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爆笑問題の田中裕二さん 突然発症する脳・心血管疾患の怖さ。どのように予防?

2021-09-27 15:30:00 | 日記

下記の記事はプレジデントオンラインからの借用(コピー)です。

前大脳動脈解離による、くも膜下出血、脳梗塞を発症し、2021年1月に救急搬送されたお笑いコンビ、爆笑問題の田中裕二さん。幸い大事には至らず、1カ月ほどで仕事にも復帰したが、このように突然、脳・心血管疾患を発症する人が近年増えている。脳・心血管疾患は日本人の死因の2位と3位で、合わせると1位のがんと同レベルだ。脳卒中の死亡率は低下傾向にあるものの、後遺症が残るケースは逆に増加傾向にある。それでは、予兆や進行を自覚しにくい脳・心血管疾患はどのように予防すればいいのだろうか。田中さんと、血圧計の世界累計販売台数3億台を達成するなど、グローバルでヘルスケア事業を展開しているオムロン ヘルスケア執行役員、吉村実氏との対談を通じて考えてみたい。
予兆はナシ、まさに“突然”の発症
【吉村】前大脳動脈解離による、くも膜下出血、脳梗塞を発症されたそうですが、仕事にも復帰され、お元気そうで何よりです。
【田中】ありがとうございます。病院へ救急車で搬送されたんですが、じつは車中で「左足を動かして」と言われたとき、「ウッ」とやっても動かない感覚があって。要は麻痺が起きていたんですね。その後、1週間入院した後、大事をとって1カ月静養しました。幸い手術の必要もなく、後遺症もありません。もちろん、左足も問題なく動きます。くも膜下出血や脳梗塞といえば命に関わる大変な病気ですから、運が良かったんだと思います。
【吉村】発症の原因は何だったのでしょうか。
【田中】私もお医者さんに聞いてみたんですけど、何が原因かはっきりとはわからないそうです。私自身もなぜなんだろう、と。ただよく考えてみると、年末年始にかけて、毎年そうなんですけれど、かなり忙しくて疲れやストレスが溜まっていたのかもしれません。でも、それが直接の原因かどうかはわからないですね。
人間ドックも毎年受けていますが、とくに問題はなかったと思います。むしろ上の血圧は100程度と低めなんですよ。ですから、自分がこういう病気になるなんて心配したこともなくて、予兆もなかったし、まさに“突然”という感じでした。
田中 裕二(たなか・ゆうじ)
1965年生まれ。お笑い芸人・タレント。1988年、太田光とともに漫才コンビ・爆笑問題を結成。政治から芸能界まで様々な社会現象を斬る漫才は、若者だけでなく幅広い年齢層に支持されている。現在、テレビ・ラジオのレギュラー番組に出演する他、雑誌の連載も手がける。また、ピンとしてもドラマや映画など幅広く活躍中。2015年、タレントの山口もえと結婚。3児の父。
【吉村】脳梗塞や心臓発作などの脳・心血管疾患は、一度発症すると生命の危機や後遺症の恐れがあることから、医療の世界ではイベント(重大な事象)と呼ばれています。そして、その発症数は年々増加しています。
イベントにつながる大きな要因とされるのが、高血圧症などの「生活習慣病」です。食事や運動、喫煙、飲酒などの生活習慣がその発症・進行に関わる疾患のことですが、何か思い当たることはありますか。
【田中】健康にものすごく気をつけていたわけではありませんが、お酒も飲まないし煙草も吸いません。あえていえば、中性脂肪値が基準よりやや高めというくらい。
「田中裕二=お菓子好き」というイメージがあって心配していただくこともあるんですが、自分では食べ過ぎというほど食べている感覚はないです(笑)。お医者さんも「血液検査で血がドロドロしているわけでもないし、それが原因とは言えないでしょう」とおっしゃっていました。
予防には「家庭での継続的な血圧測定」が大切
【吉村】漫才や司会をするにはすごくパワーが必要だと思いますが、復帰に向けてどのような準備をされたのでしょうか。
【田中】静養期間中はお医者さんやうちの事務所の太田光代社長、妻にサポートしてもらいながら、ゆっくり体と心を休めることができました。軽いウォーキングや、いつも相方の太田の家でしていた漫才の稽古を徐々に始めたりして、仕事の感覚を戻していったという感じです。
ただ、体に負担をかけたら危ない、という得体の知れない不安感を抱くようになりました。例えば、ちょっと重い荷物を持つとき、「こんな重い物を持っても大丈夫かな?」と心配になります。「ヨイショ!」と持ち上げたとき、プチンといって再発したらどうしよう、とか。そうした私の不安感で、周りの人たちに気を遣わせてしまっているのかもしれません。
復帰できたときはうれしかったですね。また、多くの方にご心配・ご迷惑をおかけしたんだな、と改めて健康の大切さを実感しました。皆さんにいろいろ気遣っていただき、本当に感謝しています。ただ、楽屋からお菓子が一斉に消えました! ありがたい話ですが、正直に言えば、お菓子が原因ではないと思うので少しは置いてほしいかな、と(笑)。
【吉村】たしかに、お菓子も適量ならいいですよね(笑)。そうした食生活での注意ももちろん大切ですが、田中さんは退院後、ご家庭で血圧測定を始められたそうですね。
【田中】「再発予防のため、毎日朝晩測るように」と、うちの社長から手首式血圧計をプレゼントしてもらいました。それがオムロン ヘルスケアの製品だったんです。「ちょっと大変かも」と思ったんですが、初めてでも簡単に測れましたね。
