連載小説「六連星(むつらぼし)」第87話
「首相官邸を取り囲む、路上のデモ行進」
「首相官邸前の歩道が、ついに燃え始めた!」
亜希子から届いたメールの冒頭は、その熱い一文から始まっていました。
「大飯原発の再稼働を許すな。原発をなくそう!」と、インターネットのツイッターに
一人の青年が提言したことから、首相官邸前での抗議行動は始まりました。
この動きは、時と共にやがて大きなうねり見せはじめます。
さらに、政府主導による大飯原発再稼働の画策が現実味を帯びてくると
抗議行動の波は、さらなる加速と成長ぶりを見せるようになります。
行動を呼びかけているのは、「首都圏反原発連合」を名乗る有志です
140字以内の短文で情報をやりとりするツイッターで、参加を呼びかけています。
首都圏反原発連合と「TwitNoNukes(ツイットノーニュークス)」は、
後になってから、それぞれブログも開設しました。
ツイッターを利用している人が、同意をして「ツイートボタン」を押しさえすれば
即座に案内が拡散できるというシステムもつくりだしました。
こうした道を辿りながら、盛り上がりを見せてきた抗議活動は、
5月にはいると最初の週の呼びかけで、ボタンを押した人は5700人を越え、
デモの参加者は、4000人を越えるまでに発展をします。
熱気をともない自然発生的に集まってきた人たちは、口々に怒りをこめて
「大飯原発の再稼働は即時やめよ」「日本の未来を脅かす暴挙を首相は即刻やめよ」
の大シュピレヒコ―ルを、毎週末ごとに繰り返すようになりました
自発的に参加した一人ひとりがさらに感動を込めて、ツイートを重ねることで、
自然発生的に広がったこうした抗議の波は、ひるむことなく、
さらなる広がりぶりをみせています。
「それはまた、実に平和的で、実に美しいデモです」と亜希子はさらに文章を続けます。
このデモの集まりは政党や労組などが組織的に動員したものではなく、
知らない者同士が一つの目的に向かって、ツイッタ―の呼びかけに応え、それぞれの
想いを胸に、三々五々と集まって来たものです。
「原発反対」や「大飯の再稼働を許すな」を叫ぶ声には、実に激しいものが有ります。
が、同時にこの大勢の人たちは、実に美しく整然と行動をします。
本来ならば、デモの参加者とそれを取り締まる警察官との間で、暴力沙汰が発生をしても
おかしくないほどの、圧倒的な人数が集まっているデモの隊列です。
ところがこのデモの参加者たちは、警察の指示におとなしく従って、常に整然と行動をします。
立ち止まると渋滞するから歩き続けてくださいと、警官がマイクで注意を喚起すると、
デモを主導する者たちは、警察の指示を守るように呼びかけます。
参加者たちもそれを守り、粛々と行動を展開します。
「こんなにも平和的でかつ美しいデモは、
世界ひろしといえども、おそらく日本だけの出来事だと思います。
しかし、デモ隊の本来の主張は、きわめて過激です。
平和な日本の未来のために、すべての原発の即時の廃棄を求めています。
さらには、大飯の再稼働を目論む、野田政権の退陣すらも大きな声で要求をしています。
主導者が存在をしていないデモや、特定の政党や組織が主導していないこうしたデモが、
果たして政治を動かせるかどうかは、今のところは不明です。
しかし、このあまりにも美しく整然とした抗議活動の波は、すでに決して
止めることが出来ない社会現象になりました。
遂に昨日は、官邸前のデモの参加者が1万2000人を越えました。
拡散のボタンを押した人数もすでに、8600人を越えています。
この勢いは、とどまるところを知りません。
今週末には、2万人を越えるデモが予想をされています。
あなたも是非、参加をしてください。
山本さんの遺骨を持って、若狭へ行くそうですが、
私たちが、首相官邸の前から最大限の敬意を持ってあなたを送り出したいと考えています。
