メトホルミンに関連する乳酸アシドーシスについての総説
Metabolism 2016; 65: 20-29
メトホルミンは 2型糖尿病の治療選択肢になったが、一部の患者では乳酸アシドーシスのリスクのために投与されていないかもしれない。メトホルミンを含むビグアナイドは主に肝臓のミトコンドリア呼吸鎖を阻害することにより、血漿濃度に依存して血漿乳酸濃度を上昇させる。
メトホルミン関連乳酸アシドーシス (metformin-associated lactic acidosis: MALA) が起こるにはふつう、1. 血漿メトホルミン濃度の上昇 (腎機能が低下している患者で起こる) と 2. 乳酸産生を亢進させる、あるいは乳酸クリアランスを低下させるイベント (肝硬変、敗血症、低灌流など) が必要である。
後者のイベント発生は予測が難しく、MALA の死亡率は最大で 50% (!) であるため、メトホルミンの使用は中等度~重度の腎機能障害がある患者では禁忌である。しかし、乳酸アシドーシスの罹患率は <10人/10万人·年と非常に低い。
複数の研究で、現在のメトホルミン使用不可とする腎機能のカットオフは保守的過ぎであり、相当な数の 2型糖尿病患者がメトホルミン服用による恩恵を逸していると指摘されている。
一方で、メトホルミンが糖尿病治療の第一選択薬として成功しているのは、乳酸アシドーシスのリスクが高くならないように適用を厳しくしてきたことに依っているかもしれない。実際、初期のビグアナイド薬は乳酸アシドーシスのリスクのために市場から撤退した。
現在開発中のメトホルミン徐放製剤は、臨床試験の結果待ちではあるが、腎機能が低下した患者の治療選択肢になるかもしれない。
1. 背景
メトホルミンは世界で最も多く処方されている経口血糖降下薬であり、多くの学会で新規 2型糖尿病患者の第一選択薬とされている。世界でおよそ 50年の臨床での使用経験が蓄積されており、メトホルミンは一般には安全に使用できると見なされている。最も多い副作用は下痢、嘔気などの消化器症状であり、下痢、嘔気よりは少ないが嘔吐もある。もともと消化器症状がある患者ではメトホルミンの忍容性は低い。
メトホルミンは腎不全あるいは肝不全患者、超高齢者、うっ血性心不全などの循環不全では乳酸アシドーシスのリスクが高くなるので禁忌である。
メトホルミン関連乳酸アシドーシス (metformin-associated lactic acidosis: MALA) は非常に稀 (罹患率 <10/10万人·年) であるが、症例報告は続いており、死亡率は 30-50%と高い。
米国で最初にメトホルミン (商品名: Glucophage) を承認した際には、新薬承認申請 (New Drug Application: NDA) におけるメトホルミンについての安全性とリスク管理では MALA は、1. メトホルミンの蓄積 (特に慢性腎臓病あるいは急性腎障害の患者で認める)、2. 乳酸の過剰産生 (呼吸不全および循環不全による組織への酸素供給不足による)、3. 乳酸クリアランスの低下 (肝障害による糖新生抑制) がある場合に起こりやすい事実を強調していた。そのため、現在のメトホルミンの添付文書では乳酸アシドーシスについての注意喚起が記載されている。
2. ビグアナイドと乳酸アシドーシス
メトホルミン、フェンホルミン、ブホルミンは血糖降下薬のクラスのひとつであるビグアナイドに分類され、1950年代に 2型糖尿病の治療薬として開発された。しかし、現在ではほとんどの国でメトホルミンだけが承認されている。
フェンホルミンは 1950年代に米国および欧州で承認された。この時点では、メトホルミンとブホルミンは欧州でのみ承認されていた。1970年代終わりまでにはフェンホルミン使用による乳酸アシドーシスのリスク増加が明らかになり、ほとんどの国でフェンホルミンは市場から撤収された。フェンホルミンよりも使用頻度は少なかったが、ブホルミンも乳酸アシドーシスのリスクについての懸念のため市場から撤収された。
