大学に上がって1年が過ぎて、僕はもうすぐ21歳になろうとしているところだった。
池袋のHMVの試聴コーナーに、Stina Nordenstam(スティーナ・ノルデンスタム)という名のスウェーデンの女性シンガーのセカンドアルバム「And she closed her eyes」が置かれていた。
一聴して魅かれた。
少女のようなウィスパー・ヴォイスと言えばよいのか、或いは童女の雰囲気を醸し出す成人女性の声と言えばよいのか。
果ては幼さを残したまま年を重ねた実は老婆なのだと言われても納得しそうなとにかく不思議な声。
過去のブログにも書いたのだが、歴とした英語ではあるが宇宙語とでも言えそうな発音と、水の中で録音したかのようなブクブクという泡の音が聞こえてきそうな浮遊感のあるサウンド。
もっと深く時間をかけて聴きたいし、アーティストのことも知りたい。
だが当時は今のようにインターネットで情報を入手することなどできない。
日本盤は約1カ月遅れてリリースされるとのことだったので一先ずそれを待つことにして、代わりにファースト・アルバム「memories of a color」を日本盤で購入した。
収録されていた「Soon after Christmas」に魅かれて、今日で24回目のクリスマスが訪れた。
彼女のことを紹介するのに適切な表現を見つけるのがとても難しい。
非常に個性豊かな才能なのだ。
その後にThe Cardigans(カーディガンズ)やCloudberry Jam(クラウドベリー・ジャム)などのスウェディッシュ・ポップが多数紹介されても、スティーナが話題に上がることはなかった。
とにかく特異な才能だった。
サードアルバム「Dynamite」でサウンドの方向性に変化があり、僕の好みからは外れた。
以降、積極的に聴くことはなかったのだが、「Soon after Christmas」はずっと脳内再生していた。
スティーナの楽曲の中ではかなりストレートな詞だった。
多くの人が経験していることなのだろう。
離れたくはなかったが、離れざるを得なかった人、離れなければならなかった人、離れないわけにはいかなかった人。
大好きだったけれども、深く愛していたけれども、それをうまく伝えることができなかった人。
最初は些細なことから始まったけど、気付けばあなたは離れ始めていて、そしてそれはとても衝撃だった。
夜は嵐のように胸がざわめき、昼でも真冬の木枯らしに吹き曝されるように冷たく。
もう、私は別の人と人生を歩んでいるけれども、今は、こんな冬の日には、全身であなたを感じていたい。
そんな気持ちをスティーナが歌ってくれた。
彼女の中ではその時の情景が冬だったのだろう。
偶然クリスマスが近かっただけなのだろう。
流行歌とも受け取られかねないタイトル「Soon after Christmas」。
彼女の作品群を思えば、タイトルに「Christmas」を含めることを厭いそうなのにこの曲では用いられた。
詞を読んでみると手に取るように判る。
とても純粋な気持ちを歌ったのだろう。
たまたまクリスマスが近かっただけなのだろう。
安い流行歌のような印象でも構わないと考えたのだろう。
虚飾や見栄やプライドはかなぐり捨てた、スティーナの純粋な気持ち、心の叫びを歌ってくれたのだろう。
そしてそれは曲を聴く多くの人にも通じるものだったのだろう。
静謐なアコースティック・ピアノの伴奏がまた心に沁み入ります。
Stina Nordenstamの「Soon after Christmas」 (タイトルをクリックでyoutubeへ)
Sonn after Christmas
詞/曲:Stina Nordenstam
訳:鮭一
I've called you now a thousand times 何度も何度もあなたのことを呼んでみた。
I think I know now, you're not home そして今ようやく分かった。あなたはもう居ないね。
I've said your name a thousand times あなたのなまえを口に出して何度も何度も呼んだよ。
To be prepared if you'd be there もしかしたら今頃あなたは帰ってきてるんじゃないかなと思って。
I wanted so to have you あなたにはいつも隣に居てほしかった。
And I wanted you to know そしてそれをあなたに知って欲しかった。
I wanted to write songs そんな曲を書こうと思ったよ。
About how we're walking in the snow 二人で雪を踏みしめながらここまで歩いてきたよねって曲を書きたかったな。
You've got me slightly disappointed あなたにはちょっぴりがっかりさせられてしまったよ。
Just a bit and just enough ほんの少しだったけどね、毎晩眠れなくさせるには充分過ぎたよ。
To keep me up another night 明くる日も、そのまた明くる日も、ずっとあなたのことばかり考えていた。
Waiting for another day
The city is taking a day off 今日は休日だったかな。
The streets are empty 街には人気が無いね。
No one's out tonight
My life is in another's hands そう、今はね、別の人と一緒に居るよ。
I wanted so to have you あなたにはいつもそばに居てほしかった。
And I wanted you to know とにかくそれをあなたに知って欲しかった。
I wanted to write songs そんな曲を書こうと思ったよ。
About how we're walking in the snow 雪を踏みしめながらて二人で歩いてきた道のりのことを書きたかった。
But there's no snow this winter でも今年の冬は雪が降らないね。
There's no words for what I feel for you これではあなたのことを歌えないな。
It's not enough though it's too much 満たされないことが多すぎる。
Why must it always be like that? なんでいつもこうなんだろう。
The TV screen is lighting up my room 真っ暗な部屋で、テレビの画面だけが浮かび上がっているよ。
The film has ended 物語はもう終わったね。
Every inch of my skin is crying for your hands ああ、今、あなたに触れて欲しい。身体中にあなたの温もりを感じたい。
And I wanted so to have you あなたのことが本当に大好きだった。
And I wanted you to know いつも隣に居てほしかった。どうしてあなたに伝わらなかったのかな。
I wanted to write songs だから曲を書こうと思ったよ。
About how we're walking in the snow いつも二人で、一歩一歩踏みしめながら歩いてきたよねって。
You've got me slightly disappointed ああでも、あなたにはほんの少しがっかりしたな。
Just a bit and just enough でも、ほんの少しって強がってみたけど、やっぱり辛かったな。
To keep me up another night 毎晩眠れなくて、来る日も来る日も、あなたのことをずっと思っていたよ。
Waiting for another day 明日になれば、あなたはまたこっちを向いてくれているんじゃないかなって思ってた。