とにかく釣果を出したい頃があった。
自分もそれなりの腕前の釣り師だと納得したくて堪らなかったのだろう。
そのための実績作りに躍起になっていたのだろう。
簡単に言ってしまえば「粋がっていた」のだろう。
何と青かったことかと振り返らざるを得ない。
でもそれも悪いことばかりではなかった。
魚という相手のあることとは言え、必死になって釣果に繋げようとしていると釣り方のアイディアが色々と浮かんでくる。
試行錯誤しながら「この釣り方でも食うんだな」「この仕掛けでも食うんだな」と発見したり体得したことは今も役立っていることが多い。
昨年辺りから、釣果そのものにはあまり拘らなくなってきた。
単純に「大物が狙えるポイントが河川改修で潰れた」とか、「大物が狙えるフィールドが不漁だった」ということで諦めざるを得なかった部分もある。
更には予想外に仕事が立て込んでおり、早い時間の帰宅が叶わないことが多かった。
率直に言って疲労が溜まる。
金曜の夜から出かけて土曜は終日竿を振るというような釣りが、年齢も相まってできなくなってきた。
逆に拘るようになった部分もある。
「ここだ。ここに大物が着くはずだ。」
「ここに着かずに何処に着くというのだ」
「ここで大物を掛けたい。ここで掛けなければ意味が無い。」
というように、自分が見込んだポイントで大物を獲るということに拘り始めた。
以前は拘りが無かったわけではない。
そのシーズンの最初からという長期的なスパン、1週間から10日間という中期的なスパン、1~2日という短期的なスパン、これらのスパンで見た季節の変化、気候の変化、気温の変化、それらから予測する水温の変化。
そのようなトレンドと釣行当日の天候や水況を考察の要素として、朝一番に入るポイントから夕まずめに入るポイントまでの順序を思い描き、それぞれのポイントで「一番大きいやつ」を獲りたいと考えていた。
このフローを経ないで竿を出すことは認めたくなかった。
必ずこの考察を経て川に降り立ちたいという拘りを持っていた。
魚との出会いは一期一会だ、二度と同じコンディションの時に竿は出せないという認識で、川に降り立っている時間を大切にしたかった。
それが少し変わったのだ。
水況や天候が多少思わしくなくても構わない。
自分が見込んだポイントで大物を掛けたい。
だから、僕はここで竿を出す。
そんな思いで竿を出すことが多くなった。
勿論いつもそんなストイックな思いで釣りをしているわけではない。
「あっ、あそこがよさそうだな」と目に着いたポイントには入りたいと思う。
2017年6月10日。
この日は午前中は拘りのポイントで竿を出し、午後は気になるポイントを回り、夕まずめにまた拘りのポイントに戻ってきた。
拘りのポイントはある一定区間の流域内に何箇所かある。
優劣は特にない。
間違いなくこの一帯には大物が居る筈だと思い、いつも順繰りに竿を出している。
時には別の釣り師が竿を出していることもある。
当然のことながら塞がっていればその区間の別のポイントに入る。
少し上流域で竿を出していた僕は16時くらいに戻ってきた。
今日の流れでは当初入ろうと考えていた目当てのポイントは少し釣りにくかった。
僕はその一つ上流の深瀬とも淵ともつかないようなポイントで竿を振っていた。
梅雨入りしたとはいえ降雨は殆どない。
魚はかなりスレてきている。
シーズン当初から感じてはいるが、今年はアマゴの数が少ないように思う。
この日も夕刻までの釣果はアマゴがたったの2匹。
それに引き換えニジマスは5匹。
アマゴは稚魚を放流しているはずだ。
ニジマスは釣り堀から落ちてきた個体だけだと思う。
でも、釣行の度に毎回のようにアマゴよりもニジマスの方がたくさん釣れる。
何かの理由でアマゴが少ないシーズンなのだと思うしかない。
多分、一昨年までの自分なら耐えられなかった。
いや、去年でも最終的には逃げ出しただろう。
事実、毎年盛夏の頃に足しげく通う高原川は、あまりにもの釣れなさに辟易して行かなくなった。
禁漁前の最終の釣行可能な日も僕は益田川に来ていた。
今シーズンはまだ逃げ出そうとは思わない。
長く釣りをやっていればこんなシーズンもあるだろう。
これが毎年になると辛いが、釣れないシーズンにも竿を出して、釣れない原因を探ってみても悪くはないとさえ思えるようになった。
しかし釣れないよりはやはり釣れた方が良い。
率直に言って嬉しい。
だから僕は日没まで1時間半という頃、望みを託してまたポイントを移動した。
昼前後に竿を出していたポイントに、夕闇迫る益田川のとあるポイントに僕は再び降り立った。
流れの押しは相当強い。
そして水深は深いところで6mはある。
場所によってはそれより深いだろう。
底波に入れないとあっという間に水勢に仕掛けが押されていく。
底波に入れても上層中層を垂れている糸が押されて餌が底波から浮いてしまいそうだ。
僕はゴム貼りガン玉のB号、5B号に更にナツメ型のゴム貼りオモリの1.5号をつけて「ドボン」という音とともに益田川の流れに投餌していた。
流芯の脇は流れがあまりない。
ウグイやカワムツなど雑魚の巣窟の様相で、餌が脇に逸れると忽ちにして雑魚たちが喰らい付く。
僕は流芯とその脇の境目辺りを流す。
先ずは手前側の境目。