多くの方が、いま貴方が書いている「原発労働者の記録より」の読者たちです。
このツイッタ―から始まった反原発のうねりは、今や大きな社会現象になりました。
あなたの若狭への出発点は、まさに大飯原発の再稼働に反対をしている、
この官邸前の歩道の上だと、私は信じています。
勇気を持って、今週末に、官邸前の歩道へきてください。
2万人を越える人たちが、あなたを若狭へ送り出してくれるでしょう。
みんながひとつの希望を求めて、ここへ集結をしてくるのです
響。原発反対を力強く訴えているあなたの作品は、
みんなが心から求めている、たたかうための希望の象徴になりました。
あなたの行動は、おおくの人々の共感を生み、
大飯原発へのさらなる連帯も生み出していくと思います。
笑顔でやってきてください。
官邸前の歩道の上で、わたしたちは再び出会いましょう!」
亜希子からのメールを読み終えた響きが、卓上のカレンダーに目を走らせています。
今週の金曜日までは、後2日。
亜希子は、金曜日の午後6時に官邸前の路上で会いましょうと、
自らのメールを締めくくっていました。
(官邸前の、抗議のデモから若狭へ旅立つ・・・・
まったく、想像もしなかったし、思ってもいない新しい展開だ。
だいいち、大飯原発の再稼働に反対をする風潮と行動が、
それほどまで盛り上がっていたなんて、私は全く今まで気がつかずにいた。
そういえば、私の小説の掲示板にも、なにやらそんな書き込みが有った。
ツイッターで暴動や革命の行動が起こるなんて、アラブやアフリカだけかと思ったら
日本でも、それは現実に動き始めていたんだ・・・・)
大阪市長の橋本氏が、この夏の電力ひっ迫時に限って大飯原発の再稼働を
容認するという発言を経てから、民主党・野田政権による原発の擁護と再稼働の画策は
にわかに活気づき、再稼働を急ぐ動きも急展開を見せはじめました。
こうした政府や関西電力の動きに反発をして、反対派によるデモや座り込みなどが、
各地で、散発的に、かつ小規模で発生をしはじめました。
おおくのマスコミが無視をするという、異常なほどの報道規制を敷いている中、
それをあざわらうかのように、抗議行動は週を追うごとの過熱ぶりを見せます。
4月から5月にかけて、ツイッタ―によって集まってきた人々により、
自然発生的な路上デモは、ついに毎週末ごとに本格的に首相官邸を取り巻くようになります。
その規模は週ごとに増え続け、先週末にはついに1万2千人を越え、
さらに拡大をしていく気配を濃厚に見せ続けています。
その前に、響には片付けるべき仕事が待っています。
遺品となった書きかけのノートとボイスレコーダの膨大な資料を整理して、
これまで書き綴ってきた、原発労働者・山本の物語をまとめあげる作業が待っています。
(2日間。私はこれを書きあげてから、山本さんとの約束を果たすために、
首相官邸の路上から、若狭に向かって旅に出る。
もうそのプロセスは、すっかりと出来あがってしまったようだ
それで何かが変わるというのなら、私は喜んで、その第一歩目を、
勇気を持って踏み出そう)
亜希子への返信メールを書き終えてから、
響が編集中の、山本のボイスレコーダーを手にしました。
(山本さんとの約束を果たすということは、
日本から、すべての原発を廃棄していくという困難な事業のために、
私が立ちあがるという事を、意味している。
私は、そのために・・・・さらに献身的に、さらに高い志をしっかりと掲げて、
それらを成し遂げるために、勇気を持って歩きだす必要がある。
反対行動にすでに立ちあがっていた人たちが、
私のしらないところで、こんなに沢山いたなんて、
私は、そのことさえ、初めて知った。
静かに、美しく、そして整然と、官邸前ですでに闘いが始まっていたなんて。
今日の今まで、私はまったく知らずにいたんだ・・・・
また、亜希子さんに、私が進むべき道を教えてもらった。
この繋がりを大切にしよう。
私はまた、希望をひとつ手に入れた!)