【吉村】じつは、私たちが血圧計の販売を始めたのは50年近く前の1973年。今ではグローバルで累計3億台以上を販売し、世界中の方々にご愛用いただいています。田中さんは1日何回、いつ頃測っていますか。
吉村 実(よしむら・みのる)
オムロン ヘルスケア株式会社
執行役員 循環器疾患事業統轄部 統轄部長
1993年オムロン入社、健康医用機器統轄事業部で国内向けの営業、営業企画・マーケティングを担当。欧州・アジア現地法人のマネジメント、グローバル商品企画を経験後、2019年度より現職。血圧計や心電計などのデバイス、アプリ、サービス事業を統轄。
【田中】朝と晩、それから仕事用カバンに入れておいて、気になったときにも測ったりしていました。「朝は血圧が低い」というイメージがあったんですが、私の場合はむしろ晩のほうが低いことが多かったですね。といっても高くて100を少し超えるくらいで、だいたいいつも100前後です。そのせいか、血圧が高くなるときの自覚がないんですね。「今日はちょっと頭が痛いなあ」というときでも、普段とあまり変わりませんでした。
【吉村】おっしゃるように、私たちは血圧が高いのか低いのか自覚できないので、確認するには測るしかありません。脳・心血管疾患の発症につながる高血圧であっても、痛みなどの症状が出ないことが多いので、見逃されたり放置されたりしがちです。ですから、予防するためには、日頃から血圧を測定し、血圧の傾向を詳しく把握して上手にコントロールすることが重要なんです。
当社では、世界中で脳・心血管疾患の発症をゼロにしたいという思いから「ゼロイベント」というビジョンを掲げて事業を展開しています。じつは、社内でも血圧の高低にかかわらず、全社員が家庭で1カ月間血圧を測る「ゼロイベントチャレンジ」を年2回行っているんですね。実際に測ってみると、定期健診ではわからなかった普段の血圧が高めな社員が発見されるんです。
健康管理のためにも「家庭での継続的な血圧測定」をおすすめしたいですね。血圧は年齢とともに上がっていく傾向がありますから、田中さんもぜひ続けてみてください。
健康への“気づき”が測定を続けるモチベーションに
【田中】私の場合、血圧を把握できていることで安心してポジティブに行動でき、メンタル面でも役立った気がします。途中で毎日は測らなくなってしまったんですが、長く続けるコツってありますか。
【吉村】血圧は1日の中でも常に変動しています。例えば、大事な会議の前に測ってみたら普段100程度の人が150~160に上がっていたり、ラーメンを数日間食べ続けていたら血圧が上がっていたり、とか。変動のパターンやタイミングは人によって様々ですが、それを把握することで食生活などに注意することができます。そうした健康への“気づき”が、血圧測定を続けるモチベーションにもなるのではないでしょうか。
【田中】血圧は環境の変化によってそんなに影響を受けるんですね。今まで測ったことはありませんが、テレビの収録や漫才の前は、もしかしたら結構上がっているかも。今度試してみようかな。
眉間にしわ寄せて「今日は大丈夫か?」なんて測っていると、それこそ血圧が上がっちゃいそうなので、私の場合はゲーム感覚で記録していくくらいが長続きしそうです。今、スマホに歩数計があるので、たまに見てみると「今日こんなに歩いたの!」なんて思ったりしますけど、そんな感じで使っていければいいですね。
オムロン ヘルスケアの手首式血圧計は、アプリと連動することで計測データをグラフ化することもできるそうですね。私はまだ利用したことはありませんが、それをお医者さんに見てもらえば、より的確なアドバイスがもらえそうです。
田中さん本人が使用しているオムロン製手首式血圧計。取材当日わざわざ持参して頂いた。所属事務所タイタンの太田光代社長からプレゼントされたそうだ。
子どもの成人式には72歳。それまでは元気で働いていたい
【田中】腕時計のようにいつもつけられるウェアラブルタイプなど、血圧計もどんどん進化しているようですね。
【吉村】はい。血圧計を使う人にとって、できるだけ簡単に、そして負荷にならないように、なおかつ正確に測定できるように進化していっています。さらに当社では今、京都大学と共同で、家庭で測定したバイタルデータから「その人に最適な血圧改善方法を導き出すAI」と、イベントの予兆を高い確率でより早く発見する「予兆検知AI」の開発を進めています。これによって脳・心血管疾患の重症化予防を目指しています。
【田中】それはすごい! これから少子高齢化がさらに進んでいきますが、脳・心血管疾患の後遺症で介護が必要なお年寄りが増えていく可能性もありますよね。実用化すれば、そうした患者さんも減っていくはず。ぜひお願いします!
【吉村】ありがとうございます。田中さんもお体には十分お気をつけくださいね。これからもご活躍をテレビでずっと拝見したいと思っています。
【田中】はい、がんばります! 一番下の子は今4歳ですが、52歳のときの子どもなので成人式を迎えるとき、私は72歳。「子どもが成人するまでは死ねない」と昔からよく言われますが、その気持ちが今は痛いほどわかります。それまでは元気で働いていたいので、今日からまた、毎日血圧を測ります!(笑)
今日は大変勉強になりました。まあ、こんな私が言うのもなんですが、日々の健康管理はもちろん、脳・心血管疾患の予防、早期発見・早期治療のためにも、年齢に関係なく、より多くの人に「家庭での継続的な血圧測定」が定着していくといいですね。
提供元:オムロン ヘルスケア株式会社


