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巨大陸獣「GFSマストドン」(Gray Fossil Site's Mastodon)と、北米マストドン科の進化史!【決定版】

2025年02月27日 | 長鼻類(ゾウ類)特集(整理中)
 
巨大陸獣「GFSマストドン」( Gray Fossil Site's Mastodon)
北米マストドン科の進化史
 
 

更新世後期・氷河期の「アメリカマストドン」(Mammut americanum)に代表されるマストドン科・マストドン属は、ゾウ科・マンモス属と並び、最も有名な化石長鼻類と言っても過言ではないでしょう。
 
もっとも、その高い認知度に反して、マストドン科の系統進化史に関する研究は長く手つかずに近い状態だったといえます。これは、マストドン科の進化過程では臼歯形態の変移が小さかったので、歯形態に基づく新第三紀のタクソンの区別・分類が困難であるということが理由に挙げられています。しかし、近年のWidga教授やDooley教授(ともに米・ペンシルヴァニア州立大学)、Karpinsky教授(加・マクマスター大学)らの尽力により、複数の興味深い知見が明るみになってきました。
 

アメリカマストドン Mammut americanum 全身骨格(上野国立科学博物館所蔵 管理人撮影)
©the Saber Panther (All rights reserved)

 
以下、北米マストドン科の進化史を、「GFSマストドン」(後述)の復元画を添えつつ、直近の形態学的、遺伝学的研究内容(各学術論文は巻末に明記)に準拠しつつ、簡単に見ていきましょう。なお、今回は北米のマストドン科の進化史に焦点を絞って見ていくので、北米陸生哺乳類年代(NALMA)で用いられる地質年代区分(バーストヴィアン期からランチョラブレアン期まで)を用いています。
 
 
 
解説
 
1⃣北米で最初期のマストドン科
マストドン科は漸新世のアフリカに起源を持ち(ロソドコドン属  Losodokodon)、中新世中期にはユーラシアから北米へと移入しました。
 
北米に出現した最初のマストドン科のタクソンは、バーストヴィアン期からクラレンドニアン期(およそ1360万年前から900万年前)に生息したジゴロフォドン・プロアヴス Zygolophodon proavusで、短く直牙型で下向きの上顎象牙(上顎の切歯)、長い下顎結合(ロンギロストリン型という)と下顎切歯を有し、その形態は「ゴンフォテリウム属的」と定義できます。
 
一方、プロアヴス種と同じ地質年代で生息域も重複しながら、短い下顎結合(ブレヴィロストリン型という)で下顎切歯を欠く点でジゴロフォドン属よりもマストドン属に近い標本も、知られています。
 
この標本は暫定的にマストドン属(マムート・ファーロンギ Mammut furlongi )に分類されていますが、頭蓋・上顎を欠くために象牙形状など不明であり、かつ、歯形態はプロアヴス種に近似するとのこと。このため、Koenisgwald & Widga(2023)は、短い下顎結合というのは雌雄の差に関連した差異であり、この標本もジゴロフォドン・プロアヴスと同種である可能性は高いとしています。
 
仮にファーロンギ種が真正のマストドン属であったとすると、ロンギロストリン型のジゴロフォドンとブレヴィロストリン型のマストドンが、しばらく並存していたということになります。
 
 
2⃣マストドン属は北米起源
マストドン科における進化傾向を簡単に示すと、下顎結合の短縮、下顎切歯の縮小・消失、上向きに湾曲し長大化する上顎切歯(象牙)、そして象牙の側腹を覆うエナメルの消失、ということになります(ゴンフォテリウム科も概ね同様の進化傾向を示す)。
 
ジゴロフォロドン属(Zygolophodon)からマストドン属(Mammut)への、形態的に過渡期段階の標本が複数出ていることから、前者から後者への進化は、北米で段階的に生じたことが分ってきました。マストドン属のタクソンが、北米からユーラシアへと移動したことを示す化石記録も皆無です。
 
したがって、ユーラシアのマストドン科の標本群(例えば史上最大の長鼻類ともされる「ボルソンマストドン」('Mammut'(?) borsoni))をマストドン属に分類する妥当性は疑わしく、ジゴロフォドン属の後期タクソンか、ユーラシアでジゴロフォドン属から進化した、「ユーラシア固有の属」に新規分類する必要性が、問われています(Koenigswald & Widga, 2023)。
 
マストドン属がユーラシアで派生したのちに北米に移入し、北米のジゴロフォドン属を「replaced 置き換えた」という説も、当然、否定されることとなります。
 
 
 
