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「弔詩」
たとえば一方に谷川岳があり
他方にアイガーの写真を掲げた喫茶店があるとき
きみは躊躇なくピッケルの方を選び
しばらく留守を頼むと言ったものだ
僕はといえば
午後の日差しが眩しくて
喫茶店の薄暗いボックスに坐り込み
雪と氷の鋭い岩壁に吐息を漏らしていた
きみの帰りはいつも突然で
僕のとなりの席で写真を指さしながら
あいつを必ずやっつけてやると言うのが癖だった
僕はツイタテの話を聞きながら
霧の中にそそり立つ絶壁を書き留めたいと思う
きみは僕を好意の目で見ながらケラケラと笑い
僕はその笑い声を涼しく聴いた
たがいに金がないせいもあったが
二年も一緒の部屋にいられたのは
好きだったからさ
やがて女がきみを攫っていったとき
僕は即席ラーメンが急に嫌いになった
結局きみは間違っていたのだ
僕なら引きとめたりしなかったから
とうとう女を振り切ったのは冬だった
トレーニング不足のきみは
それでも山に逢いたくて
逢った末にそのまま抱きすくめられた
僕はきみの死を双眼鏡の中に見た
絶壁の一部となったきみを
書き留めたいと思う
花束の代りに一枚の紙片を捧げる
日が昇る
峰の首からロープで吊られたきみは
さぞ輝く十字架となることだろう
こんな浅薄な言葉しか知らない僕を
きみはまたケラケラと笑うだろうか
青春時代の友ほ弔う詩となるのでしょうか、若かりし頃の心の葛藤が滲み出ているような詩。
あんな時代があったなあと、誰もが回想したくなるような内容でした。
短い詩文にするには勿体ないようなストーリーが込められていますね。
そして、冬山の画像をあらためて眺めると、若かったら挑戦したくなるのだろうな、とも。
少し歩くと一つ、カーブを曲がるとまた一つ、果てしなく続く碑文の数々を正視できなかったことを思い出します。
多くの若者が、遭難碑を見ながら一ノ倉沢や幽ノ沢に向かい、そのうちの誰かが命を落としていった現実が忘れられません。