家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症
Best Pract Res Clin Endocrinol Metab 2018; 32: 609-619
家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症(familial hypocalciuric hypercalcemia: FHH)は、カルシウム感受性受容体 (calcium sensing receptor)、G 蛋白サブユニット α11 (G-protein subunit α11)、アダプター関連蛋白複合体 2 シグマ 1 サブユニット (adaptor-related protein complex 2 sigma 1 subunit) の不活性化変異という 3 つの遺伝的機序によって高カルシウム血症を引き起こす。
他の疾患における高カルシウム血症が重大な合併症および死亡率を引き起こすのに対し、FHH は一般に良性の経過をたどる。FHH の診断ができないと、生化学的特徴がかなり重なっていることから、原発性副甲状腺機能亢進症(primary hyperparathyroidism: PHPT)と誤診され、不当な治療や手術を受けることになりかねない。
尿中カルシウム排泄量の測定は、PHPT と FHH の鑑別に大いに役立つが、一部の症例では重複がある。高カルシウム血症の初期評価では、24 時間尿中カルシウムおよびクレアチニンの測定を行うことが重要である。ふつう、無症状の高カルシウム血症患者において、尿中カルシウム濃度が低値~正常低値の場合には、FHH を考慮すべきである。
FHH による症候性高カルシウム血症の治療には、カルシウム受容体作動薬 (calcimimetric) のシナカルセト (cinacalcet) が使用されている。
1. はじめに
高カルシウム血症は、成人において頻繁にみられる生化学的異常である。治療せずに放置しておくと、時間の経過とともに根本的な病因や高カルシウム血症自体によって合併症が引き起こされることが多い。
原発性副甲状腺機能亢進症(primary hyperparathyroidism: PHPT)は、成人における高カルシウム血症のよくある原因である。1. 臓器障害が証明された場合、または 2. 患者の年齢が若く、長期な潜在的リスクが高いと考えられる場合に、しばしば外科的介入による根治が検討される。
現在の先進国における PHPT 患者の多くは、症状からではなく、血清カルシウムが日常診療の一環として検査されることによって診断される 。同様に、閉経後女性の骨粗鬆症スクリーニングによって発見される骨密度(bone mineral density: BMD)低下の二次的原因に対する評価の一環として、患者が PHPT の検査を受けることもある。したがって、このような方法で診断された患者は、PHPT の古典的な症状のすべてではないにしても、そのほとんどを欠いている。
それゆえ、無症候性高カルシウム血症の外来患者において、稀ではあるが考慮すべき重要な鑑別診断として、家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症(familial hypocalciuric hypercalcemia: FHH)がある。FHH を正しく診断することは、患者と患者の血縁者を適切に管理する上で重要な意味をもつ。
1970 年代初頭にこの臨床症候群が注目されるようになったとき、この病態を表すために作られた用語が家族性良性高カルシウム血症 (familial benign hypercalcemia) であった。
最初に報告された血統のひとつでは、罹患家族全員が尿中カルシウム排泄低下を伴う軽度の高カルシウム血症であった。プロブランドは 7 歳の男児で、頭痛の精査の過程で偶然、軽度の高カルシウム血症を発見された。彼はプレドニゾンで治療されたが、血清カルシウムの低下はみられなかった。追加評価として行った外科的検査で副甲状腺が正常であること、カルシウム注入によっても副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone: PTH)値を抑制できないことが明らかになった。食事からのカルシウム摂取量を増加させても尿中カルシウム排泄量は増加せず、カルシウム排泄を促進するループ利尿薬 (loop diuretics) のフロセミド (furosemide) を数日間投与しても、尿中カルシウム排泄量はわずかに増加するのみであった。家系を検討したところ、生化学的異常は常染色体優性遺伝パターンであることが明らかになった。