山本が残したボイスレコーダーには、
佐賀県にある玄海原子力発電所で働いていた時に、はじめて経験をしたという、
炉心内での作業の様子が克明に残されています。
それはまだ山本が、原発に従事をしてまだ間もない時期での体験談でした。
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/
「首相官邸を取り囲む、路上のデモ行進」
「首相官邸前の歩道が、ついに燃え始めた!」
亜希子から届いたメールの冒頭は、その熱い一文から始まっていました。
「大飯原発の再稼働を許すな。原発をなくそう!」と、インターネットのツイッターに
一人の青年が提言したことから、首相官邸前での抗議行動は始まりました。
この動きは、時と共にやがて大きなうねり見せはじめます。
さらに、政府主導による大飯原発再稼働の画策が現実味を帯びてくると
抗議行動の波は、さらなる加速と成長ぶりを見せるようになります。
行動を呼びかけているのは、「首都圏反原発連合」を名乗る有志です
140字以内の短文で情報をやりとりするツイッターで、参加を呼びかけています。
首都圏反原発連合と「TwitNoNukes(ツイットノーニュークス)」は、
後になってから、それぞれブログも開設しました。
ツイッターを利用している人が、同意をして「ツイートボタン」を押しさえすれば
即座に案内が拡散できるというシステムもつくりだしました。
こうした道を辿りながら、盛り上がりを見せてきた抗議活動は、
5月にはいると最初の週の呼びかけで、ボタンを押した人は5700人を越え、
デモの参加者は、4000人を越えるまでに発展をします。
熱気をともない自然発生的に集まってきた人たちは、口々に怒りをこめて
「大飯原発の再稼働は即時やめよ」「日本の未来を脅かす暴挙を首相は即刻やめよ」
の大シュピレヒコ―ルを、毎週末ごとに繰り返すようになりました
自発的に参加した一人ひとりがさらに感動を込めて、ツイートを重ねることで、
自然発生的に広がったこうした抗議の波は、ひるむことなく、
さらなる広がりぶりをみせています。
「それはまた、実に平和的で、実に美しいデモです」と亜希子はさらに文章を続けます。
このデモの集まりは政党や労組などが組織的に動員したものではなく、
知らない者同士が一つの目的に向かって、ツイッタ―の呼びかけに応え、それぞれの
想いを胸に、三々五々と集まって来たものです。
「原発反対」や「大飯の再稼働を許すな」を叫ぶ声には、実に激しいものが有ります。
が、同時にこの大勢の人たちは、実に美しく整然と行動をします。
本来ならば、デモの参加者とそれを取り締まる警察官との間で、暴力沙汰が発生をしても
おかしくないほどの、圧倒的な人数が集まっているデモの隊列です。
ところがこのデモの参加者たちは、警察の指示におとなしく従って、常に整然と行動をします。
立ち止まると渋滞するから歩き続けてくださいと、警官がマイクで注意を喚起すると、
デモを主導する者たちは、警察の指示を守るように呼びかけます。
参加者たちもそれを守り、粛々と行動を展開します。
「こんなにも平和的でかつ美しいデモは、
世界ひろしといえども、おそらく日本だけの出来事だと思います。
しかし、デモ隊の本来の主張は、きわめて過激です。
平和な日本の未来のために、すべての原発の即時の廃棄を求めています。
さらには、大飯の再稼働を目論む、野田政権の退陣すらも大きな声で要求をしています。
主導者が存在をしていないデモや、特定の政党や組織が主導していないこうしたデモが、
果たして政治を動かせるかどうかは、今のところは不明です。
しかし、このあまりにも美しく整然とした抗議活動の波は、すでに決して
止めることが出来ない社会現象になりました。
遂に昨日は、官邸前のデモの参加者が1万2000人を越えました。
拡散のボタンを押した人数もすでに、8600人を越えています。
この勢いは、とどまるところを知りません。
今週末には、2万人を越えるデモが予想をされています。
あなたも是非、参加をしてください。
山本さんの遺骨を持って、若狭へ行くそうですが、
私たちが、首相官邸の前から最大限の敬意を持ってあなたを送り出したいと考えています。
多くの方が、いま貴方が書いている「原発労働者の記録より」の読者たちです。