小6女子いじめ自殺」校長はいじめを否定し、両親は"お騒がせしてすみません"と頭を下げた

2021-09-27 13:30:00 | 日記

下記の記事はプレジデントオンラインからの借用(コピー)です。

昨年11月、東京都町田市の小学校で、小6の女の子がいじめを苦に自殺した。遺族は同級生から「どうして学校に来ないの?」と聞かれたが、校長から「子供たちに影響がある」とクギを刺され、亡くなったことを伝えられずにいた。遺族は学校の対応を待っていたが、徐々に校長は「いじめはなかった」という態度を示すようになる。告発スクープ第3弾――。
「絶縁ドッキリ」「彼氏ドッキリ」「自殺ドッキリ」
12月25日(金)の夕方、週一回の恒例である「聴き取り調査の結果報告」を聞きに、山根夫妻(仮名)は校長室を訪れた。
その席で、前日にA校長から電話で説明があったとおり、「ハングアウトでA子とB子が詩織さん(仮名)の悪口を書いていたことは事実だが、なぜか履歴が消えていた」と説明を受けた。さらに「“○○ドッキリ”が、A子とB子によってたびたび行われていた」という報告を受ける。
“○○ドッキリ”とは、A子とB子が計画した詩織さんへの悪質ないたずらだ。
仲良くしているなかで突然、絶縁を伝えて無視をする「絶縁ドッキリ」。詩織さんには好きな男の子がいたが、その人は自分と付き合っているから近づくな、周りの友達にもみんな彼がいて、彼がいないのは詩織さんだけだという嘘を伝える「彼氏ドッキリ」。A子が学校では禁止のエクステ(髪につける付け毛のアクセサリー)を持ってきて、詩織さんに「大切なものだから預かって」と渡したあと、A子がそれをこっそり取り出して隠したうえで「詩織がなくした」と責める「エクステドッキリ」。いずれも嘘で、数日~数週間時間を空けてから「ドッキリでした」と伝えるという悪趣味なものだ。
筆者がとりわけ残酷だと感じたのは、B子による「自殺ドッキリ」だ。これは遺族が同級生から聞いたもので、給食中にB子が詩織さんに「自殺したい」「自殺するほどつらいことがあるから、自殺の方法を考えてほしい」と相談を持ち掛けるというもの。同じ班で給食を食べていた同級生の男の子がその話を聞いていた。詩織さんは、相談を真に受けて心を痛めていたという。
「いじめ防止対策推進法」の重大事態に該当
24日の電話や25日の校長室での報告で、A校長が繰り返し伝えていたのは「チャットよりも○○ドッキリが自殺の原因になっているのではないか」ということだった。
「私たちもいじめのすべてが端末上で起こったとは思っていません。ただ、チャット上で誹謗中傷を受けていたことがわかっているのに、その履歴が消えていたり、自殺を公表したいと伝えても拒否されることに隠蔽を疑うようになりました。私の調査でははっきり出ているC子、D子からのいじめについても、学校側は把握できていませんでした。『第三者委員会を立ち上げてください』と伝えました」(弘美さん)
「第三者委員会」とは、客観的な第三者の視点で調査する調査機関のことだ。いじめの場合には学校からの要請で市の教育委員会が立ち上げる。委員の人選においては、調査に関する専門性に加え、公平性・中立性が求められる。
実は、A校長の行動には重大な法律違反という疑義がある。
2013年に制定された「いじめ防止対策推進法」では、第28条第1項に「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認める」事態(自殺等重大事態と呼ばれる)を「重大事態」と定義。重大事態が起こった際には「速やか」に教育委員会などに報告し、第三者委員会を立ち上げて調査することが求められている。
山根夫妻の代理人で、2013年1月から2016年7月まで国会議員の政策秘書として「いじめ防止対策推進法」の制定にも携わった金子春菜弁護士は次のように語る。
「A校長は、学校長としてこの法律の存在を知っていたにもかかわらず、重大事態としてすぐに報告していませんでした。今回の自殺事件が、重大事態に当てはまるのは誰の目にも明らかです。たとえ、遺族に『子供には自殺を伝えないで調査してほしい』と言われたとしても、町田市教育委員会に報告のうえ、第三者委員会を立ち上げることはできます。それをしていなかったということは法律に違反していると言わざるを得ません」
「遺族の意向で詮索しないでください」
年明けから山根夫妻は「一日も早く全校生徒と保護者に詩織が亡くなったことを伝えてください」と何度も依頼した。A校長は「後追いが怖いので、待ってください」と断りつづけていたが、ようやく1月13日の朝に「14日に6年生の親向けに臨時保護者会を開いて、子供たちに詩織さんが亡くなったことを伝えます」と連絡があった。ただし、「学校が混乱するので、山根さんご夫婦は来ないでください」と言われた。
詩織さんと同級生の娘を持つ加藤和江さん(仮名)は、この日の臨時保護者会のことを次のように話す。
開催日の前日に送られた、臨時保護者会を知らせるメール。開催時間は15分程度と書かれている(保護者提供)
「1月13日の午前中に、メールで臨時保護者会開催のお知らせが届きました。緊急事態宣言が延長された最中で、何があったのかと思いました。14日夕方、体育館に行くと『子どものストレス反応と対応について』という1枚のプリントを渡され、先生たちが皆、黒い服を着ているので胸騒ぎがしました。そして、A校長が短く、一方的に詩織さんが亡くなったことを伝えて、終わってしまったんです」
A校長が伝えたのは、次のような言葉だった。
「悲しいお知らせがあります。6年生の山根詩織さんが亡くなられました。明日、児童には私から話をしますし、担任の先生からも話してもらいます。ご家族の意向で、これまで発表は控えてくださいと言われていたので、今日、発表することになりました。なぜ亡くなったのかは遺族の意向で伝えられません。なお、すでにご葬儀は済まされていますので、いきなり弔問に行くようなことはなさらずに、伺う際には必ず事前にご家族へ連絡のうえ訪問するようにしてください」
明らかな嘘がいくつも混ざっていた。
コロナで死亡? 臆測が飛び交った
詩織さんが亡くなった事実だけを伝えた1月14日の臨時保護者会の帰り道、保護者たちの間では臆測が飛び交った。
「学校があるのは、学年の半分くらいが中学受験をする受験率が高いエリアです。1月14日は、1月受験が始まる3日前。なぜ、こんな時期に発表するのか、受験生の親子を動揺させたいのかと怒っている保護者もたくさんいました」(加藤さん)
別の保護者も言う。
「理由が話されなかったので、コロナで亡くなったのでないか、いや、詩織ちゃんはいじめられていたから、自殺ではないか、交通事故なのか、といろんな臆測が飛び交っていました」(鈴木さん/仮名)
翌日には学校で全校児童に伝えられた。6年生にはA校長から、それ以外の学年はクラス担任が、14日と同じ内容を伝えた。つまり、「遺族の意向で、亡くなった理由は伝えられない」ということだ。このため子供たちが学校で詩織さんの話をすると先生に「シーっ」と注意された。
「理由を言わなかったので、子供たちは余計に混乱状態に陥っていました。詩織の友達だった低学年の男の子がうちに来て『なんで詩織ちゃん死んじゃったの?』って聞きにくるし、問い合わせの電話がたくさんかかってくるし、誰にも聞けずに家で泣いているとお母さんたちから話を聞くお友達もいるし、子供たちが本当にかわいそうでした」(母・弘美さん/仮名)
空手を習っていて、大会では上位入賞をしていた詩織さん(仮名/写真右側)。いろんな課外活動に参加していて、同級生以外にも友達は多かった(写真=母親提供)
翌日、臨時保護者会が開催されたという話を聞いて驚いたのはPTA会長だ。
「A校長から臨時保護者会を開くことや、子供たちに伝えることは何にも聞かされていませんでした。保護者の皆さんからPTAに問い合わせがたくさん来ていたので、16日に校長室を訪ねて、『いじめで亡くなったという噂があるけど本当ですか?』とA校長に聞きました。すると、『いじめはあった。だけど、9月に解決していて、亡くなったことは関係ないんです』、そして、『本当のことを伝えたいけど、遺族の方の意向で伝えられなかった』と説明を受けました。私が、問い合わせがたくさん来ていると伝えたら、『では、1月19日に代表委員会があって各学年の代表の方が来ているから、伝えましょうかね』と提案いただいたんです」(PTA会長)

