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『「脱炭素」は噓だらけ』(杉山 大志著 産経新聞出版)
(著者はIPCCの第6 次評価報告書の第三作業部会報告書第16章統括執筆責任者)
- IPCCの現役統括執筆責任者が語る「脱炭素の真実」(はじめに)
著者はIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)などの国連機関や、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)などの日本政府審議会のメンバーを務める科学者です。
IPCCは1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により設立された組織で、現在の参加国は195か国、事務局はスイス・ジュネーブにあります。各国の政府から推薦された科学者が参加し、地球温暖化に関する科学的・技術的・社会経済的な評価を行い、報告書にまとめています。
著者はIPCC第4、5、6次評価報告書の総括執筆責任者を務めています。第5次報告書は、2015年の「パリ協定」の採択に繋がりました。第6次報告書(第一作業部会報告書のみ)は、2021年10月末から始まる第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)のベースとなります。著者が関与する第6次報告書(第三作業部会報告書)は2022年3月公表予定です。
ところで、IPCCの気候変動に対する立ち位置について、著者とスタンスを同じくする、温暖化懐疑論者の渡辺正東大名誉教授は次のように指摘します。『IPCCの設立趣意書から読み取れるIPCCのホンネは「温暖化脅威論」「温暖化懐疑論」のいずれが真実か否かは吟味せず「温暖化脅威論」を‟自明な事実”とみて、その‟リスク度”を評価する組織である』と。加えて『設立当時のIPCCの幹部発言から温暖化防止政策の目的は、先進国の富を途上国に回す‟富の再配分”であり、‟環境政策”と思うのは幻想にすぎない』と。
更に、渡辺名誉教授はCOP(Conference of Parties;気候変動枠組条約締結国会議)について次のように指摘する。『COP(2015年COP21パリ協定など)は、年間1000億ドルを途上国に支援する‟カネよこせ会議”に成り下がっている。また、条約締結国が、附属書I国(先進国および経済移行国)、附属書II国(先進国)、発展途上国(排出削減義務がない)に分類される中、IPCCスタート時(1988年)に於いてCO2排出量が日本と同レベルの中国が、直近(2018年)では地球全体における排出シェア28.4%と日本(3.2%)の約10倍のNO1排出国にも拘らず、発展途上国分類国の故に‟2030年まで排出し放題”‟カーボンニュートラルは先進国分類国より10年遅れの2060年”が赦されるいう矛盾を抱えながら惰性で続いている環境サミットである』と。(藤井厳喜&渡辺正対談『「地球温暖化とカネ」環境利権が生まれたメカニズム〈ダイレクト出版〉』より)
しかし、この様なスタンスのIPCCの中であっても、著者は「IPCC はそもそも政策提言をしてはならないと規定されている」の原則に基づき、責任者として中立的・ファクトベースの情報発信をしています。
紹介本に於いても、自身の覚悟を次の言葉で表しています。「個人的な名誉とか私利私欲の点でいえば『CO2ゼロ』に水を差すことは愚かである。おとなしく同調しておけば、良い身分の御用学者として安穏として暮らすことが出来る。しかし私はそうしない。何故なら『2050年CO2ゼロ』などという極端な政策は、科学的にも、技術的にも、経済的にも、人道的にも間違っていると思うからだ」と。
この著者の、自身の利得を無視し、覚悟を以って、科学的・歴史的根拠を以って、発信する生き様に深く感銘を受けました。また、世界・日本の政治家が政治的プロパガンダとして利用し、多くの市民が同調する「脱炭素」について、「真実は何か」との視点で向き合う機会を与えてくれたのが紹介本です。「真実は何か」について次項で見てみたいと思います。
- 「脱炭素」の「真実は何か」―温暖化と脱炭素を科学的知見から検証―
【問題だらけの「地球温暖化という『物語』」は修正されるべき】
著者は、IPCCの最初の報告書(1990)に基づき作られた「問題だらけの『物語』」は以来繰り返し語られ今に至っており、その主な内容は以下の通りと言います。〔()は日本において共有されている「問題だらけの『物語』」。〕
- 地球地球温暖化は起きている。
- 温暖化は危険である。(このままだと、地球の生態系は破壊され、災害が増大して人間生活は大きな悪影響を受ける。)
- 温暖化は人間のCO2によるものである。(温暖化の原因となっているのは、化石燃料を燃やすことで発生するCO2であり、これを大幅に削減することが必要だ。)
- 待ったなしの大幅排出削減が必要である。(温暖化対策は待ったなしの状態である。2050年までにCO2排出量をゼロにすることが必要だ。)
著者は、最初のIPCC報告書からの過去30年間の科学的知見に基づき、「問題だらけの『物語』」は「新しい正しい『物語』」として、次のように修正されるべきとします。(取消線は科学的知見により修正されるべき箇所。科学的知見については、紹介本や「地球温暖化のファクトシート第2版」〈杉山大志資料 下記URL〉を参照ください。)
https://cigs.canon/uploads/2021/02/20201119_sugiyama_report2.pdf
- 地球温暖化が起きているはゆっくりとしか起きていない。
- 温暖化は危険である過去、温暖化による被害はほとんど生じなかった。
- 温暖化は人間のCO2によるものであるの理由の一部はCO2によるものであるが、その程度も温暖化の本当の理由も分かっていない。
- 待ったなしの大幅排出削減が必要である。今後についても、さしたる危険は迫っていない。待ったなしを前提とした大変な費用をかける対策は大きな間違いである。温暖化対策としては、技術開発を軸として、排出削減は安価な範囲に留めることが適切だ。