自分よりかなり上流に投餌しないと、底波に入るまでの距離が相当必要だった。
流芯ど真ん中の底波も流してみる。
底波に入ると明らかに流れが遅くなる。
そして竿を持つ手許に感じる抵抗もぐっと重くなる。
これで底波に入っていると判別できる。
いや、正確に言うと「判別できたと思っている」のだが。
そして流芯の向こう側の境目も流してみる。
しかし、脇に逸れた時にウグイが食ってくるだけだ。
ある程度流して僕は一旦竿を上げた。
少し下流に立ち位置を変えた。
水勢は若干弱まり、流れは開きにかかる。
先程と同じように僕は自分よりもかなり上流側に投餌し、ちょうど自分の正面辺りで底波に入るように流していた。
いつもなら、目一杯下流側に竿を向けるまで流しているが、今はそれは避けた。
仮に目一杯下竿になったときに大物が掛かっても、この水勢では伸されるだけだと考えたからだ。
下流側に竿を45度も向けないうちに竿の送りを止めた。
強い水勢に上層中層を垂れる水中糸が押されて、餌が少しずつ浮かび上がる。
水勢は強いが、装着したオモリも相当重い。
イメージとしてはフワーッと餌が浮かび上がる様を演出しているつもりだった。
この夕まずめ、水面付近には羽虫が飛び交っている。
それを狙うウグイやカワムツなのか、雑魚たちがライズしている。
もしかしたらその中にアマゴも居るかもしれない。
ライズはしないまでもアマゴたちの意識は水面に向いている可能性は高いと思う。
いや、でも大物は底に居る筈じゃないのか。
とは言えさすがに活性の上がる夕まずめには意識は水面を向くのではないか。
いやいや、大物は虫なんか食わないんじゃないか。
なんだかんだと言いながらも、水深のあるポイントでは底からふわっと浮かび上がらせる演出によって、全てのタナを探ることになるのではないか。
夕闇迫る益田川で僕は流芯の向こう側に、自分よりもかなり上流側に投餌した。
重いオモリのため自然と仕掛けは手前に寄ってくる。
流芯の向こう側の緩流帯から流芯との境目を斜めに横切るように仕掛けは流れてきた。
ちょうど自分の正面辺りで底波に入る。
そのまま仕掛けを流す。
竿の送りを止めて仕掛けが浮かび上がってきたとき、何の前触れもなく突如「ゴンゴン」という引っ張るような明確な強いアタリがあった。
アワセを入れると激しい首振りの後に下流に向けて疾駆した。
間違いない。
そのシャープな引きはアマゴだろう。
僕は足場の悪い岩盤を一歩ずつ降って行った。
それ以上は行けないというところで少し強めに竿を絞った。
こんなとき、先代のエアマスターなら元上から曲がってくれただろう。
しかし今握っている二代目のエアマスターは違う。
全体的にシャキッとして強くなったが、元上の更に上が支点なっているように感じる。
さほど大きくはない、恐らく尺前後の個体だろうが「あまり無理はできないぞ」と自身に言い聞かせるように確認しながら竿を絞る。
水勢が強いためか、竿を絞ると魚が浮き上がり水面付近に顔を出した。
「さあ、バラしましょうか」と言わんばかりのお粗末な遣り取りになりかねない。
僕は敢えて少し絞りを緩める。
同時に竿の角度を少し寝かす。
寝かせ過ぎて水面に着くとその流れの強さに竿を持って行かれる。
慎重に魚を騙すようにいなしながら流芯の下を潜らせようと試みた。
狙い通り相手は潜行を始めた。
ゆっくり、ゆっくり流芯を潜る。
よしっ、流芯を抜けたと感じ取ったとき、思い切って竿を煽り、岸辺のワンド状のところに放り込むように魚を引っ張った。
相手はワンド状の溶存酸素の少ない水の中でひとしきり尾を使い、首を振り暴れる。
どさくさに紛れてワンドから飛び出したが、直ちに僕が竿を絞ると、そのまま素直に岸に寄ってきた。
右腕を天に向けて、尚相手を寄せる。
左手で腰から玉網を抜く。
水面に差し出して相手を待ち構える。
右腕を引き上げて相手を玉網に導き入れた。
夕闇せまる中での撮影のため、うまく写真に収められなかったが、非常に銀の強い体色だった。
更に体高もとても豊かで、メジャーを宛がうと体長は30cmだったが、取込んだときは33~34cmほどはあると錯覚したほどだった。
撮影を済ませ僕は竿を畳んだ。
自力でしっかり泳げることを確認し、僕は彼を流れに返した。
この厳しい状況の中で相対してくれて感謝していた。
ありがとう。
いつもなら「もう釣られるなよ」と思うが、厳しそうな今シーズンは違う。
「秋に、もう一度会えたらいいな」。
そんな贅沢なことを望んでしまう。
自身が主に通う釣り場は、解禁当初から尺ものが出るようなところではない。
だから自ずと尺アマゴを最初に獲るのも6月以降となることが多い。
正直なところ、スロースターターだと思う。
でもそれは仕方ない。
居住地の条件なのだから。
今シーズンはスロースターターどころではないかもしれない。
数えるほどしか尺アマゴは釣れないかも知れない。
腐らずに楽しもう。
釣れないシーズンは、何故釣れないシーズンとなってしまったのか。
それを考えるのも悪くはないと思いこむようにしよう。
釣ったときのタックル
竿:ダイワ 琥珀本流エアマスター 105M
水中糸:フロロ 0.8号
ハリス:フロロ 0.6号
鈎:オーナー サクラマススペシャル8号
餌:ミミズ