フェンホルミンは乳酸アシドーシス発症と強く関連したため、一部の製薬会社は Glucophage (メトホルミン) の新薬承認申請がLipha Pharmaceuticals によって米国食品医薬品局 (Food and Drug Administration: FDA) に提出され、最終的に 1995年に承認されるまで、メトホルミンの新薬承認の交渉をすることに及び腰だった。承認後、Glucopharge は Bristol-Myers Squibb によって上市された。
フェンホルミンが高乳酸血症を来すのとは異なり、現在の添付文書に記載されている治療量でメトホルミンを使用した場合、空腹時および食後の乳酸値はわずかに上昇 (通常は <1-2 mmol/L) するか、変わらないかである。メトホルミンに関連する乳酸アシドーシスの罹患率はフェンホルミンの場合の 1/20 以下である。基礎研究では、血漿中の乳酸濃度と乳酸アシドーシスはビグアナイドの用量と血漿濃度と関連しており、フェンホルミンが最も乳酸濃度を上昇させやすく、ブホルミン、メトホルミンがそれに次ぐと指摘されている。
3. メトホルミンの薬物動態と代謝
メトホルミンが経口投与されるとおよそ 40%が上部小腸 (十二指腸および上部空腸) で、10%未満が回腸および結腸で吸収される。吸収されなかったメトホルミンは腸管粘膜に集積し、最終的に糞便中に排出される。現在のメトホルミンの生物学的利用能 (bioavailabivity) は 50-60%である。(吸収された) メトホルミンは (血漿蛋白と) 結合せずに循環し、代謝を受けずに尿中に排泄される。メトホルミンの血中濃度が >5 mg/L を越えると、腎排泄が遅れる可能性がある。
4. MALA の危険因子
MALA の症状や症候は多様でしばしば非特異的であり、メトホルミン服用以外の乳酸アシドーシスの誘因となる病態や薬剤使用の影響もあるので、MALA の予測や診断は難しい。MALA が疑われる患者でメトホルミンの血中濃度を知る方法がないことも MALA の診断を難しくしている。
MALA は乳酸の産生と代謝/排泄の不均衡によって起こる。MALA が疑われる患者では、メトホルミンの血漿濃度はふつう >5 μg/mL である (治療域では <2 μg/mL)。持続的なメトホルミンの血漿濃度の上昇はふつう、 1. 腎機能低下 (メトホルミンの排泄低下)、2. 肝代謝の低下 (乳酸クリアランスの低下)、3. 乳酸産生亢進 (敗血症、慢性心不全、組織低灌流、低酸素血症) がある患者で認める。
米国や他の国々では禁忌ではないが、乳酸アシドーシスのリスクを高める条件としては、重度の脱水、ショック、アルコール摂取、酸欠、敗血症、高齢 (高齢者ではもともと腎機能が低下していたり、急性腎障害などの急性疾患のリスクが高いため) がある。
ただし、MALA は腎障害が軽度でも起こり得るし、予後は基礎疾患の重症度と関連するようである。そのため、乳酸アシドーシスのリスクが低い患者でもメトホルミンはよく考えて (judicious) 使用すると良い。
MALA は特に腎機能が低下している高齢者で脱水、嘔吐、下痢、手術などで急速に腎機能が低下する場合に起こりやすい。脱水時にメトホルミン服用を継続している場合、急性腎不全によりメトホルミンの排泄が低下する結果、メトホルミンの血漿濃度を上昇させ得る。
減量手術 (bariatric surgery) を受けた患者における血漿乳酸濃度に対するメトホルミンの効果については調べられていないが、メトホルミンの吸収と生物学的利用能が上昇する結果、MALA の危険は高くなるかもしれない。
中等度から重度の腎障害 (すなわち、eGFR 30-60 mL/min/1.73 m2 または eGFR <30 mL/min/1.73 m2) をともなう 2型糖尿病患者では、健常者と比べてメトホルミンの血漿濃度が 2-4倍高くなる。2型糖尿病患者では (細胞の) 酸化還元状態が変化することも乳酸アシドーシスの危険を高める。以上より、メトホルミンで加療されている糖尿病患者は二次的なイベントに対して乳酸アシドーシスを来す閾値が低下している。
MALA の治療については、血漿メトホルミン濃度と血漿乳酸濃度の相関を議論の拠り所として、メトホルミンの除去と代謝性アシドーシスの補正のために透析が推奨されている。
5. MALA の罹患率
