この週末はどの川へ行こうか。
例年5月中は長良川の水況が気になるのだが、7月以降は天気予報と前日までの降水状況や水位などから釣行先を決める。
数日前には幾つかパターンを思い描き、釣行先から入川箇所の順序、それに従った仕掛けの準備などに取り掛かる。
しかし今回は出発する段になっても決めあぐねていた。
思ったより増水した後に減水に転じたもののなかなか水位が下がらないため、果たして竿を出せるのか、出せたとしても場所が限られているであろう南飛騨の益田川水系。
思ったほど増水しなかったが、水況的には恐らく最高に近い状態が予測されるものの、万が一上流域の支流や沢で局地的に大量の降雨があると白濁する奥飛騨の高原川。
いずれにしろ途中までは同じ道程でクルマを進める。
走りながら考えよう。
2014年7月12日。日付が変わる前に僕は自宅を出て飛騨方面へと向かった。
国道257号を中津川方面から北進し、国道41号と合流する付近で一旦クルマを停め、インターネットで益田川の水位を確認した。
やはり、釣りをするにはまだ少し水が高い。
今日は高原に行こう。
自宅から益田川流域の中心街である下呂までは約90~100km。
そこから約20~30kmで小坂の集落に着く。
今日は小坂から更に70km北進して高原川へ向かう。
全て一般道を使い、釣り場に到着したのは午前3時だった。
高原川で朝一番に入るポイントはだいたい決まっている。
その釣り場でよく顔を合わす釣り師がおひとり、既にクルマを停めて車中で仮眠されていた。
その方は左岸側がお気に入りのようだ。
僕は左岸でも右岸でも構わない。
そのようなわけで、その方のクルマが停まっている日は僕は右岸側に入る。
仮眠をとることも考えたが、寝過ごす恐れもあったのでそのまま身支度を整え、暗い中を頭に投光器を付けて藪の中を河原へと降りていった。
岩場に背中をもたれさせ、その姿勢のまま明るくなるまでうとうとしていた。
ふと目が覚めると辺りは先ほどよりほんの少しだけ明るくなったようだ。
灰色だか藍色だか言葉には著しにくい色合いの夜明け前の河原を見ると、既に対岸で例の釣り師の方が竿を振っていた。
さすがに今の状態では目印は全く見えない。
朝一番は岸寄りから探っていきたいのだが、このポイントは岸近くに大石がごろごろ入っており油断するとすぐに根掛かりする。
もう少し待っていることにしてまた少しうとうとした。
さて、始めようか。
まだ目印は見えにくかったが根掛かりしないよう注意を払って流し始めた。
岸からさほど遠くない流芯の脇のかけあがりを流していたとき、手元にアタリが伝わってきた。
短く鋭いアワセを入れると鈎に乗った。
激しく首を振り抵抗する。
間違いなくヤマメの引きだ。
重量感も結構ある。
バラシは絶対避けねばならんと少し慎重に遣り取りしていたが、重量感はそこそこあるのに意外に早く寄ってきた。
手尻を1m近く取ってある仕掛けなので、取り込みの際に玉網を持った左手が魚に届かないという事態に陥らぬよう、首尾よく取り込める場所をそのポイントでは決めてある。
最終的にはその取り込み場所まで魚を誘導するのだが、意外に早く寄ってきたのでこのままタモ入れにするかとすこし侮ったのがいけなかった。
弱り切っていなかったので岸に近づいてから抵抗する。
竿の弾力も活かしにくくなるし、逃げ回られて石の下に入ってしまった。
やっちまったと思ったが、魚が隠れた石というのが岸際の石。
しかも魚体全てが隠れているわけではない。
玉網を水中に入れ、枠で魚体に触れると慌てて動き出し、まんまと網に収まってくれた。
高原川のヤマメ32cm
幸先よく尺上が上がったなと思い続けて少し離れた筋を流すと根掛かり。
朝一のゴールデンタイムに何という時間のロスなんだといらいらしながら仕掛けを新しいものに付け替えて同じ筋を流すとまたヤマメのアタリ。
しかしこれは掛かりが浅かったため水面に顔を上げた際にバレてしまった。
手応えとしては尺に届かないくらいだったろうと思いながら、流しているとまた根掛かり。
まだ明るくなりきらないため投餌先や目印を見失うことが多く、そのためにタナが不適切になってしまうのが原因だった。
時間のロスは避けたい。別の筋を流すかと思ったが、流す順序というものもある。
今日は予備仕掛けを作ってくる時間がなかったため、その場で新たな仕掛けを作りながら考えた結果、思い切って別の筋を流すこととした。
しかし、先ほどのようにすぐにアタリはなかった。
