どうぶつ番外物語

手垢のつかないコトバと切り口で展開する短編小説、ポエム、コラム等を中心にブログ開設20年目を疾走中。

むかしの詩集とフォト日記(17) 「喪失」

2011-02-16 00:00:02 | ポエム
 
    街角



     「喪失」



  コマ通りを歩いていたら

  人が落ちていた



  ヤジ馬も僕も

  ばかな奴だと思った



  高いビルがあって

  夕暮れの空があって

  だからといって落ちることもあるまいに



  だが少しも心が騒がないのはなぜだろう



  幼い日には

  僕も拡大鏡を持っていた

  小さな出来事によく驚いたものだ



  いつ、どこで

  失くしたのかわからない






コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« むかしの詩集とフォト日記(... | トップ | (超短編シリーズ)45 『... »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
少年時代を懐かしみつつ (くりたえいじ)
2011-02-16 23:02:31
虚無的になってしまった「ぼく」や人々。
とりわけ街の雑踏ではそうならざるを得ないかのように。
どこかで見たような街の風景も、ひとつも新鮮に感じられない。
同時に、少年時代の何事にも驚く自分が懐かしい。
でも、時は過ぎゆき、人は老けていく。
返信する
人工物には驚かなくなったけれど (知恵熱おやじ)
2011-02-17 03:55:51
年年歳歳、街に限らず人が作ったものには大して心が動かなくなった自分の感性にあきれ果てるこの頃ですが・・・

でも不思議なことに、自然の営みには逆に敏感になってきたような気がします。
若いころや働き盛りには、自然の変化なんかにはほとんど無関心だったのに、最近は路傍のほんのちょっとした草花まで眼に留まって思わず足を止めて見入ったりするようになっている自分にびっくり。

自然は偉大なんですね。
自分の命とじかに繋がっているといか・・・。
返信する
懐古的、懐疑的・・・・ (窪庭忠男)
2011-02-17 16:29:22
(くりたえいじ)様、おっしゃる通り「時は過ぎ、人は老けていく」ようです。
     
どうしても少年時代を懐かしむ自分に気づくようになりました。
返信する
自然の感性に同調する (窪庭忠男)
2011-02-17 16:45:26
(知恵熱おやじ)様、「路傍の草花まで眼に留まって足を止める・・・・」ほんとに、そんな感じですね。
それって、ずっと自然が発信していたシグナルに、やっと人が気づく年齢になったということでしょうか。
     
人間の発見・発明も、みんな自然からのいただきものだし・・・・。
返信する

コメントを投稿

ポエム」カテゴリの最新記事