているものを聞いている。それでいて、舞台全体にも神経くばってるし、照明の当たり具合とか、相手役のことだって見てる。

 あ、立ち位置間違ってる。そう思ったら、次の展開を考えて、こっちの立ち位置やタイミングを変えたりね。

 いわば、究極の『ながら』をやってるから、台詞のブツブツなんか、お茶の子さいさい。

 …………………、…………………。

 西に進んで行くと、医科歯科大学や順天堂大学の学生さんと並んだりすれ違ったり。

 まだ松の内だというのに、大学生はえらいよ。

 まあ、高校生とは違って、大学出たら社会人だからね。気合いが違う。

 …………………、…………………。

 通り過ぎる人とは三間(7メートルくらい)は間をとるようにする。

 声が聞こえると、ね、恥ずかしかったり、ちょっと不気味だったりするからさ。

 …………………、…………………。

 順天堂大学を過ぎると、そろそろ学校のエリア。

 学校の近くには、私学の高校が二つあって、さすがに部活の生徒とかが目につくので、横断歩道を渡って、神田川沿いの歩道に移る。

 こっちの方が、だんぜん人通りも少ないので、台詞も反すうじゃなくて、稽古のレベルになって、呼吸が変わったり、手が動いたりする。

 それでも、周囲の様子は見えてるから、あたしって天才?

 …………………、…………………。

 …………………、…………………。

 …………………、…………………。

 …………………あ。

 信号の向こうから関根先輩が歩いてくるのに気が付いた。

 関根さんは中学の先輩。

 軽音やってて、勉強もできるし、スポーツも万能。高校は、神田川の向こうの○○高校。うちの中学からは二人しか行かれなかった都立の名門校。

 あたしは卒業式の日に必死のパッチで「第二ボタンください!」をかました。

 その関根さんとバッタリ会うてしまった。心の準備もなんにもなしに……。

「おう、アケオメ。正月そうそう散歩か」

「あ、あ、あけましておめでと……」

 そこまで言うと。

「そうだ、お婆ちゃん亡くなたんだよな。喪中にすまんかった」

 なんという優しさ。孫のあたしが年末まで忘れてたこと覚えててくれはった。感激と自己嫌悪。

「あ、あの……」

 次の言葉が出てこないでいると、横断歩道を渡って田辺美保先輩が来る。

「おまたせ、セッキー!」

 田辺さんは関根さんと同期のベッピンさん。あたしより……足元にも及ばないくらいの美少女。

「じゃな、鈴木」

 関根さんは、軽く手で挨拶していってくれたけど、田辺さんは完全シカト!

―― 鈴木明日香なんか、道ばたの石ころ ――

 そんな感じで行ってしまった。

 くそ! 東京ドームシティでデートか、グルッと回って神田明神に初詣えええ!?

 

 台詞…………みんな飛んでしまった!         

 

 初稽古まで、あと二日……。

 

 

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ライトノベルベスト『高安ファンタジー・1』

2021-12-09 06:09:07 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

高安ファンタジー(高安女子高生物語外伝) 

 


 高安という街をご存じでしょうか。

 大阪の環状線鶴橋で近鉄大阪線に乗り換え、準急で三つ目の駅が高安です。

 駅前には、時おり『高安関を応援しています』のポスターが出たりしますが、残念ながら、関取の出身地ではありません。たぶん、同じ名前と四股名なので、その縁で応援しているんでしょう。

 この街で買い物したら、高いか安いか分からないから高安……オヤジギャグです。

 ピンと来ない……そうでしょうね。

 わたしも先祖代々住んでいながら、中学のクラブで習うまでは知りませんでした。

 江戸時代は、旧淀藩の領地……淀藩が分からない。でしょうね、淀の競馬場があるところ。少し分かります?

 桃山時代には淀君の淀城があったところ、そこの領地でした。

 戦国時代は教興寺の戦いという機内最大の合戦が行われました。畠山氏と三好氏の戦い……また、分からなくなりました?

 教興寺自体、蘇我氏と物部氏が対立していたころに、蘇我氏側に付いた聖徳太子が建てたお寺……興味ないか。

 じゃ、これは?

 世の中に  たえて桜の  なかりせば  春の心は  のどけからまし

 聞いたことあるでしょ?

 古今和歌集に出てくる在原業平……ざいげんぎょうへい、ではありません。

 ありわらのなりひら。

 在原業平は平城天皇の第一皇子で、桓武天皇の孫。桓武天皇ぐらい知ってるでしょ、平安京を作った天皇さま。

 その孫で、場合によっちゃ、天皇にも成れた人だけど薬子の変に巻き込まれて在原って苗字もらって臣籍降下したやんごとないお方……。

 ああ、しんど! 

 ここからは自分の言葉でやらせてもらいます!

 あたしは、府立OGH高校(大阪国際高校)の一年生、近所に『高安女子高生物語』の佐藤明日香やら、作家の大橋むつおさんやらが居てます。まあ、どっちもパッとせん人らやから言うても分からんかもしれませんけど。

 問題は、在原業平なんです!

 この人はめちゃイケメンの貴公子で、モテまくった人です。

 この業平さんの恋人が高安におって、毎日業平さんは奈良の都から、生駒山を越えて、この高安のメッチャ可愛い恋人に通い詰めた。

 今でも、それが業平道いうて残ってるんです。

 イケメンにありがちなことやねんけど、ええ女にはすぐ惚れる。

 業平クンも高安の彼女のとこに通うてるうちに、通り道にある御茶屋さんの娘さんに惚れてしもた。

 毎日、この茶屋で休憩しては、ええ子やなあと思た。茶屋のオッサン、オバハンも「ひょっとしたら玉の輿!」と、ほくそ笑んだ。

 ところが、ある日、業平道を奈良の方から歩いてくると、茶屋の二階東の窓から、そのええ子が、大口開けて饅頭食べてるとこを見て興ざめ。

 茶屋のオッサンとオバハンは「ああ、しもたあ!」と嘆いたけど後の祭り。

 それから、高安では二階に東向きの窓を作らんようにした。

 長い前説ですんません。

 

 うちの家は、お祖父ちゃんが亡くなってから改築した。うちの部屋はネボスケのあたしが目ぇ覚めるように、東側に大きな窓を付けた。ちなみに、業平伝説を知ったのは、改築が終わってから(^_^;)

 話は飛ぶけど、うちの町内に在原亮介いうイケメンのニイチャンが居った。

 近所では、関根いうニイチャンと一二を争うイケメンやった。

 近所の明日香ねえちゃんが関根ニイチャンに気ぃあるのは子どもの頃から知ってたけど、人の恋路にクビ突っこむほどお人好しでもイケズでもない。

 問題はうちのこと。

 去年の春、ゆっくり寝てて、お母さんが窓開けてるのも気ぃつかんと、うちは着替えよ思って、パジャマの上を脱いだ。ほんなら、窓の外から視線を感じた。

「あ、亮介のニイチャンや!」

 そう感動すると同時に、上半身スッポンポンやいうのに気ぃついた。

 自慢やないけど、あたしの胸はかっこええ。

 ハズイと思うと同時に「見せたった!」いう気持ち。で、乙女らしくカーテンの影に身を隠した。

 ここまでは、良かったんやけどなあ……。

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せやさかい・264『期末テストが終わって、右袖を見る』

2021-12-08 18:25:52 | ノベル

・264

『期末テストが終わって、右袖を見る』さくら     

 

 

 終わった! 期末テストが!

 

 いままで、テストが終わった感激は言うたことない。

 でしょ?

 なんでか言うと「終わったあ!」と、正直に叫んでしまうと、運が逃げて行ってしまいそうな気がする。

 あるいは。

 世の中には『テストの神さま』いうのんがいてて、たいしてできてもいてへんのに終わったことを喜んでるような奴を欠点地獄に落としてしまうような気がしてた。

 せやさかい、あんまり声に出しては喜べへんかった。

 

 せやけどね、もう、進路に向けての成績は、これでついてしまうわけですよ。

 

 三学期に学年末テストがあるけど、受験先に伝えられる成績は、二学期の期末テストまでのんでついてるわけです。

 せやさかい、もう、正直に喜んでええと思うんです。

 なんちゅうか、ゴルゴ13的に言うと、標的に向かってM16アサルトライフルを構えて、トリガーを引いた瞬間……的な?

