清水駅から清水港を経て三保の松原へ向かいます。途中に天女の像がある「羽衣橋」を渡って、ひたすら海岸へ歩き続けました。寒い日中、しかも雲も厚く、この日 富士山は全く顔を見せませんでした。天女が羽衣をかけたとされる松は樹齢650年の老木で、段々と衰えてきているようでした。「羽衣伝説」は日本各地に存在しますが、ここ三保の松原には本当の天女がいました。そのエピソードを紹介しましょう。
《フランスのダンサー、エレーヌ・ジュグラリスは日本の「能」を研究する中で「羽衣伝説」を知り、これを題材にした作品「羽衣」を発表、彼女は来日して伝説の舞台となった三保の松原を訪れることも希望していたが、病気により叶うことなく35歳の若さで亡くなってしまう。臨終の際には夫に「せめて髪と衣装だけは三保の松原に」と遺言を残し、それに基づいて夫は彼女の衣装と遺髪を持って来日した。この秘話に共感した地域住民により、1952年にエレーヌの功績を称え「エレーヌの碑(羽衣の碑)」が完成、その碑の袂には彼女の遺髪が納められている》
この日清水駅から三保の松原まで、約12kmの行程でした。
《フランスのダンサー、エレーヌ・ジュグラリスは日本の「能」を研究する中で「羽衣伝説」を知り、これを題材にした作品「羽衣」を発表、彼女は来日して伝説の舞台となった三保の松原を訪れることも希望していたが、病気により叶うことなく35歳の若さで亡くなってしまう。臨終の際には夫に「せめて髪と衣装だけは三保の松原に」と遺言を残し、それに基づいて夫は彼女の衣装と遺髪を持って来日した。この秘話に共感した地域住民により、1952年にエレーヌの功績を称え「エレーヌの碑(羽衣の碑)」が完成、その碑の袂には彼女の遺髪が納められている》
この日清水駅から三保の松原まで、約12kmの行程でした。
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