立ち位置や筋、タナを少しずつ変えながら探っていくと、どうやらその日の食い波というものに当たったようだ。
以後、飽きない程度にヤマメのアタリが訪れた。
サイズは20cm前半のものが数匹、泣き尺多数。
実は今日は数匹持ち帰ることに決めていた。
盆休みに甥がやってくるのだが、春先にアマゴを食べて凄く喜んでいたので、次回は自宅の庭で炭火焼にしてやろうと思っていたのだ。
出来れば小坂のアマゴを振る舞いたかったのだが、今シーズンの小坂ははっきり言って釣れない。
思うように魚が確保できる保証はない。
鮮度は落ちてしまうが、高原で食べごろサイズのヤマメが釣れたら数匹持ち帰ろうと考えていたのだ。
そのようなわけで釣り上げた魚は最初の2匹まではストリンガーに活かしておいたが、この調子だとフックが足りなくなると思い、かなり久しぶりに舟を使った。
その舟も満杯になりつつあるころに少しアタリが遠のいた。
暫しポイントを休ませるついでに自分も休息を入れ、再開時は岸から離れて立ち位置を取り、岸近くで一気に深くなって渦を巻いている筋を流してみた。
すぐにアタリがありアワセを入れるとトルクのある図太い引き。
ジャンプこそしないがスタミナがありなかなか浮いてこない。
これはニジマスだなと予測を付けると、その通り35cmくらいのニジマスが上がってきた。
この魚は舟に入れずすぐにリリースし、もう一度同じ筋を流し始めた。
今しがたニジマスが食った地点より少し遠目に流した地点でゴツンと一回、力強いアタリがあった。
アワセの瞬間から手元にずっしりと重い感触が伝わってきた。
今日使っている竿はダイワのHDスーパーヤマメ。
エアマスターより確実にパワーのあるこの竿だと、尺クラスの個体でも楽に寄せられる。
しかし、今かかっている魚は簡単には寄ってこない。
鈎に乗ると激しく首を振り続けながら沖へと向かう。
このまま伸されるとまずいなと思い、竿を絞ると余計に抵抗して首を振りながら深場に潜る。
あまり首を振られるのもバラシの懸念があるので避けたい。
そこで敢えて竿のテンションを緩めると魚も止まった。
まるで潜水艦が巡行を停止する直前のように深場でゆっくりと泳いでいる。
引きの感じからしてニジマスではないだろう、ヤマメならばいいサイズに違いないと思いそのまま相手を宥めるように騙し騙し少しずつ岸の方に誘導した。
しかしそのまま誤魔化されるほどのバカな魚ではない。
再び抵抗を始めた。
首こそ振らなくなったが深場へ潜る様に竿を絞り込む。
僕が大好きな引き方だ。
エアマスターなら穂先が自分の目の前まで降りてくるくらいの力強い引きだが、HDスーパーヤマメだと限界はまだまだ先だと感じた。
尾を使わせ魚に体力を消耗させながら竿を矯めていると少しずつ魚体が浮いてきた。
しかしまだ魚体は見えない。
水面下50cm程度の深さで弧を描くように抵抗する相手を少しずつ寄せ、描かれる弧を次第に小さくして行きながら岸から2m辺りまで寄せたところで初めて魚体が見えた。
尺は確実に超えている雄のヤマメだ。
取り込みで失敗しないように確実に弱らせようと尚も泳がせていたが、どうやら抵抗する体力が尽きたようだった。
ひとたび水面に顔を上げられると、そのままおとなしく引き寄せられて玉網に収まった。
34cmの雄のヤマメだった。
どうやら過去に鵜か何か鳥に襲われたようで、尻鰭から尾の付け根辺りにかけて歪んだまま成長していた。
右側の体側にはまだ癒え切らない傷跡があった。
この魚を舟に入れると、舟の中が通勤電車みたくなってしまうのでストリンガーに活かしておくことにした。
しかし、どうやらこの魚が今日の大取りとなったようだ。
尚も筋を変えて流し続けたものの、ヤマメのアタリはかなり遠くなった。
いままでヤマメが食ってきた筋でもウグイが食いついてくるようになった。
たまに釣れるヤマメは明らかにサイズが小さく、20cmに満たないものばかりになった。
そろそろ引き上げ時だろうと思っていたときに25cmくらいのアマゴを釣った。
体側が紫色から桃色がかっていたり、微かに朱点のようなものがあるヤマメ(だと思うのだが)は、ここ高原川では割とよく出る。
その中で「これは完全にアマゴやろう」という個体も毎年1匹は確実に釣れる(実際には交雑しているかもしれないが)。
この日釣ったのも朱点がはっきりと認められるアマゴと判断出来る個体だった。
しかも、尾鰭をよく見ると再生されたようだった。
ということは、漁協によって放流された成魚の残りなのだろうか?
