暑さに弱い私は、7~8月はあまり積極的にウオーキングには出か
けません。したがって最近のレポートがないので、いつもは開けない
押し入れから探し出した写真と、パソコンの古いファイルから探した、
8年前の2001年7月に奈良県内を3日間歩いたレポートを…。
まず初日のものです。
============================
◇◇◇ 西の京を訪ねる ◇◇◇
2001年7月16日(月)
東京駅8時10分発こだま407号に乗る。今回はJR東海限定発売
「奈良の遊々きっぷ」の、こだまグリーンプランを利用した。
東京~京都間こだまグリーン車利用、近鉄の京都~飛鳥間と、奈良
市周辺の奈良交通バスが乗り放題で、2万1千円という割安キップで
ある。
2階建てグリーン車の乗客は数人だけ。広い座席と2階からの展望は
快適。新横浜~小田原間で夏顔の富士山が裾野近くまで見えた。
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京都から近鉄の快速急行と普通電車を乗り継ぎ、13時過ぎ西ノ京駅
で下りる。小雨模様だがたいしたことはなさそう。駅の近くで軽い昼食を
すませ、まず、30数年ぶりの薬師寺へ。
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天平2年(730)建立、国宝の三重塔・東塔(上)のほか、昭和50
年代(1975~)再建の西塔、金堂(下)、中門、回廊などが白鳳の
昔をしのばせてくれる。大講堂も再建中である。
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金堂にある国宝・薬師三尊像を拝観。台座に浮き彫りされた文様は、
ギリシャ、インド、中国、ペルシャなどの文化を伝え、奈良時代の文化
が国際的な広がりを持っていることを証明している。
一旦南門を出て、小さな流れの乾川の南にある薬師寺の鎮守、休岡
八幡宮に参拝。本殿の左右に脇殿を備えた朱塗りの社殿は慶長8年
(1603)豊臣秀頼の再建という。
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薬師寺に戻り境内を北に抜け、蓮の咲き出した世尊院横から、玄奘
三蔵院伽藍(げんじょうさんぞういんがらん)にある大唐西域(だいとう
さいいき)壁画殿へ入る。
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今年(2001年)1月1日0時、二十一世紀の幕開けの瞬間、日本画
家・平山郁夫氏が描いた「大唐西域壁画」が完成し、公開されたもの。
中国の嘉峪関(かよくかん)、高昌古城(こうしょうこじょう)、須弥山
(しゅみせん)、アフガニスタンのバーミヤン石窟、インド・デカン高原の
夕べなど七つの大壁画が、現地に立っているような迫力を感じる。
平山画伯が、構想から30年以上費やして完成したという、超大作で
ある。
静かな住宅地を北に進んで唐招提寺に入る。南大門から距離があっ
たように思った金堂が意外に近い。「天平の甍」で知られる金堂は残念
ながら解体修理の調査中。修理の終わる8年後まで拝観はできないよ
うだ。
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緑あふれる境内は雨に濡れてみずみずしい。西側のインドの古塔を模
した戒壇(上)から、ハスの咲く水辺を回って講堂へ。重文の本尊・弥勒
菩薩や持国天、増長天などを拝観。鼓楼横から東室と礼堂の間を抜ける。
天井のツバメの巣から4羽の子ツバメが顔を出していた。
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天平時代の二つの校倉(あぜくら)、経蔵と宝蔵(上)、鑑真和上御廟
(下)、芭蕉句碑、風情ある古い土塀など、樹木に囲まれた広い境内には
見どころが多い。修学旅行ではこんな奥まで見学する余裕はなかった。
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最後に新宝蔵へ入り、奈良時代の重文・薬師如来、大日如来、観音菩
薩など10数体の立像や、鎌倉時代の法会所用具、絵巻、聖徳太子立像
などを拝観して寺を出た。
なお、薬師寺、唐招提寺ともに世界遺産である。
近鉄橿原線の西に出て、線路沿いに北に進む。青々とした田んぼの向
こうに、こんもりとした森が見えてきた。
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周囲を水壕に囲まれた全長227mの大きな前方後円墳・垂仁天皇陵で
ある。岸辺のくいにアオサギが止まっていた。
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陵内の木にも何羽かのアオサギが見える。
東側の壕に沿った遊歩道を北に抜けたが、草が茂っていて雨上がりな
のでズボンが少し濡れた。平行する二つの国道を信号と地下道で越えて
菅原町に入る。
小さい流れのそばに菅原天満宮遺跡天神堀というのがあった。菅原道
真公産湯の地と伝えられる小さい池があり、説明板が立つている。
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手前の住宅地の細道を西に進んで菅原神社へ。
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菅原道真と祖先の野見宿禰(のみのすくね)、始祖の天穂日(あまのほ
ひ)命を祀る。神社の狛犬は牛で、3対あった。
直ぐ南西に大きな屋根が見えた。菅原寺とも呼ばれる喜光寺(きこうじ)。
拝観時刻を過ぎていたが、受付の方に話して少しだけ拝観させてもらう。
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本堂は東大寺大仏殿のモデルとして造られたというが、なるほど大仏殿
に似ている。庭には約200個あるというハスの鉢が並び、雨でしっとりし
た花びらを開いていた。
西大寺南町の新興住宅地や、拡幅中の道路を北に進んで、17時42分
に近鉄西大寺駅に着いた。
(天気 曇一時雨、地図(1/2.5万) 奈良、大和郡山、距離 5㎞)