 あとは、標的に当るだけ……的な?

 

 クラスのみんなも同じ思いみたいで、最後の数学が終わった時、ちょっとしたどよめきが起こった

 フワアア~~~~

 監督のペコちゃん先生も、思わずニッコリ。

 アホの田中もノドチンコまで見せてノビしとる。

 うしろから答案用紙を集めてくるんで振り返ったら、留美ちゃんの目にうっすらと光るもの。

 え……思わず感動してしまう。

 留美ちゃんは、感動のあまり涙まで浮かべてるんや……えらいなあ。

 たったいま、バカにした田中よりも、自分がアホに思えてきた。

「ち、チガウチガウ(;'∀')!」

 両手をワイパーみたいに振って照れる留美ちゃん。

 うん、頼子さんが見たら、思わず抱きしめてたと思うよ。

 

 帰り道、昨日からの雨はあがったけど、なんやドンヨリの曇り空。

 

「鈍色っていうんだよね、こういう空を」

「にびいろ?」

 うちは、瀬田とか田中のニキビ面を思い浮かべる。

「プ、ニキビイロじゃないよ、ニビイロ」

「あはは、そうか(^_^;)」

 もう姉妹同然になってしもた仲やさかいに、言わんでも通じてる。

「どんよりした鉛色の空をニビイロって云うの」

「そうか、勉強になった」

 うちは嬉しい。

 なんでか言うと、空は、こんなにドンヨリのニビイロやのに、留美ちゃんは、こんなに明るい。

 この春は、お母さんの事でめちゃくちゃ落ち込んで、いろいろあって、うちの家でいっしょに暮らすようになって、テストが終わったんを喜び合って、いっしょに家に帰れる。

 なんや、いっしょにお風呂入って背中流しっこしたい気分。

 いや、思てるだけ。留美ちゃんは同性にでも肌を見せるのは苦手やさかい。

 もう、一昨年になるけど、除夜の鐘つきに東近江のお寺いったときは、みんなでお風呂入った。

 なんか懐かしい。

 留美ちゃんが袖口見つめてシミジミしてる。

「どないしたん?」

「え、ああ、右の袖口がね、擦り切れかかってる……毎日着てるのに、初めて気が付いた」

「え、あ、ほんま」 

 ほんで、自分の袖口見たら、擦り切れるとこまではいってへん。

 これは、留美ちゃんが、よう勉強して、字を書くほうの右袖が、うちの何倍も擦れるからや。

 えらいなあ。

「ちょっと、カバン持ってて!」

「え、うん」

 歩きながら上着を脱いで調べる。

「あ、ほら、右の肘が光ってる!」

「え、あ……」

「留美ちゃんは光ってないやろ?」

「えと……うん」

 右手を持ち上げて確かめる姿が、なんか女の子らしい。

 ちょっと藪蛇。

「なんでやろ?」

「なんでだろ?」

「う~~~ん」

 椅子に座ってる姿を思い浮かべる。

「分かった!」

「なんで?」

「いっつも右の肘突いて、ボサ~ってしてるさかい」

「え、ああ……」

 三年間、テストの時なんかは出席番号順の席。苗字は『酒井』と『榊原』やから、いっつも留美ちゃんが後ろに座っててて分かってるんや。

 ボサ~ってだけと違て、よう寝てること。

 せやけど、やさしい留美ちゃんは「え、ああ……」で止めて、あとは言いません。

 

 めでたく期末テストが終わった帰り道でした。

 

 

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明神男坂のぼりたい・04〔明日香の初詣〕

2021-12-08 09:15:21 | 小説6

04〔明日香の初詣〕   

 

 

 男坂を登れば、すぐ神田明神なんだけど、初詣は元日を外して二日にしている。

 

 理由はね、元日は混むから。

 なんといっても東京で一番の神社、江戸の総鎮守っていうくらいだから、大晦日から元日にかけての混みようはハンパじゃない。

 本当はね、ひと様と一緒に元日に初詣したいよ。

 でもね、あたしは、子どものころから体が弱かった。

 四つのとき、いろいろの都合で男坂の家に越してきた。

 元々、鈴木の家はここなんだ。

 でも、去年亡くなったお祖母ちゃんが「もう、この足腰じゃ男坂は心細くって」と言うので、一家をあげて越してきた。大きくなってからは、単に坂の上り下りのことじゃないって分かるんだけどね、その時は、そう思ってた。

 神田明神なら、男坂でなくっても、ちょっと遠回りになるけど、正面の大鳥居から入ればいいんだけどね。

 生まれてこのかた、男坂から上っていくのが鈴木家の流儀だった。

 越してきて、子ども心に思った。

 男坂のぼりたい!

 

 越して間もないころに奇跡を見たんだ。

 表に出たら、ちょうど、男坂の向こうに夕陽が落ちていくところ。

 いっしゅん夕陽が目に飛び込んで目をつぶる。

 宇宙戦艦ヤマトが波動砲を撃った瞬間! そんな感じ!

 波動砲撃つ時って、砲手の古代くんが言うじゃん。

「対ショック、対閃光防御!」

 そんな掛け声で、乗組員全員がゴーグルかけんの。

 そんで、ドバーーー! いや、ビシャーーー! いや、ドッカーーーン!?

 そんな感じでぶっ放した時の、画面のエフェクトみたいな。

『君の名は』で、流星がドビビシャーーーン!! 落ちて来たみたいな。

 そんな、おっかなくも、荘厳なインパクト!

 サードインパクトだったら人類補完計画を発令しなくちゃいけないような?

 そんな、ハルマゲドン? 神の啓示?

 そんな、メガトン級プラマイインパクト!

 

 で、ちょっと落ち着いて考えたら、坂の上はお馴染みの神田明神。

 

 神田明神は、それこそ、お宮参りから、七五三、神田祭に初詣、幼心にも『うちの神さま』『あたしの守り神』的な!

 それが、なにかの神託みたく、光となって四つのあたしを包み込んだ!

 ちょっと大きくなって『風の谷のナウシカ』見た時に、ラスト、ナウシカがさ、オウムたちの触角が伸びて金色の野に降り立ったみたいな!?

 ああ、あたしは神の子、神に選ばれし奇跡の子!

 そんなふうに思ったわけさ(^_^;)

 でね。

 一人で、男坂をヨチヨチ上がっていった。

 よいしょ よいしょ よいしょ

 でも、たった四つで、人よりも弱い子でさ。

 もう、途中でゼーゼー。

 男坂って、途中五か所の踊り場があるんだ。

 その踊り場は、すぐ目の上に見えるわけだから、とりあえず、そこまで上がってみようって思う。

 それでね、三つ目の踊り場まで上って、クラってきた。

 そして、光に包まれたまま天地がひっくり返って、空中に放り出された。

 光がね、神田明神のトレードマークのナメクジ巴みたくグルグル回って迫って来る。

 

 その時、見えたんだよ。

 明神さまが。

 

 ナメクジ巴の真ん中から、顔が現れて、あたしに言うんだ。

―― ようこそ あすか ――

 ナメクジ巴が、もっとグルグルして、あすかは、ポンポンポンて弾んでいくんだ。

 するとね、神田明神のご家来みたいな人の手がフワって受け止めてくれて。

 気が付くと、それはダンゴ屋のおばちゃんの手だった。

「だいじょうぶかい!?」

「え? え?」

「だめだよ、ひとりで男坂上がったりしちゃあ……あたま打ってないかい? 手は? 足は? どこも打ってないかい? イタイイタイはないかい?」

 おばちゃんは真剣に聞いてくれて、その真剣さが、なんだか怖くって、明日香は声をあげて大泣きしちゃって。

 すると、ご近所の人や、お参りの人たちが寄ってきて。

 そのうちに、お母さんもお祖母ちゃんも、坂の上からは巫女さんまで下りてきて、救急車までやってきた。

 

 男坂の真ん中から転げ落ちたというのに、タンコブ一つできなかった。

 

 これは、明神様のおかげだよ!

