シャワーを浴びていたら、憧れているものの記憶が蘇り、鳩を思い出しました。
第一次世界大戦下のフランスが舞台の、ある小説のなかで、伝書鳩が活躍したのです。
現在(いや、古代からだよ)、戦争は情報戦争になっており、使用される武器も非常に高度で、人でなくドローンに役割を担ってもらったりしています。
ただの鳥ですよ!
それは事件です。
以下、ウィキペディア。
【伝書鳩】(でんしょばと、英語:homing pigeon、carrier pigeon)または伝書バトとは、鳩の仲間であるカワラバトの帰巣本能を利用し遠隔地にメッセージを送る通信手段として使用するため、方向感覚に優れ、長距離の飛行に耐えるように品種改良された飼い鳩のことをいう。
第2次世界大戦直後までは軍事上の通信に多用されたため軍用鳩とも呼ばれていたが、その後の有線および無線による通信技術の発達などにより次第に実用上の役割を失っていった。
新聞社による写真フィルムの運搬や、家畜の人工授精のための精液の輸送などに最後まで利用されたが、共に1960年代半ばには廃止されている。
現在では主に愛好家による競技用のレース鳩(英語:racing pigeon)として飼育されている。
伝書鳩は、長年に及ぶ品種改良の結果、飛翔能力と帰巣本能が優れ、1000キロメートル以上離れた地点から巣に戻ることができるといわれる。
比較実験の結果、野生のドバトの帰還可能範囲は数十キロメートル以下とされる。
使い方としては、遠隔地へ伝書鳩を輸送し、脚に通信文を入れた小さな筒(現在ではアルミ製が多い)を付けて放鳩(ほうきゅう)する。
飼育されている鳩舎に戻ってきたところで通信文を受け取る。
通信文だけでなく、伝書鳩が持てるような小さな荷物を運ぶこともあり、その場合は背中に持たせることも多かった。
特に僻地医療で血清や薬品等の運び手として重要な役を担った。
伝書鳩が迷って戻れなくなったり、猛禽類などに襲われて飛行不能・未帰還に終わることもあったため、通信目的を確実に果たせるよう、同じ通信文を複数の伝書鳩に持たせて放されることも多かった。
伝書鳩は上述の通り1000 km以上離れた地点から戻ることができるが、通常は200キロメートル以内の通信・運搬等に使われた。
電気が必要ない、フィルムや薬品・血清・家畜の精子等、軽量な物資を素早く運搬できるなど、無線通信などに比べて利点もあるため、通信用をはじめ、軍事用(伝令や偵察)・報道用(主に新聞社や通信社)・医療用・畜産用等の通信ならび運搬手段として1960年代ごろまで広く使われたが、近年は交通や通信手段の発達によってその役目を終え、現在では実際に物資の運搬に使われることは稀である。
呼称も伝書鳩からレース鳩へ移り、主にスポーツとして開催される鳩レース(英語版)へ参加するため、愛好家が品種改良や訓練を行っている。農林水産省が統轄する使役動物に指定されており、脚環の装着と所有権登録、迷い鳩の引き取り、ワクチンの接種などが義務化されている。
あくまで帰巣本能を利用したものであり、一度飛ばした鳩は自分の巣に帰るだけなので、往復通信を行うためには双方に鳩舎が必要であり、あらかじめ鳩を輸送しておかなければならないため通信を行える回数に制限がある。
1羽の鳩は1つの目標にしか対応しないため、通信先が複数ある場合はその数だけ鳩を用意しなければならない。
移動目標に向かって伝書鳩を送ることは出来ないため、船舶から陸上へ飛ばすことは出来ても、陸上から船舶へは送れない。
ただし、特殊な例として「往復鳩」と、戦時中の日本軍の「移動鳩」の存在がある。
「往復鳩」は、2つの地点の鳩舎を往復するもので、寝場所とエサ場の棲み分けによって現在でも訓練できる。
一方「移動鳩」は、戦場において、移動式の鳩舎を探して鳩が帰ってくるもので、放鳩後に原隊が移動しても、訓練された軍用移動鳩は移動先へ帰巣することができた。
