中国の胡錦濤主席が8日G8への出席を止めて急遽帰国した。日曜日以来続いているウイグル騒乱に対処するためだ。胡錦濤主席のG8欠席は会議を実りあるものにする上で大きなマイナスだ。中国の辺境で起きた騒乱が、世界の政治経済に微妙な影響を与え始めている。
ところでこの騒乱について、英米のマスコミはチベット暴動とは異なった反応をしめしている。チベット問題では中国政府の高圧的な対応が批判されたが、今回外国政府関係者やマスコミは距離をおいた対応をしている。この違いはどこから来るのか?ということを見ながら、新疆ウイグル自治区で起きている問題を考えてみよう。
一つは騒動を起こした(といわれている)ウイグル人の背後に東トルキスタン・イスラム運動(East Turkestan Islamic Movement :ETIM)というイスラム原理主義テロ組織がいるのではないか?という推測が働いていることだ。ETIMは中国、米国そして国連によりテロ組織と認定されている。また中国政府はETIMはアル・カイーダと関係がある組織だと述べている。9・11事件以降中国政府はウイグル人が関係するテロとブッシュ前大統領の「テロに対する戦争」を関連付けることで、国際世論を味方につけようとしている。しかし米国の外交問題評議会のレポートによると「多くの中国問題専門家は、中国政府は非組織的な暴動までETIMによるものと誇張して国際世論を味方にしようとしていると見ている」と報じている。ETIMそのものが恐らく今は消滅していると述べる専門家もいる。だが公式的な見解としてETIMがテロ組織と認定されているので、西側マスコミもチベット暴動時のように中国政府の対応を批判できない訳だ。
ウイグル問題がチベット問題のように国際的な関心を引かないもう一つのポイントは、ウイグルにはダライ・ラマのように著名なリーダーがいないからである。また欧米の教養人の中にはチベット仏教やチベット文化に強い興味を持っている人がいる。私はかってハイヤットホテルの総帥プリツカー氏と話をした時彼がしばしばチベットを訪れている話を聞いたことがある。このようなことからチベット問題は国際社会の耳目を引くが、ウイグルにはそのような背景がないので国際社会の関心が低いと言えそうだ。
今回のウイグル騒動の背景には、漢人支配に対するウイグル人の反発があるが、その反発は「経済的不平等に対する反発」と「宗教的・文化活動の制限に対する反発」の二つがある。清朝が崩壊した1912年以降自治・独立していた新疆地区を、1949年に中国は再び併合し55年には自治区とした。54年から中国政府は新疆生産建設兵団という屯田兵的な漢人部隊をこの地区に送り開発を進めてきた。その結果新疆地区の一人当たり所得は東南沿岸部以外では一番高くなった。だがアジア開銀が指摘しているように、所得格差は拡大している。つまり裕福になったのは移入してきた漢人でウイグル人等少数民族は経済的利益を得ていないと言われている。ただ漢人側には「ウイグル人は教育レベルが低く、地方政府役人としては漢人を採用を多くせざるを得ない」という言い分もあるようだ。
宗教活動の制限について一例をあげると、学生や公務員のラマダーン(断食)は禁じれている。もっとも私のように宗教心が薄い人間から見ると「心の中で神様を信じていれば、断食しなくても良いんじゃないの?」と思わないでもない。恐らくかなりの中国人(漢人)もこの程度の認識なのかもしれない。
しかし宗教的行為をあらゆる活動に優先する行動規範とするイスラム教からするとこれはこれは耐え難い弾圧となるのだろう。
ウイグル問題は胡錦濤主席が陣頭指揮を取っても簡単に片付かない程根が深いものだと私には思われる。既に述べたようにウイグル問題は中々複雑で、真相の把握は容易でない。ただ我々の直ぐ隣に漢人という非常に増殖力が高く、文化的に非寛容な面を持つ巨大な民族がいるということを再認識しておく必要はあるだろう。