 お祖母ちゃんは大感激して、お母さんは、ちょっと困った顔になって、お父さんは一歩下がって収まった。

 お祖母ちゃんの強い意思で、御神酒もってお参りして、幣(ぬさ)ってハタキの親分みたいなのでバサバサってやってもらって、神主さんがゴニョゴニョ、そして、お札をもらってうちの神棚に上げた。

 それからね、神田明神は明日香の神さま。

「大晦日から元日は混みますからね、二日とか三日でもいいですよ、なあに、ご利益は変わりません」

 そう言ってくださったので、明日香の初詣は二日の朝。

 先祖代々元日にお参りしていたお祖母ちゃんも、二日に合わせてくれて。鈴木家のやり方に収まった。

 

 というわけで、今年もめでたく初詣しましたって、報告でした(^_^;)。

 

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ライトノベルベスト・『イケメーン!』

2021-12-08 06:14:37 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『イケメーン!』   

      


 わたしが剣道部に入ったのは、弟を鍛えるためだった。

 弟の信二は、姉のあたしから見てもたよりない。

 体裁よく言えば草食系なんだけど。ようはヘラっとして、いつも半端な微笑みで、意見をすると目線が逃げる。

 それになにより、不男だ……と、決めつけるには、まだまだ早い小六なんだけど、来年は中学だ。

 いまでも少しハミられているような気配がある。

 勉強こそは真ん中だけど、こと人間関係に関してはダメだ。けなされようが、ごくたまに褒められた時でも不器用にニヤケルことしかできない。その笑顔は姉のあたしがみても苛立つほどに醜い。
 
 あれでは中学でイジメに合うのは確実だろう。

 あたしも、専門に運動部に入ったことは無い。中学でちょっとだけ演劇部にいたが、やってることが学芸会並なので、直ぐに辞めた。

 体育は4で、授業でやる程度のことなら、人並みにはやれる。

 だから、高校では声のかかった演劇部をソデにして運動部を目指した。

 格闘技がいいと思った。で、柔道部と剣道部に見学に行った。

 柔道部は女子もいるんだけど、胴着の下のTシャツをみないと性別の分からないような子たちばかり。男子は言うに及ばない。

 あたしは、ただの体育会系は好きじゃない。体だけできていても、その分脳みそとかハートを落っことしたようなやつはごめんだ。

 柔道は、体を密着させる競技だ、寝技なんか、胴着を着ていなきゃ動物的なカラミに過ぎない。柔道部はメンツをみただけで却下。

 で、剣道部に入った。

 剣道部も似たりよったりの顔ぶれだけど、防具をつけると、完全に体はおろか、顔もはっきりとは分からない。第一体が密着することが無い。

 最初は素振りとすり足で、手はマメだらけ、足の皮は剥がれるんじゃないかと思うくらいだった。

「ようし寛奈、素振りの切っ先もぶれなくなった。明日から防具つけて打ちあい稽古だ」

「あの、明日からは連休ですけど……」

「あ、そうだな。じゃ連休明けからだ」

 このさりげないツッコミがおもしろかったのか、部員みんなが笑った。やはり、しまりのない笑顔だ……。

 立ち合い稽古が出来ると言うので、あたしは近所の八幡様にお参りに行った。

――まあ、気いつけてがんばりや――

 本殿の奥から、そんな声がしたような気がした。でも、空耳だったのだろう。

 巫女さんや、あたしと並んでいた参拝の小父さんに変化はない。

「初心者にしては筋がいい」

 最初に立ち会った二年の副部長が誉めてくれた。

「ただな、面のときに『イケメーン!』ていうのはよせ、ただの『メーン!』でいい」

「うそ、そんなふうに言ってました」

「言ってた」

「すみません、気を付けます」

 それから、何人かと立ち会ったけど、あたしの「イケメーン!」は直らないらしい。

「たぶん、気合いのイエー!がイケー!に聞こえるんだろう。まあ、気にするな」

 顧問の立川先生が慰めてくれた。

 あれから、一か月近くたって剣道部に異変が現れた。

 男子部員のルックスがアドバンテージになってきたのだ。

 あたしは、部員の中でも部長だけは買っていた。見るからに運動バカだけど、自分を諦観したところがあって「オレは女にモテなくても剣道できれば、それでいい。というところがあって、表情が澄んで屈託がない。

 も少し顔の造作が……と思った。

 立ち合いは、この一か月近くで百回ほどになった。

 すると、心なしか、男子部員のルックスが確実に向上。中にはコクられ、生まれて初めて彼女ができた者も現れた。

 一学期の終わりには、すっかりイケメンの剣道部で通るようになり、女子部員も増えた。

 部長は、その中でも一番変化が大きかった。

 あたしは、正直に嬉しかった……が、技量は目に見えて落ちてきた。試合に出ても負けがこんできた。

 部長は、ただ一人で言い寄る女生徒たちも相手にせずに稽古に励んでいた。いつのまにか、あたしが部長の立ち合いの専門になった。

 で、気づいてしまった。

 防具の面越しに見える目が、あたしを異性としてみていることに。凛々しい目の底にいやらしさを感じる。

―― 引退するときに、コクりよるで~ ――

 八幡様の声が聞こえた。あたしの「イケメーン!」は、どうやら、男をイケメンにはするが堕落させることに気づいた。

 これでは弟を鍛えることなど出来はしない。あたしは次の部活を探している……。

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銀河太平記・083『落盤事故から一か月』

2021-12-07 12:49:56 | 小説4

・083

『落盤事故から一か月』 本多兵二    

 

 

 A鉱区の落盤事故から一か月、犠牲者のうち八名の身元が判明して、それぞれの身内や縁者に引き渡された。

 

 まだ五名は、身元が判明しなかったり、遺族や縁者の消息がつかめなかったりで、それぞれ割り当てられたカンパニーの社員が遺骨の守りをやっている。

「やっと咲いたわ」

 一杯の桜を抱えて、恵が嬉しそうに食堂にやってきた。

 遺骨は、お岩さんの発案で、まとめて食堂に安置してある。

 食堂が、いちばん賑やかで活気があって、カンパニーのみんながリラックスしていて、日に三度は必ず訪れるところだからだ。

 食事の場に遺骨はそぐわないという意見も一部にはあったが、ヒムロ社長が「それはいい!」と手を叩いたことと、ナバホ村の村長や、フートンの主席が仲間を連れて線香をあげに来ても(線香をあげたあとは大小の宴会になる)対応がしやすく、みんな喜んでいる。

「促成栽培じゃ、ちょっと申し訳ないんだけどね」

 ごっつい体格にかかわらず、恵と二人で可憐に花を活けながらお岩さんが頬を染める。

「西ノ島じゃ、ろくな草花がないからね、ちょっと冒険だったけど」

「お岩さんの、活け方って、ちょっと池坊の感じがする」

「なにを言うの、こんな飯作る事しか知らないオバハンに(#^_^#)」

「フウマさんは、けっきょく分からなかったんだよね」

「フウマって漢字で書けば『風魔』で、いかにもだったんだけどね、公安十課にいたところまでは分かったけど、そこから前は皆目……」

「仕方がないよ、公安は退官した者の情報は完全に消去してしまうからね」

「そうよね、所属していた事実そのもが、本来は分からないもんね。所属していたことを突き止めただけでも、社長はよくやったわよ」

「まあ、分からなかったら、このお岩が居る限り、食堂で賑やかにお守してやるさ」

「チルルは、分かると思ったんだけどね……」

 亡くなる前、苦しい息の中で語ってくれたことで、チルルについては簡単に知れると思ったんだが、彼女についても経歴をトレースすることができなかった。

 この島にやってきた人間やロボットは、人には言えない過去を持ったものが多い。自分で、あるいは、ここに来るまで所属していた組織から経歴を消された者が多い。

 一見、気楽に見える西ノ島だけど、その地下に隠れているものはパルス鉱石ばかりではないようだ。

「あ、晩飯の仕込みしなくっちゃ! お骨にかまけてて忘れるとこだ!」

「手伝いましょうか?」

「すまないねえ、守りやくさんにお願いして」

「僕もやりますよ、火星じゃ野戦食とかやってましたから」

「いや、下ごしらえとかは別にして、厨房はお岩の城だからね。そうだ、マッシュルームが……(体格に見合わない身軽さで冷蔵庫を確認する)……あ、ちょっと切れかかってる! シメジ3キロ、シイタケ2キロ、エノキ1キロ、ついでにもやし3キロとってきてくれる?」

「「了解!」」

 恵と二人でB鉱区のマッシュルーム栽培庫に向かう。

「なんだか、兵二もカンパニーの社員みたいになってきたわね」

「ここに来て日が浅いから、こういう便利仕事にはうってつけ」

「それ、村長の考え? それとも兵二?」

「あ、両方だと思う」

「アハハ」

 ファジーでいいよね的に恵が笑う。

 恵も一筋縄ではいかないやつなんだけど、こういうところを見ると、冒険好きの女の子だ。

 

 しまった!