遺族は「代表委員会」への出席も止められた
1月19日、クラス委員とPTA役員の保護者が集まる「代表委員会」の席で、詩織さんが亡くなったことを伝えることになった。それを聞いた山根夫妻は、「今度は自分たちも出席したい」と申し出たが、A校長は「来ないでください、なんで来るんですか!?」と出席を止めたという。
「ひと言、あいさつをさせていただくだけなので、参加させてくださいと頼んでも、『いやいや大丈夫です。混乱するだけですし、そもそも代表委員会は詩織さんが亡くなった話をするための場所ではありませんし』と大変なけんまくでした」(弘美さん)
18日の夜、A校長はPTA会長を呼び出した。
「A校長に呼ばれて、夜7時に学校に行きました。そして、『山根さんが代表委員会に出ると言っています。困りますよね、そんなことをされたら』と聞かれました。『いえいえ、別に何も困らないです』と伝えたら、『まだ本当に出席するかわからないので、山根さんにこのあと連絡を入れますね』と言われました」(PTA会長)
実際にはA校長から山根夫妻への連絡はなかった。翌朝、山根夫妻が改めて出席の意向を伝えると、A校長は「来ないでください」の一点張り。それでも山根夫妻は、代表委員会に強行突破で出席することを決めた。
「どうか子どもたちを気にかけてください」
代表委員会が開かれる前に、PTA会長はA校長から「事前の打ち合わせ」を頼まれた。
「私が改めて『いま、いじめで亡くなったという噂がどんどん広がっているので、そのことについてきちんと伝えてほしい』と言いました。すると、校長先生は『あなたから質問をもらう形でなら話す』と言ってくださいました。でも、この時も細かいオーダーが入って、『いじめで亡くなったのは本当ですか?』と聞こうとしたら、『いじめで亡くなったとは言わないでください。いじめと亡くなった理由は別なので、いじめがあったのは本当ですか? と聞いてください』と言われて、そのように言いました」(PTA会長)
代表委員会では、このような流れで質問が出て、A校長が「あったけれども、9月に解決している」と回答。山根夫妻は、それを同じ教室の一番後ろの席で聞いていた。
代表委員会が終わって、山根夫妻が保護者に向けて話をしようと立ち上がると、A校長は席を立ち、そのまま教室を出ていってしまった。山根夫妻は驚いたが、A校長以外は教室に残っていたので、父の達彦さん(仮名)があいさつをした。
「山根詩織の両親です。娘は昨年の暮れに、いじめを書きつづった遺書を残して、自殺をしました。恥ずかしいけれども、私たちは何も、知りませんでした。皆さんの身近なところで、いろいろなことが起きています。うちはもう手遅れで、私がいうのを僭越ですが、どうかお子さんたちをしっかりみてあげてください。お騒がせをして、すみません」
教室のあちこちから、保護者のすすり泣く声が聞こえてきた。

