伊賀に限らず「古いものをどう生かしていくか」に対する素朴な意見のやり取りですが、外から伊賀を見る人が「若い人の意見も時には必要ではないの」と素朴な思いを語ってくれてます。
以下7/30のコメントより。
察するに伊賀在住の方ではないように思いますが、失敗例をまねするのでなく、いい所の趣を勉強するのは必要です。そこに「伊賀にしかないもの」を+αとして組み入れていけばいいのでしょうが・・・なかなか「思いを一つに」することが難しくて、「まちづくり」は「ひとづくり」という壁にぶち当たっています。
例えば、今ひそかに「昭和時代」を生かせないかという話が都会に近いところで興っていると聞きます。実は伊賀上野にも「昭和のグッズ」を収集されている方がいるのですが、何も郷愁を感じない人にとっては「ただのガラクタ」かもしれない。歴史というには浅すぎて、それほど価値があるとは思えない、という人が大方の意見だと思います。
でも、昭和の時代はいろんな経験をしてきて、「確かな存在感」があるように思います。
伊賀上野にも、今は古びて朽ちかけそうで、駅前再開発によって取り壊される運命にあるかもしれない「新天地」という数十メートルのアーケード街があります。その「新天地」の雰囲気そのものが「昭和」だと思います。行列ができるほどの「映画館」があったし、駅からまちなかに行く人は必ず通っていたアーケード街です。
今、営業しているのは10店舗ほどで、バスや電車で来られる近隣からの女性客向けの衣料店・行列ができるほどおいしいうどん屋さん・落ち着いた雰囲気の喫茶店・そして多文化共生を考えるNPO「伊賀の伝丸」事務所・外国人向けのお店も含まれています。伊賀在住外国人の方々の「憩いの場」にもなっており、(まちなかで)「国際電話のできる唯一の公衆電話」もあります。毎朝、誰かが国際電話をかけて故郷の人と語らっている、そんな風景を見ながら出勤しています。(遠い異国の日本のしかもこの「伊賀で」働いている人たち)
「古くてもあの『新天地』の雰囲気は是非残してほしいよね」という声をよく聞きます。新しい映画は郊外にある「ジストシネマ」にお任せするとして、昔映画をみて過ごした人たちにもう一度足を運んでもらえるように「映劇」の復活や、昭和の名残を残すお店や、子どもが安心して立寄れる「駄菓子屋」さんなんかがあっても違和感のない場所になると思いますが・・・
「映画」だけで人が思うように集まらなくても、少し改修して「大衆演劇」の場であってもいい。
都会から伊賀に戻った娘(昭和50年代後半生まれですが)にその考えを打ち明けましたら「確かにあの雰囲気は昭和の匂いがする」と。
空き店舗をなんとか活かせる方法があればいいのですが、忍者や芭蕉・城下町だけではない伊賀上野・・・いかがなものでしょう?
以下7/30のコメントより。
察するに伊賀在住の方ではないように思いますが、失敗例をまねするのでなく、いい所の趣を勉強するのは必要です。そこに「伊賀にしかないもの」を+αとして組み入れていけばいいのでしょうが・・・なかなか「思いを一つに」することが難しくて、「まちづくり」は「ひとづくり」という壁にぶち当たっています。
例えば、今ひそかに「昭和時代」を生かせないかという話が都会に近いところで興っていると聞きます。実は伊賀上野にも「昭和のグッズ」を収集されている方がいるのですが、何も郷愁を感じない人にとっては「ただのガラクタ」かもしれない。歴史というには浅すぎて、それほど価値があるとは思えない、という人が大方の意見だと思います。
でも、昭和の時代はいろんな経験をしてきて、「確かな存在感」があるように思います。
伊賀上野にも、今は古びて朽ちかけそうで、駅前再開発によって取り壊される運命にあるかもしれない「新天地」という数十メートルのアーケード街があります。その「新天地」の雰囲気そのものが「昭和」だと思います。行列ができるほどの「映画館」があったし、駅からまちなかに行く人は必ず通っていたアーケード街です。
今、営業しているのは10店舗ほどで、バスや電車で来られる近隣からの女性客向けの衣料店・行列ができるほどおいしいうどん屋さん・落ち着いた雰囲気の喫茶店・そして多文化共生を考えるNPO「伊賀の伝丸」事務所・外国人向けのお店も含まれています。伊賀在住外国人の方々の「憩いの場」にもなっており、(まちなかで)「国際電話のできる唯一の公衆電話」もあります。毎朝、誰かが国際電話をかけて故郷の人と語らっている、そんな風景を見ながら出勤しています。(遠い異国の日本のしかもこの「伊賀で」働いている人たち)
「古くてもあの『新天地』の雰囲気は是非残してほしいよね」という声をよく聞きます。新しい映画は郊外にある「ジストシネマ」にお任せするとして、昔映画をみて過ごした人たちにもう一度足を運んでもらえるように「映劇」の復活や、昭和の名残を残すお店や、子どもが安心して立寄れる「駄菓子屋」さんなんかがあっても違和感のない場所になると思いますが・・・
「映画」だけで人が思うように集まらなくても、少し改修して「大衆演劇」の場であってもいい。
都会から伊賀に戻った娘(昭和50年代後半生まれですが)にその考えを打ち明けましたら「確かにあの雰囲気は昭和の匂いがする」と。
空き店舗をなんとか活かせる方法があればいいのですが、忍者や芭蕉・城下町だけではない伊賀上野・・・いかがなものでしょう?