その実態や訓練法は古い書籍で見ることができるが、現在ではその技術やノウハウは失われている。
【歴史】
伝書鳩の歴史は非常に古く、紀元前約5000年のシュメールの粘土板にも使用をうかがわせる記述があるという。
確実な記録では紀元前約3000年のエジプトで、漁船が漁況を知らせるために利用していたらしい。
このころのエジプトでは様々な鳥で通信することが試みられたが、人によく馴れて飼いやすく、飛翔能力、帰巣本能に優れるカワラバト(ドバト)が選ばれ定着したらしい。
ただ、この当時ハトは主に食用として飼育されており、伝書鳩としてはあまり広く使われていなかった。
ギリシャのポリス間の通信に使われた。
特に各ポリス代表が参加して行われた競技会の覇者は、鳩の足に赤いリボンを結び付け、故郷への勝利と栄誉の便りとした。ローマ帝国で通信手段として広く使われ各地に広まった。
【軍用鳩】
軍鳩(ぐんきゅう、英: War pigeon)は、軍隊で使用される鳩。伝書鳩として使われ、無線が普及していない時代の重要な伝達手段だった。
特に帰巣性が強く、方向転換に優れている鳩が使用された。
日本軍の軍鳩部隊(ジョージ・グラントハム・ベイン・コレクション、1922年とされる)
第一次世界大戦が始まると、軍鳩は広範囲にわたって用いられるようになった。
フランス陸軍は軍備増強とともに鳩の小屋を増やしていき、マルヌ会戦が勃発した1914年当時は、72の鳩小屋を保有していた。
一方、米陸軍通信隊はフランスにおいて600羽もの鳩を使っていた。それらの伝書鳩のなかでもシェール・アミ(英語版)と名付けられた鳩は、ヴェルダンの戦いにおいて12通の重要機密書類を運び活躍したとして、フランスとベルギーにおける軍事功労章であるクロワ・ド・ゲール勲章(英語版)を受賞した。
さらにシェールは1918年10月、何者かにより翼を撃ち抜かれたものの重要な伝達を運んでくるというミッションを完遂した。
その伝達はアルゴンヌの戦いにおいてドイツ軍の包囲下(失われた大隊(第一次世界大戦)(英語版))にあった第77歩兵師団の兵員約200名の安否に関わるという重大なものだった。
メッセージを入れたカプセルをつけた足も損傷していたという。
ちなみに当時の軍隊では敵の軍鳩を撃ち落とすために散弾銃が配備されていた。
日本海軍でも大正年間に能登呂 (水上機母艦)により、海上および航空機から放鳥する運用試験が行われていた記録が残る。
【第二次世界大戦以降】
第二次世界大戦のころには、イギリスはすでに25万羽もの軍鳩を使っており、そのうち32羽に、戦争で活躍したかなり高い知能を持つ動物に与えられるディッキンメダルが授与された。そこでイギリスは空軍省(現在の英国防省国防会議空軍委員会)における「鳩部隊」の導入を行い、以後これを保持することを決定した。
そこでイギリスの軍鳩作戦委員会は、伝書鳩の軍需目的での使用について、決定事項を発表した。
以下は、委員長のリー・レイナー(Lea Rayner)が1945年に声明した文章の一部である。
「我々は今、空が安全なときに鳩を的確に運ばせて帰巣させる訓練を行うことができる。例えると、バクテリアをも正確な場所に運ぶことができるような訓練である」
「爆薬や生物兵器の高性能化に応じて、それらの能力について密に調査・究明すべきであると私は考える」
「1000羽の鳩にそれぞれ2オンスずつのカプセル型爆薬を装着しておき、それらが飛び立てば鳩はみな危険物としての扱いとなるだろう」
しかしこの案は委員会にて否決され、結局1948年にイギリス軍が伝書鳩の軍事的使用を中止することを表明した。
またイギリス情報局保安部においてはさらに軍鳩の使用を継続していたが、1950年までに100羽の伝書鳩を一般市民による飼育に委任することとなった。
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