金融そして時々山

山好き金融マン(OB)のブログ
最近アマゾンKindleから「インフレ時代の人生設計術」という本を出版しました。

【市塵】藤沢小説の一つの頂点

2007年08月22日 | 本と雑誌

暑い週末に藤沢周平の「市塵」(しじん)を読んだ。「市塵」は江戸中期の儒者にして幕府の政治顧問を務めた新井白石を主人公とした歴史小説で、藤沢はこの小説で芸術選奨文化大臣賞を受賞している。私は藤沢周平の小説の中で「市塵」を一方の頂点だと考えている。そしてもう一つの頂点は何か?というと「蝉しぐれ」ということになるだろう。

「蝉しぐれ」はテレビドラマや映画になっている様に、淡い恋愛や斬り合いの場面が多く一般受けする。一方「市塵」は地味で一般受けはしないかもしれない。しかし「市塵」を読むと「随分調べているなぁ」「もとでがかかっているなぁ」という印象を受ける。

藤沢周平は「書斎のことなど」というエッセーの中で「(小説を書くには)高い本を買ったり旅行をしたりという、もとでがかかる。もとでのかからない小説は、さほどよくないのである」と書いているが、「市塵」はまさにもとでのかかっている小説である。そのことは巻末の参考文献リストを見ると分かる。

さて私が何故「市塵」に深い感銘を覚えるかというと、新井白石の人生の中に現在にも共通する人生の哀歓を見出すからだ。仕えていた堀田家の財政事情から勤めを辞めた白石は37歳の時に「侍講」(お抱え学者)として甲府綱豊に仕えた。甲府綱豊は後に五代将軍綱吉の後を襲い六代将軍家宣となる。

新井白石はこの家宣の下で側用人・間部詮房とともに綱吉時代の悪政を改めるべく色々な改革を進めていく。それは生類憐みの令の廃止であり、貨幣改鋳であり、朝鮮通信使との対等外交の推進であった。おのれを知り任せてくれる上司に出会えた喜び・・・・学者にとどまることよりも学問を実践に生かすことに重きを置いた白石にとって家宣との出会い程幸いなことはなかったろう。

しかし良い日は長続きしない。将軍の座について3年で家宣は死を迎える。死を覚悟した家宣が間部詮房を通じて、白石に自分の後継者問題を諮問する。このシーンが「市塵」の中で最もドラマティックな場面だろう。

・・・こみ上げて来たのは、お上はもはや死を覚悟しておられるという思いだった。答え終わってはじめて、白石は今日の問答がことごとく、家宣の死を前提にしたものだったことに気づいている。白石は袴の膝をつかんで、涙を流しつづけた。(「市塵」)

家宣の後は幼い家継が後を継ぐが、詮房・白石の勢力は次第に力を失い数年後家継が死に吉宗が八代将軍になった時彼等は失脚する。失脚後白石は学者に戻り、いくつかの著書を残す。「市塵」は最後はこうだ。

(白石は)命がようやく枯渇しかけているのを感じていたが、「史疑」を書き上げないうちは死ぬわけにはいかぬと思った。行燈(あんどん)の灯が、白髪蒼顔の、疲れて幽鬼のような相貌になった老人を照らしていた。

「市塵」は甘い小説ではない。しかし男というものがこの世で何かをなし、そして失望しそれでもなお何かをなそうと死の間際まで前向きに生き続ける姿を描いたという点で心を打つ小説であり、藤沢文学のひとつの頂点である。

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サブプライムで為替はどちらへ?

2007年08月22日 | 金融

8月22日午前ドル円為替レートは114円前半である。輸出企業の社内レートなどからみて座り心地の良さそうなレベルだが、これから相場はどちらに向くのだろうか?それが確実に分かれば苦労はしない。しかし市場参加者の思考方法を読むことである程度の推測はできそうだ。

まず安い円を借りて金利の高い資産に投資する「キャリートレード」を行っているヘッジファンドの動向だ。ファイナンシャルタイムズによると米国のある大手ヘッジファンドのパートナーは「ヘッジファンドはパニックに陥っている」と言い、ボラティリティが高い為替リスクを取ってキャリートレードを行わない意向を示している。

もう一つ見ておくべきことは、円の借入金利が上昇していることだ。月曜日にロンドン・インターバンク市場で3ヶ月の円の貸出金利は10bp上昇して1.0175%になった。これは12年振りの高水準だ。これはドルの変わりに円を調達しようとする動きのため金利上昇圧力がかかったものだ。

またドル金利には低下圧力がかかっている。話がそれるが米国では市場安定の向けてバーナンキ連銀議長・ポールソン財務長官・ドッド銀行委員長が3者会談を行い、市場安定のために何でもしようと話合っている。これを見ると世界で一番独立性が高い中央銀行である連銀もこう動くのか?という気もするが、ここにアメリカの危機管理の本質が見える。つまり緊急時には権限を集中して問題解決にあたるという危機管理の本質である。

話は横にそれたが、連銀が政策金利を引き下げる可能性はかなり高くなったと市場参加者は見ている。一方円金利については8月の利上げはないから、ドル円金利差は縮小方向に向いている。

外為市場のもう一つの参加者は日本の個人投資家だ。JPモルガンの佐々木氏によると、証拠金取引を通じて個人が円を売りたてている額は7兆円に上る。証拠金取引は通常証拠金の10倍程度の取引を行うから、7千億円位が証拠金になっている訳だ。多くの個人トレーダー達は115円のストップ・ロス・リミットにかかり、証拠金を失ったと考えられる。

問題は個人トレーダーが再び円売りに向かうかどうかだ。私見では110円を越えて大きく円高になると売りが出るが、現在のレベルでは円は売りにくいと見ている。

もう一つ気になる個人の動きは投資信託を通じて外債・外株を購入している個人の動きだ。高金利通貨の外債をダイレクトに購入している個人もこの中に含めてよいだろう。これらの投資家は長期資金を投入しているので、目先の為替相場の動きで解約に走ることは少ないだろうが、欧米の金利が低下してインカム収入まで下落してくると解約の動きがでるかもしれない。これは円高要因なのだが、そこまでは現時点では読み難い。

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