 

 栽培庫に入って、恵と二人で立ちつくしてしまった。

 マッシュルームの類は、どれも原木に実っているばかりで、一から収獲するところからやらなければならない。

 てっきり、コンテナかワゴンに種類ごとに入っているものを持っていくだけだと思っていた。

「お岩さんて、新鮮さを大事にする人なんだ……」

「必要な時に、必要なだけとってくる人なんだ」

 いちいち収獲していては間に合わない。急いでやったら、収穫に適さないものまで採ってしまいそうだ。

「……そうだ!」

「あいつに頼もう!」

 二人の意見が一致した。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室                西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
  • 村長                西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

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明神男坂のぼりたい・03〔おこもりの元旦〕

2021-12-07 05:54:46 | 小説6

03〔おこもりの元旦〕   

  

 


  良くも悪くも忘れっぽい。

  友だちとケンカしても、たいてい明くる日には忘れてしまう……というか、怒りの感情がもたない。

 宿題を三つ出されたら一つは忘れてしまう。

 まあ、忘れないのはコンクールの浦島の審査ぐらい。昨日も言った(^_^;)? 

 いいかげんしつこい。


 で、忘れてはいけないものを忘れていた。

 去年の七月にお婆ちゃんが亡くなったこと……。


 夕べお母さんに言われて、仏壇に手を合わせた。


 納骨は、この春にやる予定なんで、お婆ちゃんのお骨は、まだ仏壇の前に置いてある。

 毎朝水とお線香をあげるのは、お父さんの仕事。実の母親なんだから、当たり前っちゃ当たり前。


 お母さんは、お仏壇になんにしない。むろんお葬式やら法事のときはするけど、それ以外は無関心。

 鈴木家の嫁としては、いかがなものか……と思わないこともないけど、そのお母さんに「喪中にしめ縄買ってきて、どうすんの!」と言われたから、あたしも五十歩百歩。


 お婆ちゃんは、あたしが小さい頃に認知症になってしまって、小学三年のときには、あたしのことも、お父さんのことも分からなくなってしまった。

 それまでは、盆と正月には石神井のお婆ちゃんとこに行ってたけど、行かなくなった。

  最後に行ったのは……施設で寝たきりになってたお婆ちゃんの足が壊死してきて、病院に入院したとき。

「もう、ダメかもしれん……」

 お父さんの言葉でお母さんと三人で行った。

 そのときは、電車の中で、お婆ちゃんのことが思い出されて泣きそうになった……。

 保育所のときに、お婆ちゃんの家で熱出してしまって、お婆ちゃんは脚の悪いのも忘れて小児科のお医者さんのとこまで連れて行ってくれた。

 無論オンブしてくれたのはお父さんだけど、あたしのためにセッセカ歩くお婆ちゃんが、お父さんの肩越しに見えて嬉しかったのを覚えてる。

 粉薬が苦手なあたしのために指先に薬を付けて舐めさせてくれたのも覚えてる。その後、お母さんが飛んできて、一晩お婆ちゃんちに泊まった。お布団にダニがいっぱいいて、朝になったら体中痒かったのも、お婆ちゃんの泣き顔みたいな笑顔といっしょに覚えてる。


 それから、お婆ちゃんは脳内出血やら骨盤骨折やら大腿骨折やらやって、そのたびに認知症がひどなってしまった。


 お祖父ちゃんも認知症の初期で、お婆ちゃんのボケが分からなくなって放っておけなくなった。

 最初は介護士やってる伯母ちゃんが両方を引き取り……この間にもドラマがいっぱいあるんだけど、それは、またいずれ。

 伯母ちゃんも面倒みきれなくなって、介護付き老人ホームに。

 そして、お婆ちゃんは自分の顔も分からなくなって「お早うございます」と鏡の自分に挨拶し始めた。

「しっかりしろ!」

 お祖母ちゃんの認知症の進行が理解できないお祖父ちゃんは、お祖母ちゃんにDVするようになってしまい、脚の骨折を機に、お婆ちゃんだけ特養(特別養護老人ホーム)に引っ越すことになった。


 それが三年のとき。

 お父さんは介護休暇を取って、毎日お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの両方を看ていた。

 
 お祖父ちゃんの老人ホームと、お祖母ちゃんの特養は二キロほど離れていた。

 お祖父ちゃんを車椅子に乗せて、緩い上り坂のお婆ちゃんの特養まで押していった。むろんあたしはチッコイので、手を沿えてるだけで、主に押してるのはお父さん。


 だけど、道行く人たちは、とてもケナゲで美しく見えるらしく、みんな笑顔を向けてくれた。お祖父ちゃんもあたしも気分よかった。お父さんは辛かったみたいだったけど。


 その日は、たまたまお母さんが職場の日直に当たっていて、あたし一人家に置いとくことができなかったので、お父さんが連れて行ってくれたんとだと分かったのは、もうちょっと大きなってから。


 お父さんは、三か月の介護休暇中毎日、これをやっていた。

 

 お祖父ちゃんは11月11日という覚えやすい日に突然死んだ。中一の秋だった。

 あたしはお婆ちゃんが先に死ぬと思ってた。


「お祖父さんが亡くなられた、お父さんから電話」

 先生にそう言われたときも、お祖母ちゃんの間違いかと思った。

 そして、二年近くたった、去年の七月にお婆ちゃんが一週間の患いで亡くなった。

 見舞いは行かなかった。

 お父さんと伯母ちゃんが相談して延命治療はしないことになっていたので、亡くなるまで特養の個室に入っていた。

 お父さんは見舞いに行きたそうにしてたけど、お父さんは鬱病が完全に治ってない(このことも、チャンスがあったら言います)こともあって、伯母ちゃんから言われてた。

「あんたは来ちゃダメ」
 
 で、七月の終わりにドタバタとお葬式。

 それなりの想いはあったんだけど、昨日は完全にとんでしまってた。

 我ながら自己嫌悪。

 で、お仏壇に手ぇ合わせて二階のリビングに。

 で、観てしまった。

 

『あの名曲を方言で熱唱 新春全日本なまりうたトーナメント』

 
 東京で見る雪は こっでしまいとね♪

 とごえ過ぎた季節んあとで♪

 去年より だっご よか女子になっだ♪

 
 普通に歌っていたら、どうということもないんだけど、方言で歌われるとグッとくる。

 熊本弁の『名残雪』なんか涙が止まらなかった。


「なんでだろ……」

 呟くと、お父さんが独り言のように言った。

「方言には二千年の歴史がある。標準語とは背負ってる重さがちがう……」

 背おってる……

 なるほどと思った。

 方言は普段着の言葉で、人の心に馴染んで手垢にまみれてる。歴史を超えた日本人の喜怒哀楽が籠もっている。そうなんだ……。

 そう納得した瞬間に、お祖母ちゃんのことも、読まなきゃならない台本も飛んでしまった。


 かくして、おこもりの元旦は日が暮れていった……。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん


 

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ライトノベルベスト『制服レプリカXXL』

2021-12-07 05:00:28 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『制服レプリカXXL』   
         

 
 
 近頃はネットで買えないものは無い。

 デブ性だけど出不精じゃないお母さんも、このごろはウィンドウショッピングもネットですませている。
 
 子供会の古紙回収の度にニヤリマークの付いた段ボール箱をたくさん出すのが恥ずかしい。
 
 こないだは、さすがに段ボール箱には入っていないけど、自動車まで通販で買ったのにはびっくりした。

 
 で、今日は、もう一つびっくりするものが来た。

 
 なんと、女子高生の制服……よく見るとレプリカがやってきた。
 
 むろんお母さんが自分の為に買ったもの(^_^;)。
 
 今はモデルチェンジして、無くなったS女学院の制服。それもMサイズ……とてもXXLのお母さんには着られません。
 
 洋裁用のトルソーにかけて、しばらく思いにふけったあと、お母さんは出かけてしまった。

 
 Mサイズは、あたしにピッタリ。で、好奇心と、ちょっとした憧れで、そのレプリカの制服を着てみた。

 
「聖子!」
 
 そう呼ばれて気が付いた。
 
「あ……?」
 
「あ、じゃないわよ。昨日T高の淳といっしょに、山手線デートしてたでしょ!?」
 
 え?