けません。したがって最近のレポートがないので、いつもは開けない
押し入れから探し出した写真と、パソコンの古いファイルから探した、
8年前の2001年7月に奈良県内を3日間歩いたレポートを…。
まず初日のものです。
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◇◇◇ 西の京を訪ねる ◇◇◇
2001年7月16日(月)
東京駅8時10分発こだま407号に乗る。今回はJR東海限定発売
「奈良の遊々きっぷ」の、こだまグリーンプランを利用した。
東京~京都間こだまグリーン車利用、近鉄の京都~飛鳥間と、奈良
市周辺の奈良交通バスが乗り放題で、2万1千円という割安キップで
ある。
2階建てグリーン車の乗客は数人だけ。広い座席と2階からの展望は
快適。新横浜~小田原間で夏顔の富士山が裾野近くまで見えた。
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京都から近鉄の快速急行と普通電車を乗り継ぎ、13時過ぎ西ノ京駅
で下りる。小雨模様だがたいしたことはなさそう。駅の近くで軽い昼食を
すませ、まず、30数年ぶりの薬師寺へ。
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天平2年(730)建立、国宝の三重塔・東塔(上)のほか、昭和50
年代(1975~)再建の西塔、金堂(下)、中門、回廊などが白鳳の
昔をしのばせてくれる。大講堂も再建中である。
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金堂にある国宝・薬師三尊像を拝観。台座に浮き彫りされた文様は、
ギリシャ、インド、中国、ペルシャなどの文化を伝え、奈良時代の文化
が国際的な広がりを持っていることを証明している。
一旦南門を出て、小さな流れの乾川の南にある薬師寺の鎮守、休岡
八幡宮に参拝。本殿の左右に脇殿を備えた朱塗りの社殿は慶長8年
(1603)豊臣秀頼の再建という。
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薬師寺に戻り境内を北に抜け、蓮の咲き出した世尊院横から、玄奘
三蔵院伽藍(げんじょうさんぞういんがらん)にある大唐西域(だいとう
さいいき)壁画殿へ入る。
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今年(2001年)1月1日0時、二十一世紀の幕開けの瞬間、日本画
家・平山郁夫氏が描いた「大唐西域壁画」が完成し、公開されたもの。
中国の嘉峪関(かよくかん)、高昌古城(こうしょうこじょう)、須弥山
(しゅみせん)、アフガニスタンのバーミヤン石窟、インド・デカン高原の
夕べなど七つの大壁画が、現地に立っているような迫力を感じる。
平山画伯が、構想から30年以上費やして完成したという、超大作で
ある。
静かな住宅地を北に進んで唐招提寺に入る。南大門から距離があっ
たように思った金堂が意外に近い。「天平の甍」で知られる金堂は残念
ながら解体修理の調査中。修理の終わる8年後まで拝観はできないよ
うだ。
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緑あふれる境内は雨に濡れてみずみずしい。西側のインドの古塔を模
した戒壇(上)から、ハスの咲く水辺を回って講堂へ。重文の本尊・弥勒
菩薩や持国天、増長天などを拝観。鼓楼横から東室と礼堂の間を抜ける。
天井のツバメの巣から4羽の子ツバメが顔を出していた。
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天平時代の二つの校倉(あぜくら)、経蔵と宝蔵(上)、鑑真和上御廟
(下)、芭蕉句碑、風情ある古い土塀など、樹木に囲まれた広い境内には
見どころが多い。修学旅行ではこんな奥まで見学する余裕はなかった。
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最後に新宝蔵へ入り、奈良時代の重文・薬師如来、大日如来、観音菩
薩など10数体の立像や、鎌倉時代の法会所用具、絵巻、聖徳太子立像
などを拝観して寺を出た。
なお、薬師寺、唐招提寺ともに世界遺産である。
近鉄橿原線の西に出て、線路沿いに北に進む。青々とした田んぼの向
こうに、こんもりとした森が見えてきた。
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周囲を水壕に囲まれた全長227mの大きな前方後円墳・垂仁天皇陵で
ある。岸辺のくいにアオサギが止まっていた。
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陵内の木にも何羽かのアオサギが見える。
東側の壕に沿った遊歩道を北に抜けたが、草が茂っていて雨上がりな
のでズボンが少し濡れた。平行する二つの国道を信号と地下道で越えて
菅原町に入る。
小さい流れのそばに菅原天満宮遺跡天神堀というのがあった。菅原道
真公産湯の地と伝えられる小さい池があり、説明板が立つている。
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手前の住宅地の細道を西に進んで菅原神社へ。
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菅原道真と祖先の野見宿禰(のみのすくね)、始祖の天穂日(あまのほ
ひ)命を祀る。神社の狛犬は牛で、3対あった。
直ぐ南西に大きな屋根が見えた。菅原寺とも呼ばれる喜光寺(きこうじ)。
拝観時刻を過ぎていたが、受付の方に話して少しだけ拝観させてもらう。
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本堂は東大寺大仏殿のモデルとして造られたというが、なるほど大仏殿
に似ている。庭には約200個あるというハスの鉢が並び、雨でしっとりし
た花びらを開いていた。
西大寺南町の新興住宅地や、拡幅中の道路を北に進んで、17時42分
に近鉄西大寺駅に着いた。
(天気 曇一時雨、地図(1/2.5万) 奈良、大和郡山、距離 5㎞)