これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

テレビの奴隷

2010年03月25日 21時05分06秒 | エッセイ
 居間でブログを書いていたら、夫がやってきた。テレビの前に陣取り、右手を伸ばし、リモコンをプチッと押す。
 まもなく画面からは、ひっきりなしのおしゃべりと笑い声が聞こえてきた。とても集中できない。私は早々にノートパソコンをシャットダウンし、両手でかかえて台所に移動した。静かなところでないと、文章を考えられないのだ。
 私を居間から追い出した形になっても、夫はまったく気にせず、首を前に突き出し、鳩のような姿でテレビに見入っている。

 こういうところが、イヤなのよね……。

 結婚当初から18年間変わらず、夫はテレビをつけっ放しにするタイプである。私は騒々しいのが苦手なので、夫が席を外したり寝たりすると、チャンスとばかりに消してしまう。
 消されたことに気づくと、夫は再び電源を入れ、私は顔をしかめる。この繰り返しだ。
 天気予報以外、私はほとんどテレビを見ない。テレビをありがたいと思うときは、せいぜい、話の弾まない客が来たときくらいだろう。
 だが、夫にとって、テレビは重要な情報源のようで、やたらと「テレビでこう言っていた」を連発する。そして、私よりも信頼している。
 たとえば、私が天気予報を見て、「今日は夕方から雨だから傘を持っていったほうがいいよ」と言っても生返事だ。でも、直接画面から「傘を持ってお出かけください」と聞くと、素直に言う通りにする。実に面白くないが、これを逆手に取ってはどうだろう。

 頼みごとがあっても直接話さず、要求をビデオ撮影しておくのだ。それを再生してテレビ画面から、「軽井沢に一泊旅行してきてもいいかしら」などと問いかければ、反射的にオーケーしてしまう気がする。
 夫は、まさにテレビの奴隷。
 解放する手立てはないものだろうか。
 趣味のバレーボールの他は、テレビ鑑賞以外にやることがないのかもしれない。では、読書を勧めてはどうだろう。
「本なら読んでいるよ。ほら」
 夫が私に見せたのは、『原辰徳 勝利をつかむ情熱の言葉』や『負けん気 立浪和義』など、スポーツ関連の本ばかりであった。

 こんなの、本のうちに入らないよ!

 以前、荻原浩『明日の記憶』を読んだとき、いたく感動して夫に貸したことがある。渡辺謙主演で映画化されたこの本は、若年性アルツハイマーの症状が緻密に描かれている。
 夫は黙って受け取りページをめくっていた。
「どう? 『明日の記憶』は進んだ?」
 翌日聞くと、意外な答えが返ってきた。
「もう全部読んだよ。すごく切ない話だね」
 夫は、この厚い本を一日で読み切ったという。文学に興味がないのだと思っていたが、いい本にめぐり合えばちゃんと読めるのだ。
 では、自信を持って勧められる本を探せば、夫をテレビから解放することができるのかもしれない。まずは、池井戸潤『空飛ぶタイヤ』あたりでどうだろう。
 
 先日、そんな計画を、エッセイ仲間のマダムたちに披露したところ、かなり不評だった。
「相変わらず、上から目線ね」
「『明日の記憶』が読めたからって、本が好きとは限らないわよ。明日はわが身と思って読んだだけかもしれないし」
「人の楽しみを奪い、自分の好みを押し付けるのはダメよ。あなたがされたらイヤでしょ」
「テレビの奴隷から、妻の奴隷に変わるだけじゃないの?」

 うーん。
 夫の残り少ない人生を思うと、うるさいのを我慢して、好きなだけテレビを見させてあげたほうがいいのだろうか。
 今日も、夫は身を乗り出して、奴隷生活を満喫している……。




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 「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
 「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
コメント (14)
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