罹患している親族のうちの最高齢は 76 歳であり、無症候性高カルシウム血症および低カルシウム尿症というこの表現型は「良性」であると考えられるようになった。そのため、次第に認知されるようになったこの疾患を表す用語として、「家族性良性高カルシウム血症」がよく用いられるようになった。しかし、この型の高カルシウム血症のすべての患者が完全に良性の経過をたどるわけではないことが明らかになり、家族性高カルシウム尿性高カルシウム血症という用語が一般に用いられるようになった。
これらの初期の報告以来、カルシウム感知受容体 (calcium sensing receptor: CaSR) cDNA のクローニングや多くの家系の遺伝学的調査など、CaSR の理解が進み、3 つの異なる型の FHH の遺伝的基盤が明らかになった。これらの疾患はさらに生化学的、臨床的に特徴づけられ、多くの変異の分子生物学的、細胞生物学的側面が詳細に研究されてきた。様々な遺伝子型と表現型の関係が記述され、さらに、異なる障害の亜型がヒトにもたらす微妙な差異が明らかになってきている。また、FHH の科学的基盤の探求は、副甲状腺や腎臓だけでなく、カルシウム感知やミネラル代謝以外の組織における CaSR シグナル伝達経路についても新たな洞察をもたらした。これらの研究は、全く新しい研究分野を開拓し、いつの日か喘息、肺高血圧症、癌、アルツハイマー病、骨粗鬆症などの疾患に対する新しい治療法を生み出すかもしれない。
CaSR の不活性化と活性化の障害も、受容体活性を媒介する下流のタンパク質と同様に研究されてきた。CaSR の構成的活性化 (constitutive activation) の障害は、常染色体優性低カルシウム血症(autosomal dominant hypocalcemia: ADH)1 型と 2 型という 2 つの遺伝性副甲状腺機能低下症の原因を解明することにつながった。このように、臨床と基礎の研究者の協力によって、以前はあまり知られていなかった疾患が急速に理解されるようになった。
2. 遺伝とサブタイプ
FHH1 はほぼ完全浸透 (complete penetrance) であり、常染色体優性遺伝である。散発的に発生する新しい変異は、新しい発端者 (index case) となる症例の 15-30%にみられ、珍しいものではない。FHH には、FHH1, FHH2, FHH3 の 3 つの亜型または変異型が報告されている(図 1)。
図 1. カルシウム感知受容体とそのシグナル伝達経路の模式図
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6767927/figure/F1/
大半の症例は FHH1 であり、これは第 3 染色体上の CaSR のヘテロ接合性の不活性化変異によるものである。特定の CaSR 変異に関して、遺伝子型と表現型の強い相関は報告されておらず、CaSR には 200 以上の変異が報告されている(www.CASRdb.mcgill.ca)。染色体 19p13.3 上の領域に関与する変異のうち、G タンパクサブユニット α11 (G-protein subunit α11) をコードする GNA11 遺伝子の不活性化変異による場合は FHH2 に分類され、アダプター関連蛋白複合体 2 シグマ 1(adaptor-related protein complex 2, sigma 1: AP2σ)サブユニットをコードする AP2S1 遺伝子の不活性化変異による場合は FHH3 に分類される。これらの表現型は、FHH3 の一部の症例は症候性であるといういくつかの報告を除けば、一般的によく似ている。CaSR 変異陰性の FHH 症例の 13-22%が、ヘテロ接合性の AP2S1 p.R15 変異が証明された FHH3 に分類されている 。
G タンパク質サブユニット α11 が CaSR シグナル伝達の重要なメディエーターであることが分かっている。一方、異種細胞発現系 (heterologous cell expression system) を用いた検討では、A2Pσ は CaSR のシグナル伝達とトラフィッキング (trafficking) に影響を及ぼす CaSR のクラスリン依存性エンドサイトーシス (clathrin-mediated endocytosis) に関与していることが示されている。
さらに、細胞外カルシウムと CaSR の相互作用を阻害する後天性自己抗体が、CaSR に変異のない FHH 表現型を呈する患者で見つかっている。同様に、CaSR を活性化する抗体も、まれな後天性副甲状腺機能低下症の患者で同定されている。本稿の残りの部分では、FHH という用語は、血清カルシウム高値、尿中カルシウム排泄低値、PTH 非抑制の表現型を有する患者におけるあらゆるタイプのFHHを指す。遺伝が判明している場合は、FHH1、FHH2、または FHH3 と記す。