毎日、ただ思いつくままを書き連ねているものの「今頃まちづくりなんて、十年遅い!」と言われたことへの悔しさ、「(地元の人たちの冷蔵庫になっているような)スーパーを壊して○○記念館を建てるべきだ」なんてことをいう『偉い人』や、「他所で成功しているから伊賀でも同じことをしてみましょう」という『偉い人』と、微力ながら戦いたい!
こうやって地域の人と一緒に、地域のために、前向きに何かを考えるのが「まちづくり」だろうって。斬新な建物を建てることが「まちづくり」じゃない!
『偉い人』こそ真の伊賀上野を見て! っていう気持ちが今の私の原動力なんです。いい意味で寂れた城下町も好き。
DISCOVER JAPANの最新号で名旅館の特集が組まれています。歴史ある宿は、中身は最先端であったりします。もてなしにおいて最良とするものは、新しさとか古さとかが理由ではないのだなと。いつも前を通るだけですが、行った人はそう言っていました。
琵琶湖ミシガンのナイトクルーズのポスター、中吊り広告は二色で構成されているようですが、目を奪われました。魅力的でした。紙が良さそうなので、安く出来たかどうかは分かりませんが、お金をかけなくても出来るのだなと思えます。
PIE BOOKSから出版されている地域ブランドのデザイン集。シンプルならいいというわけでもなく、純度を高めるため、テーマ、目的に沿った要素を絞り込んで表現しています。正直、ハッとさせられました。あるんだな、と。多くの人、団体をたてると文字が増えるし、カラーが最良であるという思い込みがまだまだありますが、これらの例には固定観念と新しい試みと、闘い抜いた跡が見えるようです。
これらがまちづくりにそのままつながるとは思いませんが、人を集めよう、喜んでもらおうと知恵を絞っている人の視点になって考えるきっかけになると思いますよ。
新しい感性を認めつつ、ここまで育ててくれた先人たちのつくった町をどう生かしていけばいいのか、ということなのかな?
一度、伊賀のいいとこ探しの旅にお付き合い願いたいです。町の中にどっぷりつかっていると、何も見えなくなっているような気がしてなりません。
今日からまた仕事に復活しますが、登社拒否にならないように気を引き締めていきます。ハイッ
また、いろいろ教えて下さいね
わざと古さを添加演出するのではなく、物は新しいままのカタチを維持することがまず大事で、それが“これから”の人達を引き込むと思います。それでも消えない染みというのがあって、年輪のようなもので、それを味として活かすことはすごくいい。味と認められるものは普遍性がある証。良さをブームにのせるのはもったいない。今のまま利用したいという人も実はたくさんいるんじゃないですか。
何しろ見えている、見せるものに必要なのは感性。見えないものに必要なのは経験。前者に長けるのは誰で、後者は誰か。新しい感性を認める器、経験を認める謙虚さが絶対。さもないと、古い考えが滅びるのが先か、町が先かです。忍者という字を印刷するとき、必ず毛筆書体を選んでいませんか?そういうことに疑問をもつ人が増えるといいですね。
引きにつられて「フランセ」に行ってきました。
ふらふらと出歩くのが好きなので、
あっちこっちへ行きますが、雰囲気のある
喫茶店は本当に少なくなりました。