落合順平 作品集

現代小説の部屋。

赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (65)

2017-03-29 18:29:00 | 現代小説
赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (65)
 地震 雷 火事 親父



 閃光がはしる。走凄まじい雷鳴が、油断していた2人の頭上で炸裂する。
音に驚いた清子が、恭子の胸へ慌てて飛び込む。
間髪を入れず恭子も、耳をおさえ、清子の背中へ覆い被さる。


 『イテテ。乱暴だな2人とも。か弱いオイラが潰れちまうじゃねぇか・・・
重たいぞ。頼むから2人とも、おいらから離れてくれよ』
2人の重みをまともに受けたたまが、清子の胸の下で、必死にもがき続ける。


 『ごめんごめん。たま。だってさ。びっくりしたんだよ、突然だもの。
 ホントにごめん。大丈夫だったかい、お前?』



 『大丈夫なわけないだろう。
 か弱いオイラにBカップもどきと、Dカップが突然のしかかって来れば、、
 さすがに只じゃ済まない。
 イテテ。参ったなぁ。
 おまえらのおっぱいのせいで、おいら、骨折したかもしれないぜ』


 『それだけのことが言えれば、とりあえず無事の証拠だ、たま。
 昔から地震・雷・火事・親父というけど、やっぱり・・・突然の雷は、
 怖いものがあります』


 「よいしょ」身体を起こた恭子が、くにゃりと曲がってしまった
帽子のつばをもとへ直す。
清子の懐から鼻の頭にヒメサユリの花びらをつけたたまが、のそりと現れる。
『清子よう。おいらの鼻が、なんだか、甘美すぎる匂いでクラクラするぞ。
なんだろう。この初めて嗅ぐ、優雅な香水のような香りは・・・』
鼻息にあおられて、花びらがヒラリと濡れた地面へ落ちていく。



 犬は匂いを辿って獲物を見つける。猫は目と耳を使って獲物を捉える。
犬ほどではないが、猫の嗅覚も人と比べると、数万倍から数十万倍、
優秀と言われている。
事実。ネコは窒素化合物を含むニオイに敏感に反応する。
特にアンモニア臭が漂う腐った餌は、瞬時に嗅ぎ分ける。



 ネコは、腎臓や肝臓に多大な負担をかける身体の構造をしている。
毒素を分解するための内臓を、持っていないからだ。
そのためネコは、脂肪の中に含まれているかすかなニオイの中から、
自分の食べ物として適しているかどうかを、敏感に感知することができる。
鮮度を、一瞬のうちに嗅ぎ分ける。



 『食べられるかどうかは別にして、いまの匂いは、ヒメサユリです。
 おや。黄色い花粉が鼻の頭に着いていますねぇ。
 あはは。よく見れば体中、ヒメサユリの花粉が付いて、真っ黄色だ。
 さっき倒れた時、ヒメサユリの花を下敷きにしたようです。
 ヒメサユリには、気の毒なことをいたしました。
 うふふ。お前。黄色が1色増えたことで、いまは三毛猫ではなくて、
 四毛猫ですねぇ!』


 『よせよ。四毛はまずい、縁起でもねぇ。
 それよりさ。さっき言っていた地震、雷、火事、親父という順番はわかるが、
 なんで4番目に、親父が入るんだ?。
 昔のオヤジってのは、怖い存在だったと聞いた覚えはあるけど、
 なんで天災ばかりがならんでいる4番目に、その親父が入ってくるんだ』


 『そうだね。3番までは天災だけど、4つ目は確かに人間です。
 どうしてだろうね。あたしにもわかりません』


 「清子。それは人間のオヤジじゃなくて、台風のことだ。
 昔は台風のことを、大山風(おおやまじ)と呼んでいた。
 いつの頃からかそれを、「おやじ」と呼び始めた。
 だから、地震・雷・火事・台風という意味で、すべて天災を表しているの。
 昭和の時代に、カミナリ親父なんてのがいたわね。
 ずいぶん身勝手に威張り散らして、家族には、怖い存在だったようです。
 今は男もずいぶん軟弱化したので、そろそろ昔のように大山風(おおやまじ)と、
 直したほうがいいようです』

 
 『なんだぁ。やっぱり台風のことかよ。可笑しいと思っていたが、なるほどね』
ポツリとつぶやいたたまが、ピクリとヒゲの先端を震わせる。



 『何?。また、雷がやってくるの、たま?』清子がたまに顔を近づける。
その瞬間。真っ白いガスの空間に、眩しい閃光が走る。
『来る!』身構えた2人が、両耳を抑えて防御の姿勢をとる。


 2秒、3秒・・・・こくこくと時間が経過していく。
しかし、雷鳴は轟かない。
『おかしいですねぇ・・・』恐る恐る清子が顔を上げた瞬間。
油断を狙い済ませたかのように、大音響が、2人の真上から落ちてきた。


 「音速は今時期の今の温度で、毎秒340m。
 10秒以上かかっているから、雷は3キロから3、5キロの距離まで来ている。
 音が鳴るたび、雷は確実にここへ近づいている。
 ここまで到達するのは、もう、時間の問題かもしれないな・・・・」


 距離計算をした恭子が、額にじわりと、焦りの色を浮かべた。


(66)へ、つづく


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