他の人の解説や感想に
惑わされないように
「自分がどう感じたか」に集中して
記事を書きたいと思った作品でした。
映画 ■■少年は残酷な弓を射る■■
日本の Yahoo ムービーの評価 4.16(5点満点)
Yahooムービーの評価、高い!
でも、私も納得。
子どもが猟奇的事件を起こしてしまった時
多くの人は
「育て方が悪い」と感じると思います。
そんな風に育てた親の責任だと。
一方で
凶悪な犯罪に走ってしまうのは
遺伝的な要因も関係しているという
説もあります。
凶暴性は
後天的に育まれるものなのか
それとも
先天的に持って生まれてくるのか
私は常々
この疑問への答えが知りたいと思ってきたので
この映画を見ながらずっと
後天的?それとも先天的?...と
考えていました。
ネタバレ感想
この映画を見ていると
息子・ケヴィンの凶悪さは
後天的なものというより
「持って生まれたもの」という印象を受けます。
「母親を困らせるために
わざとやっている」というレベルを超えた
生来の凶暴性。
ケヴィンは
美しい顔をした悪魔のように見えるのです。
そして、後に生まれた妹の方は
ケヴィンとは正反対で
まるで天使のよう。
凶暴性など皆無。
この差は、両親の接し方の違いによって
生じたのでしょうか?
いやいや
そこには確かに
「持って生まれた資質の差」
というものを感じました。
しかしまた一方
「凶暴性は先天的なもの」
という印象とは全く逆になるのですが
「母親との関係の中で培われていった」
とも、感じる所もありました。
ケヴィンが生まれたのは
望んで...ではなく
エヴァは、まだ母親になる準備が
出来ていませんでした。
それまでの
世界を飛び回る刺激的なキャリアは諦めて
家庭に入り、育児に専念することになります。
他の出産間近の母親たちは
幸せに満ちた顔で赤ちゃんを待っていますが
エヴァは違います。
まだ母性のスイッチが入っていない。
むしろ
自分の身体の中いる生命に
得体の知れない不安を感じています。
出産の時も
「(赤ちゃんが生まれてくるのに)
逆らわないで」
と声をかけられます。
世の中の多くの母親たちもエヴァのように
出産には不安の方が大きいかも知れません。
でも
実際に生まれてきた赤ちゃんを見ると
女性として、母性を刺激され
自然と
「この子は、自分の命よりも大切な存在
何としても守らなくては」
という感情が湧いてくるものなのではないかと
想像するのです。
でも、エヴァにはそれがありません。
まだ、母性に目覚めません。
火がついたように泣く赤ちゃんを
まるで爆弾を手にしているように
「持っている」だけです。
どんなにあやしても泣き続ける
表情が乏しく、笑わない
かなり大きくなるまで
トイレ・トレーニングが出来なくて
病的に見える反応や行動を示す...
このようなケヴィンの風変わりな所
扱いの難しい所は
生まれつきのようにも見えるし
母親から求められていないことを察知して
情緒が不安定になっているようにも見えます。
愛されていないことに
不満を訴えているかのようにも。
エヴァを困らせるために演技しているとも。
困らせるのも
いつも母親がターゲット。
母親からの愛情不足を訴えるにしても
普通じゃない不気味さで
病的に見えるレベルなのは
ケヴィンの生まれ持った資質かも知れないけれど
それでも、どんなに病的でも不気味でも
先天的な問題を抱えていても
母親ならば
丸ごと我が子を受け止めるものなのかも知れませんが
エヴァは逆に
ますますケヴィンを拒絶してしまいます。
ケヴィンの凶暴性は
生まれ持ったものでもあるし
母親との関係で
母親と相互に影響しあって
作り上げられたものでもあると感じました。
ただ、この物語は
あくまで一つのフィクションなので
一般論ではないと思います
この記事のトップ画像は
一番、印象的だったシーン
心配そうに息子の顔を見る母親・エヴァ。
ボーイッシュなショートカットのエヴァの顔は
息子にそっくり。
鏡を見ているように見えます。
「子は親の鏡」ということわざを
思い出しました。
でも、エヴァは本当によくやっていたし
「母親の責任」とか「母親が悪い」とは
言えないと思いました。
一番最後に刑務所で
エヴァがケヴィンを抱きしめるシーンがあります。
息子が猟奇的な連続殺人事件を起こして
エヴァは
家族も、大きな家も
それまでのキャリアも名声も
町に住む人たちからの信頼も
何もかも無くし
殺人鬼を生み、育てた
悪魔の母親とみなされ
誰からも愛されず、信頼されず
本当に、独りぼっちになってしまいます。
自分がこうなって初めて
母の愛を求めるケヴィンの孤独を
感じることが出来たのかも知れないと
思いました。
ケヴィンは
母親の愛を奪う妹や父を抹殺し
母親が再び旅行家として
旅立ってしまう可能性を消し
周りの人々からの信頼やいたわりを消し
生まれて初めて
母親に
自分だけを見てもらうこと
自分の孤独に気付いてもらうことに
成功したように見えました。
全てを無くした絶望的な二人と見るか
初めて向き合うことが出来た今
ここから二人の関係を再び築いていく
「始まり」と見るか
観る人によって
感じ方はいろいろあるのだろうな
と、思いました。
惑わされないように
「自分がどう感じたか」に集中して
記事を書きたいと思った作品でした。
映画 ■■少年は残酷な弓を射る■■
日本の Yahoo ムービーの評価 4.16(5点満点)
Yahooムービーの評価、高い!