FHH が臨床疾患として報告された当時、非常にまれではあるが、しばしば高カルシウム尿症を伴う中等度から非常に重度の高カルシウム血症という非常に病的な病態が乳幼児および小児で報告されていた。この疾患は、新生児重症原発性副甲状腺機能亢進症(neonatal severe primary hyperparathyroidism: NSHPT)と呼ばれ、生後 1 週間で重篤な症候性高カルシウム血症(例えば、発育不全、脱水、脱灰骨格、胸郭変形、骨折、筋緊張低下、便秘、認知発達障害)を来すことを特徴とする。死亡率は高く、一般的に生存のために副甲状腺摘出術による外科的管理が必要である。典型的には、副甲状腺の過形成が認められる。しかし、軽症例では保存的に管理され、最終的には無症状になる例もある。
当初、NSHPT を発症したこれらの劇症児の親族 (kindred) を調査したところ、血縁関係にある両親の FHH と関連する症例があった。この観察から最終的に、NSHPT の一部の症例は、ヘテロ接合の CaSR 突然変異を持つ 2 人の両親からホモ接合の CaSR 突然変異が生じたという結論に至った。
他の症例、すなわち親は高カルシウム血症ではない症例は、(野生型 CaSR 対立遺伝子が 1 つ存在していても)副甲状腺の CaSR 機能を強く不活性させる散発性のヘテロ接合型 CaSR 突然変異に関連している。このような散発性ヘテロ接合体変異は、野生型 CaSR の機能に対してドミナントネガティブ作用を及ぼすと考えられている。他に、母体の血清カルシウムが胎児の血清カルシウムの調節に関与する可能性もある。すなわち、CaSR の機能が低下している胎児が母体の正常な細胞外液のカルシウム濃度に曝されると、胎児の副甲状腺過形成と PTH 過剰分泌が誘発される。この影響は出生後に徐々に減少するが完全には消失しないために出生後に著しい高カルシウム血症を来す。
他の CaSR 関連疾患(上述)としては、高カルシウム尿症を伴う ADH(ADH with hypercalciuria: ADHH)、または ADH 1 型 とバーター症候群 V 型をもたらす機能獲得型 CaSR 変異がある。同様に、GNA11 のヘテロ接合性の活性化変異は ADH 2 型をもたらす。ADH 1 型は ADH 2 型より症状が軽い。CaSR の変異と関連する表現型を表 1 にまとめた。
表 1. カルシウム感知受容体の変異と関連する表現型
3. FHH におけるカルシウム感知とその調節異常
1993 年にBrown、Hebert らによってウシの副甲状腺 CaSR cDNA は発現クローニング法により同定された。彼らの画期的な研究により、カルシウムだけでなく他の 2 価および 3 価の陽イオンも、G タンパク質依存性のシグナル伝達を引き起こす細胞外ファーストメッセンジャーとして作用しうること、そして CaSR cDNA を組み込んだ異種細胞にシグナル伝達応答性が付与されることが示された。
ウシの副甲状腺 CaSR は 1085 アミノ酸からなり、非常に大きな主に親水性の N 末端細胞外ドメイン(613 アミノ酸)、G タンパク質共役型受容体スーパーファミリーに特徴的な 7 つの膜貫通ドメイン(250 アミノ酸)、および大きな親水性の細胞内 C 末端尾部(222 アミノ酸)を持つ。
ヒト CaSR は、FHH を持つ 4 つの無関係な家系の連鎖解析により、第 3 染色体の長腕(3q21-q24)に位置することが示された。ヒト CaSR cDNA は 1078 アミノ酸をコードしており、ウシ CaSR と 93%の配列類似性がある。また、612 アミノ酸のN 末端細胞外ドメイン、250 アミノ酸の膜貫通ドメイン、比較的長い 216 アミノ酸の C 末端細胞内ドメインを持つ。
CaSR は多くの組織に広く発現しているが、全身のカルシウム恒常性に対する作用は、主に副甲状腺、腎臓、腸、および骨格における作用によって発揮される。
野生型 CaSR はホモ二量体(あるいは高次の多量体)として機能すると考えられている。
FHH の場合、1 つの野生型 CaSR ともう 1 つの変異型 CaSR のヘテロ二量体化が、副甲状腺と腎臓におけるカルシウム感知機能を変化させ、表現型を生じさせるようである。このヘテロ二量体は、FHH において血清カルシウム濃度の感知を変化させることが予想される。変異型 CaSR を含む受容体複合体は、血清カルシウムが軽度上昇しているにもかかわらず、PTH 分泌を効率的に遮断することができない。さらに、高カルシウム血症のシグナルがあるにもかかわらず、カルシウムを尿中に排泄することができない。そのため、軽度の高カルシウム血症が生じると考えられている。