3⃣ヘンフィリアン期のマストドン科と、巨大「GFSマストドン」
中新世のヘンフィリアン期(およそ1000万年前から490万年前)の北米では、マムート・マシューウィ Mammut matthewi が繁栄、その化石はいずれも断片的とはいえ、オレゴン、ネブラスカ、カリフォルニア、ネヴァダ、テキサス、フロリダに及ぶ広域で見つかっています。この年代のマストドン科のタクソンには、他にマムート・ネヴァダヌム Mammut nevadanumも、提起されています。

Widga教授主導のチームがテネシー州 Gray Fossil Siteで全身骨格を発掘し、2025年現在も正式記載への準備が進められている、通称「G.F.S.マストドンGFS Mastodon)」も、生息年代はヘンフィリアン期ーブランカン期境界(450万~490万年前)に当たります。GFSマストドンは暫定的にマストドン属(Mammut)に分類されていますが、歯や頭蓋形質はマストドン属と近似する一方、下顎はロンギロストリン型で下顎切歯を有するなど、ジゴロフォドン属に近い原始的特徴も併せ持っています。

G.F.S. マストドン 生体復元画 The Gray Fossil Sites' Mastodon  life restoration
イラスト Illustration by ©the Saber Panther(All rights reserved)
(ペンシルヴァニア州立大学のChris Widga教授認定の、オリジナル復元画(全体の一部)です(形態のご教授をしていただいた当時、Widga教授はイースト・テネシー州立大学に在籍しておられました)。
※上顎の象牙の向きは未決定であるため、暫定的措置となります。ヘンフィリアン期後期からブランカン期のマストドン科で上顎の象牙が下向きの種類は知られていないので、私はGFSマストドンの象牙も上向きだったのではないかとに睨んでいますが、個人的見解は慎んでおきます。)

 
コロンビアマンモスとの比較 Comparison with the Columbian Mammoth
イラスト Illustration by ©the Saber Panther(All rights reserved)
(※向かって左側が北米南東部の中新世の風景とその主なファウナ右側が同地域の更新世の風景とファウナを描いています。
GFSマストドンは既知のマストドン科のタクソンの中でも特に大型で、鮮新世西欧~南欧に産したボルソンマストドンに準ずるサイズとみてよいでしょう。

 
年代的には(そして生息域も北米南東部にて)GFSマストドンとマシューウィ種とは重複していますが、果たして二つは同じ種なのでしょうか。

マシューウィ種も歯、頭蓋の形質からマストドン属に分類されていますが、複数の標本のいずれも下顎を欠損しており、GFSマストドンのように長い下顎だったのか、マストドン属に典型的な短い下顎であったのか、不明なのです。いずれにせよ、GFSマストドンは既知のマシューウィ種の標本群よりもずっと大型のため、マシューウィ種の巨大亜種と見るべきか、アドバンス型と原始的特徴を併せ持つ、新たな独立種と見なすべきか、まだ不明というわけです。
 
ただ、GFSマストドンについてはWidga博士と研究チームが正式な学術的記載を公言されているのですから(私信の中で、私にも明言されていました)、然るべき時に必ず明らかになるはずです。その際はこのブログでも子細をお伝えするので、しばしお待ちを。
 
 
 
4⃣ブランカン期のマストドン科
鮮新世のブランカン期(およそ475万年前から180万年前)に入ると、短い下顎結合、湾曲し上向きの上顎象牙の、第四紀のマストドン属に典型的な特徴を示すタクソンが支配的となります。マムート・ラキ Mammut rakiマムート・ヴェクシラリウス Mammut vexillarius に分類される個体群がそうですが、マムート・コソエンシス Mammut cosoensis については、下顎形態が未判明。ブランカン期にジゴロフォドン属の特徴を持つタクソンが消失したか否かの結論は、出ていません。
 
マムート・ラキは、あとで説明する更新世のマストドン科二種のうちの一方、マムート・パシフィクム Mammut pacificum と同定される場合もあります。
 
「アメリカマストドン」の通称でつとに有名なマムート・アメリカヌム Mammut americanum が初めて登場するのも、ブランカン期(およそ375万年前)になります。もっとも、この段階の標本を真正のアメリカヌム種と見なすべきかについては、異説もある模様。
 
 
 