 あたしは何のことか分からなかったけど、聖子というのがお母さんの名前で、怖い顔をして改札に入ってきたのが、お母さんの親友の鈴木敦子さん。その鈴木さんの女子高生時代の姿だろうとは、見当がついた、トレードマークの方エクボがそのままだったから。
 
 鈴木のオバサンは子どもがいないせいか、今でも若々しくって可愛い。むかし乙女、いま太目のお母さんとは大違い。

 夢でも見ているのか、あたしは二十年以上昔の東京にタイムリープしたようだ。それも若かったお母さんになって。

「敦子、誤解よ!」
 
「なにが誤解よ!」
 
「だって」
 
「だって、なに!? だってなによ!?」
 
 
 言い合いながらあたしと敦子とやってきた山手線に乗った。
 
 
 冷房が、今の山手線より効きすぎというのが第一印象。次に周りの視線。S女学院は都内でも屈指のお嬢様学校だし、制服がかわいいので女子高制服図鑑のトップの常連だ。
 
「誤解で山手線一周半もするかあ?」
 
「ついよ、つい。お互いの学校の事や友だちのこと喋っているうちに、ついね」
 
「あたしのことなんかサカナにしてたんでしょ(ꐦ°᷄д°᷅)」

 そう言う敦子を横目で見ると、なんと涙ぐんでいる。

「あのね、うち校則とかきついから、制服のまま渋谷でお茶ってわけにもいかないでしょ……それに、敦子のことも話しておきたかったし」
 
「あ、あたしの何を話したのよ!?」
 
「内緒。知りたかったら自分で聞くことね。あ、もう秋葉原だから降りるね」
 
 あたしは、そう言って敦子一人を電車に残して、さっさと降りた。

 
 オタクもメイドもAKBもない秋葉原。
 
 
 まだ電気店街の匂いを色濃く残していたころのアキバではない秋葉原。お父さんは、この町の一角で電子部品のお店をやっている。
 
「なんだ聖子、店にくるなんて珍しいな。なんかオネダリでもするんじゃないのか」
 
「ごめん、ちょっと奥で休ませて」
 
「なんだ、具合でも悪くなったのか?」
 
 お父さんの言葉を背中で聞いて、あたしは奥の事務所兼休憩室に行って、ひっくり返った。

 山手線一周半も噂話なんかしない。もっと大事な話をしたんだ。

 あたしも淳のことは好きだ。でも、敦子がもっと好きなことも知っている。で、感情は別にして、理性的には敦子のほうが淳の彼には似つかわしい。

 
「わたし……他に好きな人がいるの」

 
 精一杯の演技で言いのけた。まるで昔の日活青春映画だ。
 
「ごめんね!」
 
 そう言って、あてもなく降りたのが渋谷だった。
 
 渋谷は、交差点で立っているだけでも、この制服は目立ちすぎるので、すぐに地下鉄に乗って運よく空いていたシートに座ったら数秒で眠ってしまった……。
 
 痛い思い出が、頭の中をグルグル……グルグルグルグル……

 
 気が付いたら、お母さんが帰って来ていた。
 
 
「似合うわね、昔のあたしそっくりだ」
 
 そう言って、お母さんはスマホで制服姿のあたしを何枚も写す。

 その夜、享が危篤になったこと、奥さんになっていた敦子とずっといっしょに居たことを聞かされた。

 あれからのお母さん、敦子、享の人生が、どう変わって今に至ったか、レプリカでは、そこまでは分からなかった……。

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鳴かぬなら 信長転生記 48『飛んでいる』

2021-12-06 15:11:02 | ノベル2

ら 信長転生記

48『飛んでいる』  

 

 

 大森林の上を這うように飛んでいくのかと思った。

 国境を画している長城は、要所要所に櫓が設えてあって、城壁の高さでは死角になる視界を補っている。

 むろん、城壁にも櫓にも三国志の兵が昼夜を問わず監視の目を光らせている。

 太陽は、ほとんど西の空に没しようとしているが、紙飛行機が飛ぶ高さでは、まだまだ十分な明るさを保っている。

 

 出発前の問答を思い出す。

 

「いっそ、日没を待ってはどうだ?」

「僕は、神さまになって、まだ百年足らず。他の神さまのように強い力がありません。お二人を乗せた紙飛行機を、おおよその目的地まで飛ばすのがやっとです。完全に陽が落ちては機位を保つことができません。保てなければ、大樹林の木にひっかかったり、城壁にぶつかったり、着陸地点を見失ったり……飛行の安全と、越境、着地の三つを勘案して、ギリギリで、この時間を選択したんです。僕は織田さんの志には敬服しますが、何よりも、織田さんの安全を担保したいんです」

 多弁な奴は嫌いだ。

 光秀とかな。

 一つの事を言うのに二回以上息を継ぐやつは能無しだ。

 例外はサルだけだ。サルはTPOを良く心がけておって、俺が必要と思う時以外は、俺以上に言葉を惜しんでおった。

 この飛行機オタクはどうだ。

 光秀ほどではないが、言葉が多い。

 しかし、どうも不快ではない。

 俺も転生して寛容になったのか?

 いや、どうやら、忠八が持っている個性のようだ。

 どんな個性だ?

 意地悪く質問してみた。

「お前の言う『織田さん』の中に、俺は入っていないのではないか?」

「え……」

「どうだ?」

「はい、織田さん……僕が『織田さん』という時には、いっちゃ……市さんの顔が浮かんでいます」

「であるか」

 腹が立たない。

 こいつの発言には媚びも外連味(けれんみ)もない。

 

 それで、黙って、この紙飛行機に市と一緒に乗っている。

 市は、いっぱいいっぱいのようで、真っ直ぐに正面を向いて、紙飛行機に身をゆだねている。

 いかん、可愛いと思ってしまったぞ。

 

 おお?

 

 樹海の上を這うように飛ぶだけかと思ったが、木々の隙間があるところでは、器用に潜り込んで姿をくらましている。

 あたかも、紙飛行機の忍びのようだぞ。

 忠八、これは、なかなかのものであるぞ。

 サワ……サワ……サワワ……

 そうやって樹海を浮きつ潜りつしていたかと思うと、紙飛行機は、俄かに現れた城壁をたちまちのうちに飛び越えて、三国志の草原を這うように飛び、岩を躱し、小川を渡り、田畑を掠め、集落を迂回して、林の中に静かに滑り降りていった。

 ザザザザザザ

 いささかの草むらをなぎ倒し、俺と妹は敵地に舞い降りたった。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  •  今川 義元       学院生徒会長 
  •  坂本 乙女       学園生徒会長 
  •  

 

 

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明神男坂のぼりたい・02〔大晦日の明日香〕

2021-12-06 06:24:11 | 小説6

02〔大晦日の明日香〕   

          

 


 夕べのレコード大賞はどこだった?

 仕事で見落としたお父さんが聞く。

 ええと……え、どこだっけ?