森下 和海(もりした・かずみ)
プレジデントオンライン編集部 


「予備軍含め2000万人」日本で糖尿病が激増した最大の原因は国の失策にある

2021-09-27 12:00:00 | 日記

下記はプレジデントオンラインからの借用(コピー)です

なぜ糖尿病は治らない病気とされているのか。医師の水野雅登さんは「国や専門家が作った糖尿病の標準治療のガイドラインに原因がある」という――。
※本稿は、水野雅登『糖尿病の真実』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
ガイドラインを守った治療をした結果、悪化した
私が医師になるべく研修を終え、ようやく外来診療を一人で始めた頃、「あること」を実感するようになりました。それは、糖尿病の患者さんだけ、かなりのスピードで悪化していくということです。
当時の私は、「ガイドライン至上主義」といえるほど、治療のガイドラインの内容を守っていました。そして、その悪化していった患者さんたちも、その内容に沿った運動や食事をしていました。それなのに、改善するどころか、どんどん悪化していったのです。
私の実感は、実際に数字にはっきりと表れています。現代は日本国内の、糖尿病が疑われる人と可能性を否定できない人を含めると、2000万人にもなる時代です(平成30年版厚生労働白書より)。1997年には1370万人でしたので、いかに急激に増えているかが、よくわかります。
そして、糖尿病と診断されたときに、患者さんから最もよく受ける質問が「一生、薬をやめられないんですよね?」です。これだけ糖尿病患者や、その可能性がある方が増えている状況なので、身近に糖尿病の人がいて、ずっと薬を飲み続けているのを見聞きしてきたのでしょう。
「薬をやめられない」ということは、「治らない」ということです。このため、よく「糖尿病は治らない病気」「一生付き合っていく病気」といわれます。それはその通りで、現代の標準治療では治らないし、薬もほとんどやめられません。とはいえ、「落ち着いた状態にする」ことも非常に大切なので、従来の標準治療が果たす役割は大きいものがあります。また、糖尿病が悪化したときの救急対応でいえば、新旧の治療法はあまり違いがありません。
つまり、糖尿病に関する従来の標準治療は、急性期に関しては非常に優れた治療法だということです。逆に、慢性期や予防に関しては、非常に限定された効果であるといえます。
糖尿病患者が増え続ける、一番の要因
治せない、薬がやめられない標準治療だけが、糖尿病人口の増加に影響したわけではありません。むしろ、標準治療を含めた治療は、病気になってからの話です。糖尿病人口が増えたのにはその他の要因があります。その一つが、ここまでにも何度もお伝えしたように、世の中に糖質があふれていることです。
テレビやSNSには、常に美味しそうなスイーツやスナック菓子、ラーメン、パスタなどの写真や映像が流れています。コンビニやスーパーへ行けば、それらの商品がずらりと陳列されています。思わず目が留まり、手に取り、買い物かごに入れてしまう、という経験は誰もがあることでしょう。
人間には「見たら欲しくなる」という性質があります。脳内では糖質を見ただけで、ドーパミンがドバドバ分泌され、「欲しくてたまらない!」と、なります。人間のこの性質を利用して、企業は日々、宣伝を行っています。マーケティングのプロたちが、あの手この手で買わせるための策を次々に打ち出してくるのですから、一度目にしたらまんまと乗せられる、と思っておきましょう。目にしないのが根本対策です。
そもそも、糖質は依存性の強い栄養です。購入するコストはさほど高くなく、摂取することである程度の満足が得られ、さらにまた欲しくなる。企業が売り上げを伸ばすには、格好の条件が揃っています。
こうした条件が揃う中、従来の標準治療は、糖質の摂取を止めるどころか、むしろ「とれとれ!」と言ってきました。従来治療の食事指導は「全エネルギーのうち6割は炭水化物からとりなさい」という内容になっています。血糖値を直接的に上げるのは、糖質だけです。それにもかかわらず、食事の半分以上を糖質にせよ、と指導しています。
糖質オフが普及した近年では、さすがに「スイーツやジュースは控えましょう」となってきましたが、まだその程度です。
妊娠糖尿病の入院食にスイーツが出されている
インスリン抵抗性が高まる妊娠中の場合、糖質過多な食事の影響は、さらに深刻になります。妊娠中は血糖値が高くなりやすいことは知られています。実際に、それまで問題がなかったのに、妊娠してから血糖値が上がりやすくなり、妊娠糖尿病と診断される妊婦さんも少なくありません。
ところが、妊娠糖尿病で入院中の妊婦さんには、血糖値を下げるためのインスリン注射が投与されると同時に、血糖値を上げるスイーツやお菓子などが出されています。間食として、クッキー、プリン、フルーツ、砂糖入りヨーグルト、パン、おにぎり、せんべいなど……中には、ミニカップラーメンが出る病院もあるといいます。
当然ながら、食事のたびに血糖値はガツンと上がります。そして、入院中なので「食べたかどうか?」の食事摂取量が病院のスタッフから毎食チェックされ、残すと苦言を呈されます。「食べることも治療のうちですよ」といった説明がなされます。そして、食べて血糖値がガツンと上がれば、インスリン注射を打たれます。そのようなことが積み重なり、妊娠中に大量のインスリン注射を打つと、巨大児や流産のリスクも高まります。
最近では、こうした治療を見直す医療機関も出てきましたが、いまだに、こうした従来治療の方針で提供される治療と入院食を行っている病院が多勢を占めています。
このように、生理的にも、社会的にも、経済的にも、「糖質過多の土台」ができあがっています。その結果、糖尿病になると、従来の標準治療によって「糖質を抜くな、しっかりとれ」という指導がなされます。
その指導に従い、糖質をとればとるほど、血糖値は上がり、薬は増えていくのです。