このツイッタ―から始まった反原発のうねりは、今や大きな社会現象になりました。
あなたの若狭への出発点は、まさに大飯原発の再稼働に反対をしている、
この官邸前の歩道の上だと、私は信じています。
勇気を持って、今週末に、官邸前の歩道へきてください。
2万人を越える人たちが、あなたを若狭へ送り出してくれるでしょう。
みんながひとつの希望を求めて、ここへ集結をしてくるのです
響。原発反対を力強く訴えているあなたの作品は、
みんなが心から求めている、たたかうための希望の象徴になりました。
あなたの行動は、おおくの人々の共感を生み、
大飯原発へのさらなる連帯も生み出していくと思います。
笑顔でやってきてください。
官邸前の歩道の上で、わたしたちは再び出会いましょう!」
亜希子からのメールを読み終えた響きが、卓上のカレンダーに目を走らせています。
今週の金曜日までは、後2日。
亜希子は、金曜日の午後6時に官邸前の路上で会いましょうと、
自らのメールを締めくくっていました。
(官邸前の、抗議のデモから若狭へ旅立つ・・・・
まったく、想像もしなかったし、思ってもいない新しい展開だ。
だいいち、大飯原発の再稼働に反対をする風潮と行動が、
それほどまで盛り上がっていたなんて、私は全く今まで気がつかずにいた。
そういえば、私の小説の掲示板にも、なにやらそんな書き込みが有った。
ツイッターで暴動や革命の行動が起こるなんて、アラブやアフリカだけかと思ったら
日本でも、それは現実に動き始めていたんだ・・・・)
大阪市長の橋本氏が、この夏の電力ひっ迫時に限って大飯原発の再稼働を
容認するという発言を経てから、民主党・野田政権による原発の擁護と再稼働の画策は
にわかに活気づき、再稼働を急ぐ動きも急展開を見せはじめました。
こうした政府や関西電力の動きに反発をして、反対派によるデモや座り込みなどが、
各地で、散発的に、かつ小規模で発生をしはじめました。
おおくのマスコミが無視をするという、異常なほどの報道規制を敷いている中、
それをあざわらうかのように、抗議行動は週を追うごとの過熱ぶりを見せます。
4月から5月にかけて、ツイッタ―によって集まってきた人々により、
自然発生的な路上デモは、ついに毎週末ごとに本格的に首相官邸を取り巻くようになります。
その規模は週ごとに増え続け、先週末にはついに1万2千人を越え、
さらに拡大をしていく気配を濃厚に見せ続けています。
その前に、響には片付けるべき仕事が待っています。
遺品となった書きかけのノートとボイスレコーダの膨大な資料を整理して、
これまで書き綴ってきた、原発労働者・山本の物語をまとめあげる作業が待っています。
(2日間。私はこれを書きあげてから、山本さんとの約束を果たすために、
首相官邸の路上から、若狭に向かって旅に出る。
もうそのプロセスは、すっかりと出来あがってしまったようだ
それで何かが変わるというのなら、私は喜んで、その第一歩目を、
勇気を持って踏み出そう)
亜希子への返信メールを書き終えてから、
響が編集中の、山本のボイスレコーダーを手にしました。
(山本さんとの約束を果たすということは、
日本から、すべての原発を廃棄していくという困難な事業のために、
私が立ちあがるという事を、意味している。
私は、そのために・・・・さらに献身的に、さらに高い志をしっかりと掲げて、
それらを成し遂げるために、勇気を持って歩きだす必要がある。
反対行動にすでに立ちあがっていた人たちが、
私のしらないところで、こんなに沢山いたなんて、
私は、そのことさえ、初めて知った。
静かに、美しく、そして整然と、官邸前ですでに闘いが始まっていたなんて。
今日の今まで、私はまったく知らずにいたんだ・・・・
また、亜希子さんに、私が進むべき道を教えてもらった。
この繋がりを大切にしよう。
私はまた、希望をひとつ手に入れた!)
山本が残したボイスレコーダーには、
佐賀県にある玄海原子力発電所で働いていた時に、はじめて経験をしたという、
炉心内での作業の様子が克明に残されています。
それはまだ山本が、原発に従事をしてまだ間もない時期での体験談でした。
・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/