「おい。若年性認知症か?」

 いっしゅん焦ったけど、寝落ちしたことを思いだす。

 まあ、お母さんが見てたのを視界の端に留めていたって程度なんだけどね。今どきの高校生は紅白なんて見ないし。

 でも、紅白をネタに娘と普段は途絶えがちなコミニケーションを計ろうとしたのかも。

 だったら申し訳ない(^_^;)

 なんか返そうと焦ったら、さっさと諦めて? 呆れて? 表に新聞を取りに行った。

 新聞とテレビが情報源……情弱のジジイになるぞ……思っても口には出さない。

 
 うちのTGH高校の演劇部は、自分で言うのもなんだけどレベルは高い。過去三年間地区大会一等賞。で、本選では落ちてくる……その程度には。

 今年は『その火を飛び越えて』という東風先生の本をやった。

 いつも通り「すごいわ!」「やっぱ、勝てない!」などの歓声が幕が下りると同時におこった。香里奈なんかは「先生、本選は土曜日とってくださいね。わたし、日曜は検定だから」と、早手回しに息巻いていた。

 上演後の講評会でも、審査員は「演技が上手い」「安心して観ていられる」などと誉めちぎってくれたけど、審査発表では二等賞だった。

 一瞬「なにかの間違い?」というような空気になった。

 一等の最優秀賞は、都立平岡高校だった。だけど、歓声も拍手も起こらない。当の平岡の生徒たちも信じられないという顔をしていた。

 次の瞬間、会場はお通夜のようになってしまった。

 

 柳先輩が、パンフを見たときの言葉が浮かんだ。

「チ、審査員、浦島太郎……!」

 

 ちなみに柳先輩は、身長160センチのベッピンさんで、けして柄の悪いアンチャンではない。

 そのベッピン柳先輩をしてニクテイを言わしめるほどに、劇団東京パラダイスの浦島太郎は評判が悪い。

 一昨年の本選で、当時は統合前だった千鳥ヶ淵高校の作品を『現代性を感じない』とバッサリ切った前科がある。現代性が尺度なら古典はおろか、バブル時代の本だってできない。

 問題は、いかに作品の中に人間を描きだすか。わたし的にはオモロイ芝居にするかが尺度だよ。

 浦島太郎は、こんなことも言った。

「二年前もそうだったけど、なんで、今時こんな芝居するかなあ。バブルの時代の話しでしょ」

 平岡高校の時は終戦直後、旧制中学が新制高校に変わるときのお話だったよ。そっちの方が時代性なくね?

 ちなみに浦島太郎っていうのはキンタローと同様に験担ぎの芸名。幼稚園の生活発表会で浦島太郎の役をやって当たったんで、そのまんまで、やっている。
 もっとも当たったのは、その日の弁当の食中毒で、本人はシャレのつもりでいてる。名前から来るマイナーなイメージには頓着してない……ところが、この人らしい。

 

 我が城北地区には、生徒の実行委員が選ぶ地区賞というのがある。

 

 我がTGH高校は、それの金賞をもらった。通称「コンチクショウ」という。まさに字の通り。

 平岡高校は、それの銅賞にも入らなかったよ。

「どうしようもないな」

 そう言ったら、東風先生に「言い過ぎ!」と怒られた。

 腹の収まらないあたしたちは「アドバイスをいただきたい」ということで、浦島太郎を学校にお招きした。

 一応相手は、プロで大人だから、礼は尽くす。

「先生の審査の柱は?」「わたしたちに高校演劇として欠けているものは?」「演出の課題は?」「どうやったら先輩たちのように上手くなれるんでしょう?」「高校演劇のありようは?」「道具の使い方のポイントは?」

 浦島太郎は「道具を含むミザンセーヌのあり方が……」「演出の不在を感じた」「エロキューションはうちの劇団員よりいい。でも、それだけではね」などと言語明瞭意味不明なことを述べ、あたしらは、ただ「恐れ入る」ということを主題に演技した。

 あたしは思った。

 ダメだと思ったら落とすための理由を審査員は探す。イケテルと思ったら上げるための理由を探す。審査基準が無いためのダブスタの弊害。

 西郷先輩が、帰りの電車で浦島太郎といっしょになった。

「いやあ、君たちのような高校生といっしょに芝居がしたいもんだ」

 西郷先輩は、そのままメールでみんなに知らせてくれた。

―― どの口が!? ――

 あたしは、そう返した。

 なんだか、がんばらなくっちゃという気持ちになって台本を読む。

「明日香、いつになったら部屋片づけのん!?」

 お母さんの堪忍袋の緒が切れた。

「あ、今やろうと思ってたとこ」

 白々しくお片づけの真似事を始める。

「今から、そんなことしないでよ。ゴミ収集が来るのは年明けの五日だぞ!」

 大人は理不尽。

「買い物行ってきて。これリスト」

「ええ、生協で買ったんじゃないの!?」

「それでもいろいろ漏れるの。さっさとしないと昼ご飯ないよ!」

 あたしは、玄関でポニーテールが決まっていることだけを確認。

「よし!」

 そして、ホームセンターと近所のスーパーをチャリンコで周る。

「ええ……ディスクのRWに電池、ベランダ用ツッカケ……たかが三が日のために、年寄りの正月はたいそうなんだから」

 そう思いながら、大事なものが抜けていることに気がついた。

 しめ縄がない。

 で、気を利かして1000円のしめ縄を買った。

 

「バカか。うちは喪中でしめ縄なんかできないでしょ!」

 

 お母さんははっきり口に出して、お父さんは背中で非難した。

 そうだ、この七月にお婆ちゃん(お父さんのオカン)が亡くなったんだった……。

  自己嫌悪で締めくくった大晦日だった。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
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ライトノベルベスト『恋する式神』

2021-12-06 05:09:02 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

 
『恋する式神』   
  


「to Newyorkって言うと二枚切符が出てきたの」

「え……」
 
「分からなきゃ、いいです」
 
 瑞希は、素っ気なく言った。英語科準備室は、あちこちで忍び笑いが起こった。

「それ、toとtwo(2)のひっかけですよ」

 野崎先生が解説してくれて、やっとボクも笑えた。
 
 瑞希の目が輝いた。
 
「これじゃ通じないんだと思って言い直すの。for Newyorkって、そうすると四枚切符が出てきて焦っちゃう。で、思わず、えーと……って言ったら八枚出てきちゃった!」
 
 アハハハハハハハハ
 
 準備室は大爆笑になった。

 
 瑞希は、時々準備室に来て質問する。で、そのあとに、こういうジョ-クを言って行く。
 

 ボクは、瑞希のジョークをそのまま授業で使わせてもらって、なんとか面白い英語の先生でやってこれた。
 
 新採のボクは、最初のころ、授業がまるでダメ。五月の連休頃には、すっかり自信を失っていた。
 
 ボクは早稲田の英文科を、かなり良い成績で卒業し、自信満々で、この神楽坂高校に赴任してきた。

 しかし、自分が出来ることと、上手く教えられることが別物であることを、その一カ月足らずで思い知った。

 お袋は、ダメなら、さっさと辞めてうちの仕事を手伝えと言う。
 
 実家は、有限会社で、小なりと言え貿易会社である。ボクには親父のような商才がないので、教師になったが、これもうまく行かない。それまで、勉強については順風満帆だったので、正直落ち込んだ。

