2024年11月16日(土) (3/3) 〈秩父神社の西側、3つの通り沿い〉
秩父神社を後にして秩父鉄道の御花畑駅や西武秩父駅方向に向かい、3本の沿道にある
国登録有形文化財の建物などを眺めながら西進することにする。
秩父神社鳥居横の ボードには「秩父夜祭」と北隣の小鹿野町の「鉄砲まつり」のポスタ
ーが。
神社前の十字路を北へ、すぐ先の十字路で左折した黒門通りに入ると、国登録有形文化
財の建物が3棟残っている。
最初は「秩父銘仙出張所二」、大正から昭和時代に秩父銘仙の取引が賑わった頃、近郷
の織物工場が製品取引をするための出張所だった建物のひとつで、昭和初期建築のよう。
現在は「山くるみそば」という蕎麦店として活用されているようで、秩父銘仙を着て来
たのだろうか、和服姿の女性が当時をしのばせる。
西隣も国登録有形文化財で「秩父銘仙出張所三」だったところ。同様に昭和初期の建築。
左側は、カフェ&バー「Shuhali」として営業していた。
その先の国登録有形文化財の建物は「秩父銘仙出張所一」だったところで、やはり昭和
初期の建築という。
現在は「藤澤泰山堂」という印鑑の店舗で、左側は「泰山堂cafe」になっていた。
さらに西へ少し、わずかな間隔で続く二つの十字路の二本目を左折して南への通りに、
一部二階建の洋館風の建物が目に入る。
昭和2(1927)年建築の「近藤歯科医院」で、国登録有形文化財。
近代の医院建築が数棟残る秩父市内でも、和洋の両特徴を兼ね備えた一例の建築として
挙げられる貴重な建造物だという。
すぐ先の十字路を右折した左手には、「不思議な木」と呼ばれる1本の木が立ち、その
下には小さな諏訪神社(諏訪本宮)が祭られている。
小さな社殿だが、ここに祭られているお諏訪様は秩父夜祭と深い関わりがあようで、そ
のことが傍らのパネルに記されていた。
少し西進し次の十字路を左折して南へ、「天王横丁」とよぶ通りへ。秩父神社の鳥居前
から伸びる表参道「番場通り」との交差点際に、2つの国登録有形文化財の建物が並ぶ。
手前(北側)は「パリ-」と表示された洋風建築は「カフェ・パリー」で、昭和2年建
築の店舗兼用住宅。
外側は近代洋風の様相になっているが、内部は店舗部分の調理場と客席を除いて従来の
木造建築の様相になっていて、昭和初期から昭和30年代にかけての秩父の賑わいを今に
伝える、近代商店建築の一つとして貴重な建造物だという。
パリーに並び、番場通りに面していまも店を続けている登録有形文化財は、創業大正5
(1915)年という安田屋。
昭和5(1930)年建造の木造建築の店舗兼用住宅で、味噌漬を販売している。
回ってきた天王横丁を挟んで東側(秩父神社寄り)に並ぶ国登録有形文化財の建物は、
「旧大月旅館別館」で大正15(1926)年建築の木造2階建て。
屋根の四周に外壁を立ち上がらせた簡潔な装飾で統一されていて、アールデコの衣装を
感じさせるたたずまいで、当時は2階が遊技場で1階が従業員の部屋だったよう。
現在は「Bar Shob 」として営業されているよう。
交差点の南東側も国登録有形文化財の建物で「小池煙草店」だったところ。
通り側の壁を高く立上げて背面側に鉄板葺きの片流れ屋根を架け、通り側は隅を丸めた
壁面としていて、窓周りの縁取りなどと壁面を色や仕上げで分けた、装飾性に富む昭和初
期の店舗兼用住宅。
北面には赤の、西側には白ののれんが掛かっていて、現在も店舗として活用されている。
その十字路から望む秩父神社への表参道 番場通り。
反対の西に向かい、秩父夜祭の「東町屋台収蔵庫」前を過ぎる。
右手に、淡い彩りの木造2階建て洋館が目につく。病院のようだが現在は営業してないよ
うで、中には入れない。
国登録有形文化財ではないかと思われるが、そのパネルなどは確認できなかった。
次の十字路の東南側には、古くから営業していたらしい八百屋さんがあり、「八百好の
やさい屋さん」の看板が。
御花畑駅と西武秩父駅の間を南北に走る、スタートしてすぐ通過した道路際に戻る。
時刻を確かめると、西武秩父駅発の次の電車にはわずかに間に合いそうにない。
時間調整のために、往路では通過したそばの秩父三十四霊場第十三番札所の慈眼寺に参
拝することにした。
門外にある地蔵堂にまずは参拝。堂内には大きなお地蔵さんが。
西側の山門を入り、正面にある本堂に参拝した。
慈眼寺は、その名のとおり「目」のお寺として知られ、眼病治癒の御利益があるとか。
慈眼寺のパネル
門に近い北側に「柴原弘道先生像」という石像があるが、どのような人か説明はない。
向かいの南側にある蔵造りのお堂は経蔵で、中央部は一切経1630巻が納められた輪
蔵で、これを回すことで一切経の功徳にあずかれるという。
経蔵の右手の山門際には稲荷神社も祭られている。
慈眼寺を出て門前の道路を南へ、秩父鉄道御花畑駅西側の踏切を越えて、西武秩父駅前
に戻る。
駅前広場にあった「不思議な石」とその説明パネル。
往路でも立ち寄った駅併設の「祭の湯」の商店街を抜けて土産を一品だけ求め、15時
34分に西武秩父駅改札前に戻る。
15時42分発の飯能行き始発電車に乗る。
今日巡った中の4か所で求めた土産品。
今日巡ったエリア
(了)