CaSR 変異の中には、受容体は細胞内で合成されるものの、野生型 CaSR と比較して細胞表面での発現量が減少するものがある。この仮説は、哺乳類細胞に CaSR 遺伝子を組み込んだ発現系を用いた多くの研究から得られたものであるが、副甲状腺細胞や腎細胞における CaSR の発現とトラフィッキングについての知見は基づいていない。
細胞外液のカルシウム濃度に反応する副甲状腺細胞の挙動を説明する中で、カルシウム-PTH 分泌「セットポイント」という概念が発達した。これは、PTH 分泌が半減する細胞外カルシウム濃度のことである。NSHPT 患者から採取された副甲状腺細胞では、PTH 分泌に対する細胞外カルシウムの抑制効果に対する感受性が著しく低下していた。FHH においても、セットポイントが上昇することにより、カルシウムイオンと血漿 PTH 濃度との間の逆シグモイド関係が右方にシフトすると考えられている(図 2)。
図 2. 血漿カルシウム濃度と血漿 PTH 濃度との関係
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6767927/figure/F2/
正常人では、このセットポイントは 1.0-1.2 mmol/L(4.41-4.81 mg/dL)である 。FHH では、セットポイントの異常により、どの血漿カルシウム濃度でも血漿 PTH 濃度が高くなり、PTH を抑制するカルシウムの閾値が高くなる。
副甲状腺では、主に G タンパク質の Gq/11 ファミリーが CaSR のシグナル伝達を担っている。CaSR にカルシウムが結合すると、Gα サブユニットの解離が起こり、ホスホリパーゼ C-β(phospholipase C-β: PLC-β)が活性化される。
PLC-β は膜の構成成分であるポリホスホイノシチド (polyphosphoinositide) を加水分解してイノシトール三リン酸(inositol triphosphate: IP3)とジアシルグリセロール(diacylglycerol: DAG)を生成する。
IP3 は細胞内カルシウムの放出を刺激し、DAG はプロテインキナーゼ C(protein kiase C: PKC)を活性化し、最終的には分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(mitogen-activated protein kinase: MAPK)カスケードを活性化する。
これらの経路は共に、PTH 分泌、副甲状腺ホルモン前駆体 mRNA の安定性と遺伝子転写、副甲状腺細胞増殖、および腎尿細管カルシウム吸収を減少させる。
β-アレスチンタンパク質とアダプター関連タンパク質複合体 2(adoptor-related protein complex 2: AP2)は、クラスリン依存性エンドサイトーシスを介して CaSR の 内在化を促進することで、細胞表面における CaSR 発現量を決めていると考えられている(図 1)。
FHH では、腎における血清カルシウム濃度の感知および CaSR より下流の作用も異常である。この結果、臨床的には、血清カルシウム濃度が上昇しても尿からのカルシウム排泄が亢進しなくなり、低カルシウム尿症または尿中カルシウム濃度が不適切に正常となる。
CaSR は腎臓全体に発現している。腎カルシウム輸送の主要部位は、濾過されたカルシウムの約 25%の再吸収を担うヘンレループの太い上行枝(thick ascending limb: TAL)であることが分かっている 。細胞外液のカルシウム濃度に対する感受性が高いとされるその他の部位としては、近位尿細管、集合管、および傍糸球体装置 (juxtaglomerular apparatus) がある。これらの部位における CaSR の作用はさまざまで、PTH および (PTH の細胞内セカンドメッセンジャーである) cAMP の作用に拮抗して、1. レニン分泌の抑制、2. リン酸排泄の抑制、および 3. カルシウム再吸収の抑制などがある。
腎 CaSR は、血清カルシウム濃度が高い場合に活性化され、アクアポリン-2 (aquaporin-2) の発現低下を介して尿濃縮能を低下させる。このため、健常者では高カルシウム血症に対して TAL におけるカルシウム排泄が増加するのに対し、FHH では CaSR の不活性化変異のためにこれが障害される。FHH では、カルシウムの尿細管再吸収が高く、カルシウムに対する腎閾値が上昇する。これにより、PTH 高値との相乗効果で血清カルシウム濃度が上昇する。