 で、連休が明けて最初の授業のA組に行くと、転校生で阿倍瑞希が来ていた。
 
 パッとしない黒縁のメガネにお下げという姿で、およそ、今時の可愛いという基準からはズレた子だった。
 
 でも、授業は熱心に聞いてくれ、その時間の終わりには、この学校に来て、初めて授業らしい授業ができた。
 
 瑞希は、よく質問に来るようになった。で、オヤジギャグみたいなジョークを披露していく。

 で、気づいたら、授業で、そのジョークを言ってしまう。瑞希は、自分が教えたくせに、みんなといっしょになって笑っている。おかしな奴だ。

 極めつけは、AETのジョージに授業中に「こう言ってみて」というやつだった。
 
 小道具まで用意してくれた。学級菜園で採れたジャガイモが、黒板の前に並べられていた。ジョージはアイダホの農家の出で、ジャガイモが懐かしいらしくいじりだした。
 
「ジョージ、掘った芋いじっでねえ」
 
「オー、イッツ、ツーオクロック」
 
 教室は、爆笑の渦になった。
 
 What time is it nowになることに、初めて気づいた。

 そして、二学期の期末テストが終わった日、廊下で瑞希と出会った。下校するんだろう、いつものお下げを毛糸の帽子の中に入れて、ダサさが、いつもの倍ほどになっていた。

「先生、英語の詩を作ったの。聞いてくれる?」
 
「うん。じゃ、準備室行こうか」
 
「ここで。あんまり時間ないから」
 
「うん、いいよ」

 瑞希は、白い息一つして言った。

「あ、その前に。あたしが口走ったジョークは、オリジナルじゃないの。先生は、そのへんの研究が足りません」
 
「あ、そうなんだ」
 
「じゃ、いきます。ホップ、あなたに近づいて。ステップ、あなたに恋をして。ジャンプ……しても届かなかった」
 
「ハハ、なかなかいいじゃないか」
 
「タイトルは『恋の三段跳び』だよ」
 
「ピッタリのタイトルだよ」

 瑞希は、なにか言いごもって、うつむいた。

「どうした……?」
 
「最後に、あたしの顔見て」
 
「え、いつも見てるよ」
 
「これが、ほんとのあたし……」
 
 瑞希は毛糸の帽子とメガネを取った。

 
 息を呑んだ。

 
 ロングの髪がサラリとあふれ、切れ長の潤んだ目が、眉に美しく縁取られていた。瑞希は、こんなに綺麗な子だったんだ……。

「じゃ……じゃ、さよなら!」

 瑞希は、廊下を小走りに下足室に向かった。
 
「瑞希!」
 
 ボクは、思わず後を追った。

 ウロウロと昇降口のロッカーの谷間を探したが見当たらない。

 瑞希のロッカーの下に、白い紙の人型が落ちていた。拾い上げてみた。

 an obstinate personと書いてあった。
 
 朴念仁か……。

 その夜、お袋からメールが来た。
 
 祈願成就のお参りが満願になったと……神社は清明神社だ。
 
 式神の写メが添付されていた。
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せやさかい・263『Oh Princess!』

2021-12-05 20:24:57 | ノベル

・263

『Oh Princess!』頼子       

 

 

 比較するんじゃないわよ!

 ……って言えたらいいんだけど。

 

 ほんとうに言ったら、以下のどれかだと思われてしまう。

 

(1) 17歳のヒステリー

(2) 自意識過剰

(3) 自覚が足りない

(4) おいたわしい

(5) そっとしてあげよう

(6) そんな顔してお散歩には行かれませんように

(7) なにか美味しいものを作ってさしあげよう

(8) 如来寺に電話して、ご学友に来ていただこう

 

 ガタン  ドテ!

 Oh Princess!

 ソファーに躓いて、みんなが母国語で叫ぶ。

 

 ああ、ほんとうに思われてしまった(^_^;)

 

 原因はね、愛子さまよ。

 ネットでもテレビでも、愛子さまが成人されたお祝いのVやら、有名人やらコメンテーターのお喋りでいっぱい。

 清子さんからお借りになったティアラ、新調されたドレス、にこやかで控え目な微笑み、100点満点と言っていいご挨拶。

「天皇皇后両陛下のお力になれるようになればと願っております」

 プリンセススマイルで、奥ゆかしく、それでいて生き生きとお言葉を述べられて、もう完ぺき。

 そして、新成人になられたお言葉は、来年の三月に持ち越し……理由は、例のKくんの弁護士試験の結果が出るのが二月だから。その結果次第で、日本国内の世論や皇室を見る目が大きく揺れるから。

 愛子さまのお考えばかりじゃないでしょ、両陛下や侍従の皆さん、宮内庁とのやりとりで決まったこと。

 でも、それらを呑み込んで、みんなを納得の笑顔にしてしまう。

 彼女が、ヤマセンブルグの王女なら、お祖母ちゃんの皴が100本は減って、血圧も20くらいは下がるでしょうよ。

 みんなの心配は(1)~(6)によく現れてる。

 

 今日はね、午後のお茶を領事以下の職員のみなさんと、サロンで頂きながら愛子さまの一連のVを観ていたのよ。

 そしたらね、(1)~(8)の反応よ。

(7)に期待しつつ、「これから、お散歩に行くから、お客様とかあっても会えないと思うので、よろしく」と言葉を残して裏口へ向かう。さくらたちは自分で会いに行くわよ、ただ、それは今日ではないというだけよ。

(8)も無し!

 領事館に呼ばれたさくらたちと会っても、ギクシャクするだけ、落ち着いたら、こっちから出向いて、あの本堂裏の部室で、ダミアをモフモフして、焼き芋とか食べながら無駄話するのがいいの。

 

 あれ?

 

 裏口を出たというのに、ソフィアの姿が無い。

 仏頂面で付いてこられるのもナニなんだけど、いつもいるソフィアがいないと気持ちが悪い。

 付いてこなきゃ、ソフィアのミスになる。

 それは可哀想だから、優しいわたしは裏口まで戻って、裏口インタホンに手を伸ばす(オートロックだから、中から開けてもらわないと入れない)。

 やめるんですか?

 キャーー!

 耳元で声がして飛び上がる。

 振り返ると、30センチの距離にソフィアの顔。

 それもね、いっそう磨きのかかった仏頂面……で、なんだか目が三白眼。

 なんだか怖い。

「いかがでしょう」

「な、なにが?」

「ちょっと、ゴルゴ13風に気合いを入れてみたんですが」

 

 あ…………(-_-;)

 今日は散歩も止めて、早く寝ることにする。

 

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やくもあやかし物語・113『教頭先生に将門の事を聞く』

2021-12-05 15:05:54 | ライトノベルセレクト

やく物語・113

『教頭先生に将門の事を聞く』   

 

 

 びっくりしたけど、よく分かっていない。

 

 なにが分かっていないのかというと、平将門。

 なんとなく、禍々しい感じはする。

 八房が、わたしを騙して背中に張り紙するし。その八房は、将門と戦って車いすに乗ってるし。

 

 だから調べてみた。

 

 最初はパソコンとスマホでググってみたんだけど、なぜか『平将門』って打ち込むとフリーズしてしまう。

「ねえ、教えてよ」

 コタツに向かって言うんだけど、チカコも御息所もコタツの中に潜って出てこない。

「なによ、居候のくせに!」

 頭に来てコタツを持ち上げる……が、いない。

 どこかに逃げたか、ステルスっぽくなって見えなくなったか?

 アノマロカリスに聞いても縫いぐるみのふりして、これもダンマリ。

「そうだ」

 受話器を取って黒電話の交換手さんに聞いてみる。

「教えて、平将門って?」

『……………』

 ちょっと沈黙だったけど、さすがは、豊原の電話局で最後まで任務を遂行した人だ。

 神妙な声で、こう言った。

『みんな恐ろしくて言えないんだと思います。言えば、八雲家や、この町に災いが降りかかります』

「でも、これじゃラチが明かないわ」

『でも…………解決にはならないかもしれませんが、教頭先生にお聞きになれば、あるいは……』

 そうか、教頭先生は見える人だった。

 我が家にも、この町にも関係が無い人なんだ。聞けば教えてくれるかもしれない。

「ありがとう、そうしてみる!」

 

 あくる日、朝一番で学校に行って、教頭先生に聞いてみた。

 教頭先生は、学校で一番早くから仕事をしているんだ。

『教頭先生なら、講堂裏の花壇の水やりをしているわ』

 正門にさしかかると、染井さん(学校で一番古い桜の木)が教えてくれる。

「え、あ、ありがとう」

 助かった、学校は結構広いから、職員室にいなかったらどうしようかと、ちょっと心配になっていたところだった。

『このへんの妖は、みんな、今度のこと知ってるわ。なんの手助けもできないけど、頑張ってね』

「うん、ありがとう」

 

 講堂裏に行くと、北向きで日照時間の少ない草花の手入れをしている教頭先生が見えた。

 

「やれやれ、やっぱり、わたしの所に来たか」

「はい、先生もご存知なんですか?」

「そりゃ、僕は見えるからね……染井さんも心配していただろう?」

「はい、ここも染井さんに教えてもらいました」

「将門のことだね」

「はい」

「将門というのは、平安時代の昔、東国で反乱を起こして、朝廷に楯突いた武将だよ」

「平清盛とかの親類なんですか?」

 平氏の武将って清盛しか知らない。

「うん、繋がっているけど、清盛よりも古い。将門は、東国を支配下に収めると、新皇を名乗って、朝廷の支配から離れようとしたんだ。新皇というのも『新しい天皇』って響きがあるからね」

