★記事末尾に「追記」あり
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相変わらずの局地ネタで恐縮だが…
「京王井の頭線・渋谷駅ガード界隈」と聞いて、ピンと来る方はいるだろうか。
「線路の真下(線路沿い)」という特殊な環境で、かつては様々なパチ屋や呑み屋が密集する、香ばしい一帯であった。その後は大規模な再開発が進み、ガード下は現在「渋谷マークシティ」というシャレた複合施設になっている。
確か、ガード下の再開発は1994年(平成6年)頃に始まり、古くから営業していた飲食店は移転・廃業が相次いだ。そして、2000年初頭にマークシティが完成して、現在に至る。
パチ屋に関しては、「タイガー」「大番」「ウチダ」「柳小路」「ファイン」(反対側の通りには「パチスロ55」「柳小路2」など)といった味わい深いホールが存在したが、再開発の流れと共に次々と消え失せ、あの一帯は今やすっかり「Sパス」王国と化した。当時、「日拓」一軒で競合していたのだから、あの界隈でいかに勢力を拡大したか判る。
※(参考)1991年の渋谷駅パチンコ店マップ
http://blog.goo.ne.jp/selfconfide777mc/e/82afcfbd99ff6297a82b93e18064dee1
私なんぞは、’90年代の「パチキチ」学生時分、このガード界隈にちょいちょい出向いたクチなので、現在の変貌ぶりには、今更ながら驚かされる。
さて先日、とある「タイムマシン」(謎)に乗る機会があり、井の頭線・渋谷ガード周辺の懐かしい光景(23年前)を、この目で確認する事が出来た。あまりの懐しさに、涙腺は終始緩みっ放しであった。
その貴重な映像を元に、23年前にガード下で営業していたパチ屋や飲食店等を、一枚の「見取図」として残すことに成功した。
パチ屋の位置関係は割とハッキリ覚えていたが、ガード下の小さな飲食店などは、やはり記憶が「劣化」していた。ただ、映像を見た瞬間に、当時の記憶がブワッと蘇ったのだから、人間の脳はよくできている。
では、前置きはこの位にして、懐かしき23年前の「井の頭線・渋谷駅ガード下マップ」をご覧頂こう。
(映像で確認できた店)
・立ち食いそば・ラーメン「陣馬そば」
・立ち食い寿司「箱寿司」
・焼きそば・お好み焼き「にゅうぼて」
・弁当屋「味仙」
・軽食・レストラン「フジ」
・カレースタンド「C&C」
・ゲームコーナー「ラセーヌ」
・10円ゲーム(ポーカー)「エース」
・焼鳥屋(店名失念)
・輸入食品取扱店「シブヤ食品」
・洋食「芳松」
・中華料理「皆楽」
・パチンコ「タイガー」
・パチンコ「パーラーウチダ」
・パチンコ「大番」
・居酒屋(店名失念)
・牛丼・カレースタンド(店名失念)
今回の映像で確認できたのは、「柳通り」を中心とした一部エリアに限られるが、当時のガード下を象徴するような、香ばしい一帯といえる。
ガード真下にあった、天井の低いホール「タイガー」は、三共の台ばかりを置くアンテナ店であった(スロは設置なし)。その素晴らしき映像には、タイガーの店内の模様もバッチリ収められている(ある意味「奇蹟」)。機種をハッキリ確認出来るほど鮮明ではないが、当時の人気デジパチ「フィーバーレクサスV」「フィーバーレクサスVII」、ハネモノ新台「パワーフォークII」「スナイパーI」「エンタープライズI」などの姿が、うっすら確認できる。正面入口や、連絡通路側の小さな出入口も映っている。
余談だが、タイガーは再開発で場所が移転となり、西口方向の半地下に「平行移動」した。その隣には怪しい裏ビデオ店なんかもあったが、今や全て消え去った。
それから、渋谷での勝負終わりによく立ち寄った立食いそば屋、「陣馬そば」の姿も確認出来た。ここはU字型カウンターの狭い店で、私は決まって「コロッケそば」を食べていた。店の軒先には、「日本一うまいラーメン、天ぷらそば」という看板が出ていた(笑)。実際、狭い割に客が絶えず訪れる人気店で、ガード下のシンボル的な雰囲気さえあった。
そういえば、以前どこかの掲示板で、「陣馬そばの名物はコロッケそば」という書き込みがあった、恐らくは、「渋谷、陣馬そば」で検索中、私が書いたコチラの過去記事がヒットして、「陣馬そば=コロッケそば」という情報を拾ったのだろう。
ただ、コロッケそばは、あくまで私が「個人的に」好きだったメニューに過ぎず、特に「名物」だったという話は聞いた事がない。「陣馬そば名物」といえば、何といっても、ラーメンにかき揚げを乗せた「天ぷらラーメン」であろう。
陣馬そば向かいの「パチンコ大番」は、今やSパスに取って代わられた。大番というと、赤・白・青の三色ストライプのネオンが目印だった。スロ2号機の「クレイジーバブルス」(Cタイプ)が懐かしい。Cタイプといっても、1回350枚ほど出るとピタッと終わる奴だ。あの店では、やたらと集中が連チャンしたので、恐らく「B物」だったのだろう。大番の並びは「ウチダ」というホールで、ここも割と優良店だった記憶がある。キングスライオン(西陣)なんかの釘が、かなり甘かった。
見取図には載っていないが、大番の裏側にはSパスの前身「日拓」があり、日拓の隣には「ファイン」というスロ屋があった。そして、日拓の隣には「柳小路」というホールもあった。柳小路の2号機「サファリラリー」(エーアイ)は、明らかな「アニマル連Ver」だった。勝負終わりに、柳小路向いのラーメン店「札幌家」で、大盛りの「味噌チャーシューメン」を頼んだ事も、懐かしく思い出される。
そんな訳で、ざっと当時を振り返ったが、全ての店を回顧すると骨が折れるので(笑)、今回はここまでにしておく。
今はなき「にゅうぼて」、「立ち食い寿司」、弁当「味仙」、レストラン「フジ」、「シブヤ食品」、中華「皆楽」、洋食「芳松」など、他にも多くの名店があった。だが、いずれも「過去の遺物」として忘れ去られようとしている。
今回作成した見取図が、そんな歴史の「風化」を防ぐ一助になれば、幸いである。
★★(追記)★★
2013.7.1
株好きさんのコメントについて
当時の記憶を色々と遡るうちに、ある事を「22年ぶり」に思い出しました。かなり曖昧な記憶ですが、ひょっとすると以前、「大番」の2階に小さなスロット専門店があったかもしれません。
大番のスロコーナーは地下にあったのですが、いつだったか、大番脇の小さな階段を上がった2階に別のスロ屋があって、「おっ?」と思った事があります。で、そこにキャッツが並んでいたような気も…。残念ながら、店名までは覚えていません。
以前頂いたコメントで、「支那そば」の看板が目印…とありましたが、大番の裏には「平和苑」というラーメン屋があり、店先に「支那そば」の暖簾が出ていたので、場所的にも符合する感じがします。ご参考までに、暖簾の一部が映った画像を貼っておきます。
★「大番」裏のラーメン屋「平和苑」の暖簾(左)…現在は「らあめん渋英」が営業。向かいのそば店「信州屋」は、今も健在。