国が糖尿病をつくっている
先のように「多くの場合で薬は増えるし、治らない」という従来の標準治療の方針を決めたのは、いったい誰? というと、それは国です。つまり、「糖尿病とその予備軍2000万人」という現状をつくった責任の一端は、国にあるといえます。
たとえば、「日本人の食事摂取基準」は厚生労働省が公表している基準です(厚生労働省、日本人の食事摂取基準、2020年版)
そこでは「エネルギー量」として「kcal(キロカロリー)/日」が採用されています。つまり、いまだに「カロリー理論」などという時代遅れの概念が採用されているわけです。人体では食べ物をとったときに「酵素的な代謝・消化」が行われているのに、「食べ物を燃やして水をどれだけ温めるか?」という見当違いの考えが使われています。
そして、この「日本人の食事摂取基準」は、保健施設や事業所、学校給食など、日本国内のあらゆる所で使われています。そして、糖尿病の標準治療で行われる食事指導でも採用されています。
しかし、エネルギーは「PFC量」でみるのが妥当だと私は考えています。Pはタンパク質、Fは脂質、Cは炭水化物もしくは糖質です。これらは、お互いに交換できず、互換性がほぼない栄養素です。
100kcalの肉、100kcalのバター、100kcalのパンは、同じカロリーですが、食べた後の人体での働きは全く違います。カロリーという見当違いな考えで乱暴にひとまとめにするのは、大きな間違いです。ナンセンスかつ、誤解を生みます。
食品表示も「~kcal」ではなく、「タンパク質~、脂質~、糖質~」と表示すべきだというのが、私の考えです。
PFC量での考え方が広まれば、こうした「間違いが判明した旧時代の考え」がいかに時代遅れなのかが、理解されていくでしょう。
「炭水化物6割」はどこからきたのか?
このように、国が公表している基準が古い考えのものだからといって、「国が全部悪い!」と言うのは間違いです。国が健康や医療に関して方針を決めるときには、それぞれの専門家を招集して「検討会」や「委員会」などをつくり、そこで方針をつくっていきます。もちろん、最終的に決めるのは、大臣や役職のある公務員ですが、その手前のところでは「専門家たち」が大きな影響力を持っているわけです。
たとえば前記の日本人の食事摂取基準の場合は、「日本人の食事摂取基準策定検討会」が報告書を作りますが、ほぼ、その報告書の通りに基準は決定されます。検討会のメンバーはほとんどが大学教授で、他には准教授や、大病院の病院長などの先生方が名を連ねています。
その専門家たちが、「炭水化物で全体の6割を摂取せよ」というエネルギー摂取を推奨してきました。最近になって、4~6割と、少しだけ糖質オフの方向にはなってきています。しかし、長年にわたる「炭水化物6割」の考えは、医療現場に深く根づいていますし、メディアでもそう喧伝されてきました。
この「炭水化物6割」が、肥満、糖尿病、メタボへの大きな影響を及ぼしてきたのです。
つまり、先の専門家たちが、その責任の重さを心する立場といえます。
ガイドラインが変わるのを待つ必要はない
国内の糖尿病患者とその予備軍2000万人の責任者は、まだいます。それは、健康を他人任せにしてきた人、全員です。
世の中の原理原則として「~のせい」と言っているうちは、不満がたまり、状況は好転しないどころか悪化していきます。なぜなら、「自分では状況を変えられない」と、自分で思い込んでいる、ということに他ならないからです。「思い込む」ことで、よかれ悪しかれ、現実もその通りになっていきます。「国のせい」「標準治療のせい」と言っているだけではいつまでも状況は変わらず、悪化していくだけです。
ではどうすればよいのかというと、解決の方向性は、じつにシンプルです。逆の「思い込み」をすれば状況は変わります。つまり「すべては自分の責任」「状況は変わる・変えられる」という考えです。自分が変わることで、周囲もまた変わっていきます。
これを糖尿病に当てはめてみると、医師が変わるのを待つとか、国の方針が変わるのを待つ、ガイドラインが変わるのを待つ、という「他人任せ」をやめることになります。
ただし、現在、薬を服用している人は、主治医への相談が必須です。血糖値を下げる薬を使いながら糖質オフをすると、命に関わる重篤な低血糖を起こす危険があるためです。必ず主治医と相談してください。
主治医を変えるのも一つの手
もし、主治医が話を聞かないタイプなら、主治医を変えるのも一手です。幸い、日本の保険制度では、自分で自由に医療機関を選ぶことができます。もし、主治医が紹介状を渡すことをしぶるようなら、「セカンドオピニオンを受けたい」と言うことで、ほぼ100%、紹介状を書いてくれます。「セカンドオピニオン」という単語は、ポジティブなイメージがあり、その言葉を出すだけで、医師の心理的抵抗が大幅に軽減されるからです。
紹介状の発行は、法律的な義務がないため、医師が拒否する場合も多くあります。しかし「セカンドオピニオンを受けたい」とだけ伝えれば、比較的すんなりと書いてもらうことができます。その際には、余計なことを言わないことも大切です。受診先が決まっていない場合には、「まだ決まっていません」と、正直に伝えましょう。
水野雅登『糖尿病の真実』(光文社新書)
もし、今現在、どんどん病状が進行している場合は、こうしたアクションをすぐに起こすことをおすすめします。現在の糖尿病の標準治療のガイドラインはすぐには変わりません。10~20年単位の年月がかかってしまいます。
糖質オフは数年前まで、「風変わりなダイエット法に過ぎない」という認識でしたが、その劇的な効果から、徐々に一つの効果的な治療法として認識が広がってきました。日本の学会も当初は「断じて認めない!」という姿勢でしたが、最近は態度を軟化させつつあります。実際、日本もアメリカも、糖尿病学会のトップの医師は、糖質オフへと舵を切りました。
本稿をお読みのあなたも、新しいガイドラインを待つ必要はありません。