でも、私も納得。
子どもが猟奇的事件を起こしてしまった時
多くの人は
「育て方が悪い」と感じると思います。
そんな風に育てた親の責任だと。
一方で
凶悪な犯罪に走ってしまうのは
遺伝的な要因も関係しているという
説もあります。
凶暴性は
後天的に育まれるものなのか
それとも
先天的に持って生まれてくるのか
私は常々
この疑問への答えが知りたいと思ってきたので
この映画を見ながらずっと
後天的?それとも先天的?...と
考えていました。
ネタバレ感想
この映画を見ていると
息子・ケヴィンの凶悪さは
後天的なものというより
「持って生まれたもの」という印象を受けます。
「母親を困らせるために
わざとやっている」というレベルを超えた
生来の凶暴性。
ケヴィンは
美しい顔をした悪魔のように見えるのです。
そして、後に生まれた妹の方は
ケヴィンとは正反対で
まるで天使のよう。
凶暴性など皆無。
この差は、両親の接し方の違いによって
生じたのでしょうか?
いやいや
そこには確かに
「持って生まれた資質の差」
というものを感じました。
しかしまた一方
「凶暴性は先天的なもの」
という印象とは全く逆になるのですが
「母親との関係の中で培われていった」
とも、感じる所もありました。
ケヴィンが生まれたのは
望んで...ではなく
エヴァは、まだ母親になる準備が
出来ていませんでした。
それまでの
世界を飛び回る刺激的なキャリアは諦めて
家庭に入り、育児に専念することになります。
他の出産間近の母親たちは
幸せに満ちた顔で赤ちゃんを待っていますが
エヴァは違います。
まだ母性のスイッチが入っていない。
むしろ
自分の身体の中いる生命に
得体の知れない不安を感じています。
出産の時も
「(赤ちゃんが生まれてくるのに)
逆らわないで」
と声をかけられます。
世の中の多くの母親たちもエヴァのように
出産には不安の方が大きいかも知れません。
でも
実際に生まれてきた赤ちゃんを見ると
女性として、母性を刺激され
自然と
「この子は、自分の命よりも大切な存在
何としても守らなくては」
という感情が湧いてくるものなのではないかと
想像するのです。
でも、エヴァにはそれがありません。
まだ、母性に目覚めません。
火がついたように泣く赤ちゃんを
まるで爆弾を手にしているように
「持っている」だけです。
どんなにあやしても泣き続ける
表情が乏しく、笑わない
かなり大きくなるまで
トイレ・トレーニングが出来なくて
病的に見える反応や行動を示す...
このようなケヴィンの風変わりな所
扱いの難しい所は
生まれつきのようにも見えるし
母親から求められていないことを察知して
情緒が不安定になっているようにも見えます。
愛されていないことに
不満を訴えているかのようにも。
エヴァを困らせるために演技しているとも。
困らせるのも
いつも母親がターゲット。
母親からの愛情不足を訴えるにしても
普通じゃない不気味さで
病的に見えるレベルなのは
ケヴィンの生まれ持った資質かも知れないけれど
それでも、どんなに病的でも不気味でも
先天的な問題を抱えていても
母親ならば
丸ごと我が子を受け止めるものなのかも知れませんが
エヴァは逆に
ますますケヴィンを拒絶してしまいます。
ケヴィンの凶暴性は
生まれ持ったものでもあるし
母親との関係で
母親と相互に影響しあって
作り上げられたものでもあると感じました。
ただ、この物語は
あくまで一つのフィクションなので
一般論ではないと思います
この記事のトップ画像は
一番、印象的だったシーン
心配そうに息子の顔を見る母親・エヴァ。
ボーイッシュなショートカットのエヴァの顔は
息子にそっくり。
鏡を見ているように見えます。
「子は親の鏡」ということわざを
思い出しました。
でも、エヴァは本当によくやっていたし
「母親の責任」とか「母親が悪い」とは
言えないと思いました。
一番最後に刑務所で
エヴァがケヴィンを抱きしめるシーンがあります。
息子が猟奇的な連続殺人事件を起こして
エヴァは
家族も、大きな家も
それまでのキャリアも名声も
町に住む人たちからの信頼も
何もかも無くし
殺人鬼を生み、育てた
悪魔の母親とみなされ
誰からも愛されず、信頼されず
本当に、独りぼっちになってしまいます。
自分がこうなって初めて
母の愛を求めるケヴィンの孤独を
感じることが出来たのかも知れないと
思いました。
ケヴィンは
母親の愛を奪う妹や父を抹殺し
母親が再び旅行家として
旅立ってしまう可能性を消し
周りの人々からの信頼やいたわりを消し
生まれて初めて
母親に
自分だけを見てもらうこと
自分の孤独に気付いてもらうことに
成功したように見えました。
全てを無くした絶望的な二人と見るか
初めて向き合うことが出来た今
ここから二人の関係を再び築いていく
「始まり」と見るか
観る人によって
感じ方はいろいろあるのだろうな
と、思いました。
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