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秩父神社を後にして秩父鉄道の御花畑駅や西武秩父駅方向に向かい、3本の沿道にある
国登録有形文化財の建物などを眺めながら西進することにする。
秩父神社鳥居横の ボードには「秩父夜祭」と北隣の小鹿野町の「鉄砲まつり」のポスタ
ーが。
神社前の十字路を北へ、すぐ先の十字路で左折した黒門通りに入ると、国登録有形文化
財の建物が3棟残っている。
最初は「秩父銘仙出張所二」、大正から昭和時代に秩父銘仙の取引が賑わった頃、近郷
の織物工場が製品取引をするための出張所だった建物のひとつで、昭和初期建築のよう。
現在は「山くるみそば」という蕎麦店として活用されているようで、秩父銘仙を着て来
たのだろうか、和服姿の女性が当時をしのばせる。
西隣も国登録有形文化財で「秩父銘仙出張所三」だったところ。同様に昭和初期の建築。
左側は、カフェ&バー「Shuhali」として営業していた。
その先の国登録有形文化財の建物は「秩父銘仙出張所一」だったところで、やはり昭和
初期の建築という。
現在は「藤澤泰山堂」という印鑑の店舗で、左側は「泰山堂cafe」になっていた。
さらに西へ少し、わずかな間隔で続く二つの十字路の二本目を左折して南への通りに、
一部二階建の洋館風の建物が目に入る。
昭和2(1927)年建築の「近藤歯科医院」で、国登録有形文化財。
近代の医院建築が数棟残る秩父市内でも、和洋の両特徴を兼ね備えた一例の建築として
挙げられる貴重な建造物だという。
すぐ先の十字路を右折した左手には、「不思議な木」と呼ばれる1本の木が立ち、その
下には小さな諏訪神社(諏訪本宮)が祭られている。
小さな社殿だが、ここに祭られているお諏訪様は秩父夜祭と深い関わりがあようで、そ
のことが傍らのパネルに記されていた。
少し西進し次の十字路を左折して南へ、「天王横丁」とよぶ通りへ。秩父神社の鳥居前
から伸びる表参道「番場通り」との交差点際に、2つの国登録有形文化財の建物が並ぶ。
手前(北側)は「パリ-」と表示された洋風建築は「カフェ・パリー」で、昭和2年建
築の店舗兼用住宅。
外側は近代洋風の様相になっているが、内部は店舗部分の調理場と客席を除いて従来の
木造建築の様相になっていて、昭和初期から昭和30年代にかけての秩父の賑わいを今に
伝える、近代商店建築の一つとして貴重な建造物だという。
パリーに並び、番場通りに面していまも店を続けている登録有形文化財は、創業大正5
(1915)年という安田屋。
昭和5(1930)年建造の木造建築の店舗兼用住宅で、味噌漬を販売している。
回ってきた天王横丁を挟んで東側(秩父神社寄り)に並ぶ国登録有形文化財の建物は、
「旧大月旅館別館」で大正15(1926)年建築の木造2階建て。
屋根の四周に外壁を立ち上がらせた簡潔な装飾で統一されていて、アールデコの衣装を
感じさせるたたずまいで、当時は2階が遊技場で1階が従業員の部屋だったよう。
現在は「Bar Shob 」として営業されているよう。
交差点の南東側も国登録有形文化財の建物で「小池煙草店」だったところ。
通り側の壁を高く立上げて背面側に鉄板葺きの片流れ屋根を架け、通り側は隅を丸めた
壁面としていて、窓周りの縁取りなどと壁面を色や仕上げで分けた、装飾性に富む昭和初
期の店舗兼用住宅。
北面には赤の、西側には白ののれんが掛かっていて、現在も店舗として活用されている。
その十字路から望む秩父神社への表参道 番場通り。
反対の西に向かい、秩父夜祭の「東町屋台収蔵庫」前を過ぎる。
右手に、淡い彩りの木造2階建て洋館が目につく。病院のようだが現在は営業してないよ
うで、中には入れない。
国登録有形文化財ではないかと思われるが、そのパネルなどは確認できなかった。
次の十字路の東南側には、古くから営業していたらしい八百屋さんがあり、「八百好の
やさい屋さん」の看板が。
御花畑駅と西武秩父駅の間を南北に走る、スタートしてすぐ通過した道路際に戻る。
時刻を確かめると、西武秩父駅発の次の電車にはわずかに間に合いそうにない。
時間調整のために、往路では通過したそばの秩父三十四霊場第十三番札所の慈眼寺に参
拝することにした。
門外にある地蔵堂にまずは参拝。堂内には大きなお地蔵さんが。
西側の山門を入り、正面にある本堂に参拝した。
慈眼寺は、その名のとおり「目」のお寺として知られ、眼病治癒の御利益があるとか。
慈眼寺のパネル
門に近い北側に「柴原弘道先生像」という石像があるが、どのような人か説明はない。
向かいの南側にある蔵造りのお堂は経蔵で、中央部は一切経1630巻が納められた輪
蔵で、これを回すことで一切経の功徳にあずかれるという。
経蔵の右手の山門際には稲荷神社も祭られている。
慈眼寺を出て門前の道路を南へ、秩父鉄道御花畑駅西側の踏切を越えて、西武秩父駅前
に戻る。
駅前広場にあった「不思議な石」とその説明パネル。
往路でも立ち寄った駅併設の「祭の湯」の商店街を抜けて土産を一品だけ求め、15時
34分に西武秩父駅改札前に戻る。
15時42分発の飯能行き始発電車に乗る。
今日巡った中の4か所で求めた土産品。
今日巡ったエリア
(了)
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