「私とお姉ちゃんは生まれた時から皇室しか知らない」 佳子さまが紀子さまとの口論で漏らした不満

2021-09-27 11:00:00 | 日記

下記の記事はデイリー新潮オンラインからの借用(コピー)です。

無力だった親心
 前代未聞の“駆け落ち婚”を成就させようとしている眞子さま(29)と小室圭さん(29)。一途に意思を通されたプリンセスのお振る舞いが、より自由闊達な妹宮に引き継がれることはもはや避けられない。結果、秋篠宮家の威厳は失墜。将来の皇位継承すら危ぶまれているのだ。
 ***
 今月11日のお誕生日にあたり、紀子さまは記者会からの質問に「ご回答」を寄せられた。だが、宮内庁担当記者によれば、

「国民的関心事となっている眞子さまと小室さんとのご結婚については“長女の気持ちをできるだけ尊重したい”と述べるに留められました。一方、昨年のお誕生日会見で“結婚を認める”と発言された秋篠宮さまも小室さんへの不信感は払拭されていません。直接対面して金銭トラブルの解決を強く求められたものの、小室さんは身勝手な言い分に終始するばかり。小室さんが事前の相談なくアメリカ留学を決めてからは、眞子さまが自ら身を引くよう心を砕いてこられました」
 そんな親心も、一途な恋心の前では無力だったというべきか――。
 眞子さまと小室さんは、一般の結納にあたる「納采の儀」や、天皇皇后両陛下にお別れの挨拶をする「朝見(ちょうけん)の儀」といった儀式を一切行わずに結婚される見通しで、その後はニューヨークで新婚生活を始められるとみられている。
「私とお姉ちゃんは生まれた時からここしか知らない」
小室圭さん、眞子さま(他の写真を見る)
 皇室には異例ずくめの展開が待ち受けるが、実は、今回のご結婚を機に、眞子さまの妹・佳子さま(26)を巡る難題も浮上している。
「今月6日、共同通信が〈天皇ご一家と4宮家存続の構想〉という記事を配信しました。そこでは、皇族数の確保策として〈天皇陛下の長女愛子さまが天皇ご一家に残り、秋篠宮家の次女佳子さまが秋篠宮家を継ぐ〉構想があると報じられた。眞子さまの皇籍離脱を受けて、皇族数の確保が喫緊(きっきん)の課題となっているのは事実。このままでは、皇室会議における皇族代表の議員2名をはじめ、ご公務の担い手がいなくなってしまう。ただ、佳子さまは姉宮以上に“一般の方々と同じでありたい”というお気持ちが強いとされます。政府や有識者会議が、佳子さまの意向に沿った結論を出せるか懸念されているのです」(同)
 紀子さまは先の「ご回答」のなかで、佳子さまの今後にも触れられている。
〈結婚や将来につきましては、次女の意見をよく聞いて、家族の語らいを大事にしていきたいと思います〉
 しかし、ご家族の間では、穏やかならざる“語らい”も見受けられるようだ。
 かつて秋篠宮家に仕えた関係者が打ち明ける。
「紀子さまはお子さま方に厳しい物言いで干渉されていた印象があります。年頃になられたお子さま方にすれば、口うるさく感じられた面もあったのではないでしょうか。実際、紀子さまと佳子さまとのやり取りが、口論に発展することも珍しくありませんでした。それこそ、佳子さまが“お母さんは結婚するときに納得した上で皇室に入ったのでしょう。でも、私とお姉ちゃんはちがう。生まれた時からここしか知らないのよ”と強い口調で仰ったこともあったほど。佳子さまは、ご自身が“籠の鳥”も同然ではないかと仰りたかった。紀子さまはそれを覚悟された上で相思相愛となられた秋篠宮さまと結ばれました。しかし、宮家に生を享(う)けたご自分たちは、そもそも人生を選ぶことさえできない、と。佳子さまのお言葉を耳にした紀子さまは、それ以上反論なさることはなく、黙ってしまわれました」
 眞子さまご結婚騒動が幕引きを見る前から、秋篠宮家には新たな暗雲が垂れ込め始めていたのである。
いざ付き合いそうになると……」
 かねてより佳子さまは、「気丈なご性格で、ご両親にもはっきりと意見される」(同)ことで知られていたという。20歳のお誕生日を迎えられた際の会見でも、記者からご自身の性格について問われ、こう答えられた。
〈短所は、父と同じように導火線が短いところがありまして、家の中ではささいなことで口論になってしまうこともございます〉
 先の関係者が続ける。
「姉宮想いの佳子さまとしては、ご結婚に際して眞子さまがバッシングを浴び、ご両親からも賛同を得られないまま孤立していくことに胸を痛めておられた。“お姉さんをひとりにしてはいけない”とお考えなのでしょう。そうしたお気持ちが、ご両親への反発という形で表面化してしまうのは致し方ない部分もある」
 佳子さまは姉宮と同じICU(国際基督教大学)を卒業された一昨年3月に文書を発表し、次のような言葉を綴られている。
〈私は、結婚においては当人の気持ちが重要であると考えています。ですので、姉の一個人としての希望がかなう形になってほしいと思っています〉
 これはご自身の結婚観にも繋がる内容であろう。佳子さまも自由恋愛を経てのご結婚を望まれていることは間違いなさそうだ。
 佳子さまのご学友のひとりが振り返るには、
「佳子さまは学生時代から自由闊達な方で、世間知らずな印象はありません。時には、気になる異性の話を口にされることも。よく仰っていたのは“私がいいなと思う人がいても、いざ付き合いそうになると、いつのまにかいなくなってしまうの”ということでした」
 佳子さまと交際するとなれば、畏れ多いと感じた相手が距離を置くのも当然の反応と言える。自ら眞子さまに近づき、甘い言葉を囁いた小室さんが異様というわけだ。
脱「学習院」の教育方針が与えた影響
「お姉さまの場合は、ごく普通の女性として接してくれた小室さんに魅力を感じられたのでしょう。でも、それはかなり異例なことです。佳子さまは、ご自身が周囲にどう見られているかについてあまり理解されていないのではないか、と感じることはありました」(同)
 その意味で、秋篠宮家に顕著な脱「学習院」の教育方針もお子さま方に影を落としている。
「学習院女子中・高等科では、私の1学年上に紀子さま、2学年下に黒田清子さんがおられ、大学の同じ学科には秋篠宮さまが在籍されていました。それが当たり前の環境だったので周囲の生徒が騒ぐこともありませんでした」
 と語るのは、学習院OGでジャーナリスト・藤澤志穂子氏である。
「ただ、警備の面を含め、学習院側の皇族方への気遣いは並大抵ではありません。率直に申し上げて、秋篠宮家の方々はそれを当たり前の特権として享受しながら、さらなる自由を主張されているように映ってしまうのです。中高が女子校で“純粋培養”だっただけに、眞子さまも男女交際の“免疫”がなく、進学先のICUで出会われた小室さんと純愛を貫いてご結婚されるのでしょう。もちろん、誰にでも幸せな人生を送る権利はありますが、特殊な環境に支えられているご自身の立場を理解することもまた大事だと思います」