RITE(地球環境技術研究機構;経産省系研究機関)の資料によれば、研究中の「CO2ゼロ」の技術が「仮に」利用可能になった場合、温室効果ガス(CO2と連動)を100%削減するには2050年で54~90兆円のコストがかかると試算できる。このコストは国家予算103兆円に匹敵する。この様な巨額を使うことは正当化できない(コストを掛けない他国との競争力の観点から)。
「新しい正しい『物語』」についての著者の次のコメントに注目です。
「科学者は時には、あのガリレオの様に、一身を賭して権威・権力と対決しなければならない。それが、人類の繁栄をもたらす」と。
「近代科学の父」ガリレオは、1610年頃、木星の衛星の発見を契機に「星界の報告」を発刊、コペルニクスの地動説に言及します。「ケプラーの法則」で有名なケプラーも「星界の報告者との対話」を発刊し、ガリレオを擁護します。
この状況を懸念した時の権力者ローマ教皇庁は、ガリレオに終身刑を言い渡し、軟禁します。ガリレオはその後自宅軟禁状態になり、両目の視力を失いますが、弟子たちの口頭筆記支援を得て執筆をつづけ死ぬまで地動説の情報発信を続けたのです。
【菅政権の太陽光推進派による「第6次エネルギー基本計画(案)」の問題】
10月4日締め切りでパブリックコメント募集中の「第6次エネルギー基本計画(案)」(目標年2030)について、著者は次の問題点を指摘する。
(紹介本及び正論2021年10月号・杉山大志・投稿記事「エネルギー基本計画閣議決定を阻止せよ」より)
- 数字合わせに終始した「基本計画案」。
菅政権は、2021.4米国主導気候サミットに於ける米国の「2030年までに2005年比で温室効果ガス50~52%削減」にいつもの如く横並びで、「2030年にCO2等の温室効果ガスを2013年比で46%削減」と宣言。「基本計画案」はこの宣言に沿ったもので、具体的裏付けを欠き数字の辻褄合わせと異論が噴出している。
- エネルギー安全保障を無視した亡国的「基本計画案」。
基本計画案は、2030年度まであと9年しかないにも関わらず、大幅なCO2削減をするための手っ取り早い手段として太陽光発電の大量導入が目玉になっている。太陽光発電はいまや原子力発電よりも安くなったという試算も報じられたが(7月12日)、太陽が照っていないときのバックアップのための火力発電のコストなどが入っていない、極めてミスリーディングなものだった(注1)。さらに、原子力発電(技術進歩が著しい安全かつ高度放射性廃棄物の無い「小型モジュール原子炉」や「核融合炉」)についての記述も物足りない。
さらに、太陽光発電は景観や土砂災害等の問題やパネル廃棄物など環境に優しくない上、太陽光発電の世界市場を席巻している中国製品は、ウイグルの強制労働との関係の疑いが濃厚で人権上の問題もある。
- 国民負担は現在の一世帯6万円から60万円に。
割高な太陽光発電などを買い取るための賦課金の金額は年々増え続け、ついに世帯あたりで今年は年間1万円を超える見通しだ。一方産業界の負担である世帯当たり換算の5万円は諸物価の価格反映などの形で家計が負担してるから、すでに世帯あたりの賦課金は合計で年間6万円になっている。
太陽光発電による2030年CO2削減26%を目標とする第5次基本計画によると、CO2の2.5%削減で毎年2.5兆円の賦課金を国民が電気代への上乗せとして負担している。第6次基本計画では第5次のCO2削減26%を46%と20ポイント深掘りするので毎年20兆円が追加で掛かる(2.5兆円×20%/2.5%=20兆円)。
電気料金はふつう世帯あたり毎月1万円、つまり年間12万円ですから、46%まで引き上げるための20兆円を産業界に負担をさせられないからと家庭の電気代に上乗せするとしたら、今の料金から5倍に跳ね上がる。そうなると一世帯当たり年間60万円も電気代で消える。
- 第6次基本計画案は「亡国の計画案」につき見直しを。
上述以外にも様々な問題が有りますが、結論として著者は次のように明言します。
「 経済負担と中国依存で国を誤らせるものである以上、閣議決定は見送るのがベストである。もしも閣議決定するならば、数値は強行されるべきではないこと、実施にあたっては経済負担などの負の側面について逐一検討し、必要に応じて柔軟に計画を見直すよう、基本計画の性格付けをはっきりさせておくべきだ」と。
(注1)後日(8月3日)発表されたバックアップも入れた統合コストでは、事業用太陽光18.9円/1kw(11.2)陸上風力18.5円/1kw(14.7)原子力14.4円/1kw(11.7)石炭火力13.9円/1kw(13.6)ガス火力11.2円/1kw(10.7)。〔()はバックアップなどの関連コストを含まない単体発電コスト。単位;円/1kw。〕
- プロパガンダに惑わされず「脱炭素」に正しい判断と行動を!(むすび)
「温暖化」「脱炭素」に関しては、政治的プロパガンダに惑わされることなく、ファクトによる検証を基に、正しい判断をし、行動することが日本の強靭化のため、繁栄のために必要ではないでしょうか。
紹介本にもある「『脱炭素』先進国ドイツ」の誤算が注目されています。ドイツでは家庭向け電力料金平均単価は2000年の固定価格買取(FIT)制度の開始の2000年から10年で1.7倍、20年で2.3倍に上昇する等社会的費用が増加しています(日本の電気料金平均単価はFIT導入の2010年から10年で1.2倍です)。この他バックアップ電源の原子力の2022年廃止に伴う石炭火力の増加(CO2急増との研究もある)、再生エネの送電網の整備遅延などにも注目です。(電気事業連合会H/P、資源エネルギー庁「日本のエネルギー2020」より)
企業価値経営の観点から取り組むESGに於いても、「脱炭素」についての正しい認識を持って推進すべきではないでしょうか。適切なコスト、適切なスピード、適切な方法で推進することが大切です。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。
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