雲の峰いくつ崩れて月の山
「奥の細道」の中でも芭蕉が一番行きたかった場所が月山ではなかったか。
歌枕でもあり憧れの地だったと思う。
出羽三山の最も奥に位置し、湯殿山などを経たのちに到達できる霊峰である。
季節は夏で険しい道をたどる芭蕉の目の前には次々と入道雲が湧き視界を遮る。
月山はどこにあるのか。
不安の思いで登っていくと、雲の峰がいくつもいくつも崩れた果てに月山が見えたのであろう。
<いくつ崩れて>は時間経過を表す表現であり心中の不安と期待感が見て取れる。
芭蕉の旅そのものが聖地巡礼と言ってもいい行脚だから雲の峰の合間から月山の姿が現れたらどれほど嬉しかったか。
夏の季語に名句が多いのはこの時期に旅の頂点を置いたからだろう。
参考=月山について
標高1,500mの湯殿山、418mの羽黒山とともに月山〈標高1984メートル〉は出羽三山の一つだが標高が最も高い。
修験者の山岳信仰の山として知られる。
山頂には月山神社があり、多くの修験者や参拝者が訪れる。
山体の姿は山形盆地、庄内平野、最上地方からよく見える。
芭蕉は忍者だったという説が根強く残っていますよね。
伊賀の出で平家の末流という出自からいろいろ憶測を呼びますね。
しかし、子供のころから俳諧に興味を持ち、ゆくゆくは俳諧師として日本中を旅してみたいと思っていたようです。
19歳のころ作った俳諧も残っていますが、才能があったんですね。
おっしゃる通り旅は修行ですね。
おくのほそ道を旅する間に文学性を高めた作品を作ったようですね。
芭蕉という人は凄い人ですね。
「奥の細道」では苦労も多かったと思いますが、伊賀の出で忍者という話もきいた様な気がしますが。
俳句旅も修行のような感じですね。