5⃣更新世の、「二種の」北米マストドン
更新世のアーヴィント二アン期からランチョラブレアン期(およそ160万年前から1万年前)には、アメリカヌム種と、近年、形態と遺伝子双方の違いから独立種として新規分類された、パシフィクム種の二種のみが存続しました。
 

アメリカマストドンMammut americanum 全身骨格(上野国立科学博物館所蔵 管理人撮影)
©the Saber Panther (All rights reserved)
(従来アメリカマストドンとして知られてきた標本群は、現状、Mammut americanumMammut pacificum の二種に区別される運びとなった)


マムート・パシフィクム Mammut pacificum というのは耳慣れない学名だと思いますが、本種がアメリカヌム種から別個に分類されたのはごく最近なので、無理からぬところです。
 
アメリカヌム種では下顎切歯が残存する個体群も確認されているのに対し、パシフィクム種は完全に下顎切歯を欠きます。その他、両者の歯の形質にも差異が確認されています。更新世のマストドン標本の間に形質差異のあることは以前より指摘されてきたようですが、直近の大規模なマストドン標本を対象としたミトコンドリアゲノム解析(Karpinsky et al., 2020, Dooley et al., 2025)の結果、遺伝的距離も明るみとなって、2種が厳密に分かたれるに至りました。
 
つまり、更新世の北米マストドンには、「アメリカマストドン  Mammut americanumと「パシフィックマストドン Mammut pacificus」の2種が並存していたことになるのです。前者が北米のほぼ全域に分布していたのに対して、パシフィクム種の分布は西部の沿岸部一帯に限定的で、そのことが名称の由来となっています。
 
もっとも、両種は生息年代も分布域も一部重複していました。これが完全な共存であったのか時間的棲み分けであったのか、まだ判明していないのですが、前者であったとすると、両タクソン間に強固なニッチ分割が確立していたことが窺えます。
 
 
面白いことに、マストドン科の「下顎切歯を有する種類と欠く種類の並存」というのは、遠くクラレンドニアン期の頃(ジゴロフォドン・プロアヴスとマムート・ファーロンギ)から更新世後期の末葉(マムート・アメリカヌムとマムート・パシフィクム)まで続く現象であったことが分ります。これは、アメリカヌム種とパシフィクム種とでは祖先系統が異なることを示唆しているのでしょうか?この辺のことも、まだ解明されてはいないのです。
 
 
 
6⃣ヘンフィリアン期のマストドン科の解明が重要
以上、北米マストドン科の系統進化史について、バーストヴィアン期からランチョラブレアン期までの全体像を足早に瞥見しました。
 
新第三紀から第四紀の北米マストドン科の進化史研究は、最近急速に進展した経緯があり、「更新世のアメリカマストドンが二種に新規分類される」事態も生じました。
 
 
しかし私見では、マストドン科の進化史を究明する上で、ヘンフィリアン期のタクソンの形態理解が重要だと思います。この点で、マシューウィ種の標本は複数見つかっているにも関わらず、いずれも下顎を欠いているというのは惜しい限り。
 
ヘンフィリアン期ーブランカン期境界のGFSマストドンは下顎が見つかっており、上述のごとく、ジゴロフォドン属とマストドン属の特徴を合わせ持つタクソン ということになりますが、これはGFSマストドンに固有的特徴だったのか、ヘンフィリアン期の他のマストドン科、つまりマシューウィ種にも該当する特徴なのか。或いは、マシューウィ種とGFSマストドンは別種で、前者は短い下顎などブランカン期のタクソンと共通の特徴を有していたのか。ここが分らないと、北米マストドン科における下顎の形態進化過程や、ジゴロフォドン属からマストドン属への進化過程も、不明瞭なままではないでしょうか。
 
あくまで北米のマストドン科に限定した場合ですが、ヘンフィリアン期のマストドン科の形態進化の究明、現時点でこれが重要事だと考えられます。
 
のちには、アフリカ~ユーラシアのマストドン科の系統進化史も網羅した特集をしますので、チェックしてください。
 
 
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参照学術論文
Karpinsky et al., 'American mastodon mitochondrial genomes suggest multiple dispersal events in response to Pleistocene climate oscillations', 2020

Koenigswald et al., 'New mammutids (Proboscidea) from the Clarendonian and Hemphillian of Oregon - a survey of Mio-Pliocene mammutids from North America' 2023

Dooley et al., 'Re-evaluation of mastodon material from Oregon and Washington, USA, Alberta, Canada, and Hidalgo and Jalisco, Mexico' 2025
 

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