クリノエルヴィスは5頭の除外馬に入ってしまいました。(^_^;)
Wで68.6一杯でしたからね。もう少し良くなるでしょう。
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昨日東京競馬場で、「牧場で働こうフェア」が開催されたようですね。いま、福島の育成場は大変でしょうね。
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今回のセシウム問題について、マスコミは騒ぎすぎではないか?と思っていたら、同調できるブログがあったので、転記させていただきます。
今回のセシウム汚染牛問題も、牛肉から暫定基準値以上の放射能が確認されるやいなや、原因が稲わらであることを突き止めたのは、日本の官民の能力の高さを示していると思います。
しかし、それを逆手に取るようにして、メディアは「汚染稲わらの出荷実績」「汚染稲わらを食べた牛の出荷実績」「汚染牛肉の販売実績」を次々と発表することによって、「こんなにも汚染が進んでしまった」と思わせる報道をしています。
それがボリウム的に全体の牛肉生産量にとってどれくらいなのか、また実際にヒトの口に入った牛肉の放射線量はどの程度なのか、という情報はあまり取りざたされません。
もちろん、気象情報の目的が災害に対する注意喚起であるように、「心配な情報は包み隠さず速報する」という使命をマスコミ各社が負っている、というのはあるでしょう。「安心してたらダメだった」では許されないのは、あらゆる危機管理の基本です。
でも、実際には大した危機でもないのに人々をパニックに陥れるような情報発信をしてはならないのも、メディアの責務ではないでしょうか。
人目を気にする日本人は、自分がパニックに陥っていないように装うのを「大人の嗜み」としています。それを見越した上で、これでもかこれでもかと恐ろしい情報を発信するのが許されるのか、私は気になります。
数値で検証してみましょう。政府の暫定基準地の10倍、5000Bq/kgの牛肉があったとします。なお、現実にはこれ以上の牛肉はまだ確認されていないと思います。
5000Bq/kgのセシウムが、危険度の高いCS134として、経口被曝量は5000×1.9×10^-8=0.095mSv/kg。150gのステーキを毎日1枚づつ食べた場合、年間で0.095mSv/kg×0.15kg×365≒5.2mSv。発がん率が1%上昇するのに200mSvが必要なので、38年続けてこの食生活をすると発がん率は1%高まります。
仮に牛肉以外の食品が汚染されていたと考えても、このレベルであれば、普段我々が許容しているリスクの範囲内に収まっているのではないでしょうか。少なくとも、節電モードで薄暗い夜の街中を無灯火運転する自転車の数を考えれば、よほど小さなリスクでしょう。
牛肉にしたって、全体の流通量と、今回の「汚染疑惑牛肉」の流通量を比較すれば、汚染牛による我々の被曝は恐るるに足りないことが明確になるはずです。
基準を超えた牛肉、基準を超えた稲わらを食べた牛の数、これをただ無心に報道すれば、受け取る側は怖いと感じるでしょう。しかし、その牛肉の放射能はいかほどであるのか、全体の牛肉出荷量に対してそのようなイレギュラーな肉は何%であったのか、メディアはそこを明らかにしません。
山本七平いわく、「虚報とは偽の情報を流すのではない。むしろ細部を正確に描き出すことすらある。情報の受け手が必要とする肝心の部分を欠落させることこそが、虚報の虚報たる所以である」。
市場に流通する牛肉の量をコップ一杯にたとえた場合、汚染牛がいかほどの量に相当するのか、そして、汚染牛をどれほど食べるといかほどの健康被害があるのかーーこうした、消費者にとって肝心の情報をあえて伝えないことで、恐怖心をあおるのがマスメディアの手口だと私は思います。
汚染牛が100kg流通した場合、1億人の日本人で平均すればわずか1mgに過ぎません。しかし自分の子供を満腹にする量の数百倍もあるのですから、ものすごい量だと勘違いしてしまいます。これを百回報道されれば、かなり恐ろしいイメージを起こすでしょう。でも、国民一人あたり0.1gにしかならないのです。
「100kgの汚染牛肉が100回市場に出回った」というのが紛れもない事実であったとしても、ではそれは市場全体の何%なのか、それを食べてどの程度のインパクトがあるのか、を伝えなければ、恐怖心をあおるための虚報に過ぎません。
しかし情報の受け手は、その数字を大きいと感じ取ってしまい、「牛肉を買わない」「焼肉屋に行かない」などの防護措置をとるかもしれません。風評被害の成立です。
メディアをどれほど追及しても、「事実を伝えただけだ」と言われればそれでおしまい。「嘘さえつかなければ虚報ではない」という基準に照らせば、世論の誘導などお手のものなのです。