上野・東京国立博物館 平成館で開催されている『長谷川等伯展』に行ってきた。明日3月22日が最終日だから、見逃したくなかったのだ。
同じことを考える人は多いようで、会場は大混雑であった。
10時50分に到着したときには、すでに入場制限がされており、最後尾に「40分待ち」という札を持った係員が立っていた。
一瞬動揺したが、これを目当てに、はるばる練馬から上野まで来たのだから待つしかない。だが、一人だったから話し相手はいない。村上春樹の『めくらやなぎと眠る女』を読みながら、遅々として進まない行列の後ろについた。
実際のところ、待ち時間は30分足らずだったようだ。エスカレーターを上がって、会場2階の展示場まで、思ったよりも早く到着できた。
しかし、内部もすさまじい混雑ぶりで、どの作品にも四重五重の人垣ができている。こういうとき、背の高い人は得だ。学生風の長身カップルが、涼しい顔で人垣の上から鑑賞している。男の子は2mくらい、女の子も180cmほどありそうな長身だった。
155cmしかないちびっ子の私は、人と人のすき間から覗くような状態で、苦労の末鑑賞した。比較的、年配の小柄な方が多かったから、作品を見ようと誰もが四苦八苦したに違いない。会場内はかなりの熱気で、私は着ていたジャケットを脱いだ。
長谷川等伯は、今の石川県七尾市出身の絵仏師であった。30代で上洛し、絵師として本格的な活動を展開するわけだが、一介の地方絵師がその画力を認められるまでには、相当な努力を要したようだ。
やがて、名門・狩野一族の血統書つきである狩野永徳を差し置いて、秀吉に取り立てられるときがやってくる。一代にして「天下画工の長」に上りつめるサクセスストーリーは、見ていて小気味がいい。
とりわけ、重要文化財となっている山水図襖のエピソードが面白かった。かねてから等伯は、春屋宗園(しゅんおくそうえん)という大徳寺の住持に、襖絵を描きたいと願い出ていたが、断られていたそうだ。そこで、等伯は春屋の留守中に勝手に寺に上がりこみ、寺衆の制止も聞かず、その襖絵を描き上げたのだという。「なかなかやるな」と喝采したくなった。
国宝3件、重要文化財27件を含むこの回顧展は、見ごたえたっぷりで、実に目の保養になる。頑張って見てよかったと思う。
チケットに描かれているのは、国宝「松林図屏風」である。
写真で見る限り、私はこの絵のよさが、いまひとつわからなかった。しかし、実物は全然違う。吸い込まれるような遠近感があり、墨一色でありながら、唸るほど巧みな濃淡の演出に脱帽である。
会場を出ると、入口の行列が見えた。先ほどよりも50mほど長くなっているようだ。でも、係員の札には相変わらず「40分待ち」と書いてある。
50分にしないの!?
10分伸びると、客足に影響するのだろうか……。どんなに長い行列ができても、最後尾には「40分待ち」の札を持つ係員がいるような予感がした。
記念に図録を買ったのだが、厚さ27mmのえらく立派な本である。ひと目見て、私は電話帳かと思った。
家でタウンページと比べてみたら、なんとタウンページの方が薄い。
中身が充実していて結構だが、相当重いから、それなりの準備が必要となる。帰りにデパ地下で買った、お弁当2人前のほうが軽かったほどだ。しかも、人身事故で山手線が止まってしまい、運悪く長時間持つ破目になった。
4月からは、京都に場所を移しての開催となる。
図録を持ち帰るため、リュックを用意したほうがいいかもしれない。
楽しんでいただけましたか? クリックしてくださるとウレシイです♪
※ 他にもこんなブログやってます。よろしければご覧になってください!
「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
同じことを考える人は多いようで、会場は大混雑であった。
10時50分に到着したときには、すでに入場制限がされており、最後尾に「40分待ち」という札を持った係員が立っていた。
一瞬動揺したが、これを目当てに、はるばる練馬から上野まで来たのだから待つしかない。だが、一人だったから話し相手はいない。村上春樹の『めくらやなぎと眠る女』を読みながら、遅々として進まない行列の後ろについた。
実際のところ、待ち時間は30分足らずだったようだ。エスカレーターを上がって、会場2階の展示場まで、思ったよりも早く到着できた。
しかし、内部もすさまじい混雑ぶりで、どの作品にも四重五重の人垣ができている。こういうとき、背の高い人は得だ。学生風の長身カップルが、涼しい顔で人垣の上から鑑賞している。男の子は2mくらい、女の子も180cmほどありそうな長身だった。
155cmしかないちびっ子の私は、人と人のすき間から覗くような状態で、苦労の末鑑賞した。比較的、年配の小柄な方が多かったから、作品を見ようと誰もが四苦八苦したに違いない。会場内はかなりの熱気で、私は着ていたジャケットを脱いだ。
長谷川等伯は、今の石川県七尾市出身の絵仏師であった。30代で上洛し、絵師として本格的な活動を展開するわけだが、一介の地方絵師がその画力を認められるまでには、相当な努力を要したようだ。
やがて、名門・狩野一族の血統書つきである狩野永徳を差し置いて、秀吉に取り立てられるときがやってくる。一代にして「天下画工の長」に上りつめるサクセスストーリーは、見ていて小気味がいい。
とりわけ、重要文化財となっている山水図襖のエピソードが面白かった。かねてから等伯は、春屋宗園(しゅんおくそうえん)という大徳寺の住持に、襖絵を描きたいと願い出ていたが、断られていたそうだ。そこで、等伯は春屋の留守中に勝手に寺に上がりこみ、寺衆の制止も聞かず、その襖絵を描き上げたのだという。「なかなかやるな」と喝采したくなった。
国宝3件、重要文化財27件を含むこの回顧展は、見ごたえたっぷりで、実に目の保養になる。頑張って見てよかったと思う。
チケットに描かれているのは、国宝「松林図屏風」である。
写真で見る限り、私はこの絵のよさが、いまひとつわからなかった。しかし、実物は全然違う。吸い込まれるような遠近感があり、墨一色でありながら、唸るほど巧みな濃淡の演出に脱帽である。
会場を出ると、入口の行列が見えた。先ほどよりも50mほど長くなっているようだ。でも、係員の札には相変わらず「40分待ち」と書いてある。
50分にしないの!?
10分伸びると、客足に影響するのだろうか……。どんなに長い行列ができても、最後尾には「40分待ち」の札を持つ係員がいるような予感がした。
記念に図録を買ったのだが、厚さ27mmのえらく立派な本である。ひと目見て、私は電話帳かと思った。
家でタウンページと比べてみたら、なんとタウンページの方が薄い。
中身が充実していて結構だが、相当重いから、それなりの準備が必要となる。帰りにデパ地下で買った、お弁当2人前のほうが軽かったほどだ。しかも、人身事故で山手線が止まってしまい、運悪く長時間持つ破目になった。
4月からは、京都に場所を移しての開催となる。
図録を持ち帰るため、リュックを用意したほうがいいかもしれない。
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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)