CaSR は骨においては骨芽細胞と破骨細胞の両方に広く発現している。in vitro で高い(生理的レベルを超える)細胞外液カルシウム濃度によって CaSR を刺激すると、破骨細胞を介した骨吸収活性が抑制される。in vivo における骨芽細胞 CaSR の役割は、骨形成の刺激であるようで、これはマウスの初期骨発生において証明されているが、成体やヒトにおける役割はあまり明らかではない。
FHH1 のような変異型 CaSR の骨格への影響は不明である。このような個体では、PTH 濃度が高値~正常高値であり、骨芽細胞や破骨細胞における CaSR の不活性化変異の影響が相殺される可能性がある。FHH の患者は一般的に、骨代謝に有意な変化はなく、骨密度は正常であると報告されている。
4. 疫学
FHH の有病率を推定することは難しい。その理由は罹患者の多くが無症状のまま発見されないからである。FHH 症例の大部分(~65%)は CaSR 変異を有する FHH1 と診断される。CaSR 変異を認めない場合は、さらに塩基配列から GNA11 および AP2S1 変異が検索され、FHH2 や FHH3 が診断される。これまでの集団ベースの研究では、FHH の有病率はおよそ 1/10,000~1/100,000 の範囲とされている。PHPT の非定型型と考えれば、FHH は PHPT 症例の約 2%を占める。PHPT が疑われたが、副甲状腺腺腫を認めなかった患者のうち、9-23%が最終的に FHH であったと報告されている。したがって、FHH は無症状で診断されないこともあり、また臨床症状も多様であるため、実際には報告されているよりも有病率が高いと考えられる。
5. 診断
5-1. 臨床症状
FHH は典型的には無症状である。しかし、医療機関を受診した患者の中には、いくつかの臨床的に意味のある症状を認めるものもいるようである。発端者とその近親者を対象とした初期の解析では、軽度の高カルシウム血症を伴う FHH(当時は遺伝子型不明)患者は、血清カルシウム濃度が正常な近親者よりも、筋力低下、疲労、関節痛、口渇増加の症状を多く報告していた。層別解析を行ったところ、これらの症状は主に発端者に認められた。
他の症例報告では、急性膵炎、軟骨石灰化症 (chondrocalsinosis)、や腎結石 (nephrolithiasis) が報告されているが、別のグループは FHH と膵炎の関連性に異議を唱えている。
FHH の遺伝的基盤の特徴が明らかになるにつれて、ある種の FHH 変異体(特に FFH3)は、より症候性の高カルシウム血症を引き起こし、おそらく個体によっては低リン血症をともなう場合には骨量の減少や骨軟化症さえも引き起こすと考えられている。より多くの個体で遺伝子配列が決定され、注意深い臨床観察が行われれば、表現型の違いがより明らかになるであろう。
副甲状腺腺腫も FHH ではほとんど報告されていない。FHH のいくつかの症例では副甲状腺腫大は認めるものの、その腫大は PHPT ほど顕著ではない。遺伝学的研究が行われるようになる以前は、FHH を示唆する臨床的特徴として、常染色体優性遺伝パターンに従う高カルシウム血症の家族歴、副甲状腺摘出術後の再発性または持続性の高カルシウム血症があった。
5-2. 診断のための検査
まず高カルシウム血症の標準的な生化学的評価を行い、24 時間尿中カルシウムおよびクレアチニンの採取と解釈に重点を置く。
典型的には、FHH 患者では、3.0 mmol/L(1 2 mg/dL)以下の高カルシウム血症が終生認められ、尿中カルシウム排泄量は不適切に低い。血清リン酸値はしばしば低下し、intact PTH 値は通常、患者の 80%において不適切に正常であり、残りの患者では軽度上昇している。25-(OH)ビタミン D 濃度は正常であり、カルシトリオール値は正常または上昇している。腎機能は保たれ、軽度の高マグネシウム血症がみられることがある。
FHH と PHPT はかなり重複しているため、血清生化学検査はこれら 2つの疾患の鑑別には有用ではないかもしれない。
24 時間蓄尿検査から、FHH と PHPT の鑑別を助けるいくつかの指標が提案されている。例を挙げると、1. 直接測定した 24 時間腎カルシウム排泄量、2. 24 時間腎カルシウム/クレアチニン排泄比(24 時間尿中カルシウム排泄量/24 時間尿中クレアチニン排泄量として算出)、3. 腎カルシウム/クレアチニンクリアランス比(calcium/creatinine clearance ratio: CCCR)[(24 時間尿中カルシウム/血漿カルシウム)/(24 時間尿中クレアチニン/血漿クレアチニン)として算出]などがある。
