落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(87) 裏路地の道産娘① 

2020-03-28 17:16:09 | 現代小説
北へふたり旅(87)  


 「札幌らしいグルメが食べたいですね」


 午後6時。夕食をさがしてホテルを出る。
駅南のここは札幌の中心部。しかしどこをみてもおおきなビルばかりで、
北海道の商業とビジネスの拠点ビルがやたらと目立つばかりで、
飲食店は見当たらない。


 「札幌グルメと言えば、北海道の美味がつまった海鮮丼。
 スープカレーにジンギスカン、札幌ラーメン・・・
 いろいろ思い浮かぶがここから見る限り、グルメの店はひとつもない」


 「ホント。目にはいるのはビルばかり。
 札幌の皆さんはいったい、どこで食事しているのでしょう?」


 ビルの通りから少し外れることにした。
最初の角を右へ曲がる。もちろん当てはない。ただの当てずっぽうだ。
曲がった途端「失敗したかな?」と後悔した。
前方に何もない。
ひとつ先の通りまで、ビルの裏通りがつづいているだけだ。
まぁいい。むこうの通りへ出れば何か有るかもしれない。
そうつぶやいて歩きはじめた。


 とちゅう、路地が有った。
妻が立ち止まり、路地をのぞきこむ。
「なんでしょうあれ。提灯と暖簾のようなものが見えます」
提灯と暖簾と言えば、居酒屋か呑み処だ。


 「こんな路地に呑み屋?。まさか・・・」


 車一台が通り抜けるのがやっとの細い路地。
ビルに取り囲まれ、ここだけ取り残されたようなさびしい空間。
その中ほどに、居酒屋らしい暖簾が見える。


 「ビルの谷間の取り残された細い路地。
 たしかに遠くから見る限り、揺れ具合が居酒屋の提灯のようだな」
 
 訪ねてみることにした。


 店先に屋号が書かれた藍染の暖簾が揺れている。


 「赤提灯と藍染の暖簾。まぎれもなく居酒屋の王道だ。
 北の都の札幌で、こんな奇跡の光景に出会えるとは思わなかった!」


 屋内に直接、風や光が入るのを防ぎ、目隠しとして使われてきた暖簾。
ごはん屋や居酒屋などでお客さんが出て行く時、肴をつまんで汚れた手を
ちょっと「暖簾」で拭いていく、そんな習慣があった。
そのためのれんが汚れている店ほど、「繁盛している店」と言われた。
閉店になるとまずのれんを片付けるので、出ていると「営業中」の合図になった。


 布の看板と言われる暖簾は、日本独特の物。
発祥は平安時代。
当初は、日差しをよける、風をよける、塵をよける、人目をよける、などを目的に
農村、漁村、山村の家々の開放部に架けられていた。
無機質な白無地や、色無地が主だった。


 メッセージが入るようになったのは、鎌倉時代以降から。
暖簾の真ん中に、さまざまな文様が描かれるようになった。
室町時代。商家が屋号や業種などを知らしめるメディアとして使いはじめた。


 「お、粋だねぇ。入り口に縄のれんまで下がっている。
 ますます気に入った。今夜はここで呑もう。
 店主の心意気が伝わって来た」


 ガラス戸をからりと開ける。
すかさず奥から女の子の、あかるい声が飛んできた。


 「いらっしゃいませ。
 お2人さんですね。どうぞお好きな席へお座りください」
 
(88)へつづく