■ 今日のおすすめ
『人口と日本経済』(吉川 洋著 中公新書)
■ 経済理論から実証する「経済成長と人口は全く関係がない」(はじめに)
『人口減少が進み、働き手が減っていく日本。財政赤字は拡大の一途をたどり、地方は「消滅」の危機にある』という多くの人の思い込みに対し、長らく人口問題を研究してきた著者は、経済学の観点から、その様な日本に蔓延する「人口減少ペシミズム(悲観論)」を排し、日本経済の本当の課題に対峙する時だと主張します。
紹介本のポイントは「経済成長を決めるのは人口ではない」にあります。著者はその根拠として、英国経済学者アンガス・マディソンの理論を援用し、“日本の人口推移と経済成長”を図表に表します。その一部をご紹介すると、1913年、1940年、2008年の『人口:GDP』は、1913年(大正2年)の『人口:GDP』をそれぞれ100と置くと、『100:100(1913年)』、『139:288(1940年)』、『249:4,094(2008年)』となります。
著者はこの図表・数値から、「経済成長を決めるのは人口ではない」を実証し、経済成長率の伸び率と人口の伸び率の差は、「労働生産性」の成長以外の何物でもないと主張します。更に労働生産性の伸びは、「一人当たりのGDP(所得)」の成長に相当すると説きます。労働力人口が変わらなくても(あるいは少し減っても)、経済成長率は一人当たりの労働者がつくり出すモノが増えれば(すなわち労働生産性が上昇すれば)、経済成長率はプラスになると説きます。
著者は、『日本経済全体で、労働生産性をもたらす最大の要因は、新しい設備や械械を投入する「資本蓄積」と広い意味での「技術進歩」、すなわち「イノベーション」である』と強調します。更に敷衍して、『「イノベーション」は科学者・技術者の手になるハードな「技術」、つまりテクノロジーを思い浮かべがちだが、それと並んで或いはそれ以上に、ノウハウや経営力などのソフトな「技術」が重要なのである』と強調します。
それでは、著者が、『少子高齢化時代の、経済成長の牽引力になる「イノベーション」は何か』について主張している要点を次項でご紹介します。
■ 少子高齢化時代の『経済成長の牽引力になる「イノベーション」』は何か
【「インダストリー4.0」時代の「イノベーション」】
著者は、ドイツの「インダストリー4.0」を採り上げ、『3Dプリンターを用い、AI、ITによってコントロールされる究極のスマート工場による少量多品種生産、一つの商品のサプライチェーンの統合、産業間の統合が実現すれば、ドイツの製造業の生産性は10年以内に1.5倍になる』と紹介しています。
このような例は、今日本でも具体的に起こり始めています。マツダとトヨタが2017年8月資本提携をしました。これはトヨタの弱点である「バーチャル設計」をマツダの技術でカバーしようとの狙いがあるのです。ちなみに、ECU(エレクロニック・コントロール・ユニット)という自動車のコンピューター制御装置(コンピューターが100個、プログラム行は1,000万行)を設計するのに、トヨタが得意とする「現地・現物主義」ではエンジニアが悲鳴を上げるほどの期間(8か月以上と推定)が掛かりました。これをマツダのMBD(モデルベース開発)により、3D・CADを使い、現物の試作品は作らず、バーチャル試作品をコンピューター上に作り、CAE(Computer Aided Engineering)を使った仮想シミュレーションによるテストで、設計の良否を判断することで、設計がたったの1日で出来るのです(「FACTA」2017年10月号より)。この例では、労働生産性は240倍以上、上がるのです。
これからは、「デジタル革命」を主に、製造業は勿論、日本の生産性が低いと言われているサービス業、ホワイトカラーの仕事の労働生産性の飛躍的向上が図られるでしょう。
日本の一人当たり労働生産性は、OECD加盟国35か国の中で22位と低い処に位置しています(2015年)。日本を100とすると、アメリカは153、フランスは127、ドイツは122です。労働生産性の向上の“のりしろ”は十分あると言えましょう。
【経済成長を実現する「プロダクト・イノベーション」】
著者は、「成熟経済」の先進国経済で成長を生み出す源泉は、高い需要の成長を享受する新しいモノやサービスの誕生、つまり「プロダクト・イノベーション」であると強調します。
その卑近な例として、「大人の紙おむつ」を挙げています。「大人の紙おむつ」は2000年から2014年の15年間で、70億円から128億円の市場に成長しているのです。これはまさに高齢化という時代の変化を捉えた、新たな価値の創造と言えるものでしょう。「子供のおむつ」と合算すると、190億円から263億円の市場に成長しています。少子高齢化を乗り越えた事例でしょう。
また、行楽地行きの乗り物だった特急列車を、長距離通勤用に走らせ、特急料金を払ってでも指定席に座って通勤したいという需要にこたえている鉄道会社の例を挙げています。これも新たな価値を生み出している「プロダクト・イノベーション」です。
真剣に周りを見回してみたら、新たな“売れる価値”“一人当たりの労働生産性を挙げる価値”を発見できるのではないでしょうか。「消滅」等と言って悲観ばかりしている地方にも、気付いていない観光資源など有るのではないでしょうか。
これからの時代は、黙っていても成長する時代ではなく、自ら真剣になってシーズを見つけ、「プロダクト」を創造し成長に貢献していく時代と、紹介本を読み、感じているところです。
■ 日本経済の将来(むすび)
著者は、『日本経済の将来は、日本の企業がいかに「人口減少ペシミズム」を克服するかにかかっている』という言葉で結んでいます。
人口減少、財政赤字、地方の消滅などの「ペシミズム」に覆われ、場合によっては思考停止に陥っている経営者、企業経営関係者をはじめとする、企業、行政などのリーダーは、著者の主張する「人口減少ペシミズム」を克服し、新しいハード、ソフト両面の、「プロダクト・イノベーション」を探求し、「プロダクト」として創造して行くところに『将来の明るい日本』が存在するのではないでしょうか。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。
https://www.jmca.or.jp/member_meibo/2091/
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