MALA は極めて稀であり、罹患率は 0.03-0.06 /1000人·年と推計されている。しかし、メトホルミン服用者の正確な乳酸アシドーシスの罹患率は不明である。数十年間の使用経験からメトホルミンを適切に使用していれば安全であると考えられている。
米国の市場でメトホルミンが販売されてから 2年目の時点で、MALA の罹患率は 5人/10万人·年だと推定された。これは服用者が 100万人いるのに対して、47件の症例報告があったことに基づいている。同様にカナダでは MALA の罹患率は 9人/10万人·年と推定された。他の報告でも MALA の罹患率は同程度に低いが、ほとんどの症例では基礎疾患や乳酸アシドーシスの誘因がある患者に起こった。
メトホルミン濃度が正常な乳酸アシドーシスの症例については糖尿病の罹患歴がある場合とない場合でそれぞれ報告されている。
6. MALA の病態生理
原因によらず乳酸アシドーシスは致死的な病態であり、血液 pH 低値 (<7.35) と乳酸高値 (>5 mmol/L) によって特徴づけられる。
乳酸は腸管、肝臓、その他の末梢組織で解糖 (glycolysis) の過程で産生され、低酸素状態では蓄積し得る。肝臓、腎臓、心臓、骨格筋は主な乳酸産生部位であるのに対し、乳酸のクリアランスは肝臓が ~60%を腎臓が ~30%を担っている。腎臓における乳酸のクリアランスは腎機能とは相関しない。
乳酸は、1. ミトコンドリアで二酸化炭素と水に酸化されエネルギーを放出するか、2. 肝臓および腎臓で糖に再合成 (糖新生, gluconeogenesis) されるかする。
乳酸アシドーシスは 1. 乳酸の産生過剰かつ/または 2. 肝臓における乳酸除去の低下によって起こる。肝臓の乳酸クリアランスは最大で 320 mmol/L に達する。これは通常の乳酸産生速度をはるかに超える。したがって、乳酸過剰産制だけでは乳酸アシドーシスはまず起こらない。しかし、肝代謝の低下、たとえば肝硬変、敗血症、低灌流がある場合に乳酸産生が上昇すると、乳酸が蓄積し続け、乳酸アシドーシスを来し得る。
乳酸アシドーシスは 2つのカテゴリーに分類されてきた。A 型乳酸アシドーシスは嫌気呼吸 (解糖) による乳酸の蓄積によって起こるものである。一方、MALA に代表される B 型乳酸アシドーシスは乳酸の酸化または糖新生による乳酸のクリアランスが低下している状況下で乳酸産生が亢進している場合に起こる。
動物およびヒトでは、ビグアナイドの蓄積と血中の乳酸濃度の上昇とは関連している。メトホルミンの治療量では血漿乳酸濃度の上昇は小さく、ふつう <2 mmol/L である。メトホルミンは運動中の乳酸濃度も上昇させる。
メトホルミンが血漿乳酸濃度を上昇させるしくみのひとつは組織 (肝臓や筋肉など) の内呼吸を抑制し、乳酸の除去を阻害することと関係する。これは乳酸の産生亢進と代謝の低下の両方をもたらす。
単離された肝細胞では、メトホルミンは濃度依存的にミトコンドリア呼吸鎖の複合体 I を阻害し、糖新生を抑制する。メトホルミンに曝露された個体で血漿乳酸濃度が上昇するのは、試験管内でメトホルミンがミトコンドリアの酸化的リン酸化を阻害することと関連している。
メトホルミンの過量服薬についての報告はメトホルミンの蓄積と血漿乳酸濃度の上昇および乳酸アシドーシス発症との関連についての洞察を与える。メトホルミン過量内服の症例についての後ろ向きの検討では、血中のメトホルミン濃度と動脈血 pH との間の強い相関が認められた。
血漿乳酸濃度と pH は死の転帰の予測因子である。死亡した患者では 100%で血漿メトホルミン濃度が高値で、30%で血漿乳酸濃度が高かった。そして、生存者と比較して動脈血 pH が低かった。
さらに、メトホルミン過量内服の症例報告によれば、他に誘因がなくてもメトホルミン過量内服単独で健常者でも MALA を来し得ることが示唆されている。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/?term=lactic+acidosis+and+metformin&filter=simsearch2.ffrft&filter=pubt.review