眞子さま結婚へのカウントダウンのさなかに、美智子上皇后さまのちょっとした変化

2021-09-27 10:00:00 | 日記

下記の記事はデイリー新潮オンラインからの借用(コピー)です。

洗って使える布製のマスクだったが
 9月16日、NHKが≪小室圭さん近く帰国の見通し 宮内庁 眞子さまと結婚発表準備≫と報じて以来、眞子さまと小室圭さんの結婚はカウントダウンに入った様相だ。そんな中の翌17日、上皇ご夫妻は高輪仙洞仮御所から皇居に出かけられた。
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「上皇さまはライフワークのために皇居内の生物学研究所、上皇后さまは宮内庁病院にお入りになりました。8月20日にも宮内庁病院で検診を受けられています。美智子さまは原因不明の微熱がずっと続いていらっしゃる。この日は歯科を受診されたようです」(皇室担当記者)
 美智子さまは白地に黒く細いボーダーの服をお召しになって、シルバーのキラキラ光るネックレスとイヤリングをつけられていたのだが、この日は別のものに注目が集まった。
「マスクが気になりましたね。美智子さまといえば、コロナ禍の最初の段階から洗って使える布製のマスクを使用されていて、手作りされていることも話題になりました。が、この日は不織布のサージカルマスクをお使いだったので、意外に思ったんです。予防効果が高いのは布製よりも不織布のマスクのほうだと、専門家が再三アナウンスしているので、それを意識されたのかもしれません」(上皇ご夫妻が皇居に入る際に居合わせた人)
美智子上皇后さまは、眞子さまの結婚は祝福されつつ、これまでの経緯や今後について悩まれてきたという(他の写真を見る)
もっぱらのお楽しみは“待ち合わせ”
 コロナ禍のもと、上皇ご夫妻にお仕えする上皇職は定期的に簡易PCR検査を行っているという。春先には擬陽性を示したケースもあり(のちに陰性と判明)、新型コロナ感染症の感染対策に関して、上皇職は宮内庁の中でももっとも細心の注意を払っているようだ。
 人と面会するときは大きなテーブルをはさんだり、職員との連絡にはメモを渡したりなど、入念に密を避ける対策を講じているという。
「娘である黒田清子さんともお会いになっていないようです。黒田さんもこのご時世で上皇ご夫妻を高輪に訪ねることを遠慮されているのでしょう。上皇ご夫妻はお庭のお散歩を日課としていらっしゃいますが、美智子さまのもっぱらのお楽しみは“待ち合わせ”。高輪仙洞仮御所の近くには学生時代のご友人が数人お住まいで、ご友人はマンションのベランダ、美智子さまは仙洞仮御所のお庭のあるポイントでタイミングを合わせ、手を振りあうことが楽しみなのだそうです」(宮内庁関係者)
バリアフリー化の改修工事を経て
 コロナ禍によって引き起こされた分断など、ともすると殺伐とした雰囲気が漂う中、なんとも微笑ましく、一服の清涼剤のようなエピソードだ。
 すでに報じられたようにさる9月6日、天皇皇后両陛下と愛子さまは住み慣れた赤坂御所から仮住まいである皇居・宮殿に移られ、20日には引っ越しを終えた御所に入られた。今後、赤坂御所は手すりをつけたり、エレベーターを設置したりするなど、バリアフリー化の改修工事を経て、上皇ご夫妻が高輪から移り住まれる。
 お代替わりに伴う引っ越しは完了へと向かっているが、眞子さまと小室圭さんの儀式をしない前代未聞の“駆け落ち婚”はこれからが山場。小室さんが来週早々にも帰国するという報道もあり、しばらくは皇室をめぐって騒然とした空気に包まれることだろう。上皇さまも美智子さまも少しでも穏やかにお過ごしになれればいいのだが──。
デイリー新潮取材班