これらの指標のうち、CCCR は FHH の診断に最も有利である。CCCR についてはさまざまなカットオフが報告されており、0.01 未満がカットオフとして良好そうであるが、FHH 患者の 20-35%はこのポイントを超える比率を示す。CCCR が 0.020 以下の全患者に対して CaSR 遺伝子の突然変異を検査することも提案されており、これにより 98%の診断感度が得られる。
この問題に関してはコンセンサスは得られておらず、臨床医は正確な診断を下すために生化学的データ、患者や家族のデータのすべてを利用しなければならない。
FHH では、ふつう超音波によって副甲状腺を認めない。FHH 患者の副甲状腺を手術で摘出した場合、組織学的には正常または過形成の副甲状腺組織であり、正常よりやや重いと報告されている。
高カルシウム血症の若年患者の精査では、遺伝子検査を考慮すべきである 。FHH が疑われる症例では、PHPT 症例と臨床的・生化学的にかなり重複していることから、特に手術を考慮する場合には、遺伝子検査を考慮すべきである。
6. 予後と治療
FHH の大半の症例は治療を必要とせず、合併症の多くは不適切な外科的介入の結果である。FHH 患者における高カルシウム血症に関連した合併症の報告はあるものの、少数である。
一方、最近 FHH における内科的治療の可能性については、分かってきたことがある。FHH は通常無症候性であるため、従来は経過観察が主であったが、最近の文献では、治療が必要な場合には、カルシウム受容体作動薬 (calcimimetric) が有用である可能性が示唆されている。
特に、症例報告のレビューでは、FHH1、FHH3、NSHPT、および再発性膵炎を伴う FHH 症例を含む FHH の 16 例中 14 例(88%)において、カルシウム受容体作動薬による治療が奏功したことが示されている。シナカルセト (cinacalcet) による治療は、FHH2 の 1 例および FHH3 の 3 例でも報告されており、血清カルシウム濃度の正常化に成功している。しかし、22q11.2 欠失症候群を併発した青年の FHH3 の症例では、シナカルセトが低カルシウム血症の症状を誘発したと報告されているため、注意が必要である。
副甲状腺亜全摘術は通常効果がないため、勧められない。副甲状腺全摘術は、永久的な副甲状腺機能低下症となるため、NSHPT のような最も重症の症例にのみ勧められる。
7. 今後の研究
CaSR cDNA のクローニング以来の 25 年間で、カルシウム濃度の感知およびシグナル伝達経路に関する知識は大きく広がった。副甲状腺や腎臓以外の組織におけるカルシウムシグナル伝達経路に関してはさらなる研究が必要である。さらに、腎臓における CaSR の発現部位と役割については完全には明らかにされていない。
今後は、FHH 患者と PHPT 患者で CCCR が重複する理由を分子レベルで調べる必要がある。動物実験により多くの重要な機序が解明されているが、マウスにおける所見は必ずしもヒトにおける所見と相関していない。
さらに、骨格における CaSR の役割もまだ研究中である。骨組織や特定の骨細胞集団における CaSR を標的とする治療法が開発される可能性があるかもしれない。
PHPT 、腎不全にともなう二次性副甲状腺機能亢進症、副甲状腺がんにおいてはカルシウム感知受容体作動薬は有用である。程度の差はあるが、カルシウム感知受容体作動薬は FHH および NSHPT の患者でも有効であることが報告されている。
FHH および NSHPT はまれであるため、特定の遺伝子変異に関連したこれらの薬剤の対照試験を今後実施することは困難であろうが、小規模な症例集積研究や長期的な予後に関する症例報告は、臨床的に意味のある症状を有する FHH 患者にとって有益であろう。
8. 要約
FHH は遺伝的に不均質な疾患であり、通常は無症状の軽度の高カルシウム血症の鑑別診断となる。臨床所見と生化学所見については PHPT とのオーバーラップが大きく、鑑別を困難にしている。このことは、外科的治療が奏功しなかった後に初めて FHH と診断された患者がいることからも明らかである。
尿中カルシウム排泄量が不適切に低いことは、FHH が原因である可能性を示す手がかりである。特に家族歴から FHH が示唆される症例では、CaSR 遺伝子変異の検査を考慮すべきである。
FHH が強く疑われる症例で、CaSR の塩基配列に変異を認めない場合は、GNA11 または AP2S1 のに変異がある可能性を検討するべきである。一般に、FHH の合併症は少ないが、重篤な症状や再発性膵炎を伴う症例など、一部の症例ではカルシウム受容体作動薬が適応となることがある。副甲状腺全摘術は避けるべきであるが、まれに副甲状腺全摘術が適応となることがあり、NSHPT では救命的な治療である。
元論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6767927/