コロナウイルスを詠う ③ 人間の愚かさ淋しさ味方にし……
非透過性納体袋我が胸に茨線(ばらせん)のごとく刺さりて止まぬ
…… (さいたま市) 伊達裕子 朝日歌壇 2020-05-10
この春に初め遇ひたる言の葉の〈納体袋ふかぶか淋し〉
…… (宝塚市) 櫂 裕子 朝日歌壇 2020-05-31
日透過性納体袋に収納された遺体。弔いの儀式もない。最期のお姿を見ることもできず、火葬される。
白い骨になって初めて会うことができる。この非情さが、「新型コロナウイルス」の容易ならざる感染
力を物語たっている。コメディアンの志村けんさんがなくなり、マスコミは「納体袋」の非情さを報道した。
多くの人達が、この報道で、コロナ禍かの容易ならざる感染力を意識したように思う。
人を笑わせ、心を明るくする、その裏側で貪欲に笑いの研究をしていたコメディアンの死は、悲しく涙を誘う。
ウイルス禍の街はマスクに牛耳られ忘れがちなる口紅悲し
…… (茅ヶ崎市) 岡田みいこ 朝日歌壇 2020-05-17
マスクで顔の半部を隠してしまう。今の季節には息苦しさを感じ、思わず外してしまいたい衝動に駆られる。
どうせ、外出してマスクを外すことなんてめったにないことだから、ファンデーションも口紅からも遠ざかってしま
う自分に気づき、飾ることに気を使わなくなった自分に苦笑いをする。そういえばコロナ禍の影響で、女性用化粧品
の売れ行きも落ち込んでいるとか……
お葬式みな一様にマスクしてマスクせぬのは棺の母だけ
…… (江南市) 村瀬雅美 朝日歌壇 2020-07-05
「三密はも不要不急の外出も控えましょう」
最愛の人の旅立ちも、質素にひっそりと行われることが多くなりました。そうした状況を踏まえて、
棺に横たわる帰らぬ人の顔をしげしげと見つめる。
最近、こんなことがありました。
86歳になる先輩が80歳になる妻を失くした。進行性ガンで3カ月の入院中
一度も面会が叶わず、面会を許されたときには、意識もなく、もの言わぬまま命の灯を消してしまった。
コロナ禍とはいえ、辛く悲しい臨終を夫は、どうにもならない自分を情けないと悔やんでいました。
葬儀もまた淋しい。たった3人(夫と若夫婦)だけの通夜と告別式。
コラえてもコラえても涙が流れて止まらなかったと……
村ざかいの道祖神は伝えおり建てられし年に疫病ありと
…… (神奈川県) 吉岡美雪 朝日歌壇 2020-07-12
普段は顧みられなくなった村ざかいの路傍に鎮座する道祖神。村に侵入する悪霊や厄病から村を守る
道祖神は、民間信仰の素朴で優しい思いを具現しているのでしょう。
遠い昔に建てられた疫病封じの道祖神は、村人の願いを叶えられたのでしょうか。
「どうぞコロナが侵入(はいらない)ように……」と無意識のうちに手を合わせている自分がいる。
人間の愚かさ淋しさ味方にし生き延びふえる新型コロナ
…… (西宮市) 大山 緑 朝日歌壇 2020-8-28
「自粛」することも、最初は「こんな生活もいいかな…」、しかし、この期間が長引けば長引くほど、
こころがささくれ立ってくる。こころのトゲトゲが他者に向けられ、自粛警察なる言葉が社会の空気を暗くし
て、生きづらさの風が社会をかけめぐる。
緊急事態宣言が解除され、東京アラートも線香花火のようにすぐに消えた。
「自粛」のすすめが解除されたわけではないのに、再び人の動きが活発になり、クラスターが頻繁に発生する。
「夜の街」が標的にされ、失業、生活苦、DV、子どもたちは言葉を忘れた様に心を閉ざす。
「普通の生活を取り戻したい」、「経済の活性化」も喫緊の課題だ。
どちらを優先するのか、二者択一ではない。同時進行で進めていかなければ、
社会のバランスは崩れてしまう。
人間の愚かさや我儘の狭間に、淋しさの谷間に、新型コロナは忍びこんでくる。
コロナウイルスだって生き物。人間という最適の宿主をそう簡単に離しはしない。
(人生を謳う) (2020.08.06記)
どれも素敵なものばかりですが
村瀬雅美の句 身に沁みました
ご家族の悲しみは死そのものの悲しみにもまして
寂しく見送らなければならなかったことの方が大きかったのかもしれませんね
悲しく切ない野辺送りになってしまうその心が、
個人への楽しかった多くの思い出に繋がっていくので
しょう。
なんともやりきれない野辺送りですね。