それが事実なら意図的な放流なのか、意図せず混じってしまったものなのだろうか。
推測に基づく推論を書き続けるのはあまりよろしくないのでこれ以上は書かないが、アマゴ好きの僕でも高原川で釣れると複雑な心境だった。
小型の個体は釣り上げてすぐにリリースしたため、トータルで何匹釣ったかということは毎度のことながら把握していない。
最終的には34cmのヤマメ以外に32cmが1匹、30cmが2匹、泣き尺が多数、それより小さいものも多数、35cmくらいのニジマス1匹、アマゴが1匹という釣果だった。
食べ頃サイズを4匹持ち帰ることにしてその他は全て流れに返し、釣り場を辞した。
その後は日中の風が強い時間帯は木陰にクルマを停めて仮眠をとった。
そして夕刻、先回の高原川釣行で大暴れした27cmのヤマメを獲ったポイントに向かった。
魚が着いている場所だと分かったので、あの押しの強い流れで大物が掛かっても耐えられるように水中糸を0.8号、ハリスを0.6号にして臨んだ。
流し始めて数回目、突如目印が流れを横切った。
物凄い重量感とともに2~3度僕の前を旋回するような動きを見せた後、猛スピードで流れを降り始めた。
竿を絞りながら僕も必死で着いて行ったが、あっという間の出来事だった。
カクンと竿が軽くなって姿を見ないままその魚は流れの彼方へ消えていった。
仕掛けを引き上げるとハリスがチモトのところで切られていた。
糸の太さ、強度的に問題があったというよりは、鈎の掛かり方が良くなかったようだ。
恐らく歯で切られたのだろう。
引き方からして十中八九ニジマスだと思う。
でももしヤマメならば…そう考えると、恐ろしいほどの大物に違いない。
今しがた取り逃した個体がもう一度掛かるとは思えなかったが、もしかしたら同じくらいのサイズの魚がまだ居るかもしれないと思い、サツキマス用の仕掛けを持ち出してまた流してみた。
水中糸は1.0号、ハリスは0.8号、鈎とハリスの結束は網込み補強を施してある。
これで切れたらもう諦めるしかない。
そもそも高原川では40cmを少し超えるくらいまでのサイズのヤマメが獲れれば良い、バカでかいニジマスが掛かったら切られても構わないという考えで、多くの場合水中糸0.6号、ハリス0.5号で挑んできたが、このポイントに関してはオーバーなくらいの太い糸の方がよかろうと判断した。
しかし、結果は30cmに満たないニジマスが1匹と、尺を少し超えるくらいの岩魚が釣れただけで、期待したような大きなヤマメは出なかった。
ポイントの規模的にもあまり長く粘るような感じではなかったので、その日はそれで納竿とした。
もしこのポイントで魚を確実に獲ることを考えたら、竿はHDスーパーヤマメではなく、シマノのスーパーゲームパワースペックHの方がよいかもしれないなと考えながら、次回釣行の計画を立てながら高原川を後にした。
当日のタックル
竿:ダイワ 琥珀本流ハイパードリフト スーパーヤマメ95MR
水中糸:ナイロン0.6号、0.8号 フロロ1.0号
ハリス:フロロ0.5号、0.6号、0.8号
鈎:オーナー スーパーヤマメ8号
がまかつ 本流キング9号
餌:ミミズ