 ちょっと恐ろしい気がした。天皇を名乗るって、とんでもないことだよ(;'∀')。

「そして、都から差し遣わされた軍勢に負けてさらし首になるんだけどね、首だけが空を飛んで行って、いまの東京の真ん中に落ちるんだ。それが、千代田区にある首塚だし、将門の霊を祀ったのが神田明神なんだよ」

「えと、どっちに行ったらいいんでしょ?」

「首塚は止しなさい。神田明神がいいでしょ、大黒様とか他の神さまも祀られてるから、まだ話が通じると思うよ」

「はい、神田明神ですね」

 忘れないように、手のひらに書いた。

「ハハ、子どもみたいなことを」

「アハハ、てか、まだ子どもですから(^_^;)」

 謙遜のつもりで言ったら、教頭先生の顔が曇った。

「そうだよ、八雲さんは、まだ中学生なんだ……味方なしでは……」

 先生は知ってるんだ、みんなソッポを向いていることを。

「そうだ、君の新しい仲間に六条の御息所がいたよね」

「は、はい……」

 コタツに潜って姿をくらましたとは言いにくい。

「彼女の弱点を教えてあげよう、弱点をちらつかせれば、嫌でも味方になるよ」

「え、なんなんですか、御息所の弱点て?」

「耳を貸しなさい」

「はい」

「…………………」

「え、そうなんですか!?」

「家に帰って直接言うまでは、口にしちゃいけないよ、御息所は聞き耳頭巾だからね」

「はい」

「それと、くれぐれも準備は怠らないで」

「はい」

 先生は、コルト・ガバメントのこともカップ麺のことも知っている様子。

 でも、教頭という立場とか言霊とかがあるから、それ以上は言えないんだ

 わたしは、御息所の弱点を頭の中で繰り返しながら一日の授業が終わるのを待った。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝

 

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明神男坂のぼりたい・01〔それは三日前に始まった〕

2021-12-05 11:15:21 | 小説6

01〔それは三日前に始まった〕      

 

 


 それは三日前の12月27日に始まった。

 

―― アスカ、ちょっと学校出ておいで ――

―― え、なんでですか? ――

―― 期末の国語何点だったかしら? ――

 

 これだけのメールの遣り取りで、あたしは年内最後の営業日である学校に行かざるを得なくなった。

 東風(こち)先生は、あたしの国語の先生でもあり、演劇部の顧問でもある。

 数学と英語が欠点で、国語がかつかつの四十点。それでなんとか特別補習と懇談を免れた。四十点というのは実力……とは思っていたけど、素点では三十六点。四点はゲタで、そのさじ加減は先生次第。

 きたるべき学年末を考えると行かざるを得ない。

 

 一分で制服に着替え、手袋しただけで家を飛び出す。

 

 玄関を出て左を向くと、明神男坂。

 68段の石段をトントン駆け上がり、神田明神の境内を西に突っ切ってショートカット。

 拝殿の前を通過する時には、どんなに急いでいても、一礼するのを忘れない。

 馴染みの巫女さんが――あれ?――って顔をしている。

 テヘって笑顔だけ返して、三十秒で突き抜けて神田の街を、さらに西に向かってまっしぐら。

 水道歴史観が見えたところで外堀通りに出て、そのままの勢いで学校に着く。

 

 東風先生の名前は爽子。

 

 名前から受ける印象は、とても若々しく爽やかだけど、歳は四十八(秘密だけど)。 

 見かけはショートがよく似合うハツラツオネエサン。アンテナの感度もよく、いろんなことに気のつく先生だけど、悪く言えば計算高く、取りようによっては今日みたいに意地悪な人の使い方もする。

 

「香里奈が、健康上の理由で芸文祭に出られなくなった。アスカが代わりに出るんだ」

「あ、あたしが!?」

 見当はついていたけど、一応は驚いておく。

「三年生出しても、来年に繋がらんだろ」

「だけど、あたし、まだ一年生……」

「なに言ってんの。三年以外っていったら、香里奈とアスカしかいない。で、香里奈がダメになったら、アスカがやるしかしょうがない。だろ?」

「……そりゃ、そうですけど」

「ハンパな裏方専門という名の幽霊部員から、このTGH演劇部の将来を担える生徒になんなさい。鈴木アスカ!」

「は、はい……」

「一年でダラダラしてたら、高校生活棒にフルぞ。もう三か月もしたらアスカも二年。ここらで、一発シャキッとしとようぜ!」

 と、愛情をこめて頭を撫でられた(ほとんどシバカレた)

 あたしの学校は、都立Tokyo Global high school(和名=東京グローバル高校。意訳すると東京国際総合高校……なんともいかめしく中味のない名称であることか!)

 二年前に三つの総合科の高校が統合されて一つになった。あたしは、その二期生で、三年生は、もとの学校の名前と制服を引き継いでいる。

 統合と共にやってきた校長は、いわゆる民間人校長でTGHを含め四つの校長を兼ねて張り切っている。これは四倍の給料が出る? と思ったら、四校分の給料が出るわけではないらしい。

 なんだか火中の栗を拾うって感じで、入学式で見た時は期待した。

 あたしは、新設校は生徒への手当が厚いという中学の先生の薦めでこの学校にきたけど、どうも総合病院みたいに、ただ白っぽくてでかいだけの校舎はとりとめがなく、三校寄せ集めの落ち着きのない雰囲気にもなじめない。

 演劇部は、勧誘のAKBの歌とダンスがいけてたことと、東風先生の熱心な(下町言葉では『しつこい』)勧誘で入ってしまった。本当は軽音がよかった……とは、口が裂けても言えません。

 

『ドリームズ カム トゥルー』という一人芝居の台本をもらった。

「早めに目を通して、新年五日の稽古には台詞入れてくること!」

  ドン!

 背中をドヤされて職員室を出る。

 新設校のドアは、区立中学と違って、ピタリと閉まる。

 どうでもいいんだけど、銀行で用事を済ませて「ありがとうございました」って、行儀よく――でも、これでおしまい――って頭下げる銀行のオネーサンみたい。

 成績について色よい返事を期待したけど「もう三か月もしたらアスカも二年」という先生の言葉に脈ありのシグナルと、大人しく帰る。

 帰りは外堀通りを神田川沿いに東に向かう。

 いつもは、登校してきたルートを逆に帰るんだけどね、ちょっとシミジミの時は、少し遠回りの外堀通り。

 石柱とステンレスの柵の向こうは川沿いに結構な緑、緑の底には川が流れていて、時々電車の音。

 放電か充電か……ちょっと落ち着くんで、ま、こんな時には通るんだ。

 通り沿いにはお茶の水にかけて大学とかあって、学生さんとかも歩いてる。

 高校生や勤め人の群れの中を歩いているよりもいい。

  

 ボーっと歩いているうちに聖橋が見えてくる。

 聖橋を潜る手前に階段があって、そこを上がって403号線(都道)。

 うっかり聖橋を潜ってしまうと湯島の聖堂を大周りして200メートルほど余計に歩かなくてはならない。

 北に向かって、ちょっと行くと明神の大鳥居。

 気分によって、鳥居を潜ったり、パスして横っちょから家に帰ったり。

 

 ちょっと迷って、家に帰る。

 

 台本を読もうとするんだけど、ついテレビの特番を観てしまう。

 外国人の喉自慢にしびれ、衝撃映像百連発、ドッキリなんか観てると夜は完全に潰れ、昼間は、家の手伝いやら友だちとのメールの遣り取りなんかでつぶれてしまう。

 今日こそは……そう思ていると連ドラの総集編を観てしまって、大晦日の朝になる。

―― 台本読んでるかい? ――

 東風先生のメールで、ようやく台本を読み始める。

 かくして、この年末のクソ忙しいときに、我が『明神男坂のぼりたい』が始まってしまった!

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問

 

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