医者から詳しく聞かされない医療情報:セカンドオピニオン

誤解と批判を恐れない斜め後ろから見た医療情報

新型インフルエンザワクチンのアンカリング効果

2009年10月30日 | インフルエンザ
以前、「私は新型インフルエンザワクチンを接種しない」でお伝えしたように、やっと中高年の分を受験生に回せるのではないかという意見が鳥取県や一部の評論家の間からで出てきましたね。

新型インフルエンザワクチンの医療従事者への優先接種が終わると、次は喘息や心不全など基礎疾患のある患者への優先接種が始まります。

さて、私は最近こんな経験をします。

新型インフルエンザワクチンが接種できる基礎疾患の基準にあてはまらない患者から、「先生、喘息のような咳が出るんだけど、新型インフルエンザワクチンを接種してもらえないですか?」と言われ、

「ちゃんと喘息と診断されていないと、喘息のような咳だけではダメなんです」と私が言うと、かなり不満そうです。

でも、「新型インフルエンザの感染リスクって、中高年は若者の10分の1以下ですよ。だから私なんか接種してもらえる権利があるけれど、接種していないんです」と言うと、患者のトーンはかなり下がります。

そして、「その代わり、季節性インフルエンザワクチンはちゃんと接種して下さいね。季節性インフルエンザは中高年にも感染して合併症もありますから」と言うと完全に納得し、目の色を変えて、「季節性インフルエンザワクチンを接種して下さい!」と言います。

しかも、今まで季節性インフルエンザワクチンを接種してほしいなどと一度も言わなかった人がです。

私は留学中「小児のインフルエンザワクチン接種について」を書いていた時期に、季節性インフルエンザワクチンの副作用だけをクローズアップする季節性インフルエンザワクチン接種反対派の人たちとネット上でかなり論争をした経験があります。私は、「あの人たちは今でも季節性インフルエンザワクチン接種反対派なんだろうか」と、ふと思うのです。おそらく接種賛成に変わっているのではないだろうかと。

↓こちらも参考にしてください。
「インフルエンザワクチンの副作用による死亡率」

これは、行動経済学や認知心理学でアンカリング効果(anchoring effect:錨の効果)とよばれる現象です。

この効果は、客商売をしている人にとっては常識なのですが、例えば、フランス料理を食べに行った時メニューに、

Aコース 15,000円
Bコース 10,000円

と書いてあったとして、Aコースを注文する人とBコースを注文する人は同数とします。でも、このメニューを

Sコース 30,000円
Aコース 15,000円
Bコース 10,000円

と書き換えると、Aコースを注文する人の数がかなり増えるのです。これがアンカリング効果で、店主は最初からSコースなど売る気はなく、二番目に高い料理に高い利ザヤが稼げるように調整しています。この策略を知っている立場から考えるとBコースで十分というわけです。私はこの(アンカリング効果を利用した)策略を知っていますから、いつも一番安いコースを注文するようにしています。

値の張るメニューを載せると、たとえそれを注文する人がいなくても、レストラン全体の収入は増えます。

図でも考えてみましょう。

左側の図を見てください。「ローマ1週間の旅」と「パリ1週間の旅」、しかも市街半日観光・朝食が無料で付きます。どちらも捨てがたいですね。希望者は半数ずつとします。そこに市街半日観光と朝食が「無料で付かない」「ローマ1週間の旅プランB」を選択枝の中に加えると、グレードの低い「ローマBプラン」がグレードの高い「ローマ1週間の旅」を引き立てて、無料市街半日観光・朝食付きの「ローマ1週間の旅」選択者が増えるのです。

右側の図を見てください。新型インフルエンザの驚異ばかりがマスゴミで報道されるため、中高年の国民の間には、実際の有用性とは裏腹に新型インフルエンザワクチンを接種したときに得られる安心感はかなり高まりました。これが、インフルエンザワクチンそのものの印象を変化させ、以前から季節性ワクチン接種に見向きもしなかった人たちの行動を、季節性ワクチン接種に誘導しているのです。

「アンカリング効果」は人の感情というか習性なのですから、これを責めているわけではありません。大切なことは、
(1) 人には「合理的」と呼ぶにはほど遠い「アンカリング効果」などの習性があるということを自覚すること
(2) そしてその「感情・習性」を「科学」「真理」の場に持ち込まない

ことです。



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