●2013.5.14.縁側の日より●
●父が好きだった派?嫌いだった派?
今月は、白山分所でした。
窓越しに新緑が爽やかな空気を届けてくれ、
気持ちよく始まりました。
この日面白かったのは、
ご自分の父親との暮らしで
ストレスをためているお二人の話。
一方は、子どもの頃からお父さんが大好きで、
お父さんと腕を組んで歩いていたそうです。
もう一方は、子どもの頃からお父さんが大嫌いで、
未だに触れることすら抵抗があるそうです。
大嫌いだった人のストレスは見当がつきますが、
大好きだった人のストレスは?
自分が「お父さんのこんなところがいいな」と思っていたことを
お父さんが、できなくなってくる。
この現実を受け止めるのが大変なのだそうです。
「父のことが嫌いだった派」だった私には、
そうなんだ~です。
●自分の感性で父を見直す
私の場合、父だけでなく、
「父に似ている自分」も嫌いでした。
でも、子どもができる前、
私は母の話だけで、
父のことを「嫌い」と思ってきたことに気づいたのです。
そこで、自分の感性で父のことを見るよう努めてみたら、
今まで気づかなかった父が見えてきたのです。
誤解していたこともたくさんありました。
最期、11か月の父の入院中、
父の体を拭いている自分に驚いたものです。
●母のことも憎い!
一方、父を嫌いになるようなことを言った母のことが
憎くもなりました。
その母が認知症になって、
私が母を受け止めなくてはならなくなったのです。
そのお蔭で、またわかったことがありました。
母は母で父のことが大好きだったんだ。
大好きだからこそ、
もっとこうしてほしいという期待・願望が強く、
逆に嫌悪感として現れていたんだ。
それを子どもに愚痴ったばかりに、
子どもの私は鵜呑みにしてしまった。
でも、事実は違ったのだ。
●父も母も 自分のことも好きになってきた
それがわかって、
私はようやく母のことも愛しく思えるようになり、
この二人の子どもでよかったと思えるようになりました。
そして、父に似ている自分、
母に似ている自分、
どちらにも似ていない自分・・・
と自分のことも好きになれたのです。
なんと時間のかかったことでしょう。
「好き」「嫌い」という感情は、なんとも根深い!
でも、
「好き」「嫌い」という感情は、いくらでも変わりうる。
それも事実。
がんばれ~!
お二人の話を聞きながら、
そう思っている私に父と母の声が・・・
あんたに言われたないやろ。
おまえも